桜月夜 〜覚醒〜“土方歳三”





   早く、早く行ってやらねえと!

ただその一心で馬を走らせていた。


   あいつらを助けてやらねえと! 俺の・・・俺の大事な奴らを・・・!


もう勝敗は火を見るより明らかなことは解っていた。
しかし、それでも俺は走り続けた。

弁天台場へ。

それしか頭になかった。

だから、気付かなかった。

銃口が、俺へと照準を合わせたことに。


一発の銃声の音が耳に届いた瞬間、俺は空へと投げ出された。
地面に叩きつけられたような衝撃が一瞬襲ったが、何が起きたかを悟る前に意識は闇に閉ざされる。


最後に俺の視界に映っていたのは、どこまでも青く広がる空と、生い茂る木々の緑。

嗚呼、春も終わりだな。
そんなことを思った。


思えば俺はずっと走り続けていた。

激動の人生の中で、多くの大切な人達との別れがあった。

鳥羽伏見の戦で、試衛館から付き合いのある源さんを失った。
俺達が守ると誓った少女が生死不明となった。
鳥羽伏見の戦で負傷した監察方の山崎が船上で息を引き取った。

江戸では試衛館からの同志である永倉と原田が、近藤さんとの意見の違いから袂を別った。
病の悪化から戦線を離脱していた総司を、江戸に置いて行かざるを得なくなった。
流山では俺が全てを懸けて押し上げたいと願った近藤さんを失った。

会津では俺が誰より信頼した斎藤と別れた。
仙台では羅刹の力を使い果たした山南さんが灰と消えた。
蝦夷地では春を待たずに平助も逝った。

ずっと走り続けた人生に悔いはねえ。
だが、ふと思う。

また、皆と酒を飲みてえな   と。

もしも、次の世で再び皆と会えたなら。
そこが戦のない平和な日本だったなら。

皆と共に桜の木の下で、ずっと宴会してえな。

今度はゆっくり年を取って、じいさんになってもずっと皆で一緒に楽しく笑いあえたら   最高だろうな。


その時、お前は誰の隣で微笑むだろうか。

できることなら、俺の手で女の幸せってのを感じさせてやりてえな。
娘盛りの貴重な時期に窮屈な思いをさせちまった分も、大事に愛でて花開かせてやりたい。

お前は絶対に佳い女になるんだろうな・・・。


そして、今生で破っちまった約束を守るため、今度こそ守り抜きたい。

俺の全てを以って   





■■■■■





「歳三君、少し構いませんか?」

日課の稽古を終えて家に戻り、一風呂を浴びて出てきたところに呼び掛けてくる声があった。

「ん? どうしたんだ敬助さん」

「知らせておきたいことがあります」

そう言って踵を返す敬助の後を追って辿り着いた先は居間だ。
時計の針はすでに夜の10時を回り、小学生組は部屋に戻って就寝した頃だ。今年から中学生になった左之助や新八はまだ夜更かししているだろうが、おそらく勇ももう布団に入っただろう。
居間には敬助一人だったのか、彼が操作していたであろうノートパソコンだけがテーブルに置かれている。

敬助は居間に入るとパソコンの前に座り、歳三にも傍に来るよう手招きする。

「実は、君達から聞いた羅刹とやらの情報を探っていたところ、とある動物病院の獣医師のツイッターに気になるものを見つけましてね」

「ちょっと待ってくれ敬助さん。あの化け物の情報を探ってくれるのはありがたいが、何だって獣医のツイッターに辿り着くんだ?」

理解不能だ、と眉間に皺を寄せる歳三に、敬助は「何言ってるんです」とこともなげに答える。

「左之助君達が出会った不知火とかいう鬼の言葉によると、羅刹は薬で生み出されているのでしょう。ならば動物実験が行われていると考えられ、異常性のある動物の情報が動物病院に齎せられている可能性があります」

「なるほど・・・」

言われてみればその通りだ。

しかし動物病院と言っても日本全国にいったいどれだけ存在するか。
歳三達の住む街に範囲を絞ってもそれなりの数があり、そこで働く獣医や看護士となれば大変な人数になる。そんな中から一人の獣医師のツイッターの膨大な呟きから一文に目を留めるなど、並大抵の集中力ではない。

(恐ろしい人だな、この人・・・)

改めてそう思う。

歳三の驚嘆の視線を浴びながら、敬助は獣医のツイッターを開くと目的の記事までスクロールしていく。
通り過ぎていく短い文章を何気なく目で追っていたが、僅かな呟きだけでも動物病院がどれだけ大変なのかが伝わってきた。
暴れる動物との格闘や小さな動物相手の大手術、物分りの悪い飼い主への対応の苦慮など、現場はさながら野戦病院のような凄まじさだ。

「大変なんだな、獣医って・・・」

「これです」

しみじみと漏らす歳三の視線の先で画面の流れが止まり、敬助が一つの文章を差した。
そこに綴られていたのは   
【狂犬病予防注射なう。朝は白衣だったものが終わる頃には茶色やら黒やらの模様付きだよ。でも頑張ろう。最近は奇病に掛かった動物の情報がちらほら聞こえるからね】
「奇病?」

「他の同業者や動物病院の利用者からも同様の声が上がっています」

訝しげに眉を顰める歳三に答えるように、敬助は獣医の呟きへの返信のコメントを開く。
【お疲れ様です。動物の奇病、僕の所にも噂が来ていますよ。夜、散歩中に犬が突然怯えだして何かと思ったら野良犬に飛び掛られたとか】

【あ、それ私の病院の話です。飼い主さんが犬を抱いて慌てて飛び込んで来られたんですけど、首元をすごい力で噛み千切られていたんです】

【怖いですね。犬同士の喧嘩でしょうか?】

【奇病、かどうか解りませんが、先日うちの猫の掛かりつけの病院に弱った野良犬が連れてこられたらしいのですが、その日の夜にいきなり暴れだしてゲージを壊して逃げたそうです】

【え? 外に出たんですか? どうやって?】

【硝子が割られていました。警察が来ていてびっくりしましたよ。防犯カメラに犬が暴れる様子が映っていたそうですが、犬が簡単に硝子割れるんでしょうか?】

【それが事実ならその犬、すごく危険かも知れませんね】
文字を追う歳三の眼が次第に険しいものとなっていく。

「最近警察沙汰になった動物病院を調べたら案外近くにありました」

画面に別のウィンドウが表示され、とある動物病院のサイトが開かれる。
その病院の住所は、確かに歳三達の住む街の隣町という近さだ。

「怪我を負った犬が運び込まれた動物病院は総司君達の小学校から近く、聞けば先日学校からのプリントで保護者に注意喚起が書かれていたそうです」

誰も気にせず丸めて捨てたらしいですが。

続く言葉に歳三はまあそうだろうな、と心から納得する。
自分だって気にしない。目の前に凶暴な獣が現れたら容赦なく叩き潰す。動物愛護精神? そんなもの自分達の身の安全に比べれば些細な問題だ。襲ってくる奴がいるなら叩きのめすのが当然だろう。
だが、その獣が一年前に歳三達を襲った化け物と同じ“羅刹”だとしたら。

「こいつ、羅刹だと思うか?」

「総司君や左之助君はそう判断したようですよ。羅刹は昼間は動くことができず、夜になると凶暴化して常識を超えた力を発揮するのだそうです」

「総司や左之助がそう言ったのか?」

何で知ってるんだ? というかあいつらもこのツイートを見たのか?

その疑問が顔に出ていたのか、敬助はどこかわざとらしくコホンと咳払いし、言い難そうに視線を泳がせる。

「・・・実は歳三君に知らせる前に総司君と左之助君に話してしまったんです。途端に二人は大変素晴らしい笑顔で『行ってきま〜す!』と軽やかに走り去って行きまして・・・」

「・・・あの、馬鹿野郎共がぁ〜〜〜っ」


あいつら一発殴る。


瞬時にそう心に決めるや、歳三は木刀を手に取って上着を羽織りながら玄関に走る。
その後を敬助も木刀を手にして追って来た。

「僕も行きますよ」

その言葉に頷きを返し、二人は車庫に向かった。
ざっと見て、総司と左之助の自転車が無くなっていることが視認できた。やはり山を下りたようだ。

歳三と敬助もそれぞれの自転車に跨ると、夜の山道を猛スピードで走り下りて行った。





■■■■■





夜の閑静な住宅街を自転車で疾走しながら、歳三は次第に焦燥感を抑えられなくなっていた。

   早く、もっと早く   

その一心で駆けたのは、いつの記憶だろうか。
守らなければならない大切なもの。決して失ってはならない最後の誇り。
例え我が身と引き換えにしても、先に逝った大事な奴らと交わした誓いを背負って戦い続けた激動の日々。

あの時もこうして走っていた。
この先に何が待ち受けていようとも、あいつらを助けることだけを考えて。

   そして・・・。


「止まりなさい!!」

「!?」

背後から叩きつけられた怒声にハッと我に返った瞬間、目の前を通り過ぎていく光と音に咄嗟に急ブレーキを掛けた。
このまま突き進めば車が行き交う道路に飛び出してしまうところだった。

大きく息を吐く歳三の隣に、敬助の自転車も停止する。

「落ち着いて下さい。何か焦っていませんか?」

「悪い、早くあいつらを見つけてやりたくて・・・」

「君がそんなに心配する必要ないでしょう。彼らは強い。僕や君よりもね」

「ああ、不本意だがそれは解ってるんだ」

端正な顔に自嘲の笑みが刻まれる。

一年前に総司が、半年前には左之助が、傍目にも明らかなほどに変わったことは歳三もよく解っている。木刀を手に向き合った瞬間に敗北を悟るなど、彼にとって屈辱以外の何ものでもなかった。
そんな二人ならば危険な目に遭ったとしても、歳三や敬助の助力など必要ないだろう。

「だけど、前にもこんなことがあったような気がしてよ。俺が行ってやらなきゃならねえ気がして仕方ねえんだ」

この焦りがどこから来るのかは解らないが、彼は昔から仲間を失うことを極度に恐れていた。
年下の仲間達には決して見せない弱さ。それを知るのは勇や敬助、そして源三郎くらいだろう。

「とにかく焦りは禁物ですよ。周りが見えなくなると、先程のようにあわやという事態になりかねないのですからね」

「解ってる。・・・すまねえな」

敬助の言葉にいつもの冷静さが戻ってくる。
未だ不安は消えていないが、再びペダルを漕ぎ始めた歳三から先程までの追い詰められたような表情は消えていた。



街灯の明かりに照らされる夜道を走り続けていると、やがて小学校に辿り着いた。
総司や一、平助が毎日通う学校であり、数年前は歳三や敬助も通った場所だ。

ふと胸をよぎる懐かしさは六年間通った学び舎に対するものか、月光の下を咲き誇る桜の花が散り行く様に一年前の出会いを思い起こされたからか。

闇の中をはらはら舞い落ちる白い花びらに見入っていると、後ろを走る敬助の呼びかけが意識を現実へと引き戻す。
自転車を停めて振り返ると、敬助が学校の傍にある畑を指差した。
この畑は毎年、農家の好意で子供達が野菜を植えたり米を育てたりさせてもらっている場所だ。
その中に、小柄な人影と犬と思わしき動物の影が見えた。

(総司、か?)

背格好は調度同じくらいだ。
このような時間に子供が一人で犬の散歩をするとは思えない。

確かめようと歳三と敬助が畑へと踏み込んだその時、暗闇の中不気味に光る紅い光を見た。
瞬時に歳三が駆け出したのと同時に、紅い光を発する獣が子供に飛び掛かった。

「うわあ!」

悲鳴を上げて倒れる子供に獣が圧し掛かる。
咄嗟に顔を庇った腕に噛み付いた時、獣が駆け寄ってくる歳三に気付いて紅い眼を向けた。

一閃された木刀を紙一重で交わし、大きく後ろに跳び退る。

子供を庇うように前に出た歳三は唸り声を上げる獣と向き合った。
街灯の明かりを受けてうっすらと確認できた獣は、かなり薄汚れているものの真っ白な毛並みの犬だと解った。睨みつけてくる紅い瞳は一年前の狂気を思い出させる。

後ろでは追いついてきた敬助が子供を抱き上げていた。
ぐったりと横たわる少年はどうやら気絶してしまったらしい。

「総司君ではありませんね。腕を咬まれたようです」

殺意を剥き出しにして唸る獣の口から、涎と共に血が滴り落ちる。少年が負った怪我は浅くはないだろう。

「さっさとこいつを片付けて病院に行かなけりゃな」

せっかくの食事を邪魔された獣は、歳三に対して凄まじいほどの殺気を向けてくる。
しかし、歳三は微塵も動揺を見せない。

(こんなもの、あいつらと比べたら何でもねえな)

思い出されるのは一年前に千鶴と共に現れて消えたいけ好かない男と、剣を手にした時の総司と左之助の姿だ。
この一年で何度も命の危険を感じる程の殺気を浴びていれば、こんな獣如きものの数ではない。

身の毛もよだつ咆哮と共に飛び掛ってくる獣を、鋭い木刀の一閃で叩き臥せる。
憐れな悲鳴とともに土の上に叩きつけられるも、すぐさま獣は体勢を立て直して歳三に向かってくる。
それを再び木刀で跳ね返すと、骨が砕けるような嫌な感触があった。
だが獣は小さな悲鳴を上げただけで、何度も歳三に牙を剥いて襲い掛かる。

攻防が続くと、歳三も敬助も犬の異常さに気付かざるを得なかった。

「不死身ですか、この犬は・・・」

普段冷静な敬助にも焦りが浮かぶ。
打ち込んでも打ち込んでもすぐに立ち直られては、いずれ歳三の方が疲弊してしまう。

「羅刹は傷を負ってもすぐに癒える。奴らを倒す方法は心臓を貫くか、首を刎ねるか、だ」

聞こえた歳三の声は敬助とは対照的に冷淡なものだった。
思わず彼に眼をやった敬助は、驚愕のあまり一瞬思考が飛んだ。

僅かに届く街灯の明かりがなくとも、闇の中ですらはっきりと見える。
いつの間にか歳三の髪が白く染まっている様が。

「木刀でそれをやるのはちと大変だな」

言いながらも、歳三が不敵に微笑んでいるのが気配で解った。
動くことを忘れたかのように硬直していた腕から少年がずり落ち掛け、ようやく我に返った敬助は慌てて少年を抱え直す。そしてふと気付く。少年の手元に光るものの存在に。

「歳三君、この子がナイフを持っていました。これを使って下さい」

敬助の言葉に、歳三は獣から眼を離さないまま木刀を片手で持ち直し、空いた手を後ろに向ける。その手にナイフの柄を乗せると、ぎゅっと強くそれを握り締めた。

「終わらせてやるよ」

敬助がこれまで聞いたことのない、低く鋭い声だった。

狂気に満ちた獣も、歳三から発せられる覇気に慄くように後退る。
歳三はその距離を一気に詰め、木刀で思いっきり獣の胴を突く。衝撃に仰向けに倒れこむ獣の首を木刀で抑え付け、ナイフの刃を心臓に深々と突き刺した。
ビクビクと痙攣していた獣は、やがて動かなくなった。

目の前で息絶えた犬を見つめながら、歳三は手に触れる温もりが徐々に失われていくのを感じていた。

かつて、どれだけの仲間がこうして命の火を燃やし尽くして果てただろうか。
何人の仲間を、この憐れな犬のような化け物へと変えただろうか。

   あいつら、どれだけ俺を恨んでいるだろうな・・・”

思わず吐露してしまった思いを隣で黙って聞いてくれたのは、誰だったか。

守ると誓ったのに、失ってしまった大切な存在。
いつも根を詰めてしまう彼を気遣って、そっと茶を差し出してくれた白く小さな手。


ふと顔を上げると、星の瞬く夜空に春の月がぼんやりと浮かんでいた。

「歳三君?」

呼び掛けに振り返った歳三の目に、懐かしい顔が驚きに眼を見張って自分を凝視する姿が映る。

「山南さん・・・いや、違うな、敬助さんか」

様々な記憶が、感情が渦巻くも、不思議と自分と周りの状況は理解できた。
時代は幕末ではなく平成であることも、今の自分が武士ではないことも。
自分の奥底にわだかまっていたものが湧き水のように溢れながらも、それは大地に染み込むように現在の歳三と同化していく。

「なるほど、これが“覚醒”ですか。思い出したのですね?」

「山南さん? あんたも記憶が・・・?」

「いいえ、僕に記憶はありません。ですが、総司君から事情は聞いていますよ」

「総司・・・あいつ・・・」

思わず苦笑が浮かぶ。

今なら総司や左之助が何故あれ程の変化を見せたのかがよく解る。
彼らもまた、もう一つの自分の人生を思い出して同化したのだ。

そして、“彼女”のために出来ることを自分なりに見つけようとしている。
今回のことを考えても記憶の有無に関わらず、敬助を巻き込んだのは良い判断だ。

昂ぶっていた気分が落ち着いてくると、歳三の変化もまた収まりを見せる。
話に聞いていた“千鶴”と同じ鬼の色彩が見慣れた色を取り戻し、額に浮かび上がっていた二つの突起は痕跡すら残さずに消えた。

少年を抱いたまま膝を付いていた敬助に向けられた視線が意識を失った少年へと移動し、歳三の目線が彼の顔を見て止まる。

「こいつは・・・」

「お? 歳兄に敬兄まで来たのかよ」

聞きなれた声に振り向くと駐輪している歳三達の自転車のすぐ傍に、二人が捜していた少年達―総司と左之助が立っていた。
自転車から降りて歳三達の下に歩み寄った二人は、敬助の腕に抱えられている少年を見て驚きを浮かべる。

「どうしたんだ、そいつ? その犬に襲われたのか?」

「あれ? そこに寝てるのって山崎君じゃない」

「山崎って、あの山崎か? 知り合いなのか?」

「クラスメイトだよ。でも記憶はないし一族でもないから今生では無関係の人だと思ってたけど、どうして歳三さん達といるの?」

いや、お前とクラスメイトだという時点で何らかの縁を感じるだろう普通は。
とことん勇と千鶴以外のことはどうでもいい総司に、歳三と左之助は呆れたようにため息をついた。


「とにかく、こいつを病院に連れて行く。総司、一緒に来い。敬助さんと左之助はその犬を持って家に帰っててくれ。左之助、お前の自転車の籠に犬を入れろ」

「え〜? 面倒なんですけど〜」

「あんなもんを籠に入れるのは流石に抵抗あるな」

渋る二人に、歳三は毅然とした口調で言った。

「副長命令だ」

「「は?」」

二人の呆気に取られた顔がおかしくて、笑いが込み上げてくる。
思えばこの一年、この二人には散々振り回されたのだ。ここで少しくらい意趣返ししても罰は当たらないだろう。

「“新選組副長、土方歳三”の命令を、よもや聞けねえとほざくわけじゃねえだろうな?」

自分より低い位置にある二人の顔を見下ろしながら傲慢に言い放つ歳三の言葉を受け、総司と左之助の表情が驚きから笑顔へと変化していった。

「なあんだ、思い出しちゃったんですね」

「副長命令じゃあ仕方ねえな」

そう言いながら左之助は躊躇いもなく犬の死骸を抱き上げる。
寸分違わず心臓を貫くナイフが月明かりに鈍く光を放ち、この犬が何故このような姿になったかを思って眉を顰める。
歳三に視線をやると、彼と目が合った。

「後で話し合おう」

「おう」と笑みを返し、左之助は敬助と共に自転車に跨って帰途に着く。

そして歳三と総司は救急車を呼び、少年と共に乗り込んだのだった。





■■■■■





少年の両親に連絡を取り、医師や警察の質問に答えてようやく二人が家に帰れたのは日付が変わろうかという時刻だった。

いくら記憶があってもまだ幼い総司の身体は眠気を抑えられない様子で、自転車を漕ぐ様子が危なっかしい。
“前”と変わらず手の掛かる弟分に苦笑を漏らしながら、歳三は夜空に浮かぶ春の月を仰ぎ見る。

「・・・あれから一年、か」

歳三達の人生が変わり、総司や左之助に変化を齎す切っ掛けとなった出来事が鮮明に思い出される。
二人に続き、自分にもまたこの夜変化が訪れた。
もう、何も知らなかった子供に戻ることはできないし、戻ろうとも思わない。

「・・・千鶴」

彼女に会わなければならない。
会って、戦場に置き去りにしてしまったことを詫びて、その後は   


ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる。
誰よりも桜の似合う愛しい女の面影を月に重ね、再び会えた奇跡に感謝する。


(今度こそ、俺の全てを以ってお前を守る)


桜降る中目覚めた武士は、春の月を想ってそっと眼を綴じた   




〈了〉

11.10.10up

三番目は土方さんでした。沖田さんから一年後です。
斎藤さんと平助君と新八っつあんの出番がなかった・・・っ(汗)
山崎さんの話は次回に。



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