擦れ違い





今日は晴天だ。

青空の下、お天道様の光を浴びながら大量の洗濯物が気持ち良さそうに風に揺れている。
それを横目に見ながら、藤堂平助は廊下を急ぎ足で歩いていた。

やがて、とある部屋の前で足を止めると、

「千鶴、いるかー?」

障子戸越しに、中にいるはずの少女に声を掛ける。

だが、いつもなら一拍の後に聞こえてくる返事がない。

「あれ? いないのか?」

障子戸を開けて中を確認するも、部屋に目的の人物の姿はなかった。
当てが外れ、おかしいなあと呟きながら頭を掻く。

洗濯がすでに終わっているのは、ここに来るまでに確認した。てっきり部屋で繕い物でもしているのだと思っていたのだが、働き者な少女は別の仕事を見つけたのだろうか。

とりあえず平助は来た道を戻ることにした。


途中、通り掛かった山崎を呼び止める。
買い物帰りなのか、山崎の手には食材が抱えられていた。

「山崎君、千鶴がどこにいるか知らないか?」

「雪村君でしたら斎藤さんと一緒に道場に行かれましたよ」

「一君と道場に?」

「はい、俺と一緒に洗濯を終えた頃、斎藤さんが声を掛けられていました」

千鶴と斎藤が道場に向かった後、山崎は買出しに出たという。

千鶴が時々斎藤と一緒に道場で見取り稽古をしていることは知っていた。
彼女に見られていると思うと、自然と力が入ってしまうのは幹部隊士だけではないように思える。

朝稽古に行けばよかったな、と悔やみながら、平助は道場に急いだ。



道場は相変わらず、隊士達の威勢の良い掛け声に満ちている。
そんな活気の中に足を踏み入れた平助は、視線を巡らせて千鶴の姿を探した。

だが、いつも斎藤と二人で座っている場所には千鶴の姿がない。
静かに座する斎藤の傍に歩み寄ると、気配を感じて鋭い目を向けられた。

「お前も稽古か?」

「いや、千鶴を探してるんだ。一君、一緒じゃなかったのか?」

「雪村ならば稽古を終えて部屋に戻ったはずだが」

「ええ!?」

行き違いになってしまったようだ。
ここに来るまでに千鶴とは擦れ違わなかったことを思うと、稽古を終えて時間が経っているのだろう。

思わず肩を落とした平助だが、斎藤に礼を述べると道場を出た。



「・・・いないじゃん」


再び訪ねた千鶴の部屋。
しかし、そこは変わらずもぬけの空だった。千鶴が一度部屋に戻った痕跡すらない。

途方に暮れていると、廊下の向こうから鼻歌混じりに歩いて来る男がいた。

「よお、平助じゃねえか」

「あ、新八っつあん、千鶴見てないか?」

「千鶴ちゃんなら、さっき土方さんの部屋に茶を持って行ってるのを見たぜ」

「ああ、そっか」

土方は千鶴の淹れる茶を好んでいる為、彼女は毎日土方に茶を差し入れている。
どれほど機嫌が悪い時でも、千鶴の茶を飲むと眉間の皺が何本か取れるのだからたいしたものだ。

「まあでも今頃は勝手場に戻ってんじゃねえかな」

「ありがとよ、新八っつあん!」

明るい表情を取り戻した平助は、軽い足取りで勝手場に向かった。



勝手場には昼食の下ごしらえをする井上源三郎の姿があった。
が、ここにも千鶴はいない。

「源さん、千鶴いないか?」

「雪村君なら、原田君と巡察に出たよ」

「ええ!? それ本当かよ!」

今度こそ会えると思っていたのに、よりによって巡察とは・・・。
しかもあと数刻も経てば昼食という時間に出たということは、原田は千鶴と隊士達と共に外で食べてくるつもりなのだろう。となれば、帰ってくるのは太陽が中天から西寄りに傾く頃と思われる。

平助は今度こそ、がっくりと肩を落とした。
そんな平助に井上は「暇なら手伝ってくれないかい?」と無情な言葉を掛けてくる。

逆らう気力も無くした平助は、昼食の準備を手伝って時間を過ごすのだった。



十番組が巡察から戻ったのは、未の刻(午後2時頃)を回った頃だった。

出迎えに出た平助は、原田の姿を見つけるや勢い込んで詰め寄る。

「左之さん、やっと帰った! 千鶴は!? 千鶴どこやった!?」

「な、何だよ平助、いきなりだな。千鶴なら総司が連れてっちまったよ」

「総司が!? どういうことだよ!!」

あまりの剣幕にたじろぎながらも、原田は平助の問いに答えを返す。

「いや、屯所に戻った途端、総司が子供と遊ぶから一緒に来いって千鶴を攫って行っちまってよ。すげー早業だったぜ」

「・・・・・・っ」

「おい、何か落ち込んでねえか?」

愕然とした表情で固まってしまった平助を訝しげに覗き込み、原田は心配げに問い掛ける。
だが平助は、この世の不幸を一身に背負ったような雰囲気を醸し出しながら、その場に膝を付いてしまう。


「何で会えないんだよ〜・・・」


あまりに切実な響きを帯びた呟きに、原田は平助の背を励ましを込めて擦ってやる。

「よ、よくわからねえが、まあ元気出せ」


あんたも障害の一つだよ畜生、と毒づきたいのは山々だが、別に障害物達に悪気があったわけではないのだ。怒りのぶつけ所がないのが余計に腹立たしい。





■■■■■





青く澄んでいた空が茜色に染まりゆく。
夕焼けの中を翼を広げて飛んでいくカラスの遠い鳴き声が郷愁を誘う。

縁側に座り込んでぼーっとそれを眺める平助の表情は、どことなく虚ろで哀愁に満ちていた。


(今日の俺、ついてないなんてもんじゃなかったな・・・)

結局、今日は朝食の後から一度も千鶴に会えなかった。
今度こそ会える、と思ってもその度に擦れ違い続け、とうとう日が沈む時刻となってしまった。

まるで何か未知の力でも働いているのではないかと思えるほど、千鶴への道程が遠い。

「はあ〜〜〜〜〜・・・」

長い長いため息が流れた。


「平助君、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねえよ・・・って、え?」

ハッと顔を上げると、いつの間に現れたのか、探し続けていた少女が立っていた。

「千鶴? 本当に?」

平助は弾かれたように立ち上がると、幻でないことを確認するように、千鶴の肩に触れた。
茫然と自分を見つめる平助の視線を受け止め、千鶴は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

「山崎さんと斎藤さんと永倉さんと井上さんと原田さんに平助君が私を探していたって聞いたの。ごめんね、気付かなくて」

「い、いや、別にお前のせいじゃないし」

千鶴が意図して平助を避けていたわけではないことは解っている。
勝手に探し回って見つけられなかったのは平助なのだ。
むしろ、それを知られてしまったのが気まずい。皆余計なこと言いやがって。


「遅くなってしまったけれど、私に何か用だった?」

「う・・・それは・・・」

今日は非番だから一緒に出掛けよう   なんて、今更言えるわけがない。
こんなことになるなら、昨日のうちに約束を取り付けていれば良かった。

「もう、いいんだ。たいしたことじゃないから、さ」

力なくそう言って笑う。
そんな平助をじっと見ていた千鶴は、ふと手に持つ包みを差し出した。

「これ、さっき近藤さんがお土産にってくれたお団子なの。一緒に食べよう?」

「へ?」

差し出されて反射的に受け取ると、千鶴はにっこりと笑った。

「私、お茶を淹れて来るから、ちょっと待っててね」

そう言うと、くるりと身を翻して勝手場の方に向かう。

呆気に取られて小さな後姿を見送り、やがて平助の顔に赤みが差す。
込み上げてくるのは照れと、嬉しさだ。

「へへっ」

くしゃりと破顔し、地面を転げ回りたいような変な衝動を堪えながら、平助は再び縁側に腰掛けた。
先程までとは違い、夕焼けを見ても物悲しい気持ちにはならない。
むしろ思いっきり叫びたくなった。

千鶴は目の前から消えたけれど、すぐに戻ってくることを知っているから待つ時間さえ愛しい。



そうして湯呑みの載った盆を抱えて戻ってきた千鶴だが。


後ろにぞろぞろとおまけがついてきたのは   彼女の人徳故であろうか。



〈了〉

11.5.10up

平助君、そして平ちづ好きの皆様、ごめんなさい(汗)



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