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初詣
「初詣にでも行ってみねえか?」
ある朝、朝餉の席に着く仲間達の前で左之助がそんな提案をした。
思いがけない言葉に驚きを浮かべる仲間達の中で、すぐに反応したのは新八や平助だ。
「何だよ左之、いきなりだな」
「珍しい。去年までは“そんな面倒なことやってられっか”とか言ってたのに」
「いやあ、千鶴にまた振袖を着せてやりてえと思ってよ」
「え?」
突然名前を出された千鶴は目を丸くして左之助を見る。
そんな彼女に、全員の視線が一斉に注がれた。
「成る程」
「ふうん」
「確かに」
歳三、総司、一が言葉少なに頷く。
何を納得しているのか、千鶴にはさっぱり解らない。
「元旦の千鶴の振袖姿、綺麗だったもんな」
「そうだなあ。なのにその正月は爺さん達がはりきりまくって、落ち着いて千鶴ちゃんの晴れ姿を楽しめなかったんだよな」
しみじみと思い浮かべるのは、今年の一月一日の大騒ぎだ。
この年の東雲家の正月はこれまでになく盛大な宴となった。
それというのも、一族が百数十年もの長きに渡って待ち続けた、雪村家の直系の姫を迎えての初めての正月だからだ。
東雲家当主を始め、年寄り達は皆浮かれてしまい、我も我もと気合を入れた為にどこの宮中晩餐会かというほど凝りに凝った。
敷地の入り口に立つ門扉の両脇に置かれた門松の類を見ない巨大さから始まり、母屋の玄関を飾る注連飾りの立派な出で立ち、床の間を飾る鏡餅の存在感、そして正月の膳に所狭しと並べられた御節の豪勢さからも、彼らの気合の入れようが解る。
そんな年寄り達の気張りの最たるものこそ、雪村の姫君 雪村千鶴が元旦に纏った振袖である。
これは、正月準備に精を出す男達を苦笑交じりに見守っていた女性陣が、これならば私達の領分、とばかりに千鶴によく似合う素晴らしいものをと全員の力を結集して、生地や模様や染める色を選び抜いて職人に作ってもらったものである。
当然、相当に値も張っただろうが、その辺は気にしない。男達は千鶴のためならどんな大金だろうとぽん、と出すのだから。お陰で女性達も存分に力を振るえたのだった。
それほどまでにこだわり抜かれただけあって、着物は千鶴によく似合っていた。
決して華美なものではなく、色合いも落ち着いたものだが、それが却って千鶴の清楚な美しさを際立たせる。
前の世で、誰もがいつかはこんな風に彼女を着飾ってやりたいと思いながら、結局叶えることができなかった、ささやかな夢。
当時の心境を思うと、それを叶えたのが自分達でなく東雲家の女性陣と財力というのが少々複雑だが、“雪村千鶴”を想い続けた歳月を思えば仕方ないとも思う。
ただ不満を上げるとするならば、そんな綺麗な振袖姿の千鶴をゆっくり眺める暇もなく当主達が大騒ぎしたことだろうか。
「せっかくの振袖だ。それ着て初詣ってのもいいだろ?」
「そうだな、三が日も過ぎたし、今なら参拝客も然程多くはないだろうしな」
連日の忙しさを思い出したのか、歳三が苦笑交じりに言った。
元日は千鶴のために東雲家の総力を挙げて新年の祝い事が催され、その後二日目、三日目は分家筋の者達や東雲家の事業の関係者などが新年の挨拶に訪れ、何かと顔を出さなければならない総司や歳三、敬助などは眼の回るような忙しさだったのだ。
三が日が過ぎて忙しさも一段落すると、ようやく彼らだけの時間を過ごせるようになった。
ならば仲間達と千鶴と共に過ごせる時間に、皆と共に何かするのも悪くない。
歳三の賛同を得たことで、わっと全員の表情も明るくなる。
「じゃあ千鶴、あの振袖着てきてくれるか?」
「はい!」
つられて笑顔となりながら、千鶴は左之助に頷くとさっそく着替えに自室に戻った。
皆と一緒に出掛けられる。
それが嬉しくて、自然と足取りも弾んだ。
自室に戻り、洋服を脱いで襦袢姿となった千鶴は元旦に初めて袖を通した着物を羽織った。
見れば見るほど美しい着物だと思う。
東雲家の人達が、千鶴のためだけに誂えたもの。
こんな高価なものを貰うのは流石に気が引けたが、皆が彼女のことを想って用意してくれたそれを断ることもできなかった。
一族の想いが込められた大切な着物。
一生大切にしよう。初めて袖を通した時、千鶴はそう心に誓った。
歳三や総司に頼まれたという二人の姉の手を借りて振袖を纏った千鶴が部屋を出ると、そこにはすでに出掛ける準備を終えた歳三達が彼女を待っていた。
現れた振袖姿の千鶴に、青年達は思わず見惚れてしまう。
綺麗に髪を結い上げ、簪を挿し、薄く化粧を施した千鶴は輝くばかりに美しい女性となった。
正直、外になど出ずにずっと家の中で愛でていたいくらいだ。
「あの、お待たせしました、皆さん」
彼らの沈黙をどう受け取ったのか、申し訳なさそうな千鶴の声音に何人かがハッと我に返る。
「待つ甲斐はあったな」
「振袖、よく似合ってるよ」
「綺麗だぜ、千鶴」
卒なく褒め言葉を口にするのは歳三、総司、左之助だ。
他の三人はというと、真っ赤になったまま微動だにせず、歳三の「ほら行くぞ!」という苛立ちの声でようやく動き出す。
そのやり取りを、姉達は面白そうに眺めていた。
彼らの中の誰が千鶴を手に入れられるのか。
それは彼女達の密かな楽しみである。
■■■■■
歳三達が訪れたのは、彼らの住む街の中で一番大きな神社だ。
元旦には多くの初詣客達で賑わうが、三が日を過ぎれば参拝に来る人の数もぐっと減る。
そんな静かな雰囲気の中、ゆったりと初詣を楽しむことができた。
参拝の後はおみくじだ。
全員それぞれおみくじを引き、今年の運勢を読む。
「おお! 大吉じゃねえか! 今年は良い年になりそうだぜ!」
「へえ、新八さん大吉なんだ。どれどれ?」
歓声を上げる新八の手元を、総司や平助が覗き込む。
新八の引き当てたくじは確かに大吉だ。しかし。
「願いごと、思うように進まず。待ち人、来ず。失せ物、現れず。恋愛、障りあり・・・」
「大吉、だよなあ・・・?」
何故良いことが一つも書かれていないのだろう。
大吉を引き当てたことで舞い上がっていた新八だが、容赦ない言葉に一気に気分が落ち込んでしまった。
「あ、病気、すぐに軽くなるだって。良かった」
「俺なんて願い事、大抵のことは叶うってよ!」
「出産、安産か・・・」
「いや、一、見るのはそこじゃねえ」
落ち込む新八を尻目に、仲間達はおみくじの結果にわいわいと盛り上がる。
そして一通り騒ぐと、興味は千鶴の結果へと移る。
「千鶴、どうだった?」
「えっと・・・」
左之助の問いに、千鶴は歯切れ悪く言葉を濁す。
その様子に、歳三達も怪訝そうな眉を顰めた。
「どうした。悪い結果だったのか?」
心配そうに訊きながら、彼らは千鶴のおみくじを覗き込んだ。
書かれていたのは“大吉”。
「何だ、すげーいいじゃん。あ、もしかして新八っつあんみたいに書かれてることがひでーとか?」
目を通してみるも、願い事は障りなしだとか、失せ物はすぐ出るとか、恋愛は幸せになるとか、良いことづくめだ。
同じ大吉でこうも違うのか。
そう考えたところで、成る程、新八の前で大っぴらに口にできないわけだ、と千鶴の戸惑いを理解する。
「良かったな、千鶴。今年はお前にとって良い年になりそうじゃねえか」
「でも、ここまで良いことばかりでは少し怖くなりますね」
左之助の言葉に、苦笑とともにそう答える。
何だか今年一年の運気をここで使い果たしてしまったかのような不安を感じてしまう。
「大丈夫だって。俺ら全員願い事は大抵叶うとか、すぐに報われるとか、良いことばかり書かれてたんだからな」
「?」
言われた言葉の意味が理解できず、千鶴は平助を見つめたまま首を傾げた。
だが、わけが解らずにいるのは千鶴だけで、歳三も総司も一も左之助もどうやら正しく理解しているようだ。
「それってどういう・・・」
「何だよこれ! 凶か大凶しか出ねえじゃねえか!!」
千鶴の問いかけを遮るように、突如誰かの叫びが響き渡った。
一斉に向けられた視線が捕らえたのは、一組の若いカップルらしき二人連れだ。
「龍之介ちゃん、落ち着いて! 私のおみくじと一緒に木に結びましょう? そうすれば龍之介ちゃんの運気も上がるわ」
「そんなことしてお前の運気下げちまったらどうするんだよ! あーくそ、この神社は俺に喧嘩売ってんのかー!!」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
少年の切実な叫びに、思わず沈黙してしまった。
だが。
「・・・っぷ、あははははは! 何、君ここのおみくじで凶しか当てられなかったわけ!?」
「はあ!? ・・・っげ!」
弾けたように笑い声を上げる総司の声に少年が怒りも露に振り向いたのだが、声の正体を目にした途端に凍りついた。
「よお、龍之介じゃないか。お前も初詣か?」
「女連れたあ、お前もやるじゃねえか」
「な、な、何であんたらが・・・っ」
龍之介と呼ばれた少年は歳三達の姿を見てあからさまに逃げ腰になる。
そんな彼に向かって、総司はまるで鼠を追い詰める猫のような面持ちで踏み出した。
「凄いよね。僕達もおみくじ引いたけどさ、皆大吉か中吉か吉だけで、凶なんて一人もいないんだよね。それを一人で何枚も当てるなんて、凄い才能だと思うよ」
「う、うるせえ! 俺だって当てたくて当てたわけじゃねえよ!!」
きゃんきゃんと吠え立てる龍之介を、総司や左之助が楽しげにからかう。
その様子を歳三や一は“またか”と言いたげに溜息を吐きつつも、止める気はなさそうだ。
そんな二人の様子に、おろおろしていた千鶴はいつものことなのかな、と思い直す。
総司達と言い合う少年の態度は気安いもののようだし、彼らが楽しんでいるところを見ると日常の風景なのだろう。
ならば、と気を取り直し、千鶴は二人に疑問を向けてみた。
「あの、歳三さん、一さん、さっきの平助君の言葉、どういう意味なんでしょう?」
「ん? ああ、さっきのことか」
一瞬何のことか解らなかったが、すぐに先程の会話を思い出す。
そして二人は互いに目配せすると、千鶴に微笑を向けた。
「お前の願いなら、きっと何だって叶うってことだ」
「??」
ますます解らない、と千鶴の表情が情けなさそうに歪む。
その様子に、益々二人の笑みが深まった。
千鶴には悪いが、これ以上の種明かしはできない。
だってそうだろ?
願い事は口に出しちまったら効果が薄れるって言うじゃないか。
俺達の願い事は、絶対に叶わなけりゃいけないんだ。
“千鶴の望みが何でも叶うように、千鶴が誰よりも幸せになるように”
それが俺達全員の心からの願いなのだから。
〈了〉
13.1.10up
歳三さん達は何よりも千鶴ちゃんの幸せを願っています。
そして千鶴ちゃんも皆の幸せを願っていますv
ちなみに、大吉なのに書かれてる言葉は酷いというのは義兄の実話です(笑)。
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