閨の朝





朝の気配にふと眼を覚ます。
身体の片側にぬくもりを感じて視線を向けると、すぐ傍にあどけない寝顔を見つけ、自然と頬が緩んだ。

「千鶴」

小さな呼び掛けに彼女はぴくりと瞼を震わせるも、まだ眠りが深いようだ。
昨夜のことを思い出し、無理させちまったかな、と一瞬だけ反省するが、千鶴が可愛いのだから仕方ない、と納得する。

原田左之助と千鶴が閨を共にするようになって暫く経つが、彼女への愛しさは日々募るばかりだ。
こうして朝、一番に彼女の顔を見られることに幸せを感じずにはいられない。

手を伸ばし、さらさらとした髪に、白い頬に、なだらかな肩に触れる。

(あったけー・・・)

優しく抱き寄せれば、無意識に擦り寄ってくる彼女の甘えるような仕草が愛しい。

何と引き換えにしても手に入れたいと望んだ女。
己の全てを懸けて守りたいと思う存在。
こんなにも誰かを愛せる日がくるなど、以前は考えもしなかった。

(まさか、あいつらより大事な女が現れちまうとはな……)

今も遠く海の向こうで戦い続ける盟友達を思い、そっと眼を閉じる。
後ろ髪を引かれるような思いはある。
彼らのことが気にならないと言えば嘘になる。

けれど、それ以上に腕の中の小さな存在を護りたい。

(出会った頃は可愛い妹のような存在だったのになあ)

いつの間に彼女を女として見るようになったのか。
気が付けばどっぷりと彼女に嵌ってしまっていたのだ。



初めて雪村千鶴を見た時、綺麗な娘だと思った。

無粋な男装姿ではあったが、柔らかな白い肌や艶のある唇、長い睫が縁取る黒眼がちな大きな瞳は、“女”を隠せてはいなかった。
後数年もすれば、間違いなく美人になる。
そう確信し、原田は内心で密かに笑んだ。
是非とも数年後の彼女に会ってみたいもんだ、と考え、そんな未来は来ないか、とこっそり落胆した。

(ああ、けど、あの暗い表情は頂けねえな)

初めて会った時も、その後暫くの間も、彼女の表情はいつも暗く沈んでいた。
これでは折角の可愛い顔がもったいない。

とはいえ、こんな場所に閉じ込められ、人相の悪い男共に囲まれていては、まだ幼げな少女が怯えるのも無理は無い。
どうにか笑顔にしてやりたい。
その一心で、新八や平助と殊更に賑やかに騒いだりもした。

そうして少しずつ新選組に馴染み、やっと彼女の表情から怯えや憂いが消えて微笑んでくれるようになった時は、まるで春がきたかのようにあたたかな気持ちになった。

打ち解けてしまえば、元来素直な娘はすぐに懐いてくれた。
少々世間知らずで警戒心が足りない気もするが、そこは自分達が気をつけてやれば良い。むしろ下手に警戒されるより、無邪気に慕ってくれる方が嬉しい。
そんな風に思っていたのだが・・・。

『左之さん、ほんと千鶴に甘いよなあ』

呆れた口調で言ったのは平助だ。

『んなことねえだろ。普通だっての』

『いいや、絶対甘い! 左之さんて千鶴に好きな男が出来たら「千鶴と付き合いてえなら、俺と勝負して勝ってからにしろ!」とか言って槍持ち出しそうだよな』

『そりゃあそんじょそこらの男には千鶴はやれねえな』

『親父かっての!』

『聞き捨てならねえな! せめて兄貴って言いやがれ!』

冗談めかしたやり取りだったが、内心では酷く動揺した。

千鶴に将来好きな男が出来たらと考えると、心の中にどろどろとした暗い感情が込み上げたのだ。
その感情がどこからくるのか、解らないほど鈍くは無い。
けれど、それを認めてしまうわけにはいかなかった。

(おいおい勘弁してくれよ。相手はまだ恋のこの字も知らねえガキだぜ……)

いつの間にか千鶴に対して芽生えてしまった想いに、原田は頭を抱えた。
よりによって、何故千鶴なのだろう。

同じ年頃の娘達と比べても、千鶴は色恋への知識も経験も格段に足りない。
それは十五の頃から新選組に閉じ込められているせいもあるので、あまりどうこう言えないが、元々そういったものとは無縁に過ごしてきたように思う。
聞けば彼女はずっと父親と二人暮しをしており、知り合いといえば近所の人や診療所に来る患者、父親の仕事上での知り合いなどで、同年代の子供と遊ぶことは少なかったらしい。

そんな純粋培養の初心な娘、しかも色々とわけありの女なんて面倒なことこの上ないではないか。

故郷の妹に面影を重ね、猫可愛がりするだけなら平和で良かった。
見るからに彼女に特別な感情を抱いている平助を、からかいながらも応援してやれた。

なのに、この想いを認めてしまえば、もう“兄貴”の仮面など被り続けられなくなってしまう。


悶々と己の感情に思い悩む間にも、時代は刻々と変化する。
新選組もその流れに抗えず、大きなうねりの中に巻き込まれていった。

その中で、否が応でも千鶴への気持ちに向き合わずにいられなくなった。
仲間を選ぶか、千鶴を選ぶか。その二択を突きつけられたのだ。

原田は千鶴を選んだ。
新選組よりも、新八よりも、この小さな手だけは離せなかった。
千鶴の自分を見る眼に、自分を慕う女の色を見つけたら尚の事、彼女を手放すわけにはいかなかった。

ほとんど諦めていた長年の夢が、叶うかも知れないのだから。


『惚れた女と所帯を持って、幸せに暮らすのが俺の夢だ』


いつだったか、自分の夢は何かと千鶴に問われて返した答え。
千鶴でさえ意外そうに眼を丸くしたのだから、新八や平助が知れば間違いなく腹を抱えて笑うことだろう。

仲間は大切だ。共に作り上げた新選組は、原田にとって何よりも大事な場所だ。
けれど同時に、もう一つ作り上げてみたい場所があった。
しかしその場所は仲間達とでは作ることができない。それに共に作ってくれそうな相手もいない。
それでもいつかは   と思い続けていた。

その夢に手が届く時、同時に仲間との別離の時を迎えなければならない。
どちらも大事過ぎて、なかなか決断を下せずにいた原田の迷いを、千鶴はすぐに察した。

気付かせてはならなかった。
千鶴が身を引くのは解りきっているのだから、迷いなど見せてはならなかったのに。


この手を離すくらいなら。
お前が俺から離れるくらいなら。

離れられなくするまでだ   


千鶴を愛しいと想う気持ちと、縛り付けたいという欲望が昂り、その細い身体を組み敷いていた。
擦り切れそうな理性を総動員し、ほんの少し力を弱めて逃げられる隙を与えつつ、原田は心の底から強く願った。

『離すな   この俺を』

涙に潤む瞳に余裕の無い己の顔が映る。
零れた涙が白い頬を伝い、重ね合わせた手に力が篭る。

その瞬間、千鶴が受け入れてくれたことを悟った。

初めて触れる細く柔らかな肢体。
どこまでも甘く、どこまでも熱く。

愛する女と肌を重ねることは、こんなにも甘美なものかと驚いた。


そうして心と身体が満たされた。





■■■■■





あれから幾度千鶴を抱いたか、数など覚えていない。

彼女はいつまでも初心で、初めての時と変わらず恥らう。
けれど原田を拒絶する色はなく、懸命に彼の激情をその身で受け止めてくれる。
それが愛しくて、つい激しく抱いてしまうのは反省しなければならないだろう。

(つっても、抑えらんねえがな)

優しくしなければ、とは思う。
慣れない千鶴に合わせてゆっくり慣らしてやれればいいのだろうが、どうにも途中から抑えが効かなくなってしまうのだ。

鬼である千鶴は身体の回復が早く、次の日にまったく動けないということはないが、それでも疲れが残る様子を見ると申し訳なくなる。
まるで女を知ったばかりのケツの青いガキのようだ。

「ごめんな、千鶴」

こんな余裕のない男で。

「・・・・・・ん」

原田の囁きが耳に届いたのか、小さな声が漏れ、瞼がぴくりと動く。
数回瞬きを繰り返し、ぼんやりとした眼が原田を見た。

「おはよう」

「おはよ・・・ござ・・・」

声が掠れている。寝起きということもあるが、おそらく昨夜のせいもあるだろう。

「起きれるか?」

「はい・・・」

まだ半分寝ぼけた状態ながら、千鶴はこくんと頷いてもぞもぞと布団の中で身じろぐ。

「ちょっと待て、何か羽織るものを・・・」

原田の言葉が終わらぬうちにゆっくりと上体を起こした千鶴は、空気の冷たさに身を震わせた。
朝の冷たい空気が直接肌に触れる。   直接?

「〜〜〜っ!」

自分の身体を見下ろした千鶴は一気に眠気が吹っ飛んだ様子で、慌てて布団を引き上げた。
彼女は何も身に付けていなかったのだ。
その白い背中にふわりと着物を掛けてやりながら、原田は抑えきれない笑いを零す。

「慣れねえなあ、お前」

「さ、左之助さんも何か着て下さいっ」

原田を見上げる顔が真っ赤だ。
ちなみに、原田も当然裸である。

「この筋肉美を隠すなんざ罰が当たるぜ」

「永倉さんみたいなこと言わないでっ」

冗談だよ、と笑いながら原田も着物を纏う。
何とも賑やかな朝の挨拶だ。

「昨夜は無理させちまって悪かったな、身体、大丈夫か?」

問いに、千鶴は恥ずかしそうにしながらも頷いた。
ぬくもりを求め合ったのはお互い様だ。確かに原田の情熱は激しいが、千鶴は彼に求められるのは嬉しかった。

「左之助さんと触れ合うのは、とても幸せですから・・・」

素直な言葉に、今度は原田の方が照れてしまう。
こうして千鶴が何でも受け止めてくれるのも、歯止めが利かない一因かも知れない。


「では、すぐに朝餉の用意をしますね」

身支度を整えた千鶴が、慌しく部屋を出ようとして   かく、と膝から崩れ落ちた。

「千鶴!?」

慌てて駆け寄り、座り込む千鶴の傍に膝を着く。
どうした、と訊ねると、困り果てた顔が原田を見上げ、

「立てません・・・・・・」

と泣きそうな声で言われた。


「・・・・・・いや、本当、申し訳ない・・・・・・」

深く深く頭を下げ、原田は愛妻に詫びる。

恥ずかしさに居たたまれず、布団を被って丸まってしまった千鶴を宥めるには、それからまた暫くの時を要した。


その後、千鶴の腹の中に命が宿ったという報せを受け、原田はようやく自分の欲求を抑えられるようになったのだった。



〈了〉

13.10.10up

その日の朝ごはんは原田さんが作りました。
原田さんは千鶴ちゃんが可愛くて可愛くて可愛くて(以下無限)仕方ない様子v
そして千鶴ちゃんはそんな原田さんが大好きです。



ブラウザのバックでお戻り下さい