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桜月夜 〜覚醒〜幕間四
出会いは桜が咲き誇る春の日。
多くの新入生が並ぶ中、独特の存在感を放つ彼らは否応なく周囲の目を集めていた。
和やかに雑談を交わす三人の少年。
うち二人は今年の新入生で、一人は腕に風紀委員の腕章を付けた上級生だ。
見目の良さから女子生徒から憧れの視線を向けられるのはもちろんのこと、男子生徒までもを惹きつける凛とした佇まいに自然と眼が吸い寄せられる。
ふと、三人のうちの一人と目が合った。
瞬間、驚きに眼を見張った赤みを帯びた髪の少年。
何故そのような眼で見るのだろう。
首を傾げていると、彼は楽しげに笑みを浮かべながらこちらに近づいて来た。
「よう」
まるで昔からの友人に向けられるような親しげな表情。
けれど、それを当たり前のように心が受け入れる。
「知り合いか?」
上級生の少年が問う。
「いや、これから知り合いになる」
「何だそりゃ」
呆れたように彼らが笑うと、一陣の風が吹き抜けた。
風に煽られてはらはらと舞い落ちる桜の花びらは、不思議と彼らによく似合っていた。
■■■■■
秋の京都の紅葉の見事さは筆舌に尽くし難い。
澄み渡る青空の下で、燃えるような紅が古都を彩る様はまさしく絶景だ。
そんな秋の京都の町を学生服の少年少女達が行き交う。
その中の一人、島田魁は一軒の茶屋を見つけるや、迷わずそちらに足を向けた。
風情ある木造の家屋は年代を感じさせ、団子の絵柄の暖簾が一層の趣を与えている。
まるで時代劇に出てくる茶屋だな。
そんなことを思いながら暖簾をくぐり、店内に入った。
お品書きに並ぶ和菓子の数々に大の甘党である魁は目移りするが、まだ学生の身分である彼には端から端まで全部、というわけにはいかない。
散々悩んだ挙句、彼はぜんざいと黒蜜のわらび餅を注文した。
平日の午前中ということもあって店内には人が少なく、静かな雰囲気が居心地良い。
然程待たされることもなく注文したぜんざいとわらび餅を手に店員が魁の席にやって来ると、途端に魁の目がキラキラと輝き、いそいそとデジタルカメラを手にして目の前に置かれたぜんざいとわらび餅を画像に収めた。
こうして彼が撮影した画像は一言の感想を添えてアルバムに収めているのだが、それを見た友人達からの反応は微妙である。余程の甘党でない限り、彼の楽しみは理解されない。
幸せな気分で甘味を味わっていた魁が何とはなしに入り口の方に視線を向けると、女性客が二人入って来るのが見えた。
二人とも二十代ほどの若さながら、揃って着物姿だ。
成人式などで見る華美なものではなく、落ち着いた色合いながらも可憐で上品だ。
自然と着こなしているところを見ると、彼女達は普段から着物に慣れているのだろう。
流石京都、大和撫子がいる。
感心していると、二人の大和撫子は魁の方に近づいてきた。
距離が縮まるにつれ、二人の会話が耳に届く。
「ここに来るのも随分久しぶりね」
「うん、また来れて嬉しい」
「見て見て、色んなお菓子があるみたい。ねえ、全部食べてみたいねっ」
それは、羨ましい・・・っ。
思わず聞き耳を立てる魁に、苦笑の音が届く。
「お千ちゃんたら、こんなに食べきれないよ」
耳を擽る柔らかな声は、初めて聞くはずなのに何故か懐かしい。
二人は魁の前方の席に座った。
“お千”と呼ばれた女性は魁に背を向け、もう一人は机を二つ挟んで魁と向き合う格好だ。
「だって千鶴ちゃん、最近元気ないんだもの。美味しいものをいっぱい食べたら幸せな気分になれるでしょ」
「お千ちゃん・・・ありがとう」
ああ、確かに“お千”さんの言う通りだ。
寂しげに微笑む彼女を見て、魁の胸の奥を痛みが走った。
彼女はもっと陽だまりのような、朗らかな笑顔が似合うのに。
そこまで考えたところで、ふと疑問が湧く。
(見知らぬ女性、だよなあ)
なのに何故、彼女の表情を“らしくない”などと感じるのだろうか。
程なくして彼女達の席に店員が注文を取りにやって来た。
“千鶴”と呼ばれた女性はお団子と抹茶アイスクリームを、“お千”と呼ばれた女性は大福と栗のアイスクリームをそれぞれ注文する。
店員に注文を終えてお千に視線を戻そうとした千鶴が、不意に魁を見た。
目が合って思わずうろたえた魁だが、それ以上に彼女は驚きを浮かべてこちらを凝視する。
千鶴の様子にお千もこちらを振り向き、不思議そうに魁を見る。
いきなり二人の女性に注目され、魁は恐る恐る口を開いた。
「俺の顔に何か付いてますか?」
「あ、済みません、知り合いに似ていたものですから・・・」
不躾に凝視してしまったことに気付いた千鶴が申し訳なさそうに頭を下げる。
「そうなんですか」
魁自身も彼女には既視感のようなものを感じたが、彼女も同じなのだろうか。
二人のやり取りを眺めていたお千は千鶴の言葉に何か思うところでもあったのか、複雑そうに魁を見やって千鶴に心配げな眼を向けた。
それに対し千鶴は安心させるように微笑み、改めて魁を見た。
「学生さんですか?」
「はい、修学旅行中なんです」
「そうですか。良い思い出を作って行って下さいね」
そう言って微笑んだ彼女はとても大人びて見えた。
その後千鶴やお千と言葉を交わしていると、店員が彼女達の席に注文を届けに来た。
団子のぷるんとしたツヤ、大福のやわらかそうな質感、アイスクリームの甘くとろけそうな誘惑に、思わず魁は二人に詰め寄っていた。
「写真構いませんか?」
デジカメを手に勢い込む魁に、千鶴とお千はきょとんとした眼を向けてくる。
「俺、甘いものが好きで、よくこうして写真に撮っているんです。でも友人達から“食べ物”ばかりじゃないか、と批判されまして・・・。かといって自分が一緒に映ると“食う気が薄れる”と言われるんです。だったら綺麗な女の人が映れば友人達から文句も言われないかと思いまして」
そもそも自分の満足のための写真集なのに、毎回勝手にそれを見て文句を言う友人達に一言物申したいところだが。
眉根を寄せながら語られた事情に、女性達は明るい笑い声を上げた。
「貴方、面白いね! そういう事情ならいいよ、可愛く撮ってね」
「私達で良ければ協力しますね」
「ありがとうございます! では・・・」
カメラを向けると、二人は映りやすいように皿を持ち上げて少し傾け、可愛らしい微笑を浮かべた。
これなら彼らも文句を言うことはないだろう。
確信と共に魁はシャッターを切った。
収められた画像を二人に見せると、彼女達は揃って感嘆の声を上げた。
「うわあ、凄く綺麗に撮れてるのね。便利な世の中になったもんね、千鶴ちゃん」
「本当ね。昔は写真一枚撮るのにずっと動かずにいないといけなかったのに」
「ははは、昔の映写機はそうでしたね」
百数十年前の映写機と現在のカメラはいくら何でも比べ物にもならないだろう。
真面目な表情で随分と面白いことを言う女性だなあ、と魁は笑ったが、よもや彼女が本気で言っていたとは、この時は思いもよらなかった。
期せずして楽しい時間を過ごすことができた魁は、店を出ると千鶴とお千と別れて友人との合流場所に向かった。
そこにはすでに友人の一人が、どこかふてくされたように唇を尖らせながら突っ立っていた。
「新八君、左之助君はどうしたんだい?」
中学生にしては体格の良い少年、新八は魁の問いかけに声を荒げる。
「呼び出しだよ呼び出し! 左之の野郎、これ見よがしに次々と女子生徒に声を掛けられやがって〜っ!」
これ見よがしも何も、左之助が声を掛けたわけでもなかろうに。
魁の友人である新八と左之助は親戚同士で、住む家も同じため兄弟のように育ったらしい。
今はもう卒業してしまったが二つ上に歳三という二人の親戚の先輩も居て、一年半前の入学式の日に魁は三人と出会った。
まず魁を見つけて声を掛けてきたのは左之助だった。
中学生になったばかりの頃でも、彼はすでに文句なく男前と言えた。顔の造形が美しいというだけでなく、纏う雰囲気や物腰が抜きん出て大人びていた為、同級生はもちろん上級生の女子生徒からも瞬く間に人気が出たものだ。
そんな彼に魁は何故か気に入られたようで、すぐに彼らの仲間に引き入れると家にまで招待してくれた。
彼らの広い家では武道を学べる道場があり、魁も今ではそこに通うようになっている。
親族でもない部外者がこんなに世話になっていて良いのだろうか、という躊躇いがあったが、彼らは快く魁を迎えてくれた。誰よりも人見知りで選り好みの激しい総司が魁に対して何も文句を言わなかったのが決定的だったらしい。
何故彼らがこんなにも自分を気に入ってくれたのかはよく解らないが、今では彼らは魁にとって大切な友人達だ。
「で? お前は相変わらず甘味巡りか?」
「もちろん、今度の画像は君達にも気に入ってもらえると思うよ」
「けっ、俺も甘いもんは嫌いじゃねえけどよ、お前のは度を越えてんだよ」
じゃあ見なければいいのに・・・。
魁が写真集を更新する度に頼まれもしないのに左之助達と批評してくる彼らに溜息が漏れる。
しかし、今回ばかりは彼らも辛口の批評はしないはずだ。
「今日は店で会った綺麗な女性が協力してくれたんだ。文句なく和服美人だよっ」
魁が胸を張ると、新八の形相が物凄いものとなった。
「かーっ! お前まで女の子とよろしくやってやがったのかよ!!」
余程左之助のせいで鬱憤が溜まっていたのか、新八は心から悔しそうに地団太を踏む。
左之助や、歳三の人気振りに悔しさ全開の新八だが、彼は決して人気が全くないわけではない。左之助のように誰もが認める美形ではないが顔立ちは整っているし、元気で明るい性格は人に好かれる。
しかし如何せん異性に対してデリカシーというものに欠けているのだ。モテたいと言う割に向けられる好意に鈍感で、結局チャンスを自ら潰している。
その度に左之助が“可哀想な子を見る目”を新八に向けていたのを思い出すと、魁はつい噴出しそうになって慌ててデジカメを取り出して操作する。
「ほら、この人達だよ」
「ああん?」
差し出されたデジカメを興味なさそうに横目で見下ろした新八だが、画像を視界に捕らえた瞬間カッと眼を瞠った。
ガシッと音がしそうなほど強くカメラを持つ魁の手首を掴むと、まじまじと画像を凝視する。
「し、新八君?」
新八のただならぬ様子に腰が引ける。
すると、ガバッと顔を上げた新八は魁に叫んだ。
「魁! この子、どこ行ったって!?」
「む、向こうの方に歩いて行ったけど?」
「向こうだな!」
魁が指差す方向に、新八は猪のごとく突進していった。
そのあまりの速さと迫力に、魁は遠ざかる後姿を見送ることしかできなかった。
「・・・どうしたんだろう?」
茫然と呟く声に応える者はいない。
暫くして、疲れた様子の左之助とがっくりと肩を落とす新八が足取りも重く魁の傍に集まってきた。
げっそりとしていた左之助だったが、いつになく落ち込む新八に気付くと「どうした?」と問いかける。
「魁、あの画像見せてやってくれ」
「え? あ、うん」
戸惑いながらも画像を左之助に見せると、彼は新八と同じように食い入るように画像に見入った。
「これ、千鶴と千姫じゃねえか!」
「千姫? 知ってる女なのか?」
二人のうちの一人は新八も知らなかったらしく、左之助に“何で知ってんだ?”という問いかけの眼を向ける。
しかし左之助は魁を見据え、これまた新八と同じ質問を投げかけた。
「この子、何処に行った!?」
「え、ええと・・・、向こうの方に行ったけど・・・」
「俺がすぐに追ったけど、見つけられなかったんだよ」
新八が魁の言葉を引き継ぐと、左之助は厳しい表情で彼を睨み付けた。
「馬鹿野郎、新八! 何でさっさと捕まえねえんだよ!」
「うるせえ! 俺だって懸命に捜したんだよ! 左之こそ俺が走り回っている間、女の子といちゃついてやがったんだろうが!」
「馬鹿言うな! ガキに興味はねえよ!」
(ガキって、俺達と同い年なんじゃ?)
確かに中学二年生はまだ子供だが、それは左之助も変わらないはず。
ぼんやりとそんなことを考えていると、言い合っていた新八と左之助の視線が一斉に魁に向く。
「「魁!!」」
「な、何だい?」
「「この画像、現像させてくれ!!」」
■■■■■
新八と左之助が持ち帰った写真は、歳三達からも驚くほどの大反響を受けた。
道場に行ってみれば早速歳三達に取り囲まれて二人の女性、主に千鶴との会話や彼女の様子などを事細かに尋ねられ、魁は必死に記憶の糸を手繰り寄せながら尋問に答える羽目となった。
話し疲れてぐったりしていると、今度は口々に彼らは写真を撮った魁の機転を褒め称えた。
「お前の甘党は無駄じゃなかったんだな!」
バシバシと魁の背中を叩きながら新八が言う。
「あの見てるだけで胸焼けのするスイーツ日記が意外なところで役に立ったな」
心底感心したと、左之助が頷く。
「お団子より千鶴ちゃんが美味しそう・・・」
総司が小学生とは思えない台詞をうっとりと呟くと、歳三が凄まじい目で睨む。
「千鶴を食えるのは千鶴が選んだ男だけだ」
「歳三君、その台詞もどうかと思いますよ。しかし、この女性が千鶴さんですか。可愛らしい方ですね」
「実物はもっと綺麗です。しかし、こうして写真でも再び会えて嬉しく思います」
敬助の言葉に一がそう返し、眼を細めて写真の中の千鶴を見つめる。
「そうだよな、千鶴は本当に可愛いよなっ」
出会った当時は幼過ぎて千鶴の記憶が薄れつつあるのを悲しんでいたという平助は、写真に狂喜乱舞していたらしい。
どうやら魁の出会った女性は、歳三達にとって相当大きな意味を持つ存在だったようだ。
魁同様、一族以外で道場に通う総司のクラスメイトである山崎烝も、いつになく興奮している彼らに驚きを隠せないようだ。だが彼も、千鶴の写真を見ているとどこか懐かしい、と魁と似た印象を受けたと言う。
あの日、偶然僅かな時間を過ごしただけの彼女が大切な友人達の大切な存在だった。
彼らが喜ぶ姿を見ていると魁もまた嬉しくなり、胸の奥からあたたかさが満ちてゆく。
これから、深く関わっていくことになるであろう“千鶴”に想いを馳せ、彼女が浮かべていた寂しげな笑みが脳裏に甦る。
彼女がこの場所に“戻って”きたならば、きっとあの笑顔は“あの頃”のような輝きに満ちるはずだ。
記憶にないはずの朗らかな笑顔が浮かび、魁の口元に笑みが宿る。
そんな魁を見る“記憶”を持つ武士達は、無意識のうちに“新選組二番組伍長兼監察方、島田魁”としての役割を果たしていた彼に心から賞賛の眼を向けるのだった。
〈了〉
11.10.30up
幕間第四弾は島田さんです。現世でも無意識に優秀な方です。
歳三さん達を差し置いて千鶴ちゃんと甘味デートしました(笑)。
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