荒ブ刀 後編




「雪村君、大丈夫か? 酷い顔色だが・・・」

朝餉の支度のため厨に入った千鶴に、先に準備を始めていた山崎が心配そうに問いかけた。

昨夜も、ほとんど眠れなかった千鶴の顔色は傍目にも解るほどに悪かった。
おぼつかない足取りは、いつ倒れるかと見ていてはらはらする。

「大丈夫です」

「いや、まったく大丈夫には見えない。部屋に戻って休んでいた方が良い」

山崎の言葉に、だが千鶴は首を振る。

「今朝の食事の当番は私ですし、休むことはできません」

気丈な言葉も、力ない声音で言われては却って心配になる。

しかし、ふらふらとしてはいても、流石に台所仕事に慣れた娘の手つきは危うさを感じない。
山崎一人では手に余るのは事実な為、千鶴の様子に気を配りながら彼女とともに料理に取り掛かった。


とんとんとん、と千鶴の包丁が菜っ葉を刻む音が勝手場に響く。
いつもは心地よく耳に届く音が、今日はどこか乱れて聞こえた。

(やはり、後で副長に休むよう進言してもらうか)

必要であれば医者に診てもらうべきかも知れない。

男所帯の中にたった一人の女子。
それだけで彼女にはかなりの負担が掛かっているはずだ。

彼女がこの屯所で暮らすようになって一年以上が経ち、この環境にもだいぶ慣れてきたようだが、同時にそれほど長い間抑圧されているとも言える。
彼女自身の努力で、少しでも自分の居場所を居心地良くしようとしているものの、その為に彼女が強いられている我慢は自分達には想像できないほど大きなものだろう。
そんな、日々溜め込まれてきた疲れが出てきたのかも知れない。

つらつらと彼女のことを考えている自分に気づき、山崎はふと思った。
どうやら自分はいつの間にか、彼女を仲間として受け入れ始めているようだ、と。



千鶴と山崎が膳を持って広間に入ると、永倉や平助が歓声を上げて膳を覗き込んでくる。
だが、平助や原田の注意はすぐさま千鶴に向けられた。

「大丈夫なのか? 千鶴」

浮かんでいた笑顔が消え、平助の表情が心配そうに曇る。
平助や永倉の後ろに立つ原田もまた、厳しい表情だ。

そんなにも体調の悪さが顔に出ているのだろうか。
医学の心得がある山崎に一目で見抜かれたのは仕方ないが、原田はともかく平助にまで顔を合わせるなり心配されたことに驚いてしまう。

「平気だよ。少し寝不足なだけだから」

「何言ってるんだよ。真っ青じゃねえか。熱は?」

言いながら、原田の大きな手が額に当てられる。
慌てる千鶴の抵抗など気にも留めず、「熱はねえようだな」と呟くと、原田は強引に彼女を座らせた。

「膳なら俺達が運ぶから座っとけ」

「え? ですが・・・」

「いいから俺達に任せろって。見てて危なっかしいんだよ」

平助にも窘めるように言われ、自分でも身体がふらふらなのを自覚していた千鶴は居た堪れない面持ちで頷くしかなかった。

「・・・はい、すみません・・・」

「ほら、新八っつあんも手伝えって」

「お、俺もかよ」

「当然だろうが。てめえの膳くらいてめえで運びやがれ。それとも、疲れてる千鶴の前で怠けるつもりか?」

「わ、解ったって! 耳を引っ張るなよ左之っ!」

「左之さんも平助もその娘に甘いよね」

三人のやり取りを眺めていた沖田がふいに言った。

「だいたい僕達と違って隊務があるわけでもないのに、何故彼女が疲れるのさ」

千鶴に向けられる目線も、その声音も酷く冷めたものだ。
そんな沖田の辛辣な態度に、平助が憤る。

「総司、そんな言い方ないだろ。俺達と違って、千鶴が心労を溜めやすいのは解ってることなんだから」

「心労? 辻斬りを追って夜中に町中走り回った僕達と違って、夜はぐっすり眠れる彼女が?」

冷笑され、千鶴は返す言葉もなく俯いた。
確かに、昨夜は夜の巡察に赴いていた沖田からすると、単なる寝不足でしかない千鶴の様子など甘えとしか映らないのだろう。

「総司、その辺にしておけ」

沖田の隣に座す斉藤が嘆息気味に口を挟んだ。

「お前は八つ当たりしているだけだろう」

図星を突かれたのか、一瞬沖田の目が丸くなる。
だがすぐに皮肉気な笑みを口元に宿した。

「何それ。何故僕が八つ当たりなんてする必要があるのさ」

「昨夜、辻斬りを捕らえられず、あの後も犠牲が出たことは俺も悔しく思っている。だがそれは雪村には何の関わりもないことだ。子供染みた真似はやめろ」

「辻斬りが出たのか」

斉藤の言葉に、平助や原田、永倉の表情も固く強張る。
そんな彼らに、斉藤は掻い摘んで昨夜の出来事を語った。

昨夜、京の町に響き渡った悲鳴に、巡察中だった一番組と三番組がすぐさま駆けつけたのだが、そこには息絶えた被害者が転がっていただけで、辻斬りの姿はなかった。
すぐに周囲を探したものの、辻斬りの行方は杳として知れず、まるで探し回る新選組を嘲笑うかのように、その夜は三人もの町人が斬り殺されたのだという。

結局辻斬りの姿すら見ることなく屯所に戻ることになった沖田は、現在不機嫌絶頂なのだった。

「気配に聡い総司と斉藤を以ってしても探し出せなかったのか」

「気配とか殺気とか感じなかったんだよね。何か気持ち悪いなあ」

常に飄々とした姿勢を崩さない沖田にしては珍しく、声に苛立ちが混じる。
そして斉藤も、落胆を隠せない暗い声音で「そうだな」と沖田に同意した。

千鶴はそんな幹部達のやりとりを、朦朧とした意識の中で聞いていた。





朝餉を終えると、千鶴は強制的に自室に放り込まれた。
ほとんど食事に箸をつけられなかったことで、土方や近藤にも身体の不調を知られてしまい、今日はとにかく寝ろと厳命されてしまったためだ。

動くことすら億劫に感じていた千鶴は、素直にその命令に従って布団に横になった。
頭の奥では絶えずくぐもった声が聞こえている。
だが夜に比べるとその声は小さく、小太刀を腕に抱けばまったく聞こえなくなった。
小太刀が千鶴と声の間に透明な壁を作ってくれたかのように綺麗に遮断され、ようやく安心して目を綴じることができた。

そして眠りは、すぐに彼女を包み込む。





■■■■■





昼を過ぎた頃、千鶴は目を覚ました。
まだ寝足りないのか、頭も身体も未だ眠りの淵を漂っている感覚があるものの、疲労は随分と取れたように思う。

夢うつつを彷徨いながら、ぼんやりと天井を見上げていた千鶴だが、ふと脳裏を過ぎった記憶にがばっと身を起こす。

「あ、山崎さんとの約束・・・」

思い出したのは、以前彼と交わした約束だ。

蘭方医の娘であり、子供の頃から父の傍で手伝いをしていたという千鶴の経験と知識に目をつけた山崎は、医療面での助力を彼女に乞うた。
今日は多忙な山崎の非番の日であるため、二人で医療や衛生面での意見を交換したり、必要なものがあれば買い物に出掛ける予定だったのだ。

まだ間に合うだろうか。

急いで身支度を整え、山崎の部屋に向かう。


「山崎さん、いらっしゃいますか?」

「雪村君か? 入ってくれ」

部屋の外から呼びかけると、すぐに返答があった。
障子戸を開けて中に入った千鶴に、書物を読んでいた山崎の眼が向けられる。

「体調はもう大丈夫か?」

「はい、だいぶ良くなりました」

朝と比べて顔色も良くなったことを確認し、山崎は軽く頷いた。

「あの、申し訳ありません。約束したのに・・・」

「気にするな。医療面を担う者が病気になってしまうと笑い話にもならないだろう」

それに、君はこうして来てくれた、と微笑まれ、申し訳なさと同時に気恥ずかしくなる。

自分は部外者なのだと、新選組の一員になどなれぬのだと解っているはずなのに。
自分を心配してくれる人達の優しさに触れると、“ここに居ても良いのかも知れない”と過ぎた望みを抱いてしまう。



「あれ、どこかに出掛けるのか?」

山崎と千鶴が広間の前を通った時、中にいた平助が二人に気付いて声を上げた。

「千鶴、もう大丈夫なのか?」

「はい、これから買い物と、薬草を探しに行ってきます」

気遣う原田に千鶴が答え、隣に立つ山崎が頷く。

屯所内で常に用意しておきたい薬について語っていた時、千鶴がいくつかの薬の調合ができると知ると、山崎はすぐさま材料を集めるために外出する許可を土方に申し入れ、聞き届けられたところだった。

「じゃあ俺も一緒に行くよ。手伝えることもあると思うし」

「え、でも」

「いいから、つれて行ってやってくれ」

平助の言葉に戸惑っていると、原田がやれやれといった口調で彼を援護する。

「こいつ、お前のことをずっと心配してたんだよ。無理して倒れられたら俺らも心配だし、こんな奴でも何かの役には立つと思うぜ」

「な、左之さん、何でばらすんだよ! それに俺だってちゃんと役に立てるっての!」

顔を真っ赤にして声を荒げる平助の様子は、原田の言葉が事実であることを物語る。
原田と永倉の笑い声が響く中、千鶴も思わず笑みを浮かべていた。

「じゃあ、よろしくね、平助君」

「お、おう・・・」

そうして、千鶴は平助と山崎と共に京の町へ繰り出すのだった。





山に生える草の種類など、平助にはろくに見分けなどつかない。
だが、同行の二人は生い茂る草を的確に見分け、摘み取っていく。

(すげーなあ、二人とも)

どの草にどんな効能があるなど、教えられてもすぐに覚えられるものではない。
長年、医学に触れていたからこそできることなのだと思うと、二人を尊敬する気持ちすら芽生えた。


ようやく山崎と千鶴が満足した頃には、太陽は西の空に沈もうとしていた。

「おーい、二人とも! そろそろ山下りないと暗くなっちまうぞー」

「あ、ごめんね、平助君」

籠いっぱいの草を手に、千鶴が平助の元に駆け寄る。
その後ろから山崎が「そろそろ帰りましょうか」と言いながら続き、三人は山を下りて行った。


京の町を屯所を目指して歩いているうちに、周囲はすっかり暗くなってしまった。

やはり、自分が同行して良かった、と平助は思う。
どうやら山崎も千鶴も、熱中すると周囲の様子など気にも留めないらしいことが今回のことで解ったからだ。

それが自分でも自覚したのか、山崎はずっと申し訳なさそうに眉根を寄せている。

「すみません、藤堂さん」

「いや、俺はいいけどさ、千鶴は日が暮れるまでには帰らせるようにしなきゃだよな」

「でも、元はといえば私が昼間寝てしまったせいだから・・・」

「いや、これは俺の落ち度だ」

「あーもう、二人とも次から気をつけてくれればそれでいいんだからさあ!」

このままでは自分が悪い、いやいや自分が、という責任の押し付けならぬ責任の引き寄せ合いが始まってしまいそうな状況に、思わず叫んでしまう平助。
そしてふと、千鶴の言葉を思い出して彼女を見やる。

「そういえば、体は大丈夫なのか?」

問われて、千鶴は「うん・・・」と曖昧に頷いた。

だが、彼女の体調は決して良いとは言えなかった。
日が沈んだ頃から、昼間は鳴りを潜めていた声が再び頭の中を駆け巡るようになっていたのだ。

どうやら今夜も眠れない夜になるのかも知れない。

と、その時。

「・・・っ」

一際大きく声が響き、頭に鋭い痛みが走った。

「どうした、千鶴?」

「雪村君?」

思わず足を止めて頭を抱えた千鶴の様子に、平助と山崎が心配そうな眼を向ける。

「だ、大丈夫、です」

そう言って歩き出そうとした時。


我に与えよ・・・



禍々しい声が、雷鳴の如く頭の中に響き渡る。
同時に、黒く渦巻く何かを感じ取る。

その瞬間、平助が勢い良く刀を抜いた。

金属がぶつかる音がすぐ傍で聞こえ、痛みを堪えて閉じていた眼を開けると、千鶴の目の前では平助が突然現れた何者かの刀を受け止めていた。

「何だお前は!」

突然、夜道の向こうから現れた者。
これほど近くに来るまで、気配も殺気も感じなかった。
いや、千鶴が立ち止まらなければ、すぐ背後に迫っていたことすら気付かなかっただろう。
そう思った時、朝の沖田や斉藤の言葉を思い出す。

「こいつ、まさか例の辻斬りか!?」

暗い夜の闇に隠され、相手の顔がよく見えない。
いや、夜だからというだけでなく、何故かその者は異様に暗いような気がする。

月光や星の明かりによって、千鶴や山崎の姿は何となく捕らえられるのに、何故目の前にいるこの男はこれほどまでに暗いのか。
これでは、闇に紛れられては見つけられない。

「山崎君、千鶴を守ってくれ!」

「解りました」

暗器を手に、山崎は千鶴を自分の背後に隠す。

決して広くはない山崎の肩越しから、平助と辻斬りの斬り合いの様子が窺えた。
俊敏さが持ち味の平助は、素早く刀を閃かせて相手に斬り付けるも、どうにも手応えがない。
辻斬りを捕らえたと思った一閃も、何故か不意に重くなって相手に受け止められてしまう。

「くそ、どうなってるんだよ!」

平助の声に苛立ちが滲む。


「藤堂さんがあれほど苦戦するとは・・・っ」

「山崎さん、あの黒い靄のようなものは何でしょうか?」

「靄? 俺には見えないが?」

「え? でも・・・、あっ」

思わず声を上げる。

千鶴の目には、平助と戦う者の周囲を渦巻く黒い煙のようなものを捕らえていた。
それは平助の刀に巻き付き、動きを鈍らせている。
そして、その靄のようなものは突然大きくうねり、千鶴達の方に向かってきたのだ。

だが、靄は千鶴達に触れる間もなく霧散して消えた。

「どうした、雪村君?」

千鶴の只ならぬ様子に、平助達の戦いから決して眼を逸らさぬまま、山崎は焦りの声を上げる。
しかし、彼の言葉に千鶴は何と答えて良いか解らなかった。
だが、彼女は不思議とある確信を持つ。

「平助君、この小太刀を使って!」

「え?」

思うように動かない刀で相手の刃を受け止めていた平助は、後ろから聞こえた声に振り返る。
そして山崎の後ろに守られていたはずの千鶴が、こちらに駆けて来るのを捕らえるや、驚きに眼を瞠った。

「馬鹿、千鶴、危ねえから来るな!」

平助の注意が逸れた瞬間、凶刃が振り下ろされるも、それは瞬時に駆けつけた山崎のクナイによって受け止められた。

「平助君、お願い、これを使って」

「でも、これはお前の刀だろ」

鞘から抜かれた千鶴の小太刀を差し出され、平助は戸惑いを浮かべて小太刀と千鶴を交互に見る。

「この刀なら大丈夫だと思うの!」

ずい、と差し出され、思わず柄に手をやった刹那、平助は自分の周囲を風が吹き抜けたような感覚を覚える。

(これは・・・)

これまで何かに邪魔されるように感じなかった不穏な気配を捉え、振り向いた先には山崎を狙って振り下ろされようとする凶刃。
咄嗟に千鶴の小太刀を振るえば、鋭い一閃は何にも邪魔されることなく刀を打ち払った。

「よし、これなら勝てる!」

何度か刀を打ち合う音が響き、平助の「おらあ!」という威勢の良い叫びと共に辻斬りの刀が払い飛ばされた。
瞬時に辻斬りに斬り付けようと刀の柄を握り直したところで、平助の動きが一瞬止まる。

どうしたんだろう?
千鶴が不思議に思った時、平助は自分の腰に差した小太刀を抜いて辻斬りに突き立てた。

「ぎゃあ!」

初めて聞いた辻斬りの声は、苦痛に満ちた悲鳴だった。

平助の小太刀は、辻斬りの腕を深々と貫通して地面に突き立っていた。
これで男は動くことが出来ない。

「千鶴、これありがとうな」

そう言って、平助は恭しいとすら言える仕草で千鶴に小太刀を返す。

「平助君、さっきはどうしたの? 突然動きを止めたから驚いた」

「いや、お前の刀を血で汚すのは何か嫌だったからさ」

告げられた言葉に、千鶴は眼を丸くする。
平助は照れたように頬を掻きながら、「それに」と続けた。

「その刀、すごく良いものだよな。何ていうか、本当なら俺が触れちゃいけない、神聖なものっていうか・・・。だから、俺がそれを使ってあいつを斬ったりしちゃいけないって、そう思ったんだよ」

そう言うと、平助はもう一振りの刀   辻斬りの落とした刀を見やる。
千鶴の持つそれとは全く違う、禍々しいものを感じさせる刀だ。

手に取ると、黒くもやもやとした何かが身体に巻きついてくるような嫌な感覚に眉を顰める。

「何だ、この刀? 気持ち悪い・・・」

「私が持つよ」

「だけど・・・」

困惑する平助に、千鶴は「大丈夫」と頷いてみせる。

「平助君はこの人を運ばないといけないでしょう?」

千鶴が指し示したのは辻斬りの男。
彼は山崎によってすでに気絶させられていた。
大の男一人担ぐのは、山崎と協力してもかなり骨が折れる。
だとすれば、他の荷物は千鶴が運ぶのが妥当だろう。

「でも、おかしいと思ったらすぐに手を離せよ?」

「うん」

平助の手から刀を受け取った時、頭の中にはあの声が聞こえてきた。
だが、千鶴の腕の中でそれはふいに声を潜める。
何かを窺うように、警戒するように刀を取り巻く黒い靄が忙しなく蠢く。
それを封じ込めているのは千鶴の腰に差した小太刀だと、心のどこかで確信していた。





■■■■■





「かつては美しい名刀であったであろうに、今は禍々しいとしか言いようがないな」

「こんなものを手にしちゃったら、誰彼構わず振り回したくもなるよね」

「まさに妖刀、ってやつだな」

中央に横たわる刀を取り囲みながら、幹部達が口々に言葉を発する。

「幸いにもここは寺だ。坊さん達に供養してもらうか」

そう結論を出した土方は、平助や千鶴、山崎に視線を移すと「ご苦労だった」と労いの声を掛けた。
その言葉に、三人は心から安堵の息を吐く。


屯所に戻ってきた三人は、鬼の副長の怒りに満ちた顔に出迎えられた。
こんなに遅くまで何してやがった、という怒鳴り声から始まり、延々と続く説教地獄に突入しそうになったが、平助と山崎が運び込んだ見知らぬ男と千鶴の持つ不吉な刀に、彼はすぐさま異状を察してくれたのだった。

お陰で説教されずに済んだ、と三人が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。



後のことは土方に任せ、平助と千鶴は疲れた身体を休めるため一足先に広間を出た。

「千鶴、ありがとな。あいつを捕らえられたのは、お前のおかげだ」

千鶴を部屋に送り届ける道すがら、平助がそう切り出した。
不思議そうに首を傾げる千鶴に、平助は尚も言葉を重ねる。

「今朝、総司が言ったこと、気にしなくていいんだからな? 今回俺はお前に助けられたし、普段だってお前がいてくれて良かったって思うこと、たくさんある」

眼を瞬かせる千鶴を見る平助の瞳は、とても優しいものだ。

「新八っつあんだって左之さんだって一君だって、あの土方さんや総司だって絶対そう思ったことあるに決まってるって」

だから、お前はここにいていいんだ。

強い口調でそう言って、平助は陽だまりのようにあたたかな笑みを見せた。
誠実な言葉の一つ一つにも、彼が本心を語っているのだと感じさせる。

染み入るように平助の言葉を受け止め、千鶴もまた心から嬉しそうに微笑んだ。

「うん、ありがとう、平助君」


今も不安は尽きないけれど。
自分はまだここで頑張れる。

ようやく訪れた穏やかな眠りは、千鶴に優しい夢を運んでくれそうだ。



〈了〉

12.11.30up

千鶴ちゃんの刀に焦点を当てたくて出来たお話でした。
まだ西本願寺に移って間もない頃なので、沖田さんは少し冷たい感じです。
平助君は当初から友好的なので、随分千鶴ちゃんの心の支えになってたでしょうね。



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