桜結び





千鶴との再会後、その夜は宿で休み、翌朝一行は帰途に着いた。

車に乗る組の振り分けでは一悶着起きたが、敬助の采配によって歳三の運転するキャンピングカーに敬助、風間、千鶴、薫が同乗し、左之助の運転する車に総司、平助、不知火が同乗し、新八の運転する車に一、天霧、網道が乗ることでどうにか落ち着く。
千鶴と薫に“東雲家”のことをきちんと伝えるには歳三と敬助、風間が適任ということで、不満は出たものの仲間達も納得した。


そして道すがら、千鶴と薫はこれから向かう“東雲”家について三人から説明を受ける。
歳三達が鬼の一族として生まれ変わったことは二人ともすでに知っていたが、まさかその一族が雪村の眷属で、百数十年もの間、生きているか死んでいるかも解らない兄妹を待ち続けていたとは思いもよらず、千鶴はもちろんのこと薫も驚きを隠せなかった。

「あんたは知ってたのか?」

薫が恨めしげな眼を風間に向ける。
南雲家で辛い仕打ちを受けてきた彼は、東雲家に引き取ってもらいたかった、と過去を恨んだ。

「俺達が東雲家の存在を知ったのは仔犬共を見つけた後だ」

「「?」」

“仔犬”という表現に千鶴と薫は意味がわからず首を傾げるが、運転席に座る歳三は眉間に深い皺を刻んだ。

八年前、千鶴が命を救った子供達が見覚えのある面影を宿すと同時に、同族の血をも引くことに気付いた風間はすぐさま天霧と共に彼らを調べたのだという。
現代の日本でこれほど強い鬼の力を未だに保ち続ける一族がいたことには彼らも驚いたようだ。

その後、西の鬼の一族風間家の当主代理として天霧が東雲家と接触したものの、“雪村の双子鬼”が京の鬼達と共に在るとはまだ伝えていなかった。
“仔犬”達がかつての武士の姿を取り戻し、自らの意思で千鶴を迎えに来なければ意味がないからだ。
あのままでは千鶴は東雲家と関わりを持とうとはしなかっただろう。


全てを見透かしていたかのような風間の言動が腹立たしいが、歳三は懸命に口を噤んで耐えた。
千鶴に関しては彼に時代を超えて大きな借りを作ってしまった。いずれまとめて叩き返してやりたいものだ。

軽く咳払いして気を取り直し、歳三はミラー越しに千鶴を見やって言った。

「千鶴、家に着いたら覚悟しとけよ」

「え?」

「そうですね。一族挙げての大歓迎を受けますよ、きっと」

かつては徐々に見られなくなっていった歳三と敬助の機嫌の良さげな笑顔。
昔ならばほっとしただろうが、何故か背筋を冷たいものが駆け抜けたのは気のせいだろうか。


そして彼女は、一族挙げての大歓迎の意味を身をもって知ることになる。





■■■■■





「着いたぞ」

整備された山道を上った先の門扉の前で歳三が千鶴達に告げた。

雪村と関わりのある鬼の一族との顔合わせに緊張を隠せない千鶴と薫だが、門を通過して敷地内に入った途端、眼に飛び込んできた“お帰りなさいませ”の横断幕に思わず呆気に取られてしまった。
車を降りて母屋に向かう道には家人達が整列して彼女達を出迎え、紅白の幕が風にたなびく中を居た堪れない心境で玄関に入れば、そこには各家の当主達が一様に紋付姿で平伏して待ち受けていた。

自分達には厳しい祖父や曽祖父が滂沱の涙を流しながら千鶴や薫に「お帰りを心よりお待ち申し上げておりましたぞおおおおお」と縋りつく様子には、歳三達も引き気味だ。

「爺さん達、昨日の今日でよくここまで準備したな・・・」

所狭しと花が飾られた玄関を見渡しながら、感心したような呆れたような複雑な表情で左之助が呟くと、隣に立つ新八と平助も疲れたように頷く。

昨夜、歳三が家に連絡して事の経緯の説明の後千鶴と薫、風間と共に帰る、と告げて十数時間。
おそらく昨夜から不眠不休で千鶴達の歓迎の準備が為されていたであろうことが窺える。

事前に連絡など入れず、いきなり連れて来た方が良かっただろうか。
そんな思いが過ぎったが、それはそれで大変かも知れないと考えを改める。
そうなれば間違いなく当主達は怒り狂うだろう。そして拗ねるだろう。
年寄り達が臍を曲げると、実に面倒臭いのだ。


大広間に通されると、床の間には酒樽や米俵が堂々たる姿で鎮座していた。
さらに海の幸や山の幸が並べられ、中央には尾頭付きの立派な鯛。
いったい何の神事を始める気だろう。

それらを背にするように三枚の高級感溢れる座布団が敷かれ、当主達はその上座の位置に千鶴と薫、風間を促す。
千鶴は困惑しながら、薫は仕方なさそうに、風間は当然のような表情で堂々と座布団に座ると、下座に並ぶ当主達の挨拶が始まる。

東雲家についての説明や雪村の双子鬼の帰還を歓迎する言葉、自己紹介などが一通り終わると広間に豪華な料理が並んだ膳が運ばれ、宴会へと突入する。

あまりの展開におろおろと視線を彷徨わせていた千鶴だが、ふとこちらを見ていた当主と目が合った。

「料理はお口に合いますかな?」

「あ、はい、美味しいです」

咄嗟に答えたが、それは事実だった。
千鶴の知らない料理も含め、どれもとても美味しいものばかりだ。
当主は「それは良かった」と皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑う。

「まさか生きているうちに雪村の兄妹に会えるとは思いませんでした。東雲の者としてこれほど嬉しいことはない」

笑顔のまま、目尻に涙を溜めて声を震わせる当主に、千鶴も自然と笑みを返した。
雪村が滅んだ後も、こうして永い時を自分達を待っていてくれていた人達がいたというのは、やはり嬉しいものだ。


「ところでひいお爺さん、ちょっといい?」

不意に声を上げたのは総司だ。
大広間には各家の当主とその直系達しかいないが、歳若い者達は下座の方に追いやられていた。
その中で東雲直系の総司は上座に近く、喧騒の中でも彼の声は当主に届く。

「何じゃ総司」

「僕、千鶴ちゃんをお嫁さんにしたいんだけど、いいよね?」


「「「「「・・・・・・・・・」」」」」


水を打ったように広間が静まり返る。
それを破ったのは下座から上がった怒声だった。

「総司! 何勝手なこと言ってるんだよ!!」

「そうだぜ、千鶴を嫁さんにしたいのはお前だけじゃねえぞ」

「ふざけるな!! 誰が可愛い妹をお前らなんかにやるか!!」

平助や左之助の言葉に反応したのは薫だ。
そんな彼に総司の冷ややかな視線が注がれる。

「君の意見なんて聞いてないんだけど?」

「はっ、話を聞けばお前らは俺達の眷属だろう。つまりは俺の命令には従うのが当然だ」

「何言ってるの? 君は“雪村”じゃなくて“南雲”でしょう? 何で僕らが他家に従わなければならないのさ」

「総司に同意する。雪村の名を継ぐのは今や千鶴唯一人だ」

総司と一の反論に、薫はぐっと詰まった。
捨てたくて捨てた名ではないが、確かに彼は自ら“南雲”家当主となったのだ。彼らの言い分にも理はある。

千鶴がはらはらと、風間がにやにやと見守る中、「千鶴を嫁にするのは俺だ」「いやいや俺だ」「だから妹はやらんと言っているだろう!」「姫様に恐れ多い!」と四方八方から怒声や悲鳴、不知火の笑い声が飛び交う。

しばらく混乱した状態が続いたが、不意にそれまで千鶴の目に好々爺然と映っていた当主が、くわっと両目を鋭く光らせた。


半人前の小童風情が雪村の姫君を娶ろうなどと片腹痛いわ!!


当主の一喝に、広間がしん、と静まり返る。
当主は歳三達を見渡すと、厳しく言い放った。

「そのような台詞は、姫様に生涯左団扇の生活を過ごして頂けるまでに稼げるようになってからほざけ!」

「ひ、左団扇・・・?」

唖然となる千鶴に、当主は「当然ですじゃ」と会心の笑みを向ける。
だが当主の言葉にはすぐさま異論が上がった。

「俺ら全員がそれなりに稼げるようになるまで何年掛かるんだよ。その間千鶴に待てって言うのかよ?」

「そうだよ、俺ら断然不利じゃん!」

左之助の言葉の後に、平助の切実な声が続く。

まだ高校を出てもいない年少の三人がそれなりに稼げるようになるまで十年は軽く掛かるだろう。
その頃には千鶴の年齢は三十を大きく超えてしまう。
そもそもそんな永い期間、歳三や左之助が何もせずにいるはずもない。
実質この二人だけの争いということになるだろう。不公平過ぎる。

「ふん、ではまずは姫様に伴侶を決めて頂き、その者が一人前になるまで姫様には千姫様の元でお待ち頂くことにすれば良かろう」

時間の流れの違う隠れ里にいれば、千鶴はほんの数ヶ月待てば済む。
迎えに行く頃には年齢的にもつりあいが取れているというわけだ。

「それなら一緒に暮らせる方が有利だね」

「油断してると足元掬われるぜ?」

総司の不敵な笑みに、歳三の自信に満ちた言葉が投げられる。

歳三、総司、一、平助、左之助から立ち昇る殺気にも似た強烈な炎のような空気に、事態を見守っていた大人達はごくりと喉を鳴らした。


当事者でありながら事態を見守るしかない千鶴は、隣に座る風間から今の彼女に相応しい言葉を掛けられる。

“お前も大変だな”    と。





■■■■■





宴会は日が暮れても続いた。

散々酒を飲まされた薫はすでに潰れ、風間は己のペースで黙々と飲み続ける中、流石に疲れが見えてきた千鶴を救い出すため、棺桶から出てきたクリストフを生贄にして歳三達は彼女と共に騒がしい大広間を出た。


「済まなかったな、千鶴。大丈夫か?」

左之助の気遣う声に弱弱しい笑みを返しながら、千鶴は「大丈夫です・・・」と説得力のない声音で答える。
上座近くにいた総司と歳三に守られて酒を飲まされることはなかったが、広間に立ち込めていた匂いに当てられたのか、心なしか頬が上気しているようだ。

少しでも新鮮な空気を吸わせてやりたいという思いもあり、彼らは家の外に出た。
そして、足は自然と道場の方角に向かう。

皆と一緒にいるからか、明かりがなくとも不思議と暗く感じない夜道を進むと、ふと足を止めた歳三が優しい笑みを浮かべて千鶴に問いかける。

「この場所を覚えているか?」

「・・・はい」

今は緑に覆われた並木道。
だが、この場所が可憐な桜色に染まっていた頃に起きた出来事は、誰もが忘れられない記憶として心の中に在った。

「八年前、僕達はここで君に命を救われたんだよね」

あの夜がすべての始まり。
いや、途切れていた絆の糸が永い時を越えて再び結ばれた日だろうか。
細く頼りないそれを八年掛けて手繰り寄せ、ついに千鶴のもとへと辿り着いた。

「でもよ、あの時は本当に驚いたよな。いきなり化け物が襲い掛かってきたと思ったら、綺麗な女の人が助けてくれたりしてよ」

危うく羅刹に殺されるところだった新八だが、今では懐かしく当時を思い出せる。

「本当に、皆さんが無事で良かったです」

「だが、その為に千鶴の手を穢させてしまった」

重い口調で紡がれた一の言葉に、歳三達の表情も暗く沈む。
武士の記憶など持たない、ただの無力な子供であったとはいえ、自分達のせいで守るべきものの手を穢させてしまったことは、永く彼らの胸の奥に刺さる棘となっていた。

「斎藤さん、皆さんも、そんな顔しないで下さい。私は幼かった皆さんを守れて本当に嬉しいんです。昔は、皆さんに守られるだけでしたから」

「お前、自分が守られてるだけだって、本当に思ってたのかよ」

呆れた表情で平助が肩を竦める。
何かおかしなことを言っただろうか、と不安げに六人を見やる千鶴に、彼らは困ったような苦笑を浮かべた。

自分がどれほど彼らの心の支えとなっていたか、何も気付いていないようだ。
彼女を失った後、どれほど彼らが後悔したか。
あの頃の空虚感や罪悪感を思い出すと、今でも胸が痛むと言うのに。

「まあ、そんなところも可愛いんだけどね」

くすくすと笑いながら、総司が後ろから千鶴を抱きしめる。

「お、沖田さん!?」

「総司!」

「千鶴を離せよっ」

仲間達から口々に非難の声が上がる中、総司は何かを考え込むように首を傾げ、そっと千鶴を離して彼女と向き合った。

「ねえ千鶴ちゃん、名前呼んでよ」

「え?」

「僕、もう沖田じゃないし、一君も斎藤じゃないんだよね」

「あ」

言われてみれば、平助以外は千鶴に昔の姓で呼ばれている。
彼らの間でならば通じるが、これから共に過ごすのならやはり改めなければならないだろう。

「そうだな、俺も名を呼んで欲しい」

照れたように耳元を赤くしながら一が言う。
それに同意するように歳三や左之助、新八も頷いた。

「え、と・・・」

突然そんなこと言われても・・・。

ずっと姓を呼んでいたのに、いきなり呼び名を変えろと言われても千鶴は戸惑うばかりだ。
確かに今の彼らの姓は別のものなのだから今のままでは駄目だろうが、長年の習性がそう簡単に変えられるわけがない。

「まあ、今すぐに変えろって言っても無理かも知れないが、少しずつ慣れてくれねえか?」

困惑する千鶴に左之助が助け舟を出すと、歳三がどこか悪戯めいた笑みで続ける。

「将来の夫を前世の姓で呼ぶってのも変な話だしな」

一瞬きょとんとなった千鶴だが、言葉を理解するやぼんっという音が聞こえるくらい一気に真っ赤になった。
同時に敵意に満ちた視線が歳三に集まるも、彼はそれを余裕の笑みでかわす。
昨日の友は今日の敵とでも言うべきか。
彼らの間で戦いはすでに始まっているようだ。

男達の間に漂うぎすぎすした雰囲気の中、千鶴はおずおずと彼らに問いかける。

「でも、良いのでしょうか? 今の私は皆さんより年上になってしまっているんですが・・・」

「何言ってんだよ。前の俺達、何歳だったと思ってんだ」

「そうだぜ、一番若い平助すら死んだ時は今のお前とたいして変わらねえし、新八や斎藤に至っては爺さんだったんだぜ?」

「そうそう、だから年齢を理由に悩む必要なんてないよ」

そう言われればそうかも知れない、と納得してしまう。

幕末生まれの千鶴だが、実年齢はまだ二十代の娘だ。
対して彼らは前の世の記憶と共に現代の記憶も持ち合わせている。

だが、彼女にとって気がかりはもう一つあった。
それは、先程の当主の言葉だ。

千鶴をお嫁さんにしたい、と彼らは言うが、東雲家の当主が出した条件はそう簡単に果たせるものではない。
千鶴には相手を選んだ後は数ヶ月待てば良いだけの話だが、彼らは何年もの間相当の努力が必要となるのだ。

相手にばかりそんな負担を強いて良いのだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのか、歳三の手がくしゃりと千鶴の頭を撫でた。

「いいからお前はさっさと誰か選びやがれ」

「時間はある。よく考えてくれ」

こともなげに言う彼らの表情は晴れやかだ。
誰もがすでに自分なりの覚悟を決めていると解る。

千鶴の心配は、むしろ彼らのそんな覚悟を侮辱するものになりかねない。
その事実に気付くと、千鶴の中からも迷いが消えた。

(私は、皆さんと一緒にいたい)

だから、今こうして彼らと共に在る。

これから彼らとの関係がどう変化していくのか、未来は解らないけれど。
再び結ばれた絆を断ち切るような真似は絶対にしない。

千鶴は深く息を吸うと、意を決して言葉を紡ぐ。

「歳三さん、総司さん、一さん、平助君、左之助さん、新八さん、これからよろしくお願いします」

一気にそう言って深く頭を下げた千鶴が再び顔を上げると、そこには満足げな笑みを浮かべた大切な人達の姿があった。


桜月夜に結ばれた微かな絆は八年の年月を経て、強く確かなものとなって未来を紡いでいく。



〈了〉

12.9.10up

桜月夜、本編完結です。お付き合い下さってありがとうございました!
これから歳三さん達による千鶴ちゃん攻略が始まります(笑)。

『薄桜鬼』は読み専だった私が“こんな話が読みたいな〜”と思って
作ったのが、この『桜月夜』でした。
思いの他好意的に受け入れて頂けてとても嬉しかったです♪
本編は終了しましたが、これから番外編という形で隊士達の過去や未来、
千鶴ちゃんとのカップリングの話を書いていきたいと思いますので、
これからもお付き合い頂ければ幸いです。



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