春待ちの花 おまけ





丸い鏡に映る己の姿に、千鶴は複雑そうな表情を浮かべていた。

髪を結い上げ、女物の着物を纏い、数年振りに元の自分の姿に戻れたことに嬉しさや懐かしさ、ほんのりとした照れを感じる。
だがそれ以上に強く思ったのは、この一言に尽きた。

(私、全然変わってないなあ・・・)

江戸にいた頃の自分と今の自分。
数年の月日の経過など感じさせないほど変化が感じられない。
顔立ちも纏う雰囲気も幼さが抜けず、華奢な身体も一向に成長が見られず、土方に未だ“ガキ”と言われるのも仕方ないくらいだ。


『千鶴ちゃんて、私の姉に似てるのに何でか姉というより妹って感じがするんだよね。年下だからかなあ』

ひょんなことで新選組に滞在することになった同室者が、以前零した言葉が頭を過ぎった。

姉の仇を追って大坂から京に来たその女性は、普段は千鶴と同じく男装をして過ごしている。
剣の道場に通っていたお陰か袴を履き慣れているようで、一見凛々しい若侍のようにも見える彼女でも、体つきは千鶴よりずっと女らしいのだ。

男所帯の中に女二人ということで千鶴は彼女と共に寝起きし、風呂も一緒に入るのだが、子供のような体つきの自分とはまるで違う、丸みを帯びた女性の身体に羨望の念を抱いてしまう。
豊満、とまではいわなくとも、沖田に“さらしが要らないね”とからかわれるほどささやかな膨らみに比べれば、それと解るほどの柔らかさが見て取れる。

年上とはいえ二つ三つしか離れていないのに、何故こうも違うのか。
いや、同じ年の娘と比べても千鶴の成長は遅いのだろう。

(・・・お千ちゃんや薫さんも、私よりずっと大人っぽかったし・・・)

何だかどんどん気持ちが落ち込んでくる。

そんな暗い空気を裂くように、襖の向こうから声が響いた。

「千鶴、準備できたか?」

「あ、はい!」

弾かれるように返事を返すと「邪魔するぜ」の声と共に襖が開いて原田や斎藤、山崎が現れる。
彼らは千鶴の姿を眼にするや一様に動きを止め、やがて原田がしげしげと千鶴を眺めながら感心したように微笑んだ。

「へえ、やっぱりお前綺麗だなあ。平助や新八が見たら大騒ぎだぜ」

「本当によく似合っている」

原田に続いて山崎も涼やかに笑んで同意を口にした。

「ほ、本当ですか? 子供っぽくないですか?」

「おいおい、どうしたんだ?」

どこか必死な面持ちで勢い込んで問うてくる千鶴の剣幕に戸惑う原田だが、その手は彼女を落ち着かせるように細い肩を優しく掴む。

原田や山崎に宥められ、落ち着きを取り戻した千鶴は気恥ずかしげに事情を語った。

「つまり、自分が全然成長してないように感じるってことか」

「・・・はい」

くだらない悩みを口にしてしまって、呆れられただろうか。
情けなさと恥ずかしさに涙目で肩を落とす千鶴は、自分に注がれる三人の視線に秘められた熱に気付かなかった。

憂い気に眼を伏せる仕草から漂う儚さや、髪を上げたことによって露になった項(うなじ)のなだらかな曲線が、少女と大人の女の狭間の危うさを感じさせ、手を触れるのを躊躇わせるほどの清らかさを醸し出している。
同時に、穢れを感じさせないが故に何ものにも染まらない色を、自らの色で染め上げてしまいたい衝動にも駆られる。


「こんな私がお役目を果たせられるんでしょうか・・・」

不安を口にする千鶴だが、男達は彼女が標的を誘き寄せられないのではないかという心配はしていなかった。

彼らが現在追っている不逞浪士達は、女を甚振ることに暗い愉悦を覚えている連中だ。
若い娘を襲って蹂躙するのを楽しむ下種共が、千鶴の醸し出す男の庇護欲と独占欲を掻き立てる“匂い”に引かれないはずがない。
だからこそ土方は彼女を囮に使うことを決め、平助は断固反対し、原田と斎藤は仲間達に“絶対に千鶴を危険な目に遭わせるなよ”と念を押され、彼ら自身も彼女を守るという固い決意を新たにしたのだ。

とはいえ、お前は狼共の格好の餌に相応しい、なんて台詞を無垢な少女に言うわけにはいかない為、原田は努めて明るい口調で励ます。

「大丈夫だって。お前ほどの別嬪さんなら男共からの注目間違いなしだ! なあ、斎藤!」

「っ!? あ、ああ・・・」

突然話を振られた斎藤は一瞬ビクッと肩を竦ませ、千鶴から目線を逸らしながらぎこちなく頷く。
あからさまに無理をしているのが見て取れる態度に、千鶴の気分はますます沈んだ。

(やっぱり、子供っぽいんだ・・・)

(くっ、雪村の顔がまともに見れん・・・っ)

しょぼんと、再び俯いてしまった千鶴は、斎藤の耳が真っ赤になっていることに気付かなかった。

一方、原田と山崎は呆れを含んだ視線を斎藤に向ける。

(おいおい、そんな態度じゃ誤解するだろうが)

(普段何でも卒なくこなす斎藤さんが、女人に対してここまで不器用になるとは・・・)

二人の目にはへたっと耳を萎れさせる千鶴と、そっぽを向きながらもぶんぶんと勢い良く尻尾を振る斎藤の姿が見えたとか見えなかったとか。





千鶴の不安を他所に、数日後に事件は無事解決した。

原田の目論見通り、浪士達は千鶴の姿を目に留めた瞬間に彼女に狙いを定めた。
町を歩く千鶴の後を追い続け、彼女が人通りの少ない路地に入った途端に襲い掛かったのだ。

すでに彼らの存在に気付いていた原田や山崎が警戒していることにも気付かずに   



不逞浪士達を捕縛し、若衆姿に戻った千鶴は原田と共に土方の部屋を訪ねた。

二人から任務の成功の報告を受けた土方に「ご苦労だった」と労いの言葉を掛けられると、少しは皆の役に立てたのだと安堵する。
そんな彼女に、ふいに土方の視線が向けられる。

「悪かったな、千鶴」

「え?」

突然謝られ、千鶴は首を傾げた。
土方に詫びられるようなことがあっただろうか。

「今回お前を利用しちまったことだ。怖かっただろう。済まなかったな」

「ああ、それは俺も気がかりだったんだ。お前、今度のことで男が怖くなってないか? こういうことは後から恐怖が来るらしいし、少しでも異変を感じたらすぐに言えよ?」

「え、あの・・・」

彼らの言葉がすぐには理解できず、返答に迷っていた千鶴だが、少しずつ理由を悟る。

医者である父の傍にいたことで、色々な怪我人や病人を見てきた。
その中には、男による理不尽な暴力に晒されて心身に深い傷を負った女の姿もあった。
今回、彼女は未遂とはいえ、その暴力の標的になったのだ。

原田や斎藤がすぐに助けてくれるという安心感があったからこそ、安心して囮役ができた。
だが、この治安が良いとは言えない世の中、いつでも誰かが助けてくれるわけではない。
今回の事件が千鶴の中に恐怖の根を植えつけたのなら、これからの屯所の暮らしに支障が出る。

彼らの言葉を理解し、自分を心配してくれているのだと気付くと、自然と笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます。その時はすぐに言いますね」

確かに、自分を狙ってギラギラとした眼で追いかけて来た浪士達は恐ろしかった。
しかし、すぐさま駆けつけてくれた原田や山崎の姿を見た時、千鶴は心から安心した。

だから、皆さんは大丈夫。

彼らに恐怖心なんて抱かないと、確信を持って言える。

「でも、良かったです。私がお役に立てて」

安心感からか、ふとそんな言葉が口をつく。
首を傾げる土方と原田の不思議そうな視線に、千鶴は慌てて言い募った。

「あの、ですから、私、自分が囮になれるのか不安だったんです」

「ああ、そういやあ言ってたな。けど結局俺の言った通りだっただろ?」

千鶴と原田の会話に、土方はあることに思い当たった。
そういえば、千鶴が囮役として娘姿に扮することになった初日、一足先に屯所に戻った原田が楽しげに報告しに来ていた気がする。

千鶴が自分の魅力に気付かず不安になっていることや、斎藤が彼女に気の利いた言葉を掛けられずに益々落ち込ませてしまったこと。
あの時は何やってんだと呆れと共に苦笑したものだが、まだ千鶴は気に病んでいたのか。

改めて千鶴の姿を見てみる。
彼女が新選組預かりとなって三年の月日が立つが、確かにその間彼女に目立った変化はない。
だが、当初は色濃かった自分達に対する怯えの色はなく、土方と会話する時にも萎縮しなくなった。

怯えていた仔猫が懐いてきたように感じるが、仔猫は仔猫のままということか。

「だがまあ、それは俺らのせいでもあるんだろうな」

しみじみと出たのはそんな言葉だった。
二人の視線が土方に向けられる。
きょとんとした千鶴の表情は、やはりどこか幼い。

「お前に女だとばれないようにしろと強要しちまったから、お前は女としての成長を止めちまったのかも知れねえってことだ」

「それはあるだろうな。悪いな、千鶴」

「そんな・・・っ」

そんなことはない、という言葉は最後まで言うことができなかった。
彼女自身、心のどこかで土方の言葉に納得したからだ。

男として見られるように。
女だと気付かれないように。

そんな思いが、自分の成長を妨げているのかも知れない。

しかしそれは、新選組屯所で暮らすには必要なことであり、彼女の成長の遅さはむしろ好都合なのだ。
頭では解っていても、花盛りの娘に対する残酷な仕打ちに土方と原田の胸は痛んだ。


「お前は、蕾なんだろうな」

気まずい沈黙に支配されそうになった空間に、原田の優しい声が降り落ちてくる。

「蕾、ですか?」

「花が咲く日を待ち続けている蕾だ。きっと特別な男が出来ればパアッと見事な花を咲かせるんだと思うぜ」

すでにその片鱗があることを、原田はこの数日間この眼で見てきた。
原田の言葉に頬を染める千鶴に、土方もまた言葉を紡ぐ。

「春待ちの花、か。お前がどんな男のために花開くのか、見てみたいもんだ」


「〜〜〜〜〜っ! も、もう、二人してからかわないで下さい!!」


耳まで真っ赤に染め上げた千鶴は、そう叫ぶやぱたぱたと走り去って行った。

控えめな彼女にしては珍しく、退室の挨拶もなければ障子戸も開けっ放したまま逃げ去って行く後姿を見送った後、土方の部屋には二人の男の笑い声が響いたのだった。



〈了〉

12.8.30up

“春待ちの花”は楓ちゃんだけでなく
千鶴ちゃんのことでもあるんだよ、という話でした。
どうです、本編と打って変わったこの甘さ!
土方さんも斎藤さんも千鶴ちゃんには甘い甘い(笑)。



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