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屯所七不思議・真改
「屯所七不思議?」
「はい、雪村先輩はご存知ありませんか?」
相馬主計に問われ、千鶴はぶんぶんと首を振って否定を示す。
そんな聞かずともあからさまに不吉極まりない話、あったとしても知りたくない。
適度に冷ました茶を運んだ広間では、稽古を終えた隊士達が思い思いに寛いでいた。
その中には千鶴の初めての後輩にして局長付き小姓の二人 相馬主計と野村利三郎の姿もあった。
沖田か永倉辺りにでも散々しごかれたのだろう、傷だらけとなった二人に濡れた手拭いを手渡していると、不意に彼らが冒頭の言葉を口にしたのだ。
千鶴は二人にとって何でも話しやすい先輩小姓という位置に在る。
今も『七不思議』の話題に千鶴を巻き込む気満々のようだ。
好奇心に満ち溢れた二人と違い、怪談の類いを苦手とする千鶴は早くその話題から逃げ出したいのだが、周囲がそうはさせてくれなかった。
「そんな話、誰から聞いたのさ」
背後からにょきっと出てきたのは沖田総司だ。
振り向けば、いつの間にやら斎藤、藤堂、原田、永倉というそうそうたる面々が集まっていた。
これは面倒なことになる。
短くはない彼等との付き合いから、そう直感する。
「他の先輩隊士達が言ってたんですよ! ここってお寺だし、七不思議どころか無数に怪談ありそうですよね」
度胸があるというか何というか、先程まで自分を叩きのめしていた上司達の登場にも野村は臆する様子もない。
「そういえば知り合いの絵師も前の屯所の八木邸では井戸で皿の数を数える幽霊が出るとか妖狐が出るとか、まことしやかに囁かれていたと言っていました」
「ああ、そんなこともあったね」
井戸で皿の数を数えていた男が素知らぬ顔で頷く。
「結局どれも単なる思い込みや勘違いだったがな」
狐の面を被って見回りしていた男が事も無げに言う。
その絵師自身も最後には七不思議の一つに数えられてしまったというオチもあったなあと、幹部達は当時を思い浮かべて懐かしさに浸る。
「で? 今度の七不思議はどんなのがあるんだ?」
すっかり聞く体勢となった組長達が小姓達を囲むように腰を下ろした。
これはまずい。
全員に囲われる形となった己の置かれた状況に、千鶴は慌てて盆を手に腰を上げる。
「あ、あの、私はこれで」
「まあまあ一緒に聞いていきなよ♪」
軽い口調とにこやかな笑顔の沖田。しかし千鶴の手首を掴んだ彼の手には振り解けない程度に力が込められていた。
逃がさないよ、と猫のように細められた目が雄弁にそう語る。
助けを求める視線を周りに向けるも、皆好奇心に満ちた表情で七不思議の詳細を待っており、誰も千鶴達の様子に気付かない。
諦めてこの場に留まるしかなさそうだ。
泣く泣く浮かした腰を下ろした千鶴に沖田はにっこりと笑顔を向け、掴んでいた手を離した。
そうしているうちにも怪談は始まっていた。
妙に真剣な表情の野村が重々しい声音を作り、『七不思議』を語り始める。
「まずは副長室にまつわる七不思議が二つあります」
「二つもかよ」
「これは一番組の人から聞いたんですが、副長室のどこかには名のある歌人の名句が綴られた幻の句集が隠されているらしいです。その価値は到底値がつけられない程のものだとか」
「総司・・・」
噂の出所はお前だろう、と幹部達が揃って胡乱げな眼差しを向けた。
そりゃあの迷句に値なんてつけようもないだろうよ、と斎藤以外の思いが一致団結する。
そんな組長達に気付かぬまま、相馬が言葉を繋ぐ。
「ですが、その句集は気が付けばどこかに消えてしまうことがあり、その度に副長が血相を変えて探しているそうです」
「その句集には何らかの強い念がついてるってことですかねえ? 句を詠んだ歌人の念とか、その句集に何らかの執念を持つ何かの仕業とか?」
「「「・・・・・・・・・」」」
隙あらば副長室から句集を盗み出そうとするどこかの組長と、その魔手から句集を守ろうとする副長との熾烈な攻防なら確かにある。
「かと思えば、三番組からの情報では副長はどんな怪我や病気もたちどころに癒す秘薬を持っているとかって話もあるんですよ」
「斎藤・・・」
「何も間違ってはいないはずだが」
何故七不思議に数えられているのだ、と斎藤が解せぬと言わんばかりに首を傾げる。
「他にも副長室には色々な宝が隠されているのではないかと、隊士の皆さんの間で噂になっていました。ただ、気軽に出入りできる場所ではないので確かめる術もないようですが」
言いかけて、相馬は幹部達を見渡して問う。
「もしや皆さんは何かご存知では?」
「いや、なんつーか・・・」
「それはだな・・・」
幻の句集は土方が趣味で書いた下手な句だとか、石田散薬は秘薬どころか単なるインチキ薬だとか。
そんな鬼の副長の沽券に関わるような事実をおいそれと漏らすわけにもいかず、口ごもるしかない。
だいたいの事情を察した千鶴もまた、黙ったままそっと眼を伏せた。
その隣では噂の元凶の一人である一番組組長が楽しげに含み笑いしながら茶を啜る。
「ふ、副長室の話はもういいだろ! 他にはどんなのがあるんだ?」
無理矢理話題を変えようとする藤堂の剣幕に小姓二人は不思議そうに首を傾げつつも、話を七不思議に戻すことにした。
「なんか変な話ばかりなんですけどね、時々この辺に嫁を捜して彷徨う妖怪が出るそうなんですよ。寺の坊さんも屯所の隊士も男なのに、何でこんなとこで嫁捜してるんでしょうかね、その妖怪」
「あと、複数の隊士が目撃したらしいですが、夜になると寺の境内に亡くなった山南総長の幽霊が出るそうです」
理解に苦しむと言いたげに顔を顰める野村と、幹部達を慮って遠慮がちに語る相馬。
ちなみにどちらも本当の話なので、幹部達はどう反応して良いかわからなかった。
(てか風間、妖怪呼ばわりされてんのかよ)
(まあ“鬼”も“妖怪”も似たようなもんじゃねえか?)
(山南さん、夜に徘徊してるんだ。ぼけるにはまだ早いんじゃない?)
(総司、山南さんはぼけたんじゃなくて、人を驚かして遊んでるだけだっての!)
(単に夜の散歩を楽しんでるだけではないか?)
話がどんどん明後日の方向に飛んでいってしまいそうな小声での言い争いに、千鶴は下手に口を差し挟むこともできずにおろおろする。
というか、山南が元気に生きているという事実が知られかねない噂だと思うのだが、そこは良いのだろうか。
「残り三つは音だけなんですよね。山崎さんの部屋から畳を叩く音が聞こえるとか」
ああ、畳返しの練習か。
全員が思わず納得した。
「隊務に出ていて誰もいないはずの、ある組長達の部屋から謎の物音がするとか」
「何だそりゃ、誰の部屋だ?」
「十番組と八番組の組長らしいです・・・って、あ・・・」
まさにこの場にその十番組と八番組組長がいた。
「俺達の部屋から物音?」
原田と藤堂が互いに顔を見合わせた時、一人の男が動いた。
後ろ暗いことがありますとばかりにこそこそと逃げ出そうとするその男を、すかさず伸びた手が捕まえる。
「どういうことか詳しく聞かせてもらおうじゃねえか、新八・・・」
「俺や左之さんの部屋で何してたんだよ、新八っつあん!」
「い、いや、誤解だ! 俺じゃねえって本当にっ! 俺は別にお前らが酒を隠し持ってると思って探してたわけじゃねえから!!」
「ほぉ〜・・・そういうことかよ・・・」
「そういえばこの前部屋に置いてあった買い置きの酒がいつの間にか・・・あれ新八っつあんだったのか!!」
無言のまま斎藤が盆に素早く湯飲みを集めて手に取り、沖田が千鶴の肩を抱くようにして三人から音も無く離れる。
その様子にすぐさま身の危険を察した野村と相馬も倣って充分な距離を取った頃、広間に断末魔の悲鳴が轟いた。
「ねえ、確か私闘は切腹じゃなかった?」
たっぷり四半刻後、原田と藤堂によってボロキレのようになって転がる永倉を横目に、沖田が今更過ぎる疑問を口にした。
「ああ? これが私闘に見えるか? 可愛いじゃれ合いじゃねえか」
凶悪極まりない笑顔で“可愛い”とか言われても、説得力は皆無なのだが・・・。
だが怒り狂った原田にあえて反論する無謀な者はいなかった。そもそも永倉の自業自得だろうと結論着ける。
「で? 七不思議の残りは一つだったよな」
「あ、はい。最後は座敷童の話です」
「座敷童?」
「はい。夜の見回りの隊士達の話では、皆が寝支度を整える頃小さな足音が聞こえるそうです。確かめようにもどこから聞こえてくるのか解らない。気のせいか、と思っていると、再び聞こえて・・・」
その後は一切聞こえなくなる。
そんなことがほぼ毎日のように繰り返されるのだという。
「た、隊士の誰かの足音じゃねえの?」
さすがにぞっとしたのか、平助が若干顔を青くしながら訊く。
今まで不思議も何も正体の解りきった話ばかりの中で、最後に来て得体の知れないものの話題になるとは。
「それが、隊士のよりずっと軽い音なんだそうです。かと言って気配を消して無音なわけではない。まるで子供の足音のように聞こえると」
「なるほど、だから座敷童ということか」
「しかもその足音は夜だけでなく、昼間聞こえることもあるそうです。そして足音が聞こえた後、その辺は綺麗になっていると」
「「「「「・・・・・・・・・?」」」」」
何か変じゃないか? と幹部達が抱いた疑問を、千鶴が「綺麗になってるって?」と問いにしてくれた。
「座敷童が通る前と通った後では、屯所の中が妙に綺麗になってるということらしいです」
「それってさ・・・」
「もしかして・・・」
幹部達の視線が一斉に、ある一点に集まる。
そんな幹部達の様子に気付かない小姓達は、どこか浮き立った様子で言葉を続けた。
「最近では座敷童の正体を確かめてみようという話が隊士達の間で出ています」
「夜は風呂場に続く廊下で聞こえるらしいんですよね。その辺を張ってみるかって言ってたし、俺も参加してみようかなあ。座敷童の姿を見たら幸せになれますかねえ」
「いいや、逆だ」
「「え?」」
「その座敷童は怖〜い鬼に守られてるからね、姿を見たら最後、・・・・・・死ぬよ?」
ひやり、と抜き身の刃のような冴えた声が相馬と野村の背筋を寒くさせる。
見れば、幹部達全員が異様な雰囲気を纏っているのに気づき、全身が強張った。
何だろう、稽古の時とは比べ物にならない殺気が滲み出ているような気がする。
「馬鹿なことを考えてやがる隊士共にも灸を据えてやらねえとなあ」
バキバキと拳を鳴らしながら、仁王像を思わせる屈強な男達がゆらりと立ち上がる。
いったい何が彼らの逆鱗に触れてしまったのか。
わけの解らぬまま、座敷童の正体を確かめようとしていた隊士達の名を吐かされた二人は、彼らの辿る地獄をも目にする羽目になったのだった。
後日、七不思議の一つが座敷童を見た者は地獄の鬼に呪われる というものに書き換えられた。
そして今夜も小さな人影が人目を忍んで風呂場へと急ぐのだった。
〈了〉
15.10.10up
真改相馬君ルートプレイ後、真っ先に浮かんだネタでした(笑)
見ての通り黎明録特典ドラマCD『屯所七不思議』が元ネタです。
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