桜月夜 〜覚醒〜幕間ニ





“源さんの漬けた漬物が一番美味い!”


満面の笑顔と共に言われた言葉に、嬉しさと同時に懐かしさが込み上げた。


日々成長していく彼らとともに居られる日常の一時一時の、何と愛しいことか。

この幸せが続くように、やがて一族を担う彼らのために何ができるだろうかと考える。


彼らと一緒に夢を追い、彼らの力に少しでもなりたい。

その想いはいつだって、自分の中にある。


そう、遥かな昔から   





■■■■■





「それでさ、聞いてくれよ源さん」

「はいはい聞いてるよ、左之助君」

柔和な顔に苦笑を浮かべ、源三郎は分厚い参考書から視線を上げた。
机を挟んで反対側に行儀良く正座する少年は、源三郎の注意が向くとほっとしたように表情を緩める。
そんな仕草が可愛く思えたが、左之助から発せられた言葉はとても可愛いとは言えなかった。

「だからさ、大事な女がいるんだよ。できればこの家に連れてきて大事に愛でてやりてえんだけど、どうやったらその気にさせられると思う? そいつすごく可愛くて優しい娘なんだけどさ、遠慮深いっつーか、自分より他人のこと気にし過ぎるところがあるからよ、俺らが甘やかしてやりたくても素直に我侭なんて言わねえだろうし・・・」

真剣な表情で深刻に悩む左之助の姿に、源三郎は内心でたらりと冷や汗を流す。

(ええと、左之助君はまだ小学六年生のはずだよねえ? 何で愛する女性へのプロポーズに悩む・・・いやむしろ可愛い女の子を養女に迎えたい成人男性のような悩みを抱えているんだろう?)

子供が口にするには違和感たっぷりな台詞だが、かと言って大人が言えば誘拐計画でも立てそうで怖い。

年齢の割に大人びているのは本家筋の子供達に共通しているが、中でも春先から総司の雰囲気が変わったというのは誰もが知るところだ。そして最近、この左之助もまた随分変わったように感じる。
つい先日、総司と剣の稽古で対戦をした時の二人の凄まじい気迫は、子供はもちろん大人達まで足が竦んで動けなくなった程だ。


「つまり、左之助君に好きな女の子ができたということかい?」

相手は同級生かな、と何とか小学生との会話の範囲内に納めようと試みる。

「そういえば、あいつ今何歳なんだろう。二十歳は超えてるよな。あの後あいつの周りでは何年経ったんだ?」

二十歳を超えている!?

動揺のあまり、源三郎の笑みが凍りつく。

(さ、流石に年上過ぎないかなあ・・・)

二十歳を超えているとなると勇や敬助はもちろん、大学生である源三郎よりも年上だ。

いや、幼いうちは幼稚園や学校の先生をお嫁さんにしたいと思うことは決して珍しくない。思春期には若くて見目の良い年上の異性に憧れ、淡い恋心を抱くことも多々ある。
きっと左之助の感情もそういった一過性のものだろう。うん、そうに違いない。

無理矢理自分を納得させる源三郎の心情などお構いなしに、左之助は尚も呟き続ける。

「だけどここに連れて来たら来たで大変だろうなあ。あいつを自分の手で幸せにしたいって思ってるの俺だけじゃねえし。他の奴らに負けるつもりはねえけど、それが歳兄や敬兄だと厄介だよなあ」

「え・・・歳三君や敬助君もライバルなのかい?」

というか、総司君や一君や平助君や新八君も?

「今ならまだ俺が有利だけど年齢と身長が足りねえんだよなあ。成人するまでにはまだ何人か思い出すだろうし、どうしたもんかなあ」

「・・・・・・」

どう答えて良いのか解らず、源三郎は口を閉ざしてしまう。

(もしや、私は今とんでもない話を聞いてるんじゃないだろうか・・・)


左之助の言葉をそのまま受け取るならば、本家の少年達が揃って一人の年上の女性を挟んでライバル関係にあるということだろうか。

そもそも彼らは自由に恋愛ができないはずで、彼ら自身もそれを理解して受け入れているはずだ。
特に血統の良い総司、歳三、一辺りは鬼の血の濃い相手でなければ結婚は許されないし、敬助や新八や平助、そして左之助の相手も鬼の血を継ぐ女性でなければならない。

本家の子供達の中で女性といえば、最も血統が良いのが総司の姉で、次が歳三の姉だ。
総司が生まれるまでは跡取り候補だった歳三には、総司の姉を宛がうという話もあった。おそらくそれは今も有効だろう。
他の面々にも、各地に今も存在する鬼の末裔一族から相手が選ばれることになっている。

鬼の血が薄く、普通の人間と変わりない源三郎からすれば自由に結婚相手を選べない彼らへの同情は禁じ得ないが、流石に全員が同じ女性に惹かれるという事態は異常に思えた。


「左之助君、相手の女性というのは、その、君達との恋愛を許される人なのかい?」

「許されるも何も、むしろ俺らの方が爺共に“恐れ多いわ立場を弁えろくそ餓鬼が!!”って殴られそうな相手」

「え、それって・・・」

つまり総司と同等かそれ以上の鬼の血統の持ち主ということか? いや、それどころか今や実在するかどうかすら怪しい純血の鬼?

(まさか、ねえ・・・)

源三郎は脳裏を過ぎった突飛な予想を振り払う。

いくら何でも純血の鬼にそう簡単に会えるわけがない。
京都の鬼の末裔や西の風間家にならば僅かなりとも存在するかも知れないが、希少な純血の女鬼を手放すはずがないのだ。

「でも、あいつをこの家に呼ぶことは爺達も諸手を挙げて歓迎するはずなんだよ。問題はどうやってあいつをその気にさせるか、なんだ。なあ源さん、女を誘き寄せて閉じ込める方法思いつかないか?」

左之助君、それは犯罪だよ。

思わずそう言い掛けたが、源三郎は何とか言葉を飲み込んだ。
あまりにも物騒な台詞だが、言っている本人は至って真剣だ。

「ま、まずは本人の気持ちが大事じゃないかなあ。相手の女性は左之助君達のことをどう思ってるんだい?」

まあ、進んで監禁されたいと望む女性はそう居ないとは思うが。


「千鶴ちゃんが僕達のこと嫌いなはずないじゃない」

突如、入り口から割り込んできた声があった。

「おや、総司君じゃないか」

「何だ、お前も来たのか」

総司は部屋に入ってくるなり、すたすたと源三郎達の傍に歩み寄ると、座布団を引っ張り出してちょこんと座った。
心なしか、表情が暗い。

「どうかしたのかい?」

「左之さんと一緒だよ。あの子を捕まえたいから、源さんの助言が欲しい」

「・・・・・・」

別に誘拐やら監禁やらの幇助を求められているのではないはずだ。
彼らがそんな犯罪紛いの真似をするわけがない。
うん、絶対そうだ。

頭の中で何度もそう繰り返し、源三郎は平常心を保とうと努力する。

「敬助さんにも相談したんだけど、あの人じゃ話にならないよ。薬がどうの、縄の縛り方がどうのって、千鶴ちゃんが辛い思いしたら何もならないじゃない」

ひ、酷いことは、しないはずだ。きっと・・・。

「ああ、新八は酒を飲ませて酔い潰れたところを連れ去れ、とか言ってたな。確かに千鶴は酒に弱いから良い案かも知れねえな」

・・・多分・・・。

「僕達じゃまずお酒を持ち出せないんじゃない? 一君に見つかったら面倒だよ。勇兄さんは誠心誠意想いを告げて、付いて来てくれと頼むんだって言ってたけど・・・」

おお、さすが勇君。
個性の強い彼らの纏め役だけあるなあ。

「確かにそうしてえのは山々だが、今の千鶴が付いて来てくれるか? 不知火の言葉を考えれば、自分はいない方がいいなんて思ってんじゃねえかな」

「そうなんだよね、やっぱりまずは源さん並の優しい言葉で油断させて、敬助さん直伝の屁理屈で攻めて、勇兄さん張りの泣き落としで騙すしかないでしょ」


私は詐欺師か何かかい?


「・・・・・・君達・・・」

ひやり、と冷えた声が漏れた。

左之助と総司がぎくっと身を強張らせ、恐る恐る源三郎を見やる。
柔和なはずの源三郎の笑みに、何やら暗い影が落ちた。

「男子たるものが、まさか女人に無体な真似を働こうなんて、考えてはいないだろうね・・・?」

平成を生きる大学生が、やたら古めかしい台詞を吐く。
しかし、それは左之助と総司にはかなりの効果があったようだ。

「も、もちろんだぜ源さん! 俺達が惚れた女を傷つけるわけねえじゃねえか!」

「千鶴ちゃんを泣かしたくないから、こうやって助言を頼んでるんだよ」

総司の言葉に源三郎はうーん、と考え込んだ。

どこの女性なのかは解らないが、これほどまでに彼らが求めるのなら犯罪にならない範囲で協力してあげたいと思う。
敬助や新八の案は論外としても、彼女との話し合いの席くらいは設けさせてやりたい。
その先にどんな未来が待ち受けているかは解らないけれど。

「君たちが思っていることをそのまま相手に伝えるべきだよ。そして彼女の意思もちゃんと聞いてあげなくてはね。一方的に気持ちを押し付けてはいけないし、彼女を追い詰めてもいけないよ。お互いの気持ちと意見の交換、まずはそこから始めてはどうだい?」

真面目な顔で黙って源三郎の話を聞いていた二人は、やがて互いに顔を見合わせた。

「千鶴ちゃんの話聞く気はあるけど、攫わない自信はないなあ」

「だな、多少強引な手も使わねえと、話が進まねえ気がするぜ」

人の話を聞いてたのかな?

再び暗雲が漂い始めたことにすぐさま気付いた二人は、慌てて源三郎を取り成す。

「大丈夫だって! ちゃんと相手の意思を尊重するし、力尽くでどうこうしたりしないからよ!」

「うん、できる限りね」

何か余計な一言が聞こえた気がするが、源三郎はやれやれとため息をついた。

「でもまあ、君達に仲間以外に大切な存在が出来るというのは良いことだと思うよ」


一族の者達の結束力は強く、中でも将来の一族を背負う少年達は固い絆で結ばれている。
だが、そのせいで彼らの視野は狭くなりがちだ。
互いを信頼し、大切に思い合っているからこそ、仲間以外に対する警戒心が強い。

もちろん一族の特異性も原因の一つだろうが、いつまでも一族以外を排除していては彼らの為にもならない。
家も大事だが、社会に出て人と関わることも大切なのだから。
彼らの心を捉えた女性が、その切っ掛けになれば良いのだけれど。

鬼の血が薄い源三郎は、立場的には本家の彼らの従者だ。
だが生まれた時から成長を見守り、素直に自分を慕ってくれる彼らを弟のようにも思っている。

そんな彼らがこれからどんな風に成長し、一族を束ねていくのか。
これからも傍で見守ってゆきたいと思う。

その為には、今の自分ができることを着実にこなしていこう。


源三郎は綴じていた参考書を開くと、二人に言った。

「さあ、私はこれから予習があるんだ。君達は早く夕飯を食べて道場に行きなさい。歳三君が怒鳴り込んでくるよ」

「へーい」

「はーい」

良い子のお返事を返し、二人はよっこらせと立ち上がる。
すると、左之助がふいに源三郎の手元を覗き込んだ。

「源さん、栄養士になるのか?」

「そうだね、なれれば良いなと思ってるよ。君達に栄養のある美味しい食事を食べてもらって、元気に成長して欲しいからね」

慈愛に満ちた眼差しを向けられ、左之助と総司は照れたように目元をほんのりと染めた。

源三郎の母親は二十数年前に父に見初められて嫁に来た、生粋の人間だ。
料理上手な彼女は今や一族の食卓を預かる、なくてはならない存在となっている。
そんな母の影響もあるが、彼が栄養士を目指そうと思ったのは総司を心配したからだ。

鬼として血統が良いはずなのに、その恩恵を何故か得られなかった総司。
体調を崩しやすく、なのにやたらと偏食で選り好みの激しい我侭な味覚の持ち主。
彼を含め、大事な弟分達の健康管理は自分の役目だ。
その決意が彼を栄養士の道へと駆り立てた。


「君達の十年後の成長が今から楽しみだよ」

そう言ってにっこりと笑った彼は、かつて屯所の厨を支配していた“新選組六番組組長、井上源三郎”そのものだった。


そして十年後には、源三郎とその母の料理によってぐんぐんと逞しく成長したかつての小さな少年達の姿があったのは言うまでもない。



〈了〉

11.9.30up

幕間第二弾は井上さんでした。新選組の良心です(笑)。
井上さんならきっと、千鶴ちゃんに対して暴走しかねない彼らを抑えてくれるはずっ。



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