桜月夜 〜覚醒〜“永倉新八”2/2





芹沢邸に着くと、すぐに平間と名乗る家人が居間に案内してくれた。
人の良さそうな彼は龍之介を案じて泣きそうな顔をしている。虐げられていると聞いていたが、心から心配してくれる大人もいるのかと安心する。

居間で待っていると、程なくして芹沢鴨が現れた。
まだ歳若いと聞いていたが、纏う雰囲気は貫禄に満ちている。
社会人として働いているらしいが、彼の上司はさぞやりにくいだろう。

芹沢は五人の少年達を一瞥すると、悠然と部屋を歩いて自分の椅子に腰を下ろした。

「で? うちの駄犬が誘拐された、などとほざいているのはお前達か?」

「俺は実際にこの目で見ました。龍之介と俺達の仲間の平助が黒い服の男達に連れ去られる光景を」

一の言葉に芹沢は顔色一つ変えずに鼻で笑った。
そんな彼に、歳三が問い詰めるように言葉を放つ。

「誘拐犯から連絡は来ていませんか? 一によると、平助は龍之介を助けようとして巻き込まれました。そして龍之介は貴方の養子だ」

「つまり俺のせいで二人が誘拐されたと?」

「そうは言っていません。だが犯人の目的は貴方に金を出させることかも知れない。何か知っているのなら教えて下さい」

「何故お前達のような子供にそのような情報を与えてやる必要があるのだ? たとえ東雲の一族であろうとも貴様らは無力な子供だ。おとなしく警察に任せれば良いだろう。子供は家に帰って寝ていろ」

その言葉に総司と一の米神に青筋が浮かんだ。

「それに、駄犬が逃げ出すために嘘をついて、お前達の仲間がそれに加担している可能性もあるのではないか」

その言葉に左之助が拳を固く握り締めた。

「それともお前達が犯人か?」

音もなく歳三が立ち上がり、総司、一、左之助が続く。
その背後に黒い靄をしっかり見てしまった新八は、慌てて立ち上がって仲間達に飛びつく。

「ままままま待て待て待て! 皆落ち着けえええ!!」

悲鳴のような声を上げながら片腕で総司と一を抱え込み、一方の手で歳三と左之助の制服の裾を掴んで引き止める。
そして必死な目を芹沢に向けた。

「せ、芹沢さんも、子供の言うこと、なんて一蹴しないでさ、ちょっとは話聞いてくれって! あんただって龍之介を心配してんだろ? 平助は俺らの大事な仲間なんだよ。二人を助けるために協力してくれって、頼むよ!」

芹沢は感情の読めない目で新八を眺めていたが、ふと目元を和らげた。そして懐から携帯電話を取り出し、無言で操作を始める。
その態度に腹を立てたのは歳三だ。

「おい、あんた話聞く気があるのか! 何携帯電話弄ってんだよ!」

「仲間を助けたければ黙っていろ小僧」

斬り捨てるようにそう返し、芹沢は操作中の携帯電話を画面を開いたままこちらに寄越してきた。

「駄犬のランドセルに取り付けたGPSがあいつの居場所を示している。それを追ってみろ」

「!!」

言われて携帯電話に目を向けた歳三は、ハッと芹沢を見る。

「平間、貴様の車でガキ共を送ってやれ」

「はい、旦那様」

芹沢は不敵に笑いを浮かべながら、茫然としている歳三達を見下ろす。

「この俺にここまでさせたのだ。失敗は許されんぞ」

「もちろんだ。平助も龍之介も必ず無事に助け出す」

「ふん、もう一つ、情報をくれてやる」

そう言い置いて語られたのは、最近彼のもとを頻繁に訪れるという、とある製薬会社の社員のことだった。その製薬会社は、数ヶ月前に歳三達も関わった問題の場所であることから、彼らの間に緊張感が走る。

「奴らが何を研究しているかは知らんが、得体の知れんものであるのは間違いなかろう。せいぜい自分達が実験台にならぬようにするのだな」

芹沢の言葉に、新八は隠された優しさを感じ取った。
歳三達に子供は帰れと言ったのも、つまりは自分達の身を案じるからこそ出た言葉だったのだろう。
どんな薬が研究されているかも解らない危険な場所に、子供を向かわせようなどと考える大人はいない。先程の言葉にも“危なくなれば逃げても構わない”という言外の意思を感じる。

歳三達もそれが解ったのだろう。怒りが霧散し、代わりに自信に満ちた笑みが宿る。

「心配いらねえよ。俺達はどんな時でも後退はしない」

揺ぎ無い歳三の言葉に、芹沢は面白そうに笑った。



平間に案内された車庫にずらりと並ぶ高級車の中、歳三達は八人が乗れるワンボックス車に乗り込んだ。
携帯電話を手にする歳三が助手席に座り、二列目に総司と一、三列目に新八と左之助が座る。

そうして走り出した車内では平間と歳三の会話だけが流れていたが、ふと歳三が思い出したように後ろを振り返った。

「新八、さっきは助かった。お前が取り成してくれたお陰で芹沢さんから情報を得られた」

「へ?」

突然礼を告げられ、新八は目を丸くした。
すると、他の仲間達も次々に歳三に同意する。

「確かに、あの場では新八に助けられました」

「だな、俺達じゃあ芹沢さんを説得できなかっただろうしな」

「新八さんがいなかったら歳三さん、「もうあんたにゃ頼まねえよ!」って癇癪起こして出て行ってたでしょうね」

「そりゃお前もだろうが」

四人の会話に、あの緊迫した状況を思い出して新八はげんなりとした。

「まったくだぜ。皆いつもいつも芹沢さんと雰囲気悪くしてよぅ、間に立たされる俺の身にもなれってんだよ」

「いつもって、今日が初めてじゃない」

「初めてじゃねえだろ総司! 特にお前は毎回あの人に喧嘩売るような台詞ばかり吐いてんじゃねえか! あの人が暴れだしたら京の人達や浪士組にどんだけ迷惑が・・・・・・あれ?」

「「「「「・・・・・・・・・」」」」」

車内に沈黙が下りる。

「浪士組? もう新選組じゃなかったっけ? あれ? 新選組って何だっけ? 時代劇?」

仲間達から注目を浴びていることにも気付かず、新八は先程の自分の言動を思い起こしてしきりに首を傾げた。
考え込めば考え込むほど思考は泥沼に嵌まり、それと同時に通り過ぎていく様々な映像はまるで映画でも見ているかのような錯覚を憶える。

一人の男の長い人生。その中で一際輝きを放つ数年間があった。
命を懸けた日々の中、背を預け合って共に戦った仲間達は、今共に居る仲間達を成長させた姿によく似ている。

新八はがばっと顔を上げると、こちらを凝視している面々を順に見やって問いかけた。

「あのよ、俺ってもしかして“永倉新八”?」

「そうだな」

「そうだね」

「間違いなく」

「まあな」

返ってくる言葉はあまりにもあっさりしていたが、仲間達の表情は柔らかい。

「し、“新選組二番組組長、永倉新八”・・・だったりする?」

自信なさげな弱弱しい問いに、総司や左之助が耐えられないとばかりに噴き出した。
笑いながら、左之助は制服の上着を脱いで新八の頭に被せる。

「うお、何だ!?」

「しばらく被ってろ。お前の髪と目が大変なことになってるからよ」

「は? 大変なことって・・・何だこりゃ!」

自分の頭に手をやった新八は額に生えている突起に触れて声を上げる。
だがやがてストンと型に嵌まるように頭や心ですべてを理解した。

ああ、つまり俺は今“変化”しているってことか。

総司、左之助、歳三、そして一が通ったであろう道を、今自分自身も通り抜けたのだ。
身体の奥からくすぐったいような、気恥ずかしいような感覚がじわじわと込み上げ、笑い声を漏らす。

「何だよ、そういうことかよ。ああもう畜生っ皆ひでえよなあ」

「恨み言なら後にしろ。聞いてやるかどうかは別だが今は平助のことが先だろ」

それって聞く気がないって言ってるようなものでは?
突っ込みたいのは山々だったが、歳三の言う通り、今優先されるのは平助のことだ。

だが、彼らの胸に恐怖や焦りは微塵もなかった。
俺達ならばやり遂げられる。それは決して揺らぐことのない自信。


そして仲間を助けるために向かった先では、最後の一人の武士も目覚める。





■■■■■





夜の帳が下りた頃、歳三達は家に帰りついた。
夕飯を終え、順番に風呂から上がると彼らは自然に歳三の部屋に集まる。

覚醒して間もない新八や平助はどこか落ち着かない様子だが、誰もが懐かしさと喜びを共有していた。

「足掛け四年かあ。長かったね」

「そうだな」

最も早く覚醒した総司が感慨深げに呟くと、次に覚醒した左之助が同意する。

「てめえらは散々やりたい放題だったろうが」

「あの頃の屈辱は忘れていないぞ、総司」

覚醒して数ヶ月の一は、未だに総司への怒りが解けていないようだ。

和気藹々とした雰囲気の中、新八はおもむろに切り出した。

「なあ、聞いてくれねえか」

全員の視線が新八に注がれた。
先を促す目線に、仲間達を見渡しながら話し出す。


「実はさ、俺、前世で千鶴ちゃんと再会してたんだ」





盟友達の名を残す石碑を立て、彼らの思いを文字にしたことで、色々なことがすっきりできた。
毎日の供養は決して欠かさないが、後はゆっくり余生を過ごそうとしていた頃   

老いた身に病を抱えていた俺の元に、ある日、一人の女が尋ねてきたんだ。

『永倉新八さん、ですよね? 私のことを覚えていらっしゃいますか?』

十代後半から二十代位の若い女だった。
とても可愛くて綺麗で優しげな女性で、一目で好感を抱いた。
でも、俺の記憶の中にはない顔だ、と思ったんだ。

『あんたみたいな別嬪さんなら一度会えば忘れねえはずですがね』

困ったようにそう言うと、彼女は気分を害した様子も見せず柔らかく微笑んだ。

『雪村千鶴です。昔、新選組でお世話になりました』

『雪村、千鶴・・・千鶴ちゃんか!? まさか、いや、しかし・・・』

そりゃあびっくりしたよ。冗談だろ、て思った。
だってよ、俺はその頃いい歳した爺さんだったんだぜ。
千鶴ちゃんは年下と言っても十歳程度だろ? 何でこんなに若いんだよって。
でもさ、確かによく見れば千鶴ちゃんの顔なわけ。
だからさ、最初は左之との間に生まれた娘か孫だろうと思ってた。
俺はその頃、左之と千鶴ちゃんが夫婦になって幸せになっていて欲しいって願っていたからな。

そう言うと、千鶴ちゃんはくすくすと笑って教えてくれたんだ。
今は千姫や生き別れになっていた兄と一緒に鬼の里で暮らしているって。
その場所は人間の世界とは時間の流れがまったく違っていて、鬼の里の一日が人間の世界では何ヶ月も経過するんだって。
だから、その時の千鶴ちゃんにとっては俺達とはぐれてほんの数年しか経っていなかったんだ。

彼女の口から語られる俺達と過ごした日々が、何十年も時を感じさせない詳細なものだったから、俺も信じざるを得なかった。この若い女性は、千鶴ちゃん本人なんだって。

『俺はこんなに爺さんになっちまったのにな。千鶴ちゃんは綺麗なままなんだなあ』

『永倉さんは魅力的なお爺ちゃんになりましたよ』

そう言って笑ってたけど、すごく寂しそうな笑顔だった。
そりゃそうだよな、俺の余生はあと僅かで、彼女が鬼の里に戻ればもう会うこともないのだろうから。

『それにしても、何で俺のことを知ったんだ? 鬼の里にいたのなら、人間の世界の情報なんて入らねえだろう?』

『人の里に下りていた人が、これをお土産に買ってきてくれたんです』

そう言って彼女は大切そうに風呂敷に包まれたものを見せてくれた。
それは俺が書いた手記や取材を受けた新聞記事だった。
記事を見て俺のことに気付き、千姫達の助力で俺の居所を突き止めて会いに来てくれたと言われて、凄く嬉しかった。
だが、同時に彼女が左之助とは会えなかったんだという事実を知らされて、哀しかったよ。
やっぱり左之は、もういないんだな、て思い知らされた気分だった。

それで、俺は病で重い身体を無理矢理動かして、千鶴ちゃんに頭を下げた。

『約束を守ることができず、申し訳なかった。戦場に置き去りにしちまって本当に悪かった』

いきなり土下座する俺に、千鶴ちゃんは慌てふためいていたな。
顔を上げて下さい、とか、私なら大丈夫でしたから、とか優しい言葉を掛けてくれたけど、やっぱり俺達は彼女に詫びなければいけないからな。
ようやく顔を上げた俺を見る千鶴ちゃんの顔が今にも泣きそうでよ、本当に優しい娘だよなって余計に辛かったよ。
こんな娘に、俺達は何て仕打ちをしちまったんだろうって。
でも、彼女は俺の罪悪感を少しでも減らそうとしてくれた。

『あの時、私が皆さんと一緒に居てもきっと足手まといにしかなれませんでした。ですから、きっとあれで良かったんです。私なら風間さんや天霧さんが守って下さいましたから』

俺を励まそうとしてくれたんだろうけどよ、それって新選組は女の子一人守ることができなかったってことなんだよなあ。
いやあ、思いっきり落ち込んじまったぜ。

その後しばらく思い出話に花が咲いて、俺の身体を心配した千鶴ちゃんがやがて話を切り上げた。

『それじゃあ永倉さん、どうかお身体を大事になさって下さいね』

『いい冥土の土産になったよ。綺麗になった千鶴ちゃんと会ったと知ったら、皆羨ましがるだろうなあ』

もう、二度と会うことはないって二人とも解っていた。
けどさ、あの子は最期まで涙を見せなかったよ。
俺を見る別れ際の目には零れ落ちそうなほど涙が溜まっていたけど、あの子は絶対にそれを零さなかった。最期まで笑顔だったよ。

そして、にっこりと笑って言ってくれた。

『私、新選組の皆さんが大好きです。その気持ちだけは、生涯持ち続けます。だから、勝手に思っていてもいいですか? 自分を、新選組の一員だって・・・』

『当たり前じゃねえか。千鶴ちゃんは間違いなく新選組隊士だよ』

俺の答えに、彼女は深々と頭を下げた。
彼女の足元に一つ、二つと水滴が落ちたけど、顔を上げた彼女は笑顔だった。


そうして彼女は、風のように立ち去った。

はらはらと舞い落ちる桜の花びらとともに。





長い話を終え、しんと沈黙が彼らの間に落ちる。

「良かったんだよな、千鶴ちゃんを隊士にしちまっても」

「・・・・・・当たり前だ」

問いかけに、少し間を置いて歳三は掠れた声で答えた。

「あの子は大事な仲間だよ」

勇以外には決して見せない柔らかい笑顔を浮かべて総司が頷く。

「共に戦えずとも、彼女の存在は重かった」

珍しく感情が込められた声音で一が言う。

「千鶴がいたから、俺も最期まで正気のまま戦い抜けたんだ・・・」

平助の目や鼻がまた赤みを帯びていたが、今度は誰もからかわなかった。

「無事でいてくれて、本当に良かった・・・」

最期まで千鶴を探し続けていた左之助は、心から嬉しそうに呟いた。


あの頃、彼らの手の中から零れ落ちてしまった大切な花。
時代を超えて再び出会えたことで、今の彼らがある。

「今度こそ、守るぞ」

「おう、当たり前だぜ!」

「その為には強くならないとね。前よりもずっと」

口々に言葉を交わしながら、彼らの中に確かな決意が宿る。


彼女が大好きだと言ってくれた“新選組”。
あの頃に負けないような、彼女にとって居心地の良い“居場所”を作ろう。

もう一度、彼女が心から笑えるように。
寂しさも哀しさも、すべて受け止めて幸せにするために。

そして今度こそ、繋いだ手を決して離すことはしない。

その為にはまず、伸ばされた手を彼女に届かせなければならない。


武士達の覚醒は、大切な少女に辿り着くための一つの通過点   



〈了〉

11.12.20up

六番目は永倉さんですが、時間的には平助君より
数時間早いので正確には五番目の覚醒です(笑)。
永倉さんは覚醒組にいれるかどうか最後まで悩みましたが、
やはり周囲が揃って覚醒してるのに一人だけ、というのは気の毒ですしね。
それに千鶴ちゃんとのエピソードも入れたかったので覚醒しました。
覚醒本編はこれで終わりです。後日談が二話ほどありますが、
その後は再会に向けて皆頑張ってくれることでしょう。



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