羅刹狩り 〜幕間〜





そろそろ限界かも知れぬな。

室内に漂うピリピリとした雰囲気の中、一は密かに嘆息する。

現在、食堂には仲間達が勢揃いしていた。
夕食を終えて思い思いに寛ぐ彼らは、いつもならば和気藹々と冗談を言い合っているのだが、今は誰もが難しい表情で黙り込む。
この重苦しい空気となった原因は唯一つ。この場に大切な彼女の姿がないからだ。

一達が永い間捜し求めた愛しい女、雪村千鶴。
やっと彼女に手が届き、東雲家に連れ帰ったのは数日前。
これから離れていた時間を埋めるように、全員が千鶴を構い倒す気満々だったのに。
千鶴とゆっくり戯れることができたのは初日だけで、その後はことごとく当主を始めとした年寄り連中に邪魔され続けて今に至る。

総司が散歩に行こうと誘った時には、当主に『姫様に屋敷をご案内しますじゃ』と連れて行かれたという。
平助が一緒に甘味を食べようと誘った時には、祖母達女傑軍団に『姫様に差し上げたいお着物がたくさんありますのよ』と連れて行かれたらしい。
新八が筋肉談義をしようとした時には、父母達に『姫様、古書に興味はありませんか?』と連れて行かれていた。

その後も手を変え品を変え、誰かが千鶴を誘おうとすればどこからともなく邪魔が入る、なんてことがずっと続いている。

邪魔される度に総司は不機嫌度を増し、平助は不貞腐れ、新八は自棄酒を煽る。
彼らが刀に手を伸ばそうとするのを何度押し留めたか、数えるのも馬鹿らしい。

かくいう一自身も昔のように千鶴と刀の手入れをしようとしたら、祖父達に『姫様に蔵の骨董品をご覧に入れましょう』と連れて行かれてしまった。
あの時は、つい手元にあった箸を祖父の喉元目掛けて投げつけそうになったのを左之助に止められた。血の気の多い仲間達を諌める立場でありながら、怒りに我を忘れるとは情けないことだ。

左之助は一と同様、暴れ出しそうな総司達を抑える役目だ。
仲間達を宥めながら『爺さん達もようやく会えた雪村の姫を構いたくて仕方ないんだろうさ』と理解ある台詞を口にしているが、彼が千鶴をドライブに誘おうとした時に『姫様、ご一緒に庭を探索いたしましょうぞ』と連れて行った当主達の後姿に殺気立った視線を向けていたのを知っている。

歳三は何も言わないが、内心はイライラしているのが明らかだ。
彼は彼で蔵の中の骨董品を千鶴に見せてやりたいと思っていたのだから、先を越されたのが悔しいのだろう。左之助に取り押さえられながら、ふと見た顔は何とも苦々しいものだった。


兎にも角にも、千鶴が足りない。
千鶴と話したい。見つめられたい。名を呼んでもらいたい。何より、千鶴に触れたくて堪らない。
ようやく彼女を手元に取り戻したというのに、可愛がることができないのがどれほど苦痛か。

左之助が言ったように、皆、当主達の気持ちが解らないわけではない。
東雲一族にとって、永き時を待ち続けた真の頭領がやっと帰ってきたのだ。
“新選組の斎藤一”にとっての雪村千鶴と、“東雲一族の一”にとっての彼女の存在意義は似て非なるものではあるが、どちらも永い年月を待ち続けたのは同じだ。
生涯掛けても会えるかどうか解らなかった存在と、奇跡的に出会えたのが嬉しいのはよく解る。構いたくなるのは非常によく解る。

だからと言って、毎回千鶴との触れ合いを邪魔されるのを許せるほど自分達は寛容ではない。


この日もまた、ろくに千鶴と過ごせないまま一日が終わろうとしていた。
総司などは常に浮かんでいる笑みすらもなく、そろそろ限界が近そうだ。

さて、どうしたものかと一が思案する傍で、不穏な気配の漂う会話が交わされる。

いっそのこと当主達を縛り上げて二、三日納戸にでも閉じ込めておこうか。
いやいやしこたま酒を飲ませ、潰れてもさらに飲ませて数日間起き上がれない状態にしてしまおう。
ならば夜中、寝ている隙に二つ県を越えた先の山奥に捨ててくるのはどうだろうか。

そんな物騒な計画が具体的に検討されようとしていた時だった。
雪村網道から、研究施設の羅刹が数人逃げ出したという報せが入ったのは。

報せを聞いた瞬間、不謹慎ではあるが誰もが密かに喜んだ。
これでようやく邪魔されることなく千鶴との時間を過ごせるのだ。喜ぶなという方が無理である。

それからの行動は速かった。
すぐさま逃げた羅刹達を調べ上げ、どこの科学捜査班かと思わせるほど徹底的に彼らの行動を予測し、向かうであろう場所を推理した。
その中の一つが東雲家の別荘のある町だと判明すると、その場所を基点にすることが決まり、早速千鶴を連れて向かうことになった。

事が事なだけに当主達は誰も反対できず、走り去る車を悔しげに見送る年寄り達の姿に溜飲が下がった。


向かう先は中国地方だ。
西の鬼の一族は風間や天霧、不知火の息が掛かっており、かつて彼らの命令で羅刹を狩っていた。
前世の網道が生み出した羅刹を全滅させたのも西の鬼達だ。

一旦は日本から羅刹が消え、彼らも羅刹狩りをする必要がなくなっていたが、時が流れて再び他国から羅刹や変若水が日本に流れてくるようになると、羅刹狩りも復活したという。

西の地で羅刹を捜すのなら、彼らの助力があれば随分楽になるだろう。
そう考えた歳三や敬助が西の鬼の一族達に連絡を取り、彼らの協力を取り付けた。

そして西の一族から五十嵐要という青年が派遣され、彼の妹や幼馴染の兄弟達とも関わりを持つこととなる。





■■■■■





遠くに見える町の明かりを目指して街灯のない暗い夜道をひた走る車の中、後部座席に座る一は隣で眠る男の様子に気を張りながら静かに佇んでいた。

車内の会話は前方の二人、運転席の歳三と助手席の総司の間で交わされる。

「あーあ、せっかく浴衣姿の可愛い千鶴ちゃんとお祭りに行けると思ったのに、彼のせいで台無しだよ」

「そう言ってやるな。そいつにもそいつなりの事情があったんだろ」

総司のぼやきに歳三がそう返す。
だが彼の言葉は総司をさらに不機嫌にさせる結果となった。

「歳三さんはいいよね〜。僕達を差し置いて浴衣着た千鶴ちゃんとお祭りに行ったんでしょ?」

「俺達は三馬鹿を捜しに行ってたんだ。祭りを楽しむ余裕なんざねえよ」

「でも千鶴ちゃんの浴衣姿見たことに変わりないですよね」

やたらと浴衣姿にこだわる総司。
しかし、彼の気持ちは一にもよく解った。
歳三も平助も左之助も新八も千鶴の浴衣姿を見たというのに、総司と一はまだ見ていないのだ。何しろ、彼女が着替えようとしていた時に二人は羅刹探しに出る羽目になってしまったのだから。


自分達のもとに羅刹の情報が飛び込んできたのは、この日の夕方だった。
歳三達が齎した情報のもと、ある場所を張り込んでいた西の鬼の一人が羅刹を発見したと、五十嵐要から連絡があった。
その羅刹というのが、一の隣で眠り続ける青年だ。

彼は病気で入院している母親のために金を必要としていた。その為に自分の身を薬の被験者として差し出し、羅刹と化した。

数日前、一達が研究施設で大立ち回りを繰り広げた日、多くの羅刹が自分達の手によって倒されたのを脱走した羅刹達は目撃したのだろう。
そして、やがて自分達も殺されてしまうのだと思い込んだ彼らは、施設から逃げ出した。
だが、彼らは自分達が非常に危険な存在であると理解している。追っ手が掛かるのは時間の問題だ。
その中で彼は、いずれ捕まって殺されるのならば最後に一目、母に会いたいという切実な想いで母親が入院している病院に現れた。それを事情を知る西の鬼に目撃されたのだ。

西の鬼はすぐさま捕らえようとしたが、羅刹となったことによって人間の何倍も能力が上がった青年はすぐに自分に迫る危険に気づいて逃げ出した。

そしてこれから祭りに出掛けようとうきうきしていた総司と一が、歳三に羅刹捜索を命じられたのだった。
もちろん総司はかなり抵抗した。不平不満なら湯水のように垂れ流した。
しかし決定が覆るわけもなく、歳三は自分達より一足先に祭りに出掛けてしまった三馬鹿・・・平助達を呼び戻さねばならないし、敬助は今まで捕らえた羅刹の見張りのため別荘を動くことができず、結局総司と一が行くしかなかった。

夏の暑さ厳しい夕方、不機嫌絶頂の総司と二人で歩いた散歩道。
あれほど嫌な記憶はないだろう、と一は遠い目を虚空に向ける。

ちなみに、不機嫌なのは一も同様だった。
本当に気の毒なのは、人を二、三人殺していそうな殺伐とした雰囲気を漂わせる二人と出くわしてしまった一般市民の皆様であろう。


「にしてもさ、何だか懐かしいシチュエーションだったよね」

総司が不意にこちらを振り返った。
意図が解らず黙っていると、懐かしげな笑みを浮かべて言葉を続ける。

「羅刹に襲われそうになってる、髪を結い上げた女の子を助けるのって、前にあったと思わない?」

「確かにな」

歳三が苦笑交じりに同意し、一もまた「ああ」と囁くような声音で頷いた。


羅刹を捜し歩き、やがて歳三と合流して羅刹の生まれ育った家を目指して町の外れまで車を走らせた。
辿り着いた無人の家には羅刹が訪れた形跡はなく、三人は辺りを探索してみることにしたのだ。

そうして、羅刹を見つけた。

あの時、一は一瞬過去に舞い戻ったかのような錯覚に陥った。

髪を結い上げた少女を襲おうとする、紅い眼の男。
それはかつて、雪の舞い散る夜に見た光景とあまりに似ていたのだ。

“彼女を死なせるわけにはいかない”

決然とした声は、過去の自分のものか、それとも今の自分のものか。
ただ、この手で、この刀で少女の命を救えたのは一にとって大きな意味があった。
自分はまだ誰かを守ることができるのだと、心から安堵したのだ。


“何故彼女を守れなかったのだろう”


それは永き年月、彼を苦しめ続けた深い深い後悔だ。
新選組の仲間達と袂を別った時や、死に別れた時には感じなかった感情。
仲間達との別れは互いに納得していたものだが、彼女との突然の別れは違う。
自ら覚悟を決めて戦地に赴く同志達とは違い、彼女は自分達が守らなければならない存在だった。

なのに、誰よりも己の剣に自信を持っていたはずなのに、この刀は彼女を守ることができなかった。

自分の選んだ道に、斎藤は何の後悔も抱いていなかった。
新選組として戦った日々も、会津で命の限り戦った日々も彼の誇りだ。
だが、一つだけ抱き続けてきた後悔。それが雪村千鶴だった。

(俺は、二度とあんな思いを味わいたくはない)

だからこそ、千鶴の面影を映す少女の命を救えたことに、一もまた救われたのだ。


ふと気付けば、いつの間にか歳三達の話題は別のものに変わっていた。
会話の途中で総司が歳三を茶化し、それに対して激昂する歳三という、いつもの光景がある。

一は二人から視線を外し、暗い夜道の先に灯る町の明かりを見やる。

ああ、早く千鶴の顔が見たくて堪らない。

先程よりも町の明かりに近づいたような気はするが、別荘までの道のりはまだまだ遠く感じた。





■■■■■





「お帰りなさいませ!」

別荘に帰り着いた三人を出迎えてくれたのは、浴衣姿の千鶴だ。
髪を綺麗に結い上げ、涼しげな浴衣を纏った可憐な姿に、総司と一は思わず玄関先で立ち尽くした。

「ああ、ただいま」

すでに彼女の艶姿を見ていた歳三は、二人の脇を通り過ぎて千鶴に答える。
その様子に我に返った二人も、歳三に続いた。

「ただいま、千鶴ちゃん」

「ただいま帰った」

「暑い中ご苦労様でした。麦茶が冷えていますので良かったらどうぞ」

「ありがとよ、千鶴」

「かたじけない」

昔と変わらぬ気遣いに、彼女がここに存在するのだと改めて感じる。

千鶴と共に広間に入ると、すでに帰っていた平助達が麦茶片手に庭で涼んでいた。

「お帰りー、もうすぐ花火始まるぜー」

こちらに気付いた平助が手招きする。
歳三と総司は呼ばれるままに庭に足を向け、一はキッチンに向かう千鶴の手助けに向かう。

冷蔵庫を開けると、冷えたコップが三つ並んでいた。他にも濡れたおしぼりや綺麗に切り分けられたスイカもある。千鶴がずっと冷やしてくれていたようだ。
彼女は盆に並べたコップに麦茶を注ぎ、おしぼりやスイカ、塩を乗せる。

「俺が持とう」

「あ、ありがとうございます、一さん」

盆を手に、一は千鶴と共に庭に出た。
それと同時に一発目の花火が上がる。

「きゃっ」

ドン!という大きな音に、千鶴が一瞬身を竦ませた。
しかし、直後に夜空に現れた大輪の花に瞳を輝かせる。

「間に合ったみたいだね、千鶴ちゃん」

「お、スイカか! 暑い中走り回った俺達に水分と塩分は必要だよなあ」

集まってきた仲間達は、次々に盆の上からおしぼりやスイカを手に取っていく。
そして夜空を彩る花火を見上げ、歓声を上げた。

盆を庭に設置されているテーブルに置き、一と千鶴はベンチに腰掛けた。
冷たい麦茶で喉を潤しながら、一はしばらく無言のまま花火を眺める。
ふと、隣を見やれば花火に見入る千鶴のうっとりとした表情があり、花火よりもそちらに見惚れてしまう。

あの頃は幼さの抜けきらぬ少女だった彼女だが、今は美しい女となっている様に自分達の知らない彼女の過ごした年月を感じ取る。

「千鶴、お前は今幸せだろうか?」

無意識に零れ落ちた言葉。
声に出してしまったことに気付いてハッと口を押さえたが、すぐ傍に座る千鶴には彼の声が届いていたようで、花火に向けられた瞳が一を見上げた。

「はい、皆さんが一緒にいて下さいますから」

「・・・そうか」

花のような笑顔につられ、一の顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。

二度とこの笑顔を失わせたくない。
そう、強く思う。

千鶴と再び巡り合えた今世、この手で、この刀で今度こそ守り抜く。


夜空には美しい花が咲いては消えて、夏の夜を艶やかに彩っていた。



〈了〉

13.6.10up

東雲家サイドの話です。颯爽と主人公を救った一さんですが、
本人は千鶴ちゃんのことしか考えていません(笑)。
総司さんはお祭りデートを邪魔されて不機嫌絶頂でした。
主人公達に辛く当たったのは八つ当たりです。



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