無自覚





俺にとって、彼女はどのような存在なのだろうか・・・。


初めは不運な奴だ、と思った。
我ら新選組の暗部に触れてしまったが故に、屯所に幽閉されてしまった哀れな子供。

監禁当初は部屋の中で声を押し殺して泣いているのを何度も耳にした。
いずれ殺さねばならぬ相手だ。同情などしていてはきりがない。
新選組の命令であるなら、俺は迷わず彼女を斬る。その心構えは出来ている。

それでも、彼女は何も悪くないのだ。ただ見てはならぬものを見てしまっただけ。
本来我らが守らねばならぬはずの、力を持たない存在。
そんな存在を斬らねばならぬというのは、後味の悪いものだろう。

だが、そのような状況に置かれても彼女は決して諦めなかった。
周り中全てが敵ともいえる中で、自分のできることを見つけ、増やし、自分の居場所を少しずつ確かなものとしていった。

その前向きな態度には感じ入った。
たとえ小さなことでも頼まれれば嬉しそうに頷き、己が何かの力になれることを素直に喜ぶ。
そのいじらしさを好ましく思ったのは自分だけではない。いや、むしろ人情家の平助や左之などは彼女に対して殊更優しく接していた。

当初は彼女を疎んじ、物騒な物言いで怯えさせていた総司も時と共に態度を軟化させていった。
代わりに面白がって構うようになってしまったのは、彼女にとって良いのか悪いのか。

いずれ彼女の始末を命じねばならぬ立場である副長も、彼女の淹れる茶をいたく気に入っていた。
彼女のことを一番気に掛けていたのも、おそらく副長だろう。
彼女がこれ以上余計なものを見ぬよう、不利な立場に立たぬように心を砕いておられた。

近藤局長や井上さんは最初から彼女の境遇に同情を寄せ、娘のように想っていらしていたようだ。
彼女を監視する役目を負った監察方も、次第に彼女を見る目が和らいでいった。

だからこそ、“鬼”と名乗る者達に狙われている彼女のことが“監視対象”から“守るもの”へと変化した時、誰もが安堵したのだ。

その決断を嬉しく思ったのは俺も同じだ。
自分では気付かぬうちに、俺の中でも彼女の存在は大事なものになっていたのだと、その時気付いた。

しかしそれがどういった感情なのかは解らない。

副長は彼女を“小姓”という。始めは否定していたはずだが、いつの間にそう言い切るようになったのだろうか。

総司は彼女を“玩具”という。論外だ。

平助は彼女を“可愛い”という。だからどうした。

左之は彼女を“放っとけない奴”という。それは確かに。

新八は彼女を“妹”という。解らぬでもないが俺には当て嵌まらない。

では俺にとって彼女の存在は何だ。

“仲間”だろうか。
確かに彼女は幾度も新選組の力になってくれたのだから、それが一番近いのだろう。
共に戦うことはできずとも、彼女のことは信頼できる。


だが何故だろう。

それだけではない。

まだ、何かあるような気がしてならないのだ。





■■■■■





がし。



「斎藤さん?」

突然、肩を掴まれた千鶴は目を丸くしてその人物を見上げた。

ぴくりとも動かない無表情のまま、斎藤はじっと千鶴を見つめている。
わけが解らないままに黙って斎藤の言葉を待つ千鶴。


・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「ねえ、何二人で黙ったまま見つめ合ってるの?」

永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは、沖田の呆れを含んだ声だった。

斎藤と千鶴の視線が沖田に向けられる。
斎藤は相変わらず感情が読めないが、千鶴はどこか困惑しているようだ。
彼女の肩は未だしっかりと斎藤の手に掴まれている。

そんな二人の様子に、沖田はにんまり笑った。

「もしかして一君、千鶴ちゃんに熱い想いを告白でもしようとしてたのかな。邪魔して悪いことしちゃった?」

「な、な、何を仰って・・・っ」

「あんたが何を言っているのか解らん」

慌てる千鶴とは対照的に、斎藤は微塵も感情を見せない。

「じゃあ何してるのさ」

問いに、だが斎藤は黙ったままだ。

「斎藤さん?」

「何だ?」

沈黙に耐えかねた千鶴が呼びかけると、逆に問い返された。
困り果てた千鶴は沖田に助けを求め、縋るような視線を向ける。

「千鶴ちゃん困っているよ。早く用件言ってあげれば?」

「用件? そんなものはない」

「・・・じゃあどうして千鶴ちゃんの肩掴んでいるの?」

「・・・・・・いや、これは・・・」

自分の手が千鶴の肩を掴んでいることに今気付いたかのように動揺を見せる。
暫しの逡巡の後、斎藤はぽつりと呟くように言った。

「・・・雪村から、良い匂いがした・・・」

「え?」

「だから、掴んだ。それだけだ」

・・・・・・意味不明だ。

首を傾げる千鶴と沖田から注がれる視線に耐えかねたのか、斎藤は踵を返して廊下の向こうへと立ち去った。


「いったいどうしたんだろうね、一君」

茫然と後姿を見送った後、沖田がそう呟きを落とした。





■■■■■





パタパタと、気持ちよさげに風にはためく洗濯物の群れ。
初夏の日差しを浴びて綺麗に乾いたそれらを、千鶴は懸命に取り込んでいた。

両手いっぱいに抱えた洗濯物をひとまず縁側に置く作業を繰り返す千鶴の表情は、とても楽しげだ。

「ふふ、いい匂い」

誰のものかは解らないが、乾いた洗濯物の一つに頬を寄せ、お日様の匂いを胸いっぱいに吸い込む。

その時、足元の小石に躓いた。

「え?」

景色が不自然に揺らぐ。

平衡感覚を失い、倒れる、と頭のどこかで認識した瞬間、ふわりと身体が浮いた。

「え? え?」

背中が温かい。
後ろから腹部に回された固いものが人の腕であることに気付き、肩越しに背後を振り返る。

静かな瞳がじっと千鶴を見ていた。

「斎藤、さん?」

いつの間にこんな間近に来ていたのだろう。

「大事ないか」

「はい、ありがとうございます斎藤さん」

斎藤から身を離してぺこりと頭を下げたかったのだが、何故か千鶴を支える腕が外されない。
動きを封じられ、千鶴は当惑した。

「え、と・・・、斎藤さん、もう離して下さっても大丈夫なのですが・・・」


・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「千鶴ー、一緒に団子食おうぜ・・・て、うぇえっ!?」

漂う沈黙を突き破ったのは、平助の明るい声と素っ頓狂な叫びだった。

斎藤と千鶴の視線が平助に向けられる。
斎藤は相変わらずの無表情で、千鶴は当惑と恥ずかしさに彩られている。
彼女の身体には未だしっかりと斎藤の腕が巻きついたままだ。

そんな二人の様子に、平助は顔を赤くした。

「な、な、何やってんの二人とも? 何でこんなところで抱擁してんの? てかこれは何事?」

「あ、あの、これは、その・・・っ」

「落ち着け、二人とも」

混乱する平助と千鶴とは対照的に、斎藤は落ち着き払っている。

「落ち着いていられるか! 一君、なんで千鶴を抱きしめてんだよっ!」

「あのね、平助君、斎藤さんは転びそうになった私を助けてくれただけで・・・・・・えっと・・・」

続く言葉が見つからない。
助けてくれたのは事実。しかし、腕を離してくれない理由が解らない。

「一君、千鶴が困ってるだろ。手を離してやれよ」

不機嫌も露に平助が険の篭った口調で言う。

その言葉に考え込むように目を伏せた斎藤は、無言のままするりと腕を解いた。
ようやく解放され、ほっと息をついた千鶴が改めて斎藤と向き合うと、どこか不機嫌な表情があった。

「斎藤さん?」

「何故」

「え?」

「何故、総司の羽織に頬を寄せていた」

「・・・え?」

沖田さんの羽織?

言われて千鶴は先程顔を埋めていた羽織に視線を落とす。
沖田の羽織だったのか。

「えっと、これ沖田さんのだったんですか?」

問うと、斎藤は怪訝そうに眉を顰めたが、やがて合点がいったと頷く。
そして何を思ったか沖田の羽織を取り上げるや、別の羽織を竿から外して千鶴の手に乗せた。

「こちらが俺の羽織だ」

言い置き、沖田の羽織を縁側に放り投げた後、どこへともなく歩き去った。


「・・・何だったんだ?」

呆気に取られた平助の呟きは、清々しい風の中に消えた。





■■■■■





ひそひそと、微かに空気を揺らして交わされる密かな会話。

障子戸も襖も、全て締め切った密室で二人の男が声を潜めて何やら話し合っている。
抑えた小声の中を、時々紙の擦れる音がする。

「おお、これは確かに」

「な?」

巨体を丸めて顔を寄せ合っているのは、新選組の二番組組長と十番組組長である。

二人の間にあるのは一冊の本。
紙面に目をやりながら感嘆の声を上げる永倉に、原田がにやりと笑う。

「つぶらな瞳といい、線の細さといい、千鶴ちゃんだな」

「まあ、この辺がちいっとばかり本人より育ってるがな」

くつくつと小さく笑いを漏らした時、障子戸が音もなく開いた。

スッと彼らの頭上に影が差す。


「「っ!!??」」


同時に振り返った二人は、氷のような眼差しに射抜かれた。

「さ、斎藤・・・?」

「い、いつの間に・・・」

二番組と十番組の組長相手に気配を悟らせず背後を取った三番組組長は、油断のない視線を二人に注ぐ。

「今、千鶴と言ったな」

「えっ? いやあ、な、何のことかなあ?」

「聞き違いじゃねえの? 俺らは千鶴なんて言ってねえって」

目線を泳がせながら白を切る二人だが、震える声音に動揺がはっきりと現れている。

「背後に何を隠した」

「なななななにもねえって、気のせいだ気のせいっ」

「そうそう、俺達は何もやましいことなんて・・・っ」

バサッと音を立てて二人の間に開いたままの本が落ちた。
慌てて拾い上げて綴じるも、それははっきりと斎藤の目に捉えられていた。

「春画、か」

一瞬だけ捉えたのはあられもない女の絵姿。
そして先程の会話から引き出される答え   

チャキッと、腰の刀に添えられた手が鯉口を切る音が不気味に響く。


「ままままま待て待て斎藤! 春画くらいいいだろうが!!」

「そうだよ、別に犯罪でも何でもないだろう!」

「春画自体はどうでもいい。問題は、雪村の名が出たことだ。察するに、彼女に似た女の絵姿があるのだろう」

まさにその通りである。
顔色を蒼白を通り越して真っ白に染めながら、原田と永倉は逃げの体勢を取る。

「いやいやいや、本人のわけがないんだから見逃してくれって!!」

「問答無用。今すぐに記憶から抹消してくれる」


目にも止まらぬ速さで繰り出された刃が鋭く空を裂く。



穏やかな夕暮れの屯所に、組長二人の悲鳴が響き渡った。







「斎藤、気持ちは解るがやり過ぎだ」

「申し訳ありません副長」

ボロボロになった原田の部屋に立ち、土方は疲れた声で斎藤に苦言を吐いた。
謝罪しながらも、斎藤の表情には何の感情も浮かんでいない。

二人の足元にはボロキレのような永倉と原田が転がっていた。
周囲には細切れに切り刻まれ、紙吹雪と化した春画の成れの果てが散る。

それを苦々しげに見下ろす土方の冷徹な目には、同情などない。
守るべき相手を如何わしい目で見るなど言語道断である。

「まあ、こいつらには石田散薬でも飲ませておけばいいか」

土方の漏らした呟きに、斎藤はハッと顔を上げた。

「副長」

「何だ?」

「俺は・・・石田散薬が効かない身体になってしまったやも知れません」

「・・・・・・はあ?」

なんだそりゃ。

「最近、全く薬が効いていないような気がしてならないのです。毎日服用しているのに、痛みが取れない・・・」

「ちょっと待て斎藤、お前それは医者に行け。何か悪い病気かも知れねえ。それとも酷い怪我でもしたのか?」

深刻な顔で告げられた言葉に、土方も焦りを覚えた。
大抵の怪我や病気など、石田散薬を妄信する余り気力で治してしまう斎藤が治せないなど、命に関わる恐れがある。


「いえ普段は至って健康なのですが、ふと胸が痛むことがあるのです。今日も、幾度もその痛みに襲われました」

「それは、どんな時だ」

「雪村を見ている時です」

「・・・・・・・・・・・・」

ん?

「雪村の声を聞いた時、その気配を感じた時、胸の奥に痛みが走ります。特に、雪村の傍に他の男がいる時には痛みが酷く・・・」

「おい、それは・・・」

俗に言う、お医者さまでも草津の湯でも・・・というやつでは?

「雪村を見るだけで異常を来たすのであれば、離れていた方が良いのかも知れない。けれど、離れてしまうと彼女の顔を見たくてどうしようもなくなってしまうのです。俺は、いったいどうすれば・・・」


唖然とする土方の視線の先で、斎藤は深刻な表情で延々と悩みを呟き続けていた。





■■■■■





いったい俺はどうしてしまったのだろうか。


雪村が俺の前を通り過ぎた時、ふわりと香ったほのかに甘い匂いに咄嗟に腕が伸びてしまった。
掴んだ腕の細さ、柔らかさに驚いて手を離すことができなくなった時、総司に邪魔をされた。ちくり、と胸の奥に痛みが疼いた。


中庭で偶然雪村を見つけた時、楽しげに洗濯物を取り込む彼女から目が離せなくなった。
彼女が愛しげに総司の羽織に頬を寄せた時、言い知れぬ不快感が俺の中に込み上げた。
思わず彼女の方に近づこうとすると、突然雪村が体勢を崩した。
すぐさま彼女の身体を抱き寄せれば、何故か心地良くて離し難くなってしまったのだ。

総司の羽織は彼女がそれと認識していたわけではないことに安堵し、俺の羽織と交換すれば不快感は拭えた。


左之の部屋の前を通り掛かった時、部屋の中から漏れるくぐもった声の中に“千鶴”の音を捉えて俺は部屋に入った。
そして左之と新八が見ていたものの正体を知り、俺の目の前が真っ赤に染まった。

気が付けば左之の部屋が無残な状態になっていた。

新選組幹部たるもの、常に平常心を心掛けねばならぬというのに、我を忘れて怒り狂うとは・・・。


雪村の存在は、俺の中にさざ波を立てる。
石田散薬ですら抑えられない痛みを齎すのだ。


俺にとって、彼女はどのような存在なのか。

いくら考えても答えが出て来ない。


ただ一つだけ言えるのは   


出来ることならば、これから先も俺がこの手で護りたい。


それだけは、確かなのだ。





■■■■■





「というわけで、何か一君の様子がこの頃変なんですよ」

「ああ、それ俺も思った。千鶴に対する言動がやたら頓珍漢なんだよな」

「千鶴ちゃんのことになると全く冗談が通じねえしな」

沖田、藤堂、永倉の順で齎された“斎藤一の不可解な行動”についての情報。
三人の話を聞いた原田は自分も何か言いかけたようだが、ふと首を傾げ、何かに思い当たったかのように土方を見た。

厳しい表情のまま沈黙を守っていた鬼の副長は、ぶっきらぼうに幹部達に厳命する。


「あいつのことは放っとけ。関わると馬に蹴られるだけだぞ」



〈了〉

11.5.30up
11.6.10加筆

原田さん、永倉さん、ごめんなさい・・・(汗)。



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