光風日和





総司が風邪を引いた。

12月に入り、昼間でも気温が10度に届かない日も珍しくなくなった今日この頃。
昨夜は特に、東雲一族が住まう山でも積雪するほどに冷え込んだ。
その翌日、血統の良さに反比例して体調を崩しやすい総司が高熱を出した。

子供の頃は病気がちだった彼だが、“覚醒”後はそれまでと比べれば随分健康になっていた。
武士としての記憶を取り戻したこと、鬼としての力が目覚めたことによって心身ともに強くなったからだろうか、風邪を引いても一日二日で全快するようになっていた。
だが、季節ごとに体調を崩すのは相変わらずで、昨夜の厳しい冷え込みが彼の身体には負担だったようだ。
朝、時間になっても起きてこない総司を一が起こしに行った時にはすでに、彼は高熱を出してうんうんと唸っていたのだという。


「すまないが、総司のことは頼む」

「はい、任せて下さい」

学校に向かおうとする一を見送りに出た千鶴は、彼から告げられた言葉にしっかりと頷きを返した。

一を見送った後しばらくして、中学校に向かう平助も同じように見送ると、千鶴は総司の部屋に向かった。
自分以外の者が部屋に入って来ることを嫌う総司の部屋に勝手に入るのはどうかと思ったが、一にも平助にも、さらには知らせを受けた歳三や左之助からのメールでも、総司の傍についていてほしいと頼まれたのだ。

せめて彼の眠りの邪魔をしないよう気をつけよう。
気を引き締め、千鶴は総司の部屋へと入った。





薄く透かした障子戸の隙間から、冬の朝の弱い陽が差し込む。
障子の奥の硝子窓にはうっすらと霜が張り、暖房の効いた室内とはまるで違う外の寒さを伝えていた。

千鶴は差し込んでくる陽の光で手元を照らしながら、慣れた手付きで布地に針を通す。
しん、とした静寂に満ちた室内には、布ずれの音と微かな寝息の音だけが漂っていた。

「う・・・ん・・・」

ふと、寝息に苦しげな声が混じり、千鶴は手を止めてそちらに視線を向けた。
布団の中で辛そうに眉根を寄せる総司の姿に、布を脇に置いてそっと彼を覗き込む。

夢見が悪いのだろうか。
熱に浮かされる総司は、時々不明瞭な言葉を呟きながら苦しそうに呻く。

「総司さん」

起こした方が良いのかも知れない、と名を呼びながら頬に手を当てる。
触れた頬から伝わってくる熱さに、相当熱が高いことが伺えた。
すると、頬に触れる千鶴の手の冷たさが心地良いのか、総司の様子が落ち着いた。

「千鶴・・・ちゃん・・・」

吐息のように零れ落ちた声とともに、ゆっくりと瞼が持ち上がる。

「総司さん、気が付かれましたか?」

呼びかけると、長い睫に縁取られた翡翠の輝きが二度、三度と瞬き、ぼんやりと千鶴を見上げた。
意識が半分朦朧とした中で、総司は千鶴を見つめながらふわりと笑った。

「・・・良かった、君は・・・ここにいた・・・」

「え?」

総司の手が頬に添えられた千鶴の手に重なり、押し付けるように頬を摺り寄せる。

「夢を見てたんだ・・・」

「夢、ですか?」

千鶴の手をぎゅっと握り締めたまま、総司は思いを馳せるように再び目を綴じる。

「探しても探しても、君がいない・・・。目を覚ませば、僕は一人きりで天井を見つめてる。そんな日が、死ぬまで続いてた・・・」

総司が語り始めたのは、“前の世”のものだと直感する。

江戸に戻った後、“沖田総司”は患っていた労咳の悪化によって、新選組から離れて静養せざるを得なかった。
そして新選組が北上する中、江戸に残された彼は闘病の末に力尽きたのだ。

近藤のため、新選組の剣として生きてきた彼が、刀を振るうこともできず、仲間達の背を追いかけることもできず、病に苦しんだ末に死に行く。
どれほどの辛さを抱えていたのか、千鶴には想像もできない。

「君に会いたかったよ・・・ずっと・・・」

「私は、ここにいますよ・・・?」

「うん・・・」

ほっとしたように、総司の口元が柔らかく弧を描く。

「もう、どこにも行かないでね・・・千鶴ちゃん・・・」

言葉は、寝息に溶けた。

ぐっすりと寝入った総司の柔らかな髪を、千鶴の手が優しく撫でる。
もう、彼の表情に先ほどまでの苦しげな色はなかった。

自分が傍にいることで少しでも彼の辛さを和らげることができるのなら、これほど嬉しいことはない。





■■■■■





永い、永い孤独な日々だった。


大切な少女を見失い、共に戦ってきた同志達に置いて行かれ、たった一人で死ぬ日を待つだけだった前世。

仲間達がいつ目覚めるかも解らず、本当に目覚めるのかすら解らなかった今世。

病の身体で、幼い身体で、何もできない無力を痛感した。


江戸で静養していた頃、仲間達は時間ができれば沖田のもとに足を運んでくれた。
暇を持て余していた永倉や原田はもちろん、夜にはこっそりと山南や平助も見舞いに来てくれたし、近藤や土方や斉藤も忙しい中時間を見つけて来てくれた。

他愛ない話をしては“またな”と帰っていく仲間達の背中を何度見送っただろう。
やがて、新選組が江戸を離れると土方が告げに来た日を最後に、沖田のもとに仲間達が訪れることはなくなった。

唯一人で闘病生活に耐えながら、沖田は新選組と“彼女”の無事だけを一心に願い続けた。



時が流れ、平成の世に東雲一族として生まれ変わってからは、総司の傍には仲間達がいてくれた。
だが、桜の舞う月夜の下で“彼女”と出会った後、総司は誰よりも早く“沖田総司”の記憶を取り戻した。

彼女を見つける術もなく、記憶のない仲間達とどう接すれば良いのかも解らず、途方に暮れた。
半年後に左之助が“覚醒”するまでの日々は、敬助という理解者を得ても心細いものだった。

記憶を取り戻したことによる総司の劇的な変化を感じ取って戸惑う仲間達に、総司は彼らも記憶が戻るようにと思いつく限りのことをやった。稽古で叩きのめしたのもその一環だ。
命の危機すら覚える殺気を撒き散らしたのも、それに触発されて武士の記憶が戻るのではと考えたからだ。
結果、大暴れする総司を当主までもが乗り出して諌め、説教されてしまったが・・・。

前世で“彼女”を守れず、悔しい思いをしたのは彼らも同じはずなのに、何故あの頃の記憶を取り戻さないのかと焦りを覚えた。
不知火をきっかけに左之助が記憶を取り戻した後は焦燥感も落ち着き、歳三が“覚醒”して以降は気持ちが楽になって気長に待てるようになったが、それまでは自分の無力さが歯痒くて仕方なかった。

唯一つ、“彼女に会いたい”という前世からの強い願いがあったからこそ、彼は真っ直ぐに前を向いて立っていられたのだ。


(いつだって君は、僕の心の支えなんだよ)

総司に手を預けたまま、いつの間にかうとうとしてしまったらしい千鶴の寝顔を見つめながら、総司は彼女が自分の傍にいるという幸せな現実を噛み締めていた。





■■■■■





「総司、起きてるか?」

遠慮がちな声とともに、平助が顔を覗かせる。

随分進んだ縫い物の手を止め、千鶴は入り口に視線を向け、次に窓の外を見た。
気が付けば窓から差し込む光が西日となっている。
いつの間にか平助の帰宅の時刻を迎えたようだ。

「平助君、お帰りなさい」

「ただいま千鶴、総司の具合どう?」

問われ、千鶴は総司の額に手を当てた。

「朝より熱は下がってるみたい」

「そっか、良かった」

平助は総司を挟んで千鶴の正面に腰を下ろすと、総司の寝顔を見下ろしてしみじみ呟く。

「総司って、寝顔だけ見れば人畜無害だよな」

普段の彼を思い描いたのか、平助の眉間に皺が寄った。
思わず小さく笑いを零すと、「いやいや笑い事じゃねえよ」と言い募られる。

「こいつ、前の記憶を取り戻すのが一番早かったんだよ。お陰で俺ら散々な目に遭ったんだぜ? 左之さんや歳兄は割と早く記憶取り戻してさっさと難を逃れてたけどさ、俺や一君や新八っつあんは堪ったもんじゃなかったんだからな!」

一旦話し出すと止まらなくなり、平助は過去に総司から受けた仕打ちをあれもこれもと並べ立てていく。
ああ思い起こせば本当に酷い記憶ばかりだ。
改めて思い返していくうちに沸々と怒りが煮え滾る。

「あ、あの、平助君、落ち着いて・・・」

「人の枕元で騒がないでくれる? うっかり殺したくなるんだけど」

「怖えこと言うなよ!」

ヒートアップする平助を宥めようとする千鶴の声に被さって、煽るような声が二人の間から発せられた。
やれやれと身を起こした総司は、寝乱れた髪を手櫛で整えながらいつもの喰えない笑みを平助に向ける。

「だいたい記憶があろうとなかろうと、僕が平助に負けるわけないんだけどね」

「なんだとぉ!」

「それに、痛い目に遭いたくないならさっさと記憶取り戻せばいいだけじゃない」

「無茶言うな! それに俺だって早く“そっち側”になりたかったっつーの!」

記憶のある側とない側。
目に見えないながらも明確に引かれた境界線を、飛び越えたくとも飛び越えられなかったもどかしさを、平助はよく覚えていた。
その一線を越えた先で、彼らはようやく再び“同志”となれたのだ。

まあそれは確かに喜ばしいことなのだが、だからと言って総司から受けた仕打ちを忘れられるはずもなく。
一や平助は彼に一矢報いるため日々実戦さながらの激戦を繰り広げては、周囲を怖がらせているのは余談である。

普段であれば千鶴も困惑しながらも見守るだけなのだが、現在は総司は病人である。
新選組にあって山崎と共に医療班とも言うべき立場にいた千鶴には、勃発しかけている争いを放っておくわけにはいかない。


「いい加減になさい!」

響き渡った一喝に、総司と平助は口を噤んで千鶴を見た。
彼らの視線の先には、珍しく険しい表情を浮かべる愛しい顔があった。

「平助君、総司さんは病人なんだよ? ここで騒ぐならご飯のお代わりあげません!」

「え、あ、悪い・・・」

「総司さん、いい子で寝ていないとお粥にお葱入れますよ?」

「ごめん、それは困る」

何とも可愛らしい脅し文句に毒気を抜かれ、二人は素直に謝ってしまう。

今の千鶴は総司や平助より年上だ。
だからこそ、お姉さんらしく彼らを諌めようと頑張ったのだろうが、妙にずれている。

やがて、誰からともなく笑みが零れ、和やかな空気に包まれた。



孤独に苛まれた日々は、もう随分遠く感じる。

あの頃の記憶を共有する仲間や、記憶はなくとも変わらず傍にいる仲間。
そして、取り戻した大切な“彼女”が傍にいるのだ。

この先、どんな未来が訪れようとも、再び結ばれた絆が二度と切れることはないと確信できる。

厳しい寒さが日毎深まる冬の日、満ち足りた総司の心には柔らかな光風が吹き抜けていた。



〈了〉

12.12.10up

記憶のない面々が焦っていたように、ある方にだって葛藤はありました。
一人だけ記憶を取り戻した後、総司さんも色々悩んでいたという話です。
ただ、仲間達の目にはやりたい放題やってたとしか映らなかったのが、総司さんたる所以(笑)。



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