|
鬼と菩薩と犬
土方さんから下された最後の命令を遂行した俺は多摩川の川縁に立ち、近藤さん達も見たであろう風景の中で彼らに思いを馳せていた。
どれくらい時が経っただろうか。
新選組・・・否、浪士組との半年間の思い出は俺の中であまりにも強烈過ぎて、思い出に浸ると時間があっという間に過ぎてしまう。
よく、松本先生にも注意されたっけか。
こっちの世界に戻って来いって呆れたように言われたことを思い出す。
(これから、俺はどうしようか)
蝦夷地で死ぬつもりだったから、先のことなんて何も考えていなかった。
土方さんの命令で江戸まで来たが、話すことのできない俺がこれからどうやって生きていけばいいのか。
結局、唯一出た答えは松本先生のもとに戻ること、だった。
他に頼れる人も居ないし、別れ際先生が言ってくれた「いつでも帰ってきなさい」という言葉だけが頼りだ。
会津に戻ろう。
そう決心して歩き出そうとした時だった。
「もし」
不意に声を掛けられた。
振り返って声の主を見た俺は、驚きのあまり硬直した。
「良かった、探したんですよ」
そう言って微笑んだその人は、数刻前に会った人。
土方さんの姉上のお徳さんだ。
「先程は弟の手紙を届けてくれてありがとうございました。お手数を掛けて申し訳ないのですが、面倒を頼まれて下さいませんか?」
「・・・?」
何だ? 土方さんの姉上が俺に何の用があるんだ?
茫然としている俺に、彼女はやけにでかい風呂敷包みを差し出した。
「これを、蝦夷にいる弟に渡して欲しいのです」
「・・・??」
えっと、どういうことだ?
土方さんはもう生きてはいないだろうって、伝えたはずだよな。
土方さん自身は死ぬつもりはなさそうだったが、旧幕府軍は新政府軍に敗北した。
“新選組の土方歳三”が新政府軍の奴らに見逃されるはずがない。
混乱する俺の様子に気付いたのか、お徳さんはにっこりと笑った。
「大丈夫、あの子は殺しても死にませんから」
・・・褒め言葉、だよな?
何だろう。
すごく優しい笑顔に見えるんだが。
何か、寒いぞ。
「ふふふ、自分が死んだと思わせたいのが見え見えの小細工に、私が騙されるわけがないでしょうに」
はい?
・・・・・・今のは幻聴、だよな。うん、きっとそうだ。
「あの子は生きています。姉の私が言うのだから間違いありません」
何でこんなに自信満々に言い切れるんだ?
しかも納得しそうになったぞ。
いや、これも姉弟愛ってやつなんだろう。
そうだよな、誰だって家族が死んだなんて思いたくないもんだ。
俺だって、土方さんに生きていて欲しい。
土方さんが生きているって望みは薄いが、それでお徳さんの気が済むなら彼女の願いを叶えよう。
そう決めて、差し出された荷物を受け取った。
ていうか、また江戸から蝦夷へとんぼ返りかよ。
■■■■■
ようやく俺が蝦夷地へ足を踏み入れたのは、夏が終わる頃だった。
俺が向かったのは五稜郭だ。
新選組の最後の戦の地を回ってから、土方さんの墓を探してそこの坊さんに荷物を手渡そう、と色々考えながら歩いていた。
五稜郭の裏手に差し掛かった時だった。
緑が生い茂る木々の向こうに人の姿を捕らえて、俺は足を止めた。
誰だろう。
後姿からして若い男のようだが、こんな所で何してるんだ。
すると俺の気配に気付いたのか、その人物が振り返る。
「・・・・・・」
「よう、よく来たな」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、どうした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「井吹? 立ったまま目開けて寝てんのか?」
何であんたがここにいる!?
俺が声を出せたなら、そう叫んでいただろう。
俺の目の前に立っているのは、土方歳三、その人だったのだ。
思わずその人物を指差して口をぱくぱくさせていると、指差された本人は不快げに眉を寄せた。
「おい、人を指差すんじゃねえよ。何幽霊を見たような顔してんだ」
いや、実際幽霊を見たような気分なんだよっ。
『何で生きてんだよ、あんた!』
声は出ずとも唇の動きから俺の言葉を理解したのか、土方さんはにやりと笑った。
「俺は殺しても死なねえからな」
「・・・・・・・・・・・・」
俺は・・・何も言えなかった。
その後、落ち着きを取り戻した俺に土方さんは簡単に説明してくれた。
つまり。
“嫁の愛が救ってくれた”
ふざけてんのか、あんた。
土方さんてこんな人だったか?
俺の記憶の中にあるこの人って、不敵に笑ってたり、抜け目なく周囲を観察して策略巡らせたり、眉間に皺寄せて芹沢さんといがみ合ってたり、優しく部下を労わってたかと思うと殺気撒き散らして人を脅したり・・・間違っても女にうつつを抜かして惚気たりなんてこと絶対にしないはずなんだが。
もしかして偽者か!?
胡乱な目を向けると、笑みを浮かべたまま頭に拳骨落とされた。
「今、失礼なこと考えただろ」
いきなり殴るな! 芹沢さんじゃあるまいし!
「ところで、お前は何故ここにいる。日野には行って来たのか?」
あ。そうだ。土方さんがいるなら荷を渡さないと。
そう思い立ち、手に持つ包みを差し出す。
土方さんは怪訝な表情を見せたが、包みを押し付けるとそれを受け取って中身を確認し始めた。
「・・・・・・」
まず手に取った手紙を開いて読んでいた土方さんの眉間に深い皺が寄る。
その頬に一筋、冷や汗が流れた。
そして酷く真剣な瞳が俺を見据える。
「お前、俺が生きてるなんて思っていたか?」
ふるふる、と首を振る。
生きていて欲しい、とは願っていたが、正直諦めてもいた。
確かめるのは怖かったが、お徳さんのたっての願いだからここに来たのだ。
だから、土方さんが目の前に居る現実に、まだ実感が沸かない。・・・いや、さっきの拳骨は痛かったが。
「そうだよな、普通はそうだ。俺が生きてるなんて思うわけがねえ。なのに、何であの人は微塵も信じてねえんだ? おかしいだろ」
「・・・??」
深刻そうな表情でぶつぶつ呟いているが、意味がさっぱりわからない。
その台詞からすると、まるで自分が死んだと周囲に思わせたいみたいだ。
『お徳さんに無事を知らせた方がいいんじゃないか?』
何なら、俺がもう一度日野に行って来てもいい。
声の出ない口で懸命に伝えるが、土方さんは厳しい言葉を返す。
「余計なことすんじゃねえぞ、井吹。いいか、俺は死んだ人間だ。姉貴にも誰にも知らせるんじゃねえ」
『何でだよ! 家族だろ?』
そう訴える俺に、土方さんは凍えそうな笑みで答えた。・・・寒いぞ。
「俺は嫁と二人で幸せに暮らしたいんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
て、呆けてる場合じゃなかった。
ていうか、嫁って誰だよ。どこにいるんだよ。
「ん? 嫁がここにいないことが気になるのか? あいつは今人助け中なんだよ」
「??」
「あいつ、医学の心得があるから里の人間に頼りにされててな。今日は赤ん坊が生まれるってんで手伝いに行ってる」
そこまで言って言葉を切った土方さんは考え込む素振りをしながら俺を見た。
「調度いい、井吹、お前江戸の嫁の実家に行って医学書持って来てくれ」
は?
「お前も松本先生の手伝いしてたんだから、少しは知識あるだろ。必要と思われる本や器具をしこたま持って来い。旅費はやるから」
え?
「ああ、ついでに日野の姉貴にはちゃんと、俺は死んだ、と念を押して来いよ」
おい。
「頼んだ。じゃあ行って来い」
ちょっと待て!!
『何で当然のように俺を使ってんだ、あんたは!』
「ああ? 俺の頼みが聞けねえってのか?」
うわ、殺気の篭った目で睨むなよっ、怖いんだよ、あんたのその表情はっ。
思わず後ずさる俺に一歩ずつ近づいてくる土方さんは、鬼の幻影を背後に背負いながらバキボキと指を鳴らしている。殴る気満々かよ。
「解ったって言うまで、拳で語ってやってもいいんだぜ?」
『解ったよ! 行けばいいんだろ行けば! あんたは芹沢さんか!!』
ことある毎に鉄扇で殴られた苦くて痛い思い出が脳裏をよぎる。
土方さんは、その時の芹沢さんを思わせる、迫力の篭った笑みを湛えていた。
「芹沢さん、か。懐かしい名前だな。あの時の数々の怒りが甦るぜ」
何で俺を睨むんだよ。芹沢さんへの鬱憤を俺にぶつけたって仕方ないだろ!
と、いうわけで俺は蝦夷から江戸に舞い戻ることになったのだった。
■■■■■
「そう、弟は死んだ、と。そう言えと言われたのですね」
『いや、本当に死んだんだって』
冬のある日、江戸の地を踏んだ俺は日野の土方さんの実家を訪ね、お徳さんに「土方さんは死んでいた」と伝えた。
だが、お徳さんは微塵も信じてくれなかったようだ。
このまま嘘をつき通すのは胸が痛むし、かと言って土方さんの命令に背く勇気もない。
どうすりゃいいんだよ。
困惑する俺に、お徳さんは優しく笑いかける。
「そう困った顔なさらないでいいんですよ。弟が死んだと思わせたいのなら、もういいんです」
「・・・・・・」
そんな風に言われると申し訳なくなる。
本当は生きてるのに連絡も取れず、会うこともできないなんて・・・。
弟を心配する姉の心労はどれほどのものだろうか。
俯く俺の前で、お徳さんがぶつぶつと呟き始める。
「いいわよ、もうトシちゃんなんてっ。どうせあの子のことだから、可愛いお嫁さんをもらったんだわ。でも独占欲が強いから私達に紹介して夫婦水入らずを邪魔されたくないのよ。ええきっとそうだわっ。何て心の狭い男なのかしらっ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そこまでするならお姉ちゃんだって意地でもトシちゃんの手紙も句集も処分してなんてやらないんだから! 家宝として後世に伝えてやりますからね!」
ええと。
なんなんだ、この姉弟は。
その後、またもや土方さん宛ての荷物を押し付けられた俺は、土方さんの命令を遂行するために“雪村診療所”という場所を訪ねた。
雪村・・・って何処かで聞いたような気もするが・・・。
「あら、貴方どなた?」
そういうあんたこそ誰だ?
診療所に辿り着き、医学書や器具を選別してたら、突然診療所の引き戸が開いて見知らぬ少女が現れた。
ここは無人って聞いていたからこの家の主ではないはずだ。
「私は千っていうの。この家に住んでいた女の子の友達よ。貴方は誰? まさか泥棒?」
眉を顰めて睨まれ、俺は慌てて墨と筆を用意してその辺の紙に字を書く。役人でも呼ばれちゃ面倒だ。
“ある人に頼まれた”
こんな言葉で納得してくれるわけがないよな、とさらに何か言葉を連ねようとしたが、お千という女は確信を込めて言った。
「土方さんね。やっぱり生きてるって思った」
何故わかる?
茫然とお千を見やると、彼女は俺に詰め寄って凄い勢いで捲くし立て始める。
「函館戦争の後から情報がぷっつり途絶えちゃったのよ! 連絡を取ろうとしたのだけど、足跡が全然掴めないの! 土方さんのことだから千鶴ちゃんを独り占めするために山奥に篭ったに違いないわ! ここならそのうち何らかの手段を講じてくると睨んで時々訪れていたの。予感的中よ、ざまを見なさい土方歳三! 貴方、土方さんに会ったのよね? どこに住んでるのか知ってるでしょ!? 素直に吐きなさい!!」
おおおおお落ち着け、ちょ、胸倉掴んで揺さぶるなあああああっ!
どこからともなく現れた君菊という綺麗な女に窘められ、お千がやっと俺を解放してくれたのは、俺が息も絶え絶えになった頃だった。
すげー力で首絞められたんだが、こいつ本当に女か?
とにかく、土方さんは自分は死んだ、と周囲に思わせたいようだから、俺はその意思を汲んで“土方さんは死んだ”とお千に伝えた。
全然信じてくれなかった。
土方さん、あんた一体どんな風に思われてんだよ・・・。
しかし、お千はそれ以上追求するつもりはないようだ。
「まあいいわ。土方さんのことより、私が気になってるのは千鶴ちゃんのことだもの。井吹さん、だったわね。千鶴ちゃん宛ての荷物、用意するから届けてね」
・・・何で当然のように俺に押し付けるんだよ・・・。
ていうか、この診療所のものをまとめても、全部一度に運ぶのは無理なんじゃないかと思う・・・。
しかも季節は冬。
極寒の東北に一人旅なんてしたら、俺は確実に遭難死する。
というわけで、俺はこの診療所で冬を越させてもらうことにした。
土方さんから、処分しておけと言われたものもあるしな。
そうして俺は数ヶ月間、雪村診療所で過ごした。
この診療所があの“雪村網道”さんの家であることはすぐに気付いた。
土方さんが処分しろと言っていたのは、“変若水”に関する資料だ。
それに気付いた俺は必死に書類を読み漁り、それらしいものを片っ端から処分したのは言うまでもない。
あんなものを放置するわけにはいかないもんな。
それにしても、その網道さんの娘と土方さんがどういう経緯で夫婦になったりしたんだろうな。
その疑問を、時々診療所に訪ねてくるお千に問うてみれば、お千と君菊さんは延々と"雪村千鶴”が如何に可愛いかを語ってくれた。
・・・いや、まあ俺の知らない新選組の話も色々聴けたからいいけどさ。
春になり、纏め上げた荷物を見て俺は途方に暮れた。
どう考えても一度に運べる量じゃねえ。
というか、お徳さんから預かった土方さん宛ての荷物と、お千から預かった雪村千鶴宛ての荷物だけで手一杯だ。
嗚呼、また江戸と蝦夷を往復するはめになるんだな・・・。
足取りも重く、俺は蝦夷に向けて長い旅に出るのだった。
■■■■■
江戸と蝦夷を往復すること数回。
最後の荷を運び終えたのは、次の春だった。
その間、土方さんやお千にはどこぞの土地のこういう土産を買って来いとか言われたり、何度目かに江戸に戻った時には永倉新八と再会して一緒に蝦夷に行ったりもした。(やはり奴も土方さんの死は微塵も信じていなかった)
江戸と蝦夷の往復は大変だったが、充実した一年だったと思う。
最後の荷物を背負って蝦夷に辿り着いた俺は、感慨深く忙しかった一年を振り返りながら土方さんの家に向かった。
前回いつものように五稜郭の近くの桜並木で荷物を渡した時、次で最後だ、と告げると土方さんが家の場所を教えてくれたのだ。つまりここに届けろってことだよな。
人里離れた山奥に、その家はあった。
戸を叩いて訪問を知らせると、家の中から答える女の声が聞こえた。
引き戸が開き、顔を出したのは少女だ。
まさかこの娘が噂に聞く土方さんの嫁か? 随分若いな。
「いらっしゃいませ、どちら様でしょう?」
ふんわり微笑む少女にはどこか見覚えがある。
向こうもそう思ったのか、ふと思案顔になり、そして俺の首元を見てハッとした。
「貴方、井吹さんですね?」
思わず頷くと、少女はパアッと笑顔になり、家の奥に向かって声を張り上げた。
「歳三さん、歳三さーん!」
「どうした、千鶴」
呼びかけに、間を置くことなく土方さんが姿を現す。
見たこともない甘い顔で少女を見つめ、やがて俺に気付いて微笑んだ。
「よう、来たか井吹」
「歳三さん、驚かないんですか?」
きょとんとした顔で問う彼女に、土方さんは「まあな」と答える。
「今までお前の実家から荷物を届けてくれてたのはこいつだよ」
「そうなんですか!?」
知らされていなかったようで、彼女は驚きの声を上げた。
そして俺に向かって深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「・・・・・・っ」
こ、これまで色々な奴に散々扱き使われてきたが・・・。
こんな素直にお礼言われたのって、平間さん以来だっ。
あまりの感動に涙が出そうになった。
俺達のやり取りを微笑ましげに眺めていた土方さんだが、俺を家に上げてくれて茶を飲んで一息ついた後、さらっとこう言った。
「ご苦労だったな、井吹。お前の家は離れに作ってやったからそこに住め」
「・・・・・・・・・」
なんだって??
言葉の意味が解らなくてまじまじと土方さんを凝視する。
ふと気付けば土方さんの嫁さんもびっくりしていた。
「歳三さん?」
戸惑う嫁さんに、土方さんは優しい目を向ける。
「こいつは松本先生の助手を努めていた。お前の助けになるはずだ」
そして俺の方に目を向け、ニヤリと笑う。
何か企んでいますと言わんばかりの含みのある笑みだ。
「安心しろ。うちで飼って・・・じゃねえ、置いてやる」
飼ってやるって言いかけただろ、あんた。
土方さんは簡単に説明してくれた。
何でも嫁さんは、俺が届けた網道さんの医学書などで勉強して、今は医者として近隣の村で頼りにされているらしい。
土方さんも薬学の知識があるらしく、夫婦で医療に携わっているというのだ。
「まあこれまでは手助けは俺だけで良かったが、これからはそうもいかねえんだよ。千鶴の腹に俺の子がいるからな」
『それはおめでとう』
声は出ないがとっさに口が動いた。
成る程、身重の奥さんの助手として俺を雇うってことか。
納得しかけたが、さらに土方さんの言葉が続く。
「それもあるが、お前には俺達の子供の玩具・・・遊び相手にもなってほしいからな」
おもちゃって言いかけただろ、あんた。
すると、今まで黙っていた嫁さんが困ったように口を出してきた。
「歳三さん、井吹さんの事も考えて差し上げて下さい。そんな矢継ぎ早に言われては、困ってしまわれませんか?」
何ていい人だろう。
こんな優しい人が、どうしてあんな鬼みたいな人の嫁になったんだ?
見たところ年も随分離れているようだし・・・まさか騙されてゴンッ
目の前に星が散った。
床に突っ伏した俺の頭上から、嫁さんの焦った声が降り落ちてくる。
「だ、大丈夫ですか? 歳三さん、どうしていきなり殴るんですか!?」
「いや、何かこいつが不愉快なこと考えたような気がしてな」
人の心を読むなよなっ!
この人、こんなに手が早かったか?
芹沢さんにはよく殴られたし、原田にもよく殴られたし、沖田には蹴られたり落とされたり罠を仕掛けられたりしたが、この人に殴られた記憶はない、はず・・・いや、刀突きつけられて「斬る」と脅されたことはあったな。
俺に対しては冷酷な土方さんの目が、奥さんを見る時は柔らかく細められる。
「心配するな、千鶴。こいつは骨の髄まで下僕体質だからな」
『んなわけあるか!』
嫁さん専用の甘く優しい声音で、何酷い台詞吐いてんだ!
結局、土方さんに逆らう術もなく、俺は土方夫妻の家の離れに助手として住み込むことになってしまったのだった。
腰を落ち着けることができた、と言っていいのだろうが・・・。
俺は土方さんが作った薬を売り歩いたり、お遣いに行かされたりと、扱き使われる日々を送ることになったのは言うまでもない。
土方さん、芹沢さんへの怒りを俺にぶつけてるわけじゃないよな?
土方さんの嫁さんはいつも優しく労ってくれて、その笑顔に癒される。
まさに地獄に仏だ。
土方さんの鬼っぷりを見せ付けられると余計に、まるで菩薩のようにすら見えてしまう。
その菩薩のような彼女が本物の鬼であることを俺が知るのは、しばらく後のこと。
何となく流されて生きてきた俺だが、まあ、こんな生活も悪くはない と思える日もそのうち来るだろう。
多分。
〈了〉
11.5.30up
黎明録の土方ルートの井吹氏が気の毒過ぎるので
ギャグで救済を・・・と思っただけなんですけど・・・どうしてこうなった。
土方さんのお姉さまの性格、捏造してしまいました(汗)。
土方さん宛ての荷物の中身は石田散薬とか石田散薬とか石田散薬かと。
|