竜攘虎摶(りゅうじょうこはく)





冬の、とある寒い日。
この日は非番である斎藤一は心行くまで鍛錬をした後、厨に向かっていた。

稽古で乾いた喉を潤すため、そして汗で冷えてきた身体を温めるために熱い茶を淹れようと思ったのだ。
そこに井上源三郎か雪村千鶴が居れば、美味い茶を淹れてもらえるかも知れないという期待もあった。


「あれ? ない・・・」

厨の前まで来た時、物音と共に誰かの呟きが聞こえた。
この声は雪村か、と中を覗くと、思った通りの小柄な人物ともう一人、長身の男がそこにいた。

「困ったなあ」

「だから別にいいってば、千鶴ちゃん」

「どうした、雪村、総司」

「あ、斎藤さん」

声を掛けると、二人の視線が斎藤に向けられた。

「生姜湯を作ろうと思ったのですが、生姜が切れていたんです」

「僕のために作ろうとしてたんだよ。いらないって言ってるのに」

千鶴の説明を、沖田総司がやれやれと溜息を吐きながら補足する。
そんな沖田に「生姜は身体が温まりますし、風邪予防にもなるんですよ」と反論し、千鶴は斎藤に向き直った。

「斎藤さん、もしよろしければ一緒に買い物に行ってくれませんか?」

千鶴は屯所外での単独行動を禁じられている。
外出には、必ず彼女の事情を知る幹部が同行しなければならない。

「だからそこまでする必要は・・・」

「生姜か。しょうがないな」

「「・・・・・・・・・」」

何故か二人が静止した。
心なしか、空気が凍ったような気もする。

「何だ?」

「いや、今の素で言ったんだね」

「は?」

わけが解らない。
怪訝に満ちた眼で総司を見やると、取り繕うように千鶴が声を上げた。

「あ、あの、ご無理なようでしたら、別の方にお願いしますので」

「いや、今日は非番だから俺が同行しよう」

「僕が行くよ。僕の為に生姜を買いに行くんだから」

「あんたは寝てろ」

「何故さ」

むっと顔を顰める総司。
しかし千鶴が彼のために生姜を欲したということは、それなりの前兆があったのだろう。
最近の総司は頓に体調を崩しがちだ。

「体調が悪いのだろう? 養生していた方が良い」

「何それ。僕は何ともないんだけど? 非番の一君こそゆっくり休んでなよ」

「必要ない。雪村の護衛は手の空いている者がすべきであり、今日は俺が適任だ」

「手が空いてるのは僕も同じだよ。過保護過ぎる誰かさんのお陰でね」

「副長の判断に間違いはない」

「盲目にも程があるんじゃないの?」

「あの、お二人とも今日はお身体を休めて下さい。私なら他の方と・・・」

「俺が行くと言っている」

「僕が行くってば」

両者一歩も譲らず、間に挟まれた千鶴はおろおろと視線を彷徨わせていたが、意を決して提案を口にした。

「で、では三人で行きませんか? お二人がご一緒だと、とっても心強いですっ」

「・・・仕方ないな」

「・・・千鶴ちゃんがそう言うなら」

互いの存在が不本意だが、彼女に必要とされることは純粋に嬉しく、渋々ではあるが二人共頷いた。

ようやく争いが収束したことに、千鶴はほっと胸を撫で下ろす。
これで何とか無事に買い物に出られそうだ。


   と、思っていたのだが。


「まったく一君は頭が固いよね」

「あんたがいい加減過ぎるだけだ」

「もっと柔軟になった方がいいと思うよ」

「あんたこそ少しは思慮を身に付けろ」

刺々しい言葉の応酬が頭上を飛び交う中、千鶴は何とも言えない気分で空を仰いだ。
冬の空は晴れ渡っているのに、両側から発せられる冷たい吹雪が僅かな太陽の温もりさえ奪うが如く吹き荒れている。

一旦は治まったかに見えた二人の口論だが、屯所を出て町を歩きながらの会話の中、何故か再燃してしまった。
常に飄々とした沖田も、普段無口な斎藤も、どういうわけかお互いに対しては負けず嫌いを発揮し、舌戦は収まる気配すらない。

二人を誘ったのは失敗だったかも知れない。
千鶴は今更ながら己の言動を悔やんだ。

「一君さあ、そんなに口うるさいと女の子に嫌われるよ? ねえ千鶴ちゃん」

「え?」

いきなり話を振られ、びくっと肩を竦める。

「聞き分けの良い雪村なら俺の言葉を素直に聞く。あんたこそ、そのいい加減な性格のままでは彼女に愛想を尽かされても仕方ないな」

「ええ!?」

「千鶴ちゃんはおとなしいから僕くらい強引な男で丁度いいんだよ」

「振り回すだけの男より、頼りがいのある男の方が雪村には相応しい」

「それが自分だとでも言うわけ?」

「少なくともあんたよりは頼られている」

睨み合う二人の背後に幻の嵐が巻き起こり、龍虎の幻影が咆哮する。



只ならぬ殺気に道行く人々がそそくさと離れていく。
京の町の大通りを行き交う人波の中、そこだけがぽっかりと不自然な空間を作っていた。


(だ、誰か助けて・・・っ)

居た堪れない状況に置かれて切実にそう願う千鶴に、救いは思わぬ方向からやって来た。

「おい、こんな往来で立ち止まってちゃ通行の邪魔だろうが」

至極ご尤もなお叱りの言葉は、異様な雰囲気をものともせずにこちらに近づいてきた男達から発せられた。
京訛りではない言葉遣いといい、決して良いとはいえない人相や風体といい、何だか不逞浪士の姿を如実に表した外見だが、千鶴にとっては正しく天の助けだ。

「身なりの良い奴らだな。良い刀を下げてやがる」

「その刀は俺達にこそ相応しい。迷惑料としてもらってやろう」

「ついでに金銭もな」

不穏な会話も、沖田と斎藤の言い争いを止められるなら気にならない。
自分達を囲む不逞浪士に気付いて欲しくて二人の袖を軽く引っ張ると、視線を千鶴に移した沖田がにやりと笑んだ。

「じゃあ千鶴ちゃんに聞いてみようか」

「え?」

「良かろう。雪村、正直に答えてくれ」

「あの・・・?」

「この僕と口うるさい男、選ぶならどっち?」

「この俺といい加減な男、どちらを好む?」

「いえ、あ、えっと・・・っ」

真剣な眼差しで迫られ、思わず腰が引ける。

いきなり二択を突きつけられた千鶴は混乱の極地にいた。
どちらを選んでも確実に禍根が残る。
かと言ってお二人とも素敵ですよ、などと曖昧な答えが許される雰囲気でもない。
いや、それ以前に   

(二人とも、周りに気付いて下さいっ)

色んな意味で冷や汗が止まらない。
存在を無視する沖田達に、浪士達が眼に見えて不機嫌になっていくのが解る。

「おい貴様ら、聞いているのか?」

「刀と有り金を寄越せと言っているだろう!」

「ちょっと黙っててよ。だいたい一君は」

「取り込み中だ、後にしろ。そういうあんたこそ」

尚も言い争う二人に痺れを切らした浪士達が近づき、後ろからぐっと肩を掴んだ。

「おい、こっち向け!」

「俺達を無視するな!」

「ああもう、うるさいなあ!」(
ゴスッ

「我々は取り込み中だと言っている」(
バキッ

不意に繰り出された沖田の肘鉄と斎藤の裏拳が、それぞれ後ろに立つ浪士に命中した。

呻き声と共に崩れ落ちる二人の浪士。
殺気の炎は一気に燃え広がった。

「ふざけやがって!!」

一斉に殴りかかってくる浪士達の拳をひょいひょいと避けながら、沖田と斎藤はずっと言い合い続けていた。
彼らの眼には不逞浪士の姿が映っていないのかと思わせる程、徹底的に無視している。なのにしっかり攻撃を避けて反撃までしているのは、無意識なのか確信犯なのか。

そんな状況を、千鶴ははらはらと見守ることしかできない。
下手に声を上げては、彼らの邪魔になってしまうから。


「くそ、何て強さだ。こうなったらあのガキを人質にしてやる!」

殴り倒された浪士の一人が刀を抜いて、この場で最も脆弱な存在  千鶴に飛び掛かった。

その瞬間、二振りの刀が鞘から抜き放たれ、男の手から刀を弾き飛ばす。


「この子に手を出そうなんて、命がいらないみたいだね」

「この者には決して近づけさせん」


浪士の眼から千鶴を隠すように、背中合わせに立ちはだかる二人。
鋭い眼光は、それまで一切視界に入れなかった浪士達を厳しく見据えていた。





先程まで険悪な雰囲気を垂れ流しながら言い合っていたとは思えないほど息の合った連携で、沖田と斎藤は瞬く間に浪士達を地に伏せた。


「おい道を開けろ! いったい何の騒ぎだ?」

人垣を割って、浅葱色の集団がこちらに向かってくる。
隊を率いるのは原田左之助だ。
彼は騒ぎの中心に立つ三人の姿に眼を丸くした。

「て、お前ら何やってんだ?」

「ああ左之さん、良い所に」

「総司に斎藤、これはお前らの仕業か?」

「そうだ。突然この者達が殴り掛かって来た上、雪村を襲おうとした為応戦した」

斎藤の説明は正しいが、何だか色々端折っている気がする。
そもそもの発端は沖田と斎藤の口喧嘩である。
だが、原田にはその説明で十分だった。

「千鶴を襲った連中か。そんな奴らに情けを掛ける必要はねえな」

浮かべた笑みには、獣のような獰猛さが滲み出ていた。
浅葱色に取り囲まれた浪士達は流石に観念したようで、恐怖に満ちた顔で震えている。
それを隊士達は手早く縛り上げた。

「じゃあ左之さん、そいつらのことは任せたよ。僕達はこれから生姜を買いに行かなきゃいけないから」

「生姜? まあしょうがねえな」

「・・・左之さんまで寒いこと言わないで欲しいな」

沖田の零した呟きに首を傾げた原田だが、斎藤と違って彼はすぐに意味に気づき、「いや、そんなつもりで言ったわけでは・・・」ともごもごと言い訳する。
それをさらりと無視し、沖田と斎藤は千鶴を振り返った。

「千鶴ちゃん、大丈夫だった?」

「雪村、怪我はないか?」

「はい、沖田さんと斎藤さんが守って下さいましたから」

笑顔で答え、千鶴は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「別に。君を守れって命令だし」

「お前の護衛なのだから当然だ」

沖田はぶっきらぼうに、斎藤は淡々と答える。
言葉はそっけないが、どこか落ち着かなげに眼を逸らす二人に小さく笑いが漏れた。

戦いの直前・・・というか最中も喧嘩していた二人が、千鶴の危機にはすぐさま手を組んで守ってくれたことが嬉しかった。
そして、彼らの圧倒的な強さに心からの憧憬を抱く。

たくさんの敵に囲まれても動じない心の強さと、一騎当千の剣技。確かな信頼で結ばれているが故の連携。
どれもが千鶴を魅了してやまない。

彼らの背に守られた時の高揚感は、きっと一生忘れることはないだろう。


「さてと、さっさと買い物して屯所に戻ろうか」

「そうだな。雪村、行くぞ」

「はい!」

促されて、千鶴は二人の後に続いた。
沖田を先頭に少し後ろを斎藤と千鶴が並び、賑やかな大通りを歩く。

と、沖田が「あ」と声を漏らし、こちらを振り向いた。

「そういえば一君との決着がまだだったね。帰ったら千鶴ちゃんに判定してもらおっか」

「望むところだ」

「えっ?」

「千鶴ちゃん、屯所に戻ったら僕か一君か、ちゃんと結論出してね」

「俺はあんたを信じている。どちらを選ぶかは考えるまでもない。そうだな?」

「いえ、あの、その・・・」

その話題、まだ続いていたのか。
先程の余韻が続いている今の千鶴には、「お二人とも素敵です」以外に答えようがない。
険悪だった時ならまだしも、今ならその答えでも良いだろうか、と考えた時。

「言っとくけど、どっちもって答えは却下だから」

沖田に一刀両断された。

「俺達の男の矜持が掛かっているからな」

更に追い討ちを掛ける斎藤。

頭が真っ白になった千鶴の手をそれぞれ両側から掴み、早足で歩き出す。

「じゃあ早く行こう」

「うむ」


えええええ〜っ!!??


沖田と斎藤に引きずられていく千鶴の悲鳴は、雑踏の中に消えていった。



〈了〉

14.1.20up

最初から最後まで沖田さんと斎藤さんが言い争って収拾が着かなくなってます(笑)。
この後の千鶴ちゃんは・・・土方さんあたりに泣きついてそう(笑)
三馬鹿だと事態が大きくなるし、山南さんか井上さんなら何とかしてくれるかなあ。

この話は『皓月庵』のちょこ様のイラスト(カラーの方です)を元に書かせて頂きました。
そして後日、素敵なイラストを描いて頂けました♪ タイトル通りの素敵なイラストですv
ちょこさんありがとうございました!



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