桜月夜 〜覚醒〜“藤堂平助”2/2





「う・・・っ」

小さな呻き声と共に、龍之介が目を覚ました。
まだ完全に意識がはっきりしていないのか、ぼんやりと虚空を見ていた眼がやがて平助を捕らえて大きく見開かれる。

「へい・・・すけ・・・?」

「平気か、龍之介? どこか痛いところとかないか?」

ゆっくりと身を起こした龍之介は不思議そうにきょろきょろと辺りを見回す。

「何だ? どこだ、ここ? 俺達、何でこんな所にいるんだ?」

「多分、あの黒服の奴らに誘拐されたんだと思う」

平助の言葉に龍之介もようやく思い出したのか、驚きの表情を浮かべた後申し訳なさそうに平助を見た。

「悪い、お前を巻き込んじまったんだよな」

「お前のせいじゃねえだろ。悪いのは誘拐犯だ。それで、誘拐される心当たりとかあるのか?」

「そりゃあ・・・」

困ったように言葉を濁す龍之介。
その様子に平助も何となく理由が思い当たった。

「ああ、芹沢さん関係か」

それ以外にないだろう。
龍之介自身は無力なただの子供だが、彼を引き取った家はそうではない。

(身代金目的の誘拐か? それとも・・・)

考え込んだ時、突然どこからか電子音が響いた。

「「!?」」

二人は部屋の中を見渡して音源を捜し、扉の近くのパイプ椅子の上に置かれた携帯電話の存在に気付く。
恐る恐る近づき、携帯電話を手に取る。表示された送信者は“非通知”。
平助は意を決して通話ボタンを押した。

『目が覚めたようですね』

電話の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。助手席の男だ。

「あんた、誰だ?」

『余計な詮索はしなくて結構です。君は龍之介君ですか? それとも友人の方ですか?』

「龍之介の友達だ」

『ああ、それは災難でしたね。変な正義感を発揮したせいで君まで巻き込まれてしまって』

男の物言いがいちいち癇に障る。
子供を誘拐したことに何ら良心の呵責を感じていない、他人事のような口調だ。

「何の目的で龍之介を攫った?」

『彼、というより彼の家に用がありましてね』

やっぱりか、と平助は心の中で溜息をつく。
とにかく、今は情報を引き出すことに専念しよう。

「龍之介の家に何の用があるんだよ。身代金でも請求するつもりか?」

『まあ、そうなりますかね。何しろ、何度こちらが頼んでも頷いてくれないもので、こうして強硬手段に出るしかなかったんですよ。恨むなら芹沢先生を恨んで下さいね』

あまりにも身勝手な言い分に嫌悪感が募る。
初めて見た瞬間から嫌いになった相手だが、今は侮蔑すら覚える。

「頼む、て何だよ。あんた、何の目的があってこんなことしてるんだ」

『君のような子供に言っても理解できないでしょうが、我々は素晴らしい研究を行なっています。その為の資金協力が欲しいんですよ。なのにあの頑固な人は何度説明してもこの素晴らしい薬を理解してくれないので、我々も困っているんです』

「・・・薬?」

ざわり、と悪寒が全身を駆け抜けた。
彼がやっている“研究”という言葉に、脳裏に思い浮かぶ映像があった。

“びいどろの入れ物の中の紅い液体”

そのイメージが強く浮かんでくる。

『ああそうだ、君達、逃げようと考えない方がいいですよ。夜はとても危険です。その部屋にいた方がきっと安全ですからね』

笑いを含んだ声がそう忠告し、通信がぷつりと途絶えた。

「おい!」

電話の向こうの相手に呼びかけても、ツーツーという音だけが虚しく流れる。
平助は通信を切ると携帯電話を操作して歳三の携帯番号を入力しようとしたが、直後に充電切れの表示が出て画面が真っ暗になった。

「くそっ!」

最初から僅かな電力しか残されていなかったようだ。
これで外部への通信手段がなくなった。

「平助、相手、何だって?」

振り向くと、龍之介が真っ直ぐに彼を見つめていた。
男の言葉をそのまま伝えるべきか迷ったものの、平助は正直に話すことを決めた。

「芹沢さんに何かの研究のための資金協力を申し出たけど断られたらしい。お前を人質に金を出させるつもりだと思う」

「そっか、やっぱりな。俺なんかが人質になるわけないのにな」

「龍之介・・・」

自嘲でも何でもなく、ありのままを口にする龍之介に掛ける言葉が見つからない。

ふと下りた沈黙。
その中を、突然聞き覚えのある声が響き渡った。


《へーすけー、りゅーのすけくーん、そこにいるー?》


「「・・・・・・!!!???」」

僅かな空白の後、平助と龍之介は一斉に窓に駆け寄って下を見下ろした。

「げ、何であいつが・・・っ」

「皆・・・」

いつの間に現れたのか、窓の下には街灯の明かりに照らされて歳三、左之助、新八、総司、一の姿が見えた。
先程の声の主である総司は拡声器を手にしている。どこから調達してきたのだろう。

彼の声はどうやら建物中に聞こえたらしく、平助達と同じように従業員らしき人々が何事かと窓から顔を出していた。
出てきた顔を眺めていた歳三達だが、新八が平助に気付いたようで満面の笑顔で手を振る。

「そこにいたのか平助! 元気かー?」

新八の声に他の面々も平助達に視線を向けた。
そして拡声器越しに明るい声が響く。

《あー、本当にいた。あははー超ウケるー。二人とも何捕らわれのお姫様なんてやってるわけ? 千鶴ちゃんと違って君達なんて助け甲斐ないんだけど?》

「む、むかつく・・・っ」

思わず零れた龍之介の呟きは、そのまま平助の本音でもあった。


《総司、拡声器を貸せ。無事か、平助、龍之介。今助けてやるから待っていろ》

総司から拡声器を奪った一がヒーローに相応しい台詞を吐くと、歳三が手にした木刀で目の前の窓ガラスを叩き割った。
ガシャーン!という凄まじい音とともに、「行くぞてめえら!!」と迫力の篭った声が轟く。

「討ち入りなんて百数十年振りだね」

「腕が鳴るぜ!」

「よし、久々の御用改めだ!!」

「「「「おう!!」」」」

気合の入った声と共に窓から建物の中に入り込む五人。
直後に下の階では怒声やら叫び声が上がる。
平助達のいる部屋の扉の向こうも慌しくなり、廊下を走るいくつもの足音が耳に届いた。


「お前の親戚共はこっそりとか静かにってのができないのかよ! 何馬鹿正直に真正面から大騒ぎしながら乗り込もうとしてんだ!? 戦国武将かっての!!」

「いや、俺に言われても・・・」

返す言葉もなかった。



騒がしい足音が扉の向こうを幾度も通り過ぎる中、部屋の扉の鍵が乱暴に回される音がしたかと思うと、必死な形相の男が黒服の男数人と共に飛び込んできた。

「いったい何ですかあの騒ぎは! 君達、いったい何をしでかしたんです!?」

余裕を無くした男の様子に胸が空く。
だが同時に自分と龍之介が危険な状況に置かれたかも知れない。
平助は龍之介を背後に庇うように前に出た。

「俺を一緒に連れて来ちまったのが運の尽きって奴だぜ。あの人達は俺の暴れん坊な兄ちゃん達だからな」

「くっ、では君を人質にしてあのガキ共に言うことを聞かせてやれば!」

「それができりゃいいがな」

男の背後から声が聞こえた瞬間、黒服の男達が崩れ落ちた。

「!?」

振り返った男の背後には、木刀を手にした歳三と左之助が立ちはだかる。

「い、いつの間に・・・っ」

「あんたが黒幕か? 大人しく縛に付きやがれ」

「歳兄ちゃん、左之兄ちゃん!」

二人の姿に平助が安堵の声を上げた時、男が懐に手をやったかと思うとその手に銃を持って歳三達に向けた。

「死にたくなかったらどきなさい!!」

「「・・・・・・」」

歳三と左之助は恐れる様子もなく男を見たが、平助と龍之介に視線をやると無言のまま道を開けた。男が暴走して二人に銃口を向けるのを避けたかったのだ。
その間を男は全速力で走り抜けていった。

「無事か、平助、龍之介」

「ああ、でもどうしてここが解ったんだ?」

「そいつだよ」

平助の問いに左之助が龍之介を見て言った。
きょとんとなる二人に、歳三は一台の携帯電話を差し出す。

「龍之介のランドセルにはGPSが付けられている。この芹沢さんの携帯電話で調べれば、お前の居場所が解るようになってんだとよ」

「え?」

意外な言葉に龍之介が眼を丸くして歳三を見る。
そんな彼の頭を、左之助の手がわしわしと撫でた。

「芹沢さんがこの携帯と、車と運転手を貸してくれてな。思ったよりずっと早くここに来れたってわけだ」

いい親を持ったな、と続けられても龍之介は半信半疑の表情のまま固まっていた。
その彼の手に歳三は携帯電話を乗せる。

「これはお前から芹沢さんに返しておいてくれ」

茫然としたまま、それでも無意識に龍之介の手は携帯電話を大事そうに、だが強く胸に抱いた。


「さて、左之助は二人を車まで連れて行ってくれ。俺はあいつを追う」

「おう、解ったぜ」

「待ってくれよ、歳兄ちゃん!」

部屋を出て行こうとした歳三を、平助は咄嗟に呼び止めた。
何だ、と振り返る彼に、衝動のまま叫ぶ。

「俺も行く!」

「はあ? 何言ってんだ平助、危険だからやめとけって」

左之助が窘める声に答えず、平助はただ歳三を一心に見つめた。
透き通った菖蒲色の瞳が平助を見据え、スッと細められる。

「俺の傍を離れんじゃねえぞ」

「解ってる!」

力強く頷き、平助は歳三の後に続いて駆け出した。





建物の中をひたすら奥に向かって走って行く。
その先は電灯が消え、等間隔に配置された小さな電球だけがほのかに灯る暗い廊下なのに、歳三の足に迷いはなかった。そして平助もまた、薄暗い闇を恐れる気持ちは湧いて来ない。

やがて、歳三が立ち止まった。
彼の前には暗闇の中に更なる深淵が広がっているかのように、真っ暗な空間が広がる。
むせ返るような血の匂いが鼻につき、平助は顔を顰めた。

「ここまで来てしまったんですか」

暗闇の中から声が聞こえた。
ぼんやりと灯る小さな明かりに浮かび上がるのは、銃を手にした男だ。

「ここに来てしまったからには、君達は生きては帰れませんよ」

狂気すら含んだ声に呼応するように、彼の周囲を紅い光が取り囲む。
頼りない明かりに照らされたのは、白い髪と紅い眼を持つ何人もの人間だ。

(羅刹!?)

慄く平助とは対照的に、歳三は微塵も動揺を見せなかった。

「あんたのこと、どこかで見たような気がしてたけど、思い出したよ」

不意に歳三が言った言葉に、男は胡乱げな眼を向ける。

「あんたはまだ取り付かれてるんだな。なあ、“新見さん”?」

「な、何故私の名を!?」

狼狽する男を見ているうちに、平助の中に流れ込んでくるものがあった。

(何だ、これ・・・)

びいどろの入れ物に入った紅い液体。
見るだけで嫌な気分になる、不吉な色。

それは誰が持ち込んだものだった?
   醒めた眼をした剃髪の男が浮かぶ。

誰が取り付かれた?
   目の前に立つ男と同じ顔の侍がニヤリと笑う。

誰がそれを口にした?
   あの頃も敵わない存在だった彼が悲壮な覚悟を決めた。

最後にそれを飲んだのは   誰だ?
   びいどろの入れ物の感触が、どろりとした液体を飲み込んだ感覚が甦る。


こちらを睨みつけていた“新見”が、平助を見て驚愕に眼を瞠った。

「その姿は・・・君も羅刹ということか?」

その言葉に歳三がハッと後ろを振り向き、そしてニヤリと笑った。

「羅刹? いいや、こいつはもう羅刹なんかじゃねえよ」

パリン、と頭の中で何かが割れた。

(羅刹・・・そうだ、俺は羅刹になった・・・けど・・・)


日の光が辛くて、血の赤が欲しくて苦しんだ記憶。
やがて狂ってしまうのだろうかと怯えた日々。
嫌な声が繰り返し繰り返し頭の中を駆け巡り、いつか仲間達の血を浴びることに歓喜を覚えるかも知れない、と底知れない不安に苛まれていた彼の手を、小さな手が強く握ってくれた。

“羅刹でも人間でも、平助君は平助君だよ!”

零れ落ちそうな瞳に涙を浮かべながらも、その強い瞳は真っ直ぐに平助を見てくれた。

こいつの前で血に狂うことなんてできない。
こいつに顔向けできないような生き方はできない。

そう思わせてくれた大切な存在。


「俺は、羅刹なんかじゃねえ・・・俺は“藤堂平助”。“新選組八番組組長、藤堂平助”だ!」


金色に光る双眸が、新見と羅刹達を見据えた。

「新見さん、あんた現代でも羅刹に狂っちまったんだな」

「な、何をわけの解らないことを! 羅刹達、このガキ共を喰らい尽くしてしまいなさい!!」

瞬時に殺気立つ羅刹達。
平助は咄嗟に腰に手をやったが、そこに刀がないことに気付いて焦る。

「あれ? あ、そうか、今俺子供だ。え? じゃあどうすればいいんだ!?」

わたわたと慌てる姿は、神秘的とも言える鬼のものであるが故に余計に滑稽だ。
歳三はどうにも締まらない平助に呆れたように溜息をつき、自分の小太刀を手渡した。

「平助、これを使え」

「え? これ土方さんの小太刀じゃん! いいのかよ、て・・・えええ!?」

小太刀を平助に渡してしまえば、彼の武器は木刀だけになる。
羅刹相手に木刀で大丈夫なのかと戸惑う平助の眼の前で、何と歳三は木刀を真っ二つにした。
いや、正しくは鞘を抜いて中の鋭い刃が露となったのだが、ただの木刀だと思っていた平助はあまりのことに驚きの声を上げる。

「それ、仕込み刀ってやつ!?」

「話は後だ! とにかくこいつらを片付けるぞ!」

言い放つ彼の姿も、もはや人のものではなかった。



歳三と平助の剣が全ての羅刹を斬り捨てた頃、新見の姿はそこになかった。

「新見さん、逃げちまったのか」

「らしいな。龍之介を誘拐したのはあいつだし、芹沢さんが警察に届けるとは思うが・・・」

だが、油断はできない、と二人は同時に思う。
新見の狡猾さと慎重さは、前世で酷く梃子摺らされたのをよく憶えている。
ここで捕らえることができなかったのは、やはり失態だったかも知れない。


「あの、さ、土方さん・・・俺土方さんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」

神妙な表情を俯かせる平助の言葉に、歳三は柳眉を寄せる。

「謝らなきゃいけないこと? お前に何かされた憶えはないが?」

「だって俺、最後まで土方さんのこと守れなかった・・・」

道別たれてしまった仲間達と、生死が解らなくなってしまった“彼女”に、平助は自分ができる唯一のことを誓った。
最後まで土方さんを守り抜き、新選組の最後を見届ける。
色んなことを間違えてしまった自分だけど、これだけは最期まで貫くつもりだった。
だが、そんな誓いも結局は道半ばで“死”という永遠の眠りによって阻まれた。

またやり遂げられなかった。
自分に対する失望感に、きつく唇を噛み締める。


「あの時、お前に言いそびれたことがある」

暫くの沈黙の後、歳三がぽつりと言った。

「え?」

「最期まで俺と共に戦ってくれたこと、感謝している。ご苦労だった」

「・・・土方さん・・・」

「あと、俺も詫びねえとな。お前を一人で死なせちまって、悪かったな」

「・・・っ」

ぽろぽろと、大粒の涙が平助の頬を伝う。
それに気付いて慌てて袖口で拭うが、一旦流れ出した涙はすぐには止まってくれない。

「あ、あれ? 俺、悲しいわけじゃねえのに・・・」

むしろ嬉しいのに、何で涙が出るんだ?
わけが解らない、と困惑する平助に歳三は苦笑しながら頭を撫でた。

「見てねえよ。思いっきり泣いてさっさと泣き止め。総司や新八に見られたらからかわれるぜ」

「うわ、それは勘弁! ああもう、止まれよ目から出る鼻水!」

「・・・汚ねえな・・・」

静寂の落ちた暗闇の中、平助の嗚咽が暫く流れていた。

やがて涙が止まり、昂ぶっていた感情も落ち着いた頃、平助は真っ赤に染まった目を上げた。

「土方さん、早く千鶴に会いたいな」

「そうだな。ところで平助、普段は俺をその名で呼ぶなよ」

「あ・・・」

歳三を“土方さん”と呼んでいたことに今更気付いたのか、平助はバツが悪そうに頭を掻いた。

「うわあ、記憶戻ったら歳兄ちゃんって言うの、何か変な気分だな。左之さんみたいに歳兄って言った方がまだマシっぽい」

「どっちでも構わねえよ。おら、泣き止んだならさっさと他の連中と合流するぞ」

踵を返してさっさと歩き去る歳三の後を、平助も慌てて追いかける。


そうして仲間達と合流した平助だが、真っ赤に潤む眼や赤くなった鼻は隠しようがなく、結局泣いていたことが知られて延々からかわれたのは言うまでもない。

そんな賑やかな武士達の姿を、優しい月の光が照らしていた。



〈了〉

11.11.30up
12.10加筆修正

五番目は平助君です。斎藤さんから数ヶ月後です。
実は今生では平助君と敬助さんは実の兄弟でした。
別に名前が似ているからという安直な理由からではありませんとも。ええ。
平助君達が誘拐された後の土方さん達の動向は、永倉さんの話で明らかになります。



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