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龍之介の女難
これはいったいどういうことだ!?
井吹龍之介はいつもの通学路に立ち竦んだまま、呆然と行き交う人の波を見つめていた。
友人達と挨拶を交わし、談笑しながら校舎へと入っていく生徒達。
普段と何も変わらぬ朝の登校風景がそこにある。
だが、決定的に違うことがあった。
それは 。
(何で女子ばかりなんだ!?)
龍之介の通う薄桜学園は男子校だ。
やたらと体格の良い男達がひしめく、むさ苦しい学校のはずだ。
それなのに、今彼の目の前を通り過ぎていく生徒達は誰もがスカートを履いている。
どことなく見覚えのある顔が、学園唯一の女子生徒である雪村千鶴と同じ格好をして歩く様は何とも不気味だ。
今日はいったい何の仮装大会なのだろうか。
自由な校風から、時々突飛な催し物が開かれる学園。
これもまたそんなイベントの一環なのだと思いたい。いや、そうでなければならないのだ。
ごくり、と喉を鳴らし、龍之介は意を決して足を踏み出した。
校門に近づくにつれ、周りの女子生徒(?)達から好奇の視線が向けられる。
女子の集団の中で龍之介はかなり目立っているようだ。
ともすれば逃げ出したくなる衝動を必死に抑えながら校門を通過しようとしたが、次の瞬間眼に映った光景になけなしの勇気が跡形もなく砕け散った。
校門の傍に立って、登校してくる生徒達を出迎えるのは、だんだら模様の腕章を付けた集団。泣く子も黙る風紀委員である。
風紀委員のリーダーは、斎藤一だ。
文武両道、冷静沈着、生徒からはもちろん教師達からの信頼も厚く、およそ欠点というものの見当たらぬ、武士のような男。
そう、斎藤は男である。
まかり間違っても、スカートなど履くはずはない。
だから、目の前に立つ風紀の腕章をつけた女子生徒は、決して斎藤一ではない。あってたまるか!
たとえ顔の半分を多い隠すような前髪であろうと、眠そうでありながら油断のない鋭い視線を向けられようとも、彼女が斎藤であるはずはないのだ。
そもそも斎藤の後ろ髪は短かった。しかし彼女は長い髪を一つに束ね、横に流している。それが妙に懐かしさを感じさせるが、決して斎藤ではないのだ。
そう思うのに。
彼の足は地面に縫いとめられたかのように、その場から一歩も動かせない。
「あの、どうかされました?」
立ち尽くす龍之介の後ろから、気遣わしげな声が掛けられた。
恐る恐る振り返った龍之介は、声の主の姿を見るや驚きに目を丸くする。
「な、南雲?」
そこに立っていたのは雪村千鶴とそっくりな男、南雲薫だった。
男子の制服を着ていることでようやく男であると解るが、雪村とそう変わらぬ華奢な肢体と可愛らしい顔立ちは、女装しても何ら違和感はないだろう。
雪村以外にさして興味を示さない彼が龍之介に話しかけるのは珍しいが、ようやく見つけたまともな格好をした人物の登場に思わず安堵する。
が、それも束の間のことだった。
「あんなのとこの子を一緒にしないでくれるかなあ」
南雲の後ろから現れた女子生徒の姿に、龍之介から一気に血の気が引く。
いや、まさかそんなはずはない。彼であるはずがない。
だがしかし、猫を思わせる笑みも細められた翡翠の瞳も、セミロングに伸ばしているが癖の強い柔らかな髪の色も、あまりにも似ている。
龍之介の最凶最悪の天敵、沖田総司に。
その後ろには、長い後ろ髪を頭の上で結い上げた元気そうな女子生徒がいた。
彼女もまた龍之介の友人である少年によく似ている。
ポニーテールにした髪がなければ、藤堂平助そのものだ。
(いや、だからそんなわけがないだろうがあああ!!)
内心で必死に否定する龍之介の様子など気にも留めず、平助に似た女子生徒は沖田に似た女子生徒の言葉を引き継ぐように言った。
「千鶴と薫は全然似てないよね、はじめちゃん」
はじめちゃん、と呼ばれた斎藤に似た女子生徒は「ああ」と同意を示す。
「千鶴はあのように性格の悪い女とは似ても似つかん」
いや、顔そっくりだろ。
まあ確かに雪村は南雲に比べると雰囲気が柔らかいし、眼もぱっちりしてて、この男子生徒もどっちかというと雪村の方に似ているが・・・。
ん?
「雪村・・・?」
「はい、何でしょう?」
・・・・・・・・・・・・。
「はあああああ!!!???」
「え!?」
己を凝視しながら叫び声を上げられ、南雲 いや、雪村に似た男子生徒はびくっと身を強張らせる。
そんな彼を守るように、沖田に似た女子生徒が雪村に似た男子生徒の肩を抱き寄せた。
「ちょっと君、千鶴君が怯えてるんだけど?」
「いや、だって、雪村、男、ええっ!?」
混乱のあまり、言葉が上手く出てこない。
とりあえず、女子生徒が男子生徒を守るような構図は何か間違っている。
いや、ビジュアル的には雪村を守る沖田という図に間違いはないのだが、性別的に間違っている。
沖田に抱きしめられた雪村は、頬を赤くしてあわあわとうろたえている。
男だった時より背が低いとはいえ、女性にしては長身の沖田に似た女子生徒に抱きしめられると、女子生徒であった時と同じくらいの背丈しかない雪村の顔が柔らかな胸に埋もれる形となってしまっていた。
「あああの、沖田先輩、離して下さい〜っ!」
真っ赤な顔で涙目になって悲鳴を上げる雪村の様子に、沖田は何とも幸せそうな笑顔を浮かべる。
「もう、千鶴君は可愛いなあ! これで男子なんて信じられないよね!」
「私の大事な幼馴染に気安く触んなよ!」
「色気で雪村に迫るな、破廉恥な!」
平助に似た女子生徒と、斎藤に似た女子生徒が沖田に似た女子生徒の腕の中から雪村を助け出そうと掴み掛かる。
一人の男子生徒を巡って争う、三人の女達。
男としては羨ましがるべきなのだろうが、龍之介はむしろ恐怖しか感じなかった。
「そこ、何を騒いでいる! さっさと校舎に入れ!」
突然、厳しい声が響き渡った。
思わず身体が硬直して背筋が伸びる鋭い声には、聞き覚えがあるようなないような。
だが自分が知っている声に比べると若干高めで、艶があるような・・・。
まさか、という予感を抱えて視線を向けた先にいたのは、 二人の絶世の美女だった。
「・・・・・・・・・っ」
足元がガラガラと崩れ落ちる錯覚に、思わずその場に膝を着いてしまった龍之介の頭上では、更なる鋭い叱責が飛ぶ。
「またお前らか。とっとと中に入れ!」
「土方先生〜、そんなに怒ってばかりいると皺が増えますよ〜」
「お前らが怒らせるようなことばかりするからだろう!」
「まあまあ、土方先生、抑えて抑えて」
「原田、お前も教師ならば責務を果たさんか!」
新たに現れた二人の美女。
一人は艶やかな黒髪を長く伸ばした和風美女。
一人は赤味を帯びた髪の先を巻いたゴージャスな美女。
どちらの美女にも見覚えがあり過ぎた。
そして、互いに呼び合う名がそれを裏付けてしまった。
(・・・・・・まさかこの二人まで・・・っ)
思わず涙を流してしまった龍之介を、誰が責められようか。
(てか、何で土方さんの口調が軍隊の上官みたいになってんだよ〜っ!)
とはいえ、あのべらんめえ口調で喋られても困るし、女性らしい口調で話す土方なんて考えたくもないのだが。
「それで? そこの坊やはここに何の用があるのかな?」
色気に満ちた声が近づいてきたかと思うと、地面に落とされていた龍之介の視界にハイヒールが映る。
続いて、つい、と伸びてきた細い指が顎に添えられ、上を向かされた。
目の前にはゴージャスな美女。
「どこかで見たような顔だけど、坊やは誰?」
考えたくはないが、原田にそっくりな美女が問いかける。
あまりにも過剰な色気に満ちた女性は、学校という場所にはそぐわない気がするのだが。
「お、俺は、その・・・っ」
「その男、さっき可愛い千鶴君を脅かしたんですよ」
「そりゃあ聞き捨てならねえな」
突如低くなった声と共に、龍之介の顎を掴む指にギリギリと力が篭った。
「い、痛、痛いってっ!」
「雪村は私達の大事な姫なんだ。扱いには気を付けな」
待て。
何か物凄く間違ってるだろ。
突っ込みたかったが、痛みと恐怖の方が勝って声にはならなかった。
そんな龍之介に追い討ちを掛けるように、斎藤に似た女子生徒がどこから取り出したのか、木刀を龍之介に向けた。
「ここは男子禁制の女の園、唯一の例外はこの雪村のみ。貴様、何の理由があってここに足を踏み入れる?」
「い、いや、俺はただ学校に行こうと・・・」
そう、それだけだった。
なのに何故、何がどうしてどうなって、自分はこんな状況に置かれているのか。
「男子が行くなら向こうにある島原男子校でしょ」
「島原が男子校!?」
じゃあ小鈴は?
小鈴も雪村同様、男になってるのか!?
(そんなことがあってたまるかよおおお〜〜っ!!)
あまりの衝撃に頭を抱え込む龍之介。
その酷く打ちひしがれた様子に流石に彼女達も不審に思ったのか、戸惑ったような視線を交し合う。
「何か変な奴だな」
平助に似た女子生徒が不意にしゃがみ込み、龍之介の顔をまじまじと見つめて不思議そうに首を傾げた。
「あんた、龍子に似てるな」
「ああ、井吹龍子ちゃん? そういえば似てるね」
「龍子!?」
誰だそれは!
だが、すぐにそれが自分を指しているのだと納得するしかなかった。
見慣れた人達が揃って性別が逆転してしまっているのだ。女の自分がいても不思議はない。
「その手入れもしてなさそうなぼさぼさの頭といい、幸薄そうなみすぼらしい雰囲気とかそっくりだよ」
何だか、この世界での自分の立ち位置が解った気がした。
島原が男子校だと知らされた瞬間、龍之介はここが自分がいた“世界”ではないのではなかという予感を抱いた。
元の世界で男だった者がこぞって女になっているのだ。自分もその例外ではないのだろう。
では、ここはいったい何なのだ。
どうすれば元の世界に戻れるのだろうか。
この世界に来たきっかけすら解らないのに、これからどうすれば良いのかなど解るはずもない。
「そういえば、龍子は学校に来たの?」
「いや、まだ登校していないはずだ」
「もしかして、この男が龍子ちゃんだったりしてね」
あはははーと笑う彼女達の言葉に、龍之介の胸が早鐘を打つ。
もしも、そうだ、と告げればどうなるのだろう。
彼女達は力を貸してくれるだろうか。
「お、俺が、もしその、龍子だったらどうするんだ・・・?」
視線が一斉に龍之介に向かう。
見慣れた者たちの顔とはいえ、美女や美少女と言って差し支えのない女達に注目されると流石に照れる。
だが、そんな少年のときめきは一瞬にして粉砕される。
「男は千鶴君だけでいいんだよ」
さらりと告げられた沖田の言葉に、全員がうんうんと頷いた。
再び地面に崩れ落ちた龍之介を尻目に、彼女達はきゃっきゃうふふと雪村を撫でたり抱きしめたりと彼にじゃれつく。
彼女達に頼ろうとした自分が馬鹿だった。
思えば“彼ら”も、進んで面倒事に関わるのは彼女にまつわる時だけだった。
龍之介のためになど、指一本すら動かさないだろう。
この女子校で唯一の男子である雪村は、世の男の憧れである美女のハーレムを構築しているらしい。
だが。
誰もがかなりの美女達ではあるが、男の姿を知る龍之介には微塵も羨ましいとは感じなかった。
むしろ、彼女達より小柄で穏やかな雪村は彼女達を食う立場ではなく、食われる側だろう。
雪村が女子で彼女達が男であった時は真綿に包むように大切に愛でていたが、性別が逆転した今は遠慮なく雪村に迫っている。
(か、帰りたい・・・っ)
心の底からそう思う。
「おーい、皆そこで何してんだー?」
校舎の方からやたらと野太い声が足音と共にこちらに近づいて来る。
「あ、永倉先生、おはようございます」
雪村が礼儀正しく挨拶すると、「おう、おはよーさん」と大きな手が彼を撫でた。
(あれ、永倉の声は変わってないような?)
皆、男だった時より若干声が高くなっていたり、艶があったりするのに、永倉の声は龍之介の知るそれと変わらない。
もしかして永倉だけは男のままなのか、とうっかり視線を向け 固まった。
永倉新八のトレードマークとも言える緑のジャージは可愛らしいピンク。
同じく彼のトレードマークたるバンダナは大きな赤いリボン。
ボサボサの短髪は、そのリボンで可愛らしいツインテールに。
日に焼けた頬は頬紅でさらに赤く、厚い唇は真っ赤に彩られ。
捲くられたピンクのジャージの袖から覗く腕は、男であった時と違わぬ逞しさ。
悪夢の具現とはこのことか。
その男・・・いや女の姿を眼にした瞬間、脳がそれを視認するのを拒否した。
そして、龍之介の意識は闇に沈んだ。
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チュンチュンと、朝鳴きの鳥の声が聞こえる。
爽やかな朝の気配の中、井吹龍之介は眠りから覚めた。
「・・・・・・」
しばらくぼーっと天井を眺めていた龍之介は、やがてのそりと起き上がる。
ぐっしょりと汗に濡れたパジャマが張り付いて気持ち悪かったが、彼はそんなこと気にならないほどのある思いを抱いていた。
長い長いため息の後、ぽつりと呟く。
「・・・夢で良かった・・・っ」
掠れた声に混じる嗚咽は、朝の爽やかな空気の中に消えた。
それからしばらくの間、龍之介は永倉先生の顔を直視することができなかった。
〈了〉
13.2.20up
捻りもなく夢オチです(笑)。
・・・・・・申し訳ありませんでした二度と致しません・・・・・・。
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