いらっしゃいませ! 8





「いやいや、よく来てくれたね歳三君」

満面の笑顔で許してもいない下の名を呼ぶ男に一瞬眉を顰めかけた歳三だが、すぐに不快な気持ちを作った微笑の中に隠した。

一目で格式の高さが窺える料亭で歳三を出迎えたのは、壮年の男と中年の男女、二十代位の女達。
この日歳三が会いに来たのは壮年の男だ。男女はその息子夫妻だろう。
夫妻の同席はまだ解るが、問題は年若い二人の女だ。夫妻の娘、もしくは近い親族だと思われる。
うっとりと自分を見上げる女達の視線に、彼らの用件が何なのか容易に察しがついた。

「お招きありがとうございます。本日は我が東雲家に重要な商談のお話があるとか」

「まあまあ堅苦しい話は後にして、まずは一杯やらんかね」

男と夫婦がにこにこと、だが強引に歳三を座敷へと連れ込もうとする。
そんな彼らを黙って見つめる歳三の眼は酷く冷め切っていた。

彼らから話を持ちかけられた時、歳三は最初から怪しんでいた。
現在事業を仕切っている祖父やその補佐をする父達ではなく、何故まだ学生である歳三を商談相手に指定したのか。
つまり、“商品”との顔合わせを兼ね、年若い自分なら簡単に言い包められると考えたのだろう。

(俺も甘く見られたもんだぜ)

内心で好戦的な笑みを浮かべつつ、あくまで物腰柔らかな態度を崩さない。
自分がどういう人間か、見誤ったのは相手の方だ。


繊細で美しい懐石料理が並ぶテーブルを挟んで向かい合い、歳三は箸に一切手を触れずに茶を一口啜った。

「つまり、何が言いたいのでしょう?」

促せば、相手は勝算ありと確信したのか、益々饒舌に言葉を重ねる。

「だからだね、うちの孫娘との付き合いを真剣に考えて欲しいんだよ。将来結婚ということになれば、お互いの会社にとってもプラスになると思わんかね?」

「東雲家は親族婚が慣例だと聞いていたが、最近は親族でもない女性を迎えたそうじゃないか。そしてその女性をとても大切にしていると聞いたよ」

「そんな家にお嫁に行けるなら、娘達も幸せですわ」

ああ成る程。
つまり彼らは東雲一族ではない娘―千鶴―が親族全員からちやほやされているのを知り、自分の娘達もそうなれると考えているわけか。

ちらりと娘達を見やれば、期待と自信に溢れた眼でこちらを見つめている。

「あいつと、他の女性を同じだと思わない方が良いですよ」

え、と全員が虚を突かれたように眼を丸くする様に笑いが浮かぶ。
夢を見ている彼らには悪いが、現実を知ってもらわなければならない。

「確かに、俺達はもう近親婚を繰り返す必要はなくなりましたが、それ以上に大切なものがあります。それが、その女性です」

他の誰も、彼女と同じ立場になど絶対に立てないのだと。

「東雲家は他の何よりも彼女を優先します。我が家に嫁ぐというのなら当然お嬢さん達にもそれに従って頂く。私よりも総司よりも、当主よりも、彼女の言葉こそが我が一族には絶対です。例え私がお嬢さんの夫となったとしても、私は妻よりも彼女を優先しますし、当然妻となる人にもそうしてもらう。それを理解し、納得することができますか?」

夫婦となったからと言って、夫が妻を大事にするわけではない。妻よりも大事にすべき女性が居る。
妻となるのならそれを理解し、己もまた夫より彼女に従え。
そんなことを言われて納得できる女性がいるだろうか。

政略結婚だとしても、夫婦となった以上は互いこそを尊重するべきだ。
若い娘なら二人の間に愛情も欲しいだろう。
なのに常に他の女性の影が色濃い結婚生活など、苦痛でしかない。

案の定、娘達の表情が強張り、年長の三人も戸惑いを隠せない様子だ。

「な、何故うちの娘達がそのような扱いを受けなければならないんだ!」

「いったいその女性は何者かね。どこの誰とも知れない女性が、何故東雲家にそれほど大切にされるのだ!?」

「彼女は俺達にとってそれだけ特別な存在だということです。部外者が口を出さないで頂けますか」

鋭い眼光に射抜かれ、口々に不満を漏らしていた彼らも思わず押し黙る。
まだ社会にも出ていない若造だ、と侮っていた歳三から発せられる威圧感に完全に呑まれていた。

「で、あんた達はこんな家に嫁いで来たいか?」

「・・・・・・っ」

視線を向けられた女性達はびくっと肩を震わせ、俯いてしまう。

重い沈黙が落ちる中、一人涼しい顔の歳三は言うべきことは言ったとばかりに立ち上がった。

「では、今日の商談は決裂ということで良いですね」

「む・・・っ」

苦虫を噛み潰した顔の男は、それでもしつこく引き止めようとはして来なかった。
やはり幸せな未来を望めない家に孫娘を嫁がせるほど、薄情ではないのだろう。

(毎回これくらい話が解れば楽なんだがな)

おそらくこれからも同じような“商談”を持ちかけられるだろう未来を思い浮かべ、苦笑を零す。
その表情に女性達がぼうっと見惚れていたことにも気付かず、歳三は料亭を後にした。





■■■■■





カランカラン、と来客を告げる鐘の音が店内に響く。
「いらっしゃいませ!」と笑顔を浮かべて入り口に目を向けた千鶴は、入ってきた人物の姿に目を瞠った。

「千鶴」

「風間さん!?」

思いがけない来客に危うく手にしていた盆を落としそうになる。
風間は千鶴の目の前まで来ると、いつもの鷹揚な態度を崩さないまま、しかし声に気遣いを含ませながら問いかけた。

「八瀬の姫や不知火から聞いた。時雨がお前に接触しようとしているそうだな。何かあったか?」

「あ、いえ」

どうやら千鶴を心配して様子を見に来てくれたようだ。
風間に情報が届いたのはほんの最近のはずなのに、これほど早く訊ねて来るなんて、相変わらず同族への情の深い男だ。

そんな風間にだからこそ、千鶴は先日の出来事をすべて彼に語った。
もう何も心配は要らないのだと、彼を安心させる為に。

話を聞き終えた風間は呆れたような顔をしつつも、「そうか」と安堵を滲ませた声で呟いた。


憂いの晴れた千鶴の表情を見て、風間は己の心配は杞憂だったのだと悟る。
千姫から事情を聞いた時、彼女や薫が酷く千鶴を心配していた為、いつの間にか感化されたのかも知れない。

「東雲の家には慣れたか?」

「はい、皆さん親切な方々ばかりで、とても良くして下さいます」

答える千鶴の穏やかな笑顔に、彼女が満たされていることが感じられた。
それはやはり、彼らの存在が傍にあるからなのだろう。

「伴侶は決めたか?」

「えっ?」

「何をうろたえている。お前はそれを定める為に奴らと共にいるのだろう」

「そ、それは、確かにそうですけど・・・っ」

頬を赤くして俯く初心な様子を面白そうに眺めながら、風間は優しい笑みを浮かべていた。


ずっと見守ってきた娘にようやく訪れた幸せ。
彼らに千鶴を託すのは正直少し癪だという気持ちはあるが、彼女がまた心からの笑顔を取り戻せるならばと己を納得させる。

千鶴が最も苦しい時期に傍にいたのは風間だ。
新選組とはぐれて一人彷徨っていた少女を保護し、養父の暴走を抑え、共に新選組の最期を見届けた。

いくつもの哀しみを経験し、心の奥深くに癒えない傷を抱えたまま、満たされぬ寂しさと共に生きることを決めていた娘。
“鬼”である事実を受け入れても、彼女は“新選組”に強く心を残し、千姫や薫が傍にいても彼らの代わりとはなり得なかった。

そんな彼女の元に、再び舞い降りたひとひらの過去の欠片。
喪失への道でなく、再生への道へと続く、細く頼りない絆の糸。
それを手にした、かつて“武士”と呼ばれた子供達。

果たして誰が千鶴との未来を得られるのか、彼女と新選組に関わった者として、最後まで見届けてやりたい。



カランカラン、と鐘の音と共に元気な声が飛び込んできた。

「たっだいまー!」

喫茶店に入ってきた客にしては場違いな挨拶だが、千鶴や源三郎は慣れた様子で「お帰りなさい」と声の主に返す。
つられて入り口に視線をやると、見覚えのある顔が風間を見てあからさまに顔を顰めた。

「うおっ、風間!?」

「ほう、仔犬が一匹か」

名は何だっただろうか。
そんな失礼なことを考え込む風間に、学生服姿の少年―平助は思わず声を荒げる。

「仔犬じゃねえ! くそ、まだ幕府の犬呼ばわりの方がましだったぜ」

少なくとも、その呼び名は自分達に鋭い牙があると認められていた。
それが今ではまるで愛玩動物扱いだ。

「平助君、学校お疲れ様。何か食べる?」

「え? ああ、そんじゃ軽く何か・・・じゃなくて! 何で風間がいんの!?」

「ふん、他人を指差すとは、躾がなっておらんな」

「うっせーな! いったい何しに来やがったんだよてめえはっ」

「相変わらずよく吼える犬だ」

きゃんきゃんと吠え立てる仔犬をあしらうように手を振り、風間は「ではな」と千鶴の頭を一撫でして店を出て行った。





■■■■■





その日、授業を終えた総司と一は剣道部の部室に続く廊下を歩いていた。
ふと廊下の先に数人の女子生徒の姿を見つけたが、二人とも気に留めることなく彼女達の前を通り過ぎようとする。

「あの、総司君と一君に話があるんだけど・・・」

「何? 部活があるから早くして」

名指しされ、二人は足を止めた。

妙に深刻な顔をしているが、いったい何の用なのだろう。
不思議に思っていると、女子生徒達はどこか怒りを孕んだ表情で重々しく話し始めた。

「実はね、私達見たの。総司君達が大事な人だって言ってたあの人が、浮気してるところ」

「「は?」」

浮気? 何それ?

彼女達の言う“あの人”が千鶴を指していることは考えずとも解る。
歳三達とともに彼女と仲良く遊んでいるところを見られていたらしく、千鶴と自分達の関係をやたらしつこく質問されたのだ。
それに対して、総司と一は自分達の大事な女性だとはっきり告げていた。

「あの人、いつ試衛館に行っても男の人と仲良くしてるよ。歳三さんとか、左之助さんとか、平助君とも親密なんだよ?」

「それが何?」

「彼女が皆と親しいのは当たり前だが?」

「私、この前敬助さんや勇さんと仲良くしてるところ見たよ」

「昨日は金髪のイケメンと良い雰囲気だったし・・・」

「ああ、風間のこと」

昨夜平助がぷりぷり怒っていたのを思い出す。
自分達の知らないところで千鶴と彼が会っていたのは面白くないが、まあ彼については今更だ。
何しろ自分達とはぐれた後、ずっと千鶴を守ってきた男なのだから。

だがやはり不機嫌が表情に出ていたのか、女子生徒達は益々ヒートアップする。

「絶対おかしいよ! 総司君達だまされてるんじゃないの?」

「そうだよ、一人の女の人を皆でちやほやするなんて変だよ!」

「あの人に何言われたの? おとなしそうな顔してるけど、相当な悪女だよ!」

女子生徒達の剣幕に呆気に取られていた総司だが、耐え切れないとばかりに「ぶっ」と吹き出した。

「あははは! 千鶴ちゃんが悪女だって! 僕達を侍らせてるから!? あははは!」

「総司、笑い過ぎだ」

嗜めつつも、一が積極的に総司を諌める気がないのは態度で解る。

「な、何で笑うの? 本当だよ? 私達この眼で見たもん!」

証拠もあるんだよ、と浮気とやらの様子を録画したであろうスマホを取り出す少女もいる。
一頻り笑い転げた総司は笑い過ぎて目尻に滲んだ涙を拭いながら、改めてそんな少女達を見やった。

「それが本当だとしても、君達には何の関係もないよね? 余計なおせっかいはやめてくれるかな」

「そんな! 私達は総司君達のこと心配して・・・」

「他人にどう見えようと、俺達は俺達の意思で彼女の傍にいる。それをとやかく言われるのは心外だ」

「一君まで・・・」

困惑する少女達に、笑いを収めた総司が優しげな口調で語りだした。
自分達への恋心と千鶴への嫉妬もあるだろうが、彼女達が心底心配してくれているのが解るからこそ、嘘偽りのない本心を言葉にする。

「確かに僕達は千鶴ちゃんが好きだよ。いずれは誰かを選んでもらうことにもなる。でも、それは今じゃない」

「今は彼女に俺達が二度と離れたりしないと解らせてやらねばならないのだ。恋愛など、彼女が俺達に慣れた後で構わない」

すべてを解ってもらえるとは思っていない。
傍から見れば、自分達の行動はおかしいのだろう。
一人の女性を巡って男達が恋に狂っているように見えるのだろうから。

けれど、どんなに他人の眼にみっともなく映ったって構わない。

千鶴も、もちろん自分達も、互いが傍にいるという現実に未だ慣れていないのだ。
夏休みが終わり、歳三と左之助、新八が家を出てから時々千鶴が不安そうにしているのも気付いている。
それは寮にいる歳三達も同様だろう。

ずっと傍に居る。
二度と千鶴を残していなくなったりしない。

それを彼女に心から信じさせる。
今はその段階なのだ。

だから皆が千鶴の傍に集まり、彼女に触れ、彼女と話をする。
その様子が周囲から一人の女をちやほやする馬鹿男の集団に見えようが、そんなことはどうでもいい。
自分達が長い年月彼女にした仕打ちを考えれば、その程度の不名誉が何だというのか。


「千鶴ちゃんに変なことしないでね。文句は僕達に言って。どんな苦情でもちゃんと聞くから」

「ただ、できれば俺達のことは放っておいてもらいたい」

「・・・・・・」

優しい声音で残酷な言葉を告げる総司と一の表情を見た少女達は、一様に言葉を失った。

文句ならたくさんある。眼を覚まして!と訴えたい。
けれど、彼らの浮かべた表情があまりにも切なくて、あまりにも幸せそうで。

そんな表情をさせられるのが誰なのか、彼らが強い想いを向けるのが誰なのかと考えた時、自分達が決して入り込めない世界の存在を痛感する。


悄然となった少女達を残し、総司と一は部室への道を再び歩き始める。

「あーあ、あの子達のせいで千鶴ちゃんに会いたくなってきちゃったよ」

学校にいる間は極力考えないようにしているのになあ、と愚痴る総司に一も「そうだな」と深く頷いた。
しかし、家に帰れば彼女に会える自分達はまだ恵まれているのだろう、と遠い空の下にいる左之助を思う。

とりあえず、一番美味しい立場にいる平助を左之助の分まで弄り倒そう、と何やら理不尽な決意を固め、今日も元気に竹刀を振って暴れるのだった。



〈了〉

14.3.10up

ひとまずこのシリーズは終了です。
やっぱり逆ハーって傍から見たらおかしいものですもんね(汗)。
でもこっちにはこっちの事情があるんだから放っておいてくれ、
というのが歳三さん達の言い分なのです。ということを書きたかった話でした。



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