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待ツ女 後編
ビョオオオ、ビョオオオと、唸り声を上げて吹き荒れる風がガタガタと雨戸を震わせる。
頑丈な造りの建物の中であっても、叩きつけるような雨と風の音に建物が揺らぐような錯覚すら感じてしまう。
まだ遠いと思っていた雷の音も、いつの間にか近くに迫りつつあった。
「はあ〜、さっぱりしたあ」
淹れたてのお茶を載せた盆を手に千鶴が広間に入ると、湯上り姿の平助が機嫌良さげに濡れた髪を手拭いで拭っていた。
同じく湯上りの永倉や原田もようやく一心地ついたとばかりに寛いだ様子だ。
「見事に泥だらけだったよね。どこの妖怪かと思ったよ」
「妖怪って何だよ!」
沖田のからかいに噛み付く平助だが、あながち間違った表現ではないのが辛いところだ。
屯所に戻ってきた時の彼らの姿を思い出すと、千鶴も平助達を擁護できなかった。
それは一刻ほど前のこと。
玄関口から永倉達の呼ぶ声に、広間に残っていた土方、沖田、斎藤、千鶴が何故彼らがさっさと中に入って来ないのか不思議に思いつつ出迎えに向かった。
そして玄関に佇む泥人形達と出くわしてしまったのである。
原田だけは何とか判別できたが、永倉と平助は全身泥に塗れ、灯篭の薄明かりに浮かび上がる姿はまさしく妖怪の類であった。
「ただいま」という声で何とか永倉達であると解ったものの、声を出すのが数拍遅ければ沖田と斎藤が刀を抜いていたかも知れない一触即発の状況だった。
千鶴すらもあの時、泥に塗れた彼らの惨状に思わず悲鳴を上げそうになったのは変えようのない事実で、咄嗟に斎藤に縋った彼女に原田は苦笑交じりに「驚かせて悪い」と謝ってくれた。
その後、沖田が指差して笑い転げる中、土方の説教を延々聞かされながら、千鶴と斉藤が用意した盥に張った水で足を清めた三人は風呂へと直行したのだった。
散々三人を笑った沖田はそれをネタに平助を弄り続け、からかわれていると解ってはいても反応せずにいられない平助は格好のおもちゃと化している。
賑やかな広間に入った千鶴は原田と永倉のもとに盆を運んだ。
「お茶をどうぞ」
「お、悪いな。ありがとよ」
湯飲みを受け取り、一口茶を啜った原田はふと千鶴に視線を移した。
何だろう、と首を傾げる千鶴に、静かな口調で問いかける。
「なあ、千鶴、女の知り合いは多いか?」
「え?」
「お前が京で言葉を交わした女は、お千て娘と八木家の奥さんの他に誰がいる?」
何故そんなことを訊くのだろう。
疑問に感じつつも、原田の真剣な眼差しに千鶴は問いへの答えだけを口にした。
「薫さんという同じ年くらいの女の子とは時々・・・」
「いや、もう少し年上の女だ」
「え? あの、八木さんの奥さんのお知り合いの方達とは何度か挨拶をしました」
「そうか、じゃあその中の誰かとは親しくしていたのか?」
「いえ、特には」
「どうした、原田」
原田の様子にただならぬ気配を感じ取ったのか、土方が口を挟んだ。
気づけばいつの間にか沖田と平助の言い争いも止み、広間にいる全員がこちらを注目していた。
「いや、千鶴のことを気に掛けている女がいたんだ」
「え?」
原田は屯所に戻ってくるまでに出会った女のことを話した。
「俺達のことも知っているようだったから、たぶん八木さんの奥さんの知り合いの誰かじゃないかと思う」
そう締めくくると、土方はふむ、と顎に手を添えて考え込み、千鶴に視線を向ける。
「千鶴、心当たりはあるか?」
「え、と・・・」
問われて千鶴は必死に心当たりを探るが、それらしい女性は浮かんでこない。
八木邸で暮らしていた頃は今より自由が無く、幹部達以外とはほとんど接触がなかった。
その中で、台所仕事を任せてもらえるようになると八木邸の奥方とは顔を合わせる機会が多くなり、雑談することも増えた。彼女の知り合いの女性が訪れた時は挨拶を交わした。
けれど西本願寺に屯所が移ってからは会うこともなくなり、彼女達の顔を思い出そうとしても記憶が朧げだ。町で擦れ違ってもすぐには気づけないだろう。
困り果てる千鶴の表情に、これ以上情報は引き出せないと悟った土方は他の面々を見やった。
「情報が少な過ぎるから何とも言えねえが、一応気に掛けておけ」
そう言い置くと、彼は広間を出て行った。
それを皮切りに沖田と斎藤も腰を上げる。
広間に残ったのは原田と永倉、平助、千鶴の四人だ。
未だ思い悩む千鶴の頭に、原田の大きな手が優しく乗せられた。
「あまり気にするな。何があっても俺達が守ってやるから」
「あ、ありがとうございます・・・」
甘い笑みと言葉に、少女の白い頬が色付く。
見つめ合う形となった二人の間にほのかな桃色の空気が流れた刹那、平助の手が原田の手を払いのけ、永倉の手が原田を背後から羽交い絞めにした。
「左之さん! また千鶴にいかがわしいことしようとしてる!」
「千鶴ちゃん、あまり左之に近寄っちゃ駄目だぜ。お嫁に行けない身体にされちまうからな」
「はあ!? てめえら人聞きの悪いこと言ってんじゃねえ!!」
「あ、あの、私はこれで失礼します・・・っ」
熱を持つ頬を両手で押さえながら、千鶴は逃げるように広間を後にした。
■■■■■
夜が更けても、叩きつけるような雨と雷鳴は勢いを衰えさせる気配も無い。
就寝の準備を整え、布団の中に身を横たえたものの、鳴り響く轟音の中では一向に眠りにつけず、千鶴は何度目かの寝返りを打った。
何もせずにただ寝転がっているだけの時間。
意識はつらつらと取りとめのないことを思う。
そんな中、ザアザアと降り続ける雨の音がふいにとある記憶を呼び起こした。
(あ・・・もしかして・・・)
ハッと何かに気づいた時、障子戸の外から薄い光が差し込んだ。
「千鶴ちゃん、起きてる?」
「あ、はい」
慌てて身を起こすと、僅かに開いた障子戸の隙間から明かりを手にした沖田が顔を覗かせる。
「こううるさくっちゃ眠れないでしょ? 広間においでよ」
そう言って障子戸を閉めた沖田だが、その場を立ち去ろうとしない。
千鶴が身支度を整えるのを待ってくれているのだ。
差し込んでくる僅かな明かりを頼りに急いで袴に着替え、千鶴は沖田とともに広間に向かった。
広間には斎藤、平助、原田、永倉の姿があった。
彼らも嵐の音に眠りを妨げられたのだろうか。
「よう、今夜は騒がしい空模様だな」
冗談めかした言葉の後、原田は湯飲みに口をつけた。
永倉や平助の前にも同じものがあり、中身はどうやら白湯のようだ。
島原で散々飲んだのだから酒を飲むのは許されなかったのだろう。
斎藤だけが杯を手にし、もう一つの杯は沖田のものと思われる。
「千鶴も座れよ」
「うん、でも皆さんで集まって大事なお話していたんじゃ?」
平助に促されたが、千鶴は広間の面々を見ると尻込みしてしまう。
そこに並んでいるのは千鶴と親しいとはいえ、皆新選組幹部達だ。
そんな彼らが集まる場所に加わっても良いものかと躊躇う千鶴に、永倉があっけらかんとした笑みを浮かべる。
「へーきへーき、重要な話はしてねえからよ」
「そうそう、それにさ、夏の夜にする話といえば決まってるでしょ」
「?」
「か・い・だ・ん♪」
「〜〜〜〜〜っっ!!」
無邪気な満面の笑顔で言われた言葉に、一気に顔色を青くした千鶴は瞬時に回れ右をして脱兎のごとく駆け出そうとしたが、一番組組長が獲物を逃がすわけもなく、あっさりと捕獲された。
「はいはい、良い子だから逃げないの」
「は、離して下さい〜〜〜っ」
じたばたと暴れる千鶴を難なく腕に捕らえながら、沖田はケラケラと笑う。
「総司、雪村をからかうな」
「そうだよ、千鶴が嫌がることするわけないじゃん」
見かねた斎藤と平助が嗜め、ようやく沖田の拘束が解けた。
解放された千鶴は原田と平助の間に腰を下ろす。
沖田の手から逃れたいというのもあるが、何より原田に話したいことがあったのだ。
「あの、原田さん、先程のことで思い出したことがあるのですが」
「ん? 何だ?」
意を決し、千鶴は語り始めた。秘めたるささやかな思い出を。
始まりは冷たい雨の夜だった。
千鶴が新選組に囚われ、まだ二月(ふたつき)にも満たない頃。
恐怖と孤独に満ちた日々を送っていたある日、霙交じりの冷たい雨が降った。
芯から凍えるのも構わず、千鶴はぼんやりと雨の庭を眺めていた。
どうすればここを出られるのか。いつになれば父と会えるのか。自分はどうなってしまうのか。
尽きることのない不安が雨のように胸の中に降り続ける。
ふと人の気配を感じ、千鶴は身を強張らせた。
ここに来る人間といえば、彼女の素性を知る幹部達の誰かしかいない。
千鶴にとっては恐怖の対象だ。
警戒と猜疑に満ちた冷たい眼を覚悟して顔を上げた千鶴は、驚きに眼を瞠った。
そこに立って千鶴を見つめていたのは、たおやかな美女だったからだ。
「風邪を引いてしまいますよ」
優しくそう言った女は、千鶴に笑みを向けると静かに立ち去った。
千鶴は驚きの余り、茫然と後姿を見送るしかなかった。
その後も、女は時折千鶴の前に姿を見せた。
離れた場所からこちらを見つめているだけの時もあれば、千鶴に声を掛けてくれる時もあった。
何故新選組屯所に女がいるのだろう。
八木家の奥方の知り合いだろうか。
何度か言葉を交わした頃、千鶴は彼女に問いかけてみた。
八木さんのお知り合いですか、と。
問いに女は笑みを浮かべたまま、「いいえ」と答えた。
「私は待っているのです。あの人が戻ってくるのを」
「お出かけしているんですか?」
「ええ。私はいつも待たされているのですよ」
酷いでしょう、と女が笑う。
しかし千鶴は女の身が心配になった。
この頃には彼女も少しずつ幹部達との関係が良くなりつつあり、八木家の関係者でもない女が屯所にいるのが不自然なことだと理解していた。
「でも、もう夜遅いですし、他の隊士さん達に見つかったら・・・」
「心配して下さってありがとうございます。でも、私は大丈夫です」
いったいどこにそんな自信があるのかは解らないが、女の言葉はその柔らかな声音に反して揺ぎ無かった。
事実、不思議なことに誰も女の話題は欠片も出さず、まるで彼女が存在しないかのように誰も気に止める様子がなかった。
だから千鶴も、女に関しては何も言わなかったのだ。
そうして月日が流れ、隊士の数が増えた新選組は屯所を西本願寺に移すと決まった。
八木邸で過ごす最後の日の夜、女が千鶴の前に現れた。
「最近、皆さん忙しくされているようですね」
「はい、屯所を移すことになったので」
突然現れた女に、千鶴は驚きも見せず笑顔を向ける。
すると女もどこか嬉しそうに眼を細めた。
「雪村さんの表情、だいぶ明るくなりましたね」
「え?」
「初めてお会いした日、あまりに哀しそうだったのでずっと心配しておりました」
彼女と初めて出会ったのは、千鶴が屯所に監禁されて間もない頃だ。
頼れる人もなく、孤独と不安に苛まれていた千鶴の様子は、彼女の眼にさぞ心許なく映ったことだろう。
彼女がそれをずっと気に掛けてくれていたのだと知り、千鶴は胸の奥が温かくなった。
「もう、心配はいらないみたいですね。では私はあの人の所に行きますね」
「あ、ありがとうございます」
立ち去る女は初めて出会った時と変わらぬ、たおやかな笑顔を浮かべていた。
「西本願寺に来てからは一度もお会いしていないので、いつの間にか忘れていました」
話し終えた千鶴は最後に苦笑気味にそう言った。
千鶴の言葉が終わって雨と風の音だけが広間を満たす中、原田達は揃って何とも言い難い表情で互いに目線を交わす。
「どう思う、一君」
「もしも本当に我々の眼を掻い潜って屯所に出入りしていたのなら・・・」
千鶴の手前、斎藤はその先を声には出さなかった。
とはいえ沖田の隣に座する斉藤と、原田と平助の間に座る千鶴とは距離があり、雷の音にも遮られて彼の静かな声は千鶴に届かないのだが。
千鶴は女の存在を自分達が黙認していたと思っているようだが、それは大いなる誤解である。
屯所の中に女の出入りは認められていない。
八木家の奥方の知り合いですら、できるだけ遠慮して欲しいくらいなのだ。
しかも問題の女は八木家の知り合いではなく、隊士の誰かの情人と思われる。これが事実なら問題だ。
「確かに隊士の中には妻帯者もいるが、女を屯所に入れないようきつく言い聞かせていたよな。それを破ったのは・・・」
「「「「・・・・・・」」」」
何故か全員が黙り込んだ。
彼らの脳裏に浮かんだのは、ある一人の男だった。
いや、まさか、ありえないだろ、だが、しかし。
浮かび上がった可能性を彼らは瞬時に否定する。が、該当者が彼しか居ないのもまた事実。
「な、なあ、千鶴、その女の名前は、わかるか?」
恐る恐る問いかけた平助に、何も知らぬ千鶴は素直に答える。
「名前? お梅さんとおっしゃってました」
「「「「「!!!!!!」」」」」
空気が凍った。
絶妙の間合いで稲光が広間を照らし、続いて鳴り響く轟音が彼らの心境をそのままに表す。
暫しの沈黙。
ゴロゴロという音が止んだ頃、おもむろに立ち上がった永倉、平助、原田の三人は目にも留まらぬ速さで広間の隅に移動し、顔を突き合わせながらその場にしゃがみ込んだ。
「な、なあ、お梅って・・・」
「ま、まさか。別に珍しい名前でもないだろ」
「けど、とんでもない美女なんだろ?」
「美女のお梅さんが一人しかいないわけじゃねえだろ!」
「「「・・・・・・・・・」」」
否定したい。しなければならない。何故ならあり得ないのだから。
けれど、考えれば考えるほど、一人の女の顔が浮かぶのだ。
「・・・とりあえず、千鶴には言わないでおこうぜ」
「ああ、そうだな・・・」
そう結論を出した三人の顔色は、紙よりも真っ白になっていた。
一方、沖田と斎藤の顔色は変わりない。
二人がどんな結論に辿り着いたかは解らないが、いつもと変わらない姿勢を崩さないところは流石といえる。
そして沖田は、いつもの飄々とした態度のまま呟いた。
「まさか千鶴ちゃんの口から怪談を聞くとはねえ」
思いも掛けないことが起きるものだ、と楽しげに笑った。
■■■■■
「ここで何をしている」
前触れもなく現れた男に、女は艶やかに微笑んだ。
「ここは、私の泣き場所だったんです」
「今も泣いていたのか?」
「いいえ、ただ懐かしくなっただけです。そうしたら彼らがやって来て・・・」
偶然なんですよ、と笑う。
男は厳しい表情のまま、女を鋭く見やった。
「あの娘が気になるか」
「彼女は、似ていたのです」
憂いげに伏せられた菫色の瞳が、微かに揺れた。
「自分が望まぬまま恐ろしい人達と関わってしまい、逃れることのできなくなった彼女の状況が、私と重なったのです」
胸を裂くような恐怖と哀しみが伝わってきて、居ても立ってもいられなかった。
自分が何を出来るわけでもないけれど、少しでもその苦悩を和らげてやりたかった。
そして時間とともに少女は少しずつ縮こまっていた手足を伸ばし、丸まっていた背筋を伸ばし、前に歩き始めた。
見守ることしかできなかったけれど、彼女が立ち直る様子を見つめてきた女はそんな少女が誇らしかった。
いつの間にか自分の隣に腰を下ろした男を見上げる。
当初は恐ろしく、それ以上に憎くて堪らなかった男だ。この男によって、女は全てを奪われた。本気で殺そうと思ったこともある。
「でも、彼女もきっといずれそんな殿方の背に惹かれていくのでしょう」
「確かにあの娘は将来佳い女になるだろう。むしろ、奴らがあの娘に相応しい男であれるかどうかが問題だな」
「彼女がいるなら、大丈夫です」
他の何を失っても、守るべき存在があるのならば。
彼女に支えられ、男は真っ直ぐに前を向いて歩いて行ける。
そんな確信があった。
男はふん、と皮肉っぽく笑い、どこか遠くを見やった。
「似ているといえば、あの娘に比べれば馬鹿で役立たずな犬もいたな」
奴は今頃どうしているやら。
言葉と裏腹に彼を語る男の表情は柔らかい。
決して認めはしないだろうが、彼を気に掛けているのだと解る。
「捜しに行きますか?」
「そうだな、久しぶりに鉄扇で躾けてやるのも良いかも知れん」
そう言って立ち上がった男は、座ったままの女を見下ろすと大きな手を差し出した。
「共に来い」
女は驚きに瞠目し、そして美しい顔を泣きそうに歪めた。
差し出された手に己の手を重ねると、強く握られる。
もう待つ必要はない。共に居ろ。
端的な言葉に込められた男の想いに、胸が苦しくなるほどの嬉しさを覚えた。
稲光が奔り、古びた社の中が強烈な光に満ちる。
そこに浮かび上がった男女の姿は、一瞬後には跡形もなく消え去っていた。
■■■■■
一夜明けると、昨日の嵐が嘘のように空は澄み渡った。
今日は絶好の洗濯日和である。
昨夜泥だらけになった永倉達の着物も、今日のうちに乾くことだろう。
たすき掛けをして、さあやるぞ、と意気込んで洗濯物に向かう千鶴を背後から呼ぶ声があった。
「千鶴、今から洗濯か?」
「あ、原田さん、永倉さん、平助君」
歩み寄ってきた原田は、これから井戸で洗おうとしていた洗濯物の山をひょい、と千鶴の手から奪う。
「これは俺達がやるよ」
「え? でも・・・」
「着物汚したのは俺達なんだから、俺らがやるって」
戸惑う千鶴に、平助も原田に同意してそう言い募る。その後ろでは永倉が力なく頷いていた。
どこか彼らの顔色があまり良くないように見えるのは気のせいだろうか。
「それじゃあ、皆でやりませんか? 私にもお手伝いさせて下さい」
千鶴の提案に原田は虚を突かれたように瞠目し、ふわりと目元を和らげた。
「お前が手伝ってくれるなら大助かりだな」
妙に暗い陰が漂っていた永倉や平助の表情も明るくなる。
四人で洗濯するのは賑やかで楽しいものだった。
昨夜の雨で汚れた洗濯物は原田達のもの以外にもたくさんあり、昨日乾ききらなかった洗濯物も合わせてかなりの数を干さなければならなかったが、三人の男手があったお陰で一人でやるよりもずっと早くに終わらせることができた。
「お疲れ様でした」
笑顔で労をねぎらう千鶴に、原田は笑みを浮かべる。
「お前は変わらないな」
「?」
「いつでも俺達のために力を尽くそうとしてくれる。あの頃から変わらず」
不思議そうに自分を見上げてくる少女の存在が当たり前のように感じるようになったのはいつからか。もう思い出せない。
いつの間にか、彼女は自分達の中に馴染み、そこにいるのが自然なものとなったのだ。
昨夜、千鶴が語った思い出話は原田の胸に強く残っていた。
屯所に連れてこられた当初の彼女が、どれほど自分達に怯え、己の置かれた境遇に戸惑っていたか。
今のように自然と笑えるようになるには、かなりの努力が必要だったはずだ。
千鶴が出会った女、そして原田達が昨夜言葉を交わした女があの“お梅”なのかどうかは解らない。
けれど、彼女のことを思い出した時、原田は恐怖を感じたのだ。
あの女が何を考えて“芹沢鴨”の愛人のように振舞っていたのか、彼には最後まで理解できなかった。
芹沢を暗殺しようと乗り込んだ時には、彼の手によってすでに事切れていた姿も覚えている。
彼女は、まるで蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のようだと思った。
美しい羽を広げてひらひらと舞い踊っていたのに、不運にも蜘蛛の巣に捕らわれて身動きができなくなり、そして食われてしまう。
その状況が、千鶴に重なった。
新選組という蜘蛛の巣に捕らわれた蝶。
再び空を舞うこともできず、捕らわれたまま躯と成り果ててしまうのか、と。
けれど、彼女は懸命に生きている。
自由のない場所で、自分の居場所を作ろうとしている彼女の強さに捕らわれた蝶の儚さはない。
だから、原田は彼女を死なせたくはないと、強く願ってしまうのだ。
「参ったな・・・」
自嘲とともに微かな呟きを落とす。
「原田さん、どうしたんですか? 永倉さんや平助君もあまり顔色良くないし、もしかしてお風邪でも召されたんじゃ?」
おろおろと的外れな心配を口にする千鶴に、永倉や平助は乾いた笑いを返す。
お前の怪談話が原因だよ、という言葉は心の中にそっと仕舞う。
本人は怪談などした覚えはまったくないのだから。
三人の様子に一人笑いを漏らしながら、原田はじっと千鶴を見つめた。
もしも千鶴の身に危険が迫ったら。
それが例え仲間の手によるものだとしても、自分は彼女を見捨てはしないだろう。
そんな予感があった。
〈了〉
13.6.30up
少しはホラーっぽくなりましたでしょうか?(笑)
お酒を飲んだ後って風呂に入らない方が良いんでしたっけ?
雨の中走ってるし、少しはお酒も抜けてるかなあ。
何はともあれ、芹梅が書けて満足です♪
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