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巡ル時 後編
(あ、今日もいる)
庭に視線を向けた相馬は心の中でそう呟いた。
梅の樹の前で静かに佇む小さな背中。
花は一輪も咲いていないのに、飽きることなく蕾を見つめ続ける真剣な眼差し。
漠然とした違和感を覚えたときから注意深く千鶴の様子を窺うようになって、いくつか気づいたことがある。
彼女が毎日必ず一度はああして梅の樹を見上げて考え込むようになったこと。
そして屯所内の変化に敏感になったこと。
例えば何か問題が起きたとき、もしくは起きそうなときに彼女は迅速にそれに対処するのだ。
問題といっても小さなことではあるが、彼女が対処した結果些細な出来事で済んでいるとも言える。
普段ならば流石雪村先輩だ、と感心するだけで終わっただろうが、先日からの違和感のせいで素直に賞賛するだけでは納得できなくなった。
――まるで最初から何が起きるのかがわかっていて、先回りしているようだ。
疑問はいくつもあるが、それより気に掛かるのは千鶴自身の変化だ。
(先輩、笑わなくなったな)
いつもどこか思いつめ、張りつめている。あれでは心が疲弊するばかりではないだろうか。
元より相馬の千鶴に対する印象は良い。
先輩として敬い、仲間として信頼し、年下の女の子として庇護したいという思いもある。
だからなのか、千鶴の最近の不可解な様子に気づいても、不信感より心配の方が強かった。
翌日、相馬の心配は的中した。
洗い終えた洗濯物を干している最中に、突然千鶴がふらっと倒れそうになったのだ。
「雪村先輩!」
咄嗟に干そうとした洗濯物を放り出し、崩れ落ちる細い身体を支える。
間近に見た千鶴の顔色は真っ白で、目の下にはうっすらと隈があった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、ちょっとふらついて・・・」
幸い意識はあるようだ。だが目眩が酷いようで、相馬の腕の中でぐったりしている。
「いったいどうしたんですか? どこか具合が悪いんじゃ」
「なんでもないの。少し寝不足なだけ」
「なんでもないようには見えません。先日から様子がおかしいですよね。俺では力になれませんか?」
言い募ると、千鶴に迷いが浮かんだ。
その頼りなげな表情に、彼女が支えを必要としているのだと悟る。
倒れた身体を支えてくれる腕という意味ではなく、胸の中に抱えた苦悩を分かち合い、共に背負ってくれる存在を。
「俺は幹部の皆さんほど強くはありませんが、話を聞くくらいならできますよ」
「どう説明すればいいか、わからなくて・・・」
「ゆっくりでいいですから、心配事があるのなら話してみてください」
ためらうような間があった。
だが自分だけで抱え続けるのは彼女にとっても苦痛だったのだろう。
ぽつりぽつりと、断片的な言葉が紡ぎ出される。
千鶴のたどたどしい話を、相馬は辛抱強く聞き続けた。
やがて彼女が言いたいことを徐々に理解するも、同時に頭が混乱をきたしてくる。
「つまり、時間が遡っているということですか?」
声に出してみても現実味のない結論である。
遡るというより、一定の期間を延々と繰り返している状態らしいのだが、どちらにしてもあり得ない。
「信じられないよね。でも、私は確かに庭の梅の蕾が綻びかけていたのを憶えているの」
「それは去年のことではなく?」
問い掛けに千鶴は哀しそうに首を振った。
「もうすぐ咲きそうだって皆と話していたのに・・・」
相馬が見た限り、固い蕾は一日や二日で咲きそうにはなかった。
しかし千鶴の中では、もう咲いていなければならないのだという。
そして明日にも咲くというところで、次の日には蕾は再び固く閉じてしまうことが繰り返されているらしい。
「・・・・・・」
言葉を失う相馬の様子に、千鶴は諦めたように目を伏せた。
「ごめんね、変なこと言って」
忘れてほしい、と続けようとするのを、相馬は咄嗟に口を挟んで止めた。
「俺、別に疑っているわけじゃないですよ」
「え、でも」
「先輩が嘘を吐くような人ではないことくらいわかっています。ただ混乱しているだけです。先輩の話が真実なら、何故そんな状況になったのかと」
確かに千鶴の言葉は荒唐無稽といえる。普通ならとても信じられない。
しかし相馬は微塵も疑いの念を抱かなかった。
こんな深刻な顔で、不安げな彼女が馬鹿げた嘘を吐くはずがない。
だとしたら、何故その現象が起きているのか。そしていつまで繰り返されるのか。
繰り返す日々の記憶を持つ彼女が、屯所で起こり得る問題の先を読んでいた説明はつくが、その影響やこの先どうなるかがまったくわからない。
「何が原因か、見当は付いているんですか?」
問いに、千鶴は目を丸くしたまま首を振る。
「俺には先輩のような“繰り返し”の記憶はありませんから、これから何が起きるのかわかりません。だから、先輩が知っていることを教えてください。これからは俺も手伝います」
二度三度と瞬きをする間、千鶴は一言も発しなかった。むしろぽかんと口まで開けて固まっている。
「先輩、聞いてますか?」
「え、あ、はい」
「俺も手伝いますから、もう一人で背負い込まないでください。さっきは心臓が止まるかと思いました」
ぎゅっと、千鶴の肩を抱く手に力が篭る。
倒れそうになる自分の名を呼んだ彼の必死な声を思い出し、千鶴の胸の中にあたたかな火が灯る。
心から心配してくれて、馬鹿げた話を信じてくれた後輩。
まだ解決策を見出せたわけでもないのに、“繰り返し”に気づいたときから渦巻いていた不安や恐怖が不思議と和いでいく。
一人ではないのだと、思わせてくれる。
「信じてくれてありがとう。相馬君に打ち明けて良かった」
数日振りの笑顔。
この顔を見られただけでも、相馬は自分の判断が間違っていなかったと確信した。
とはいえ、この先の未来を知っても解決の糸口が見えたわけではなかった。
特別大きな出来事もなく、いつもの日常だけが繰り返されていたからだ。
隊士にとって隊務は命懸けなのだが、誰かが斬られたとか殺したということもなく、ただひたすら同じような毎日を送る日々。
取っ掛かりすらないのなら、二人にできることも僅かなものだ。
悶々としながらも、繰り返される日常を過ごすしかなかった。
千鶴との会話の後、相馬も梅の成長を気に掛けるようになった。
日が経つにつれて蕾は膨らみ、枝が少しずつ紅みを帯びてゆく。
陽射しに春の暖かさが感じられるようになると、ほのかな甘い香りも漂いだしだ。
明日にでも花が咲きそうだと思っていた翌日、それは起きた。
■■■■■
寒い。
早朝、朝日もまだ昇らぬ薄暗さの中、目を覚ました相馬がまず感じたのがそれだった。
何故こんなに寒いんだ、という疑問に頭の中の冷静な声が、そりゃ日付を考えればまだまだ寒いだろうと答える。
なのにどこかでそれに納得できない自分がいた。
寒さに身を縮こまらせながらも布団から出て身支度を整える。
新人隊士の朝は早い。寒いからといつまでも布団に丸まってはいられないのだ。
同室者達を起こさないよう野村とともに部屋を出た相馬は、ふと何かが引っ掛かったような違和感を覚えた。
それは厨に向かう途中、突然弾かれたように頭の中に閃きが奔った。
「梅が・・・!」
「どうしたんだ、相馬?」
草履を履く間も惜しく、相馬は裸足のまま庭に飛び出した。
目指す先にある梅の樹は、いつもと変わらずそこにある。
未だ固い蕾のままで。
瞬間、脳裏にいくつもの記憶の奔流が流れ込んできた。
(ああ、そうだ。俺は何度もこの朝を体験している)
梅の花が咲くはずだった翌日の来ない日々を。
「梅がどうかしたのか? 咲くにはまだ早いぜ?」
野村は何の疑問もなく梅の樹を見上げて言った。
昨日、彼は梅の蕾が膨らんでいる様子を自分と共に見たはずなのに。
そして複雑そうにこう零していた。
『いつもなら春が来るのが待ち遠しいのに、今年はそう思えないんだよな』
いつも明るい彼が珍しく落ち込んだように言った言葉に、相馬も『そうだな』と答えた。
春が来たら、新選組は二つに分かれてしまう。
屯所内で近藤派と伊東派の対立が日に日に深まっていることは、下っ端の二人もよくわかっている。
いずれ新選組が分裂してしまうのを避けられないと理解はしている。
それでも、共に過ごした仲間が去ってしまうのは寂しく、心細い。
春など来なければいい――。
梅の樹の前で、誰かが呟いた。
あれはいったい誰の声だったのか。
■■■■■
再び眠りについた梅の樹を見上げ、千鶴はやっぱり、と小さく言った。
冷たい空気の中に、白い息が溶ける。春の暖かさも遠のいてしまった。
「雪村先輩」
後ろから聞き慣れた声がしたと思うと、その人物が隣に並んで立った。
「先輩の言った通りですね。咲きそうだった梅の蕾が固くなっている」
「憶えてるの?」
思わず振り向くと、相変わらずの生真面目な顔が「はい」と頷いた。
「先輩の話の後から俺、この梅の樹をずっと気に掛けていたんです」
千鶴がしていたように、毎日梅を見るのが相馬にとっても習慣になっていた。お陰で異変に気づくことができたのだ。
そして繰り返しに気付くと同時に、以前までの日々も思い出した。
確かに自分達は同じ時を何度も繰り返していると、いくつもの記憶が実感を伴って迫ってきた。
あの瞬間の混乱と恐怖は、とても言葉では言い表せられない。
千鶴の存在がなければ、自分の頭がおかしくなったのかと思うだろう。
彼女が倒れそうになるまで思い悩んだ心境も、今ならよくわかる。
同じように続く日々が、こんなにも異様なものに感じられるときが来るなんて。
「何か切欠があると思うんです。この異変の鍵となるものが」
“繰り返し”に気づいた後、相馬自身も色々と考えを巡らせた。
繰り返す日々は多少の差異はあっても同じに見える。けれど何かを見落としているはずなのだ。
「でも、何が原因でこうなるのか・・・」
「たとえば、昨日まではなかったものって何があるでしょうか」
「昨日まではなかったもの?」
「はい、繰り返す前の昨日です。繰り返しが始まるまではなくて、繰り返しの間はあるもの・・・」
二人の頭の中に浮かんだのは、まったく同じものだった。
繰り返す以前まではなかったもの。この日から自分達の前に現れたもの。心当たりは唯一つ。
「永倉さんの・・・蛙・・・??」
「あの置物がこの現象を引き起こしてるって思うの?」
「いや・・・えっと・・・」
衝撃的な色合いの不気味な蛙。持ってたら何か良くないことが起きそうではあったが、まさか本当に?
きらきらお目々の桃色蛙が犯人なのか?? 人じゃないから犯蛙?
「か、確証はありませんが、取っ掛かりになるかも知れませんよね。・・・多分。今は思い当たるものを片っ端から調べてみるしかありませんから」
「そうだね」
言いつつも、こりゃまずハズレだな、と二人共に期待は持たずに大広間に向かってみた。
「どうよ、素晴らしいだろう!」
大広間では永倉が原田や平助を前に蛙様自慢を始めていた。
もう何度も聞いた話だが、何度聞いても詐欺に引っ掛かったとしか思えない。
原田や平助がうんざりした顔で窘めているが、すっかり蛙に心酔してしまった永倉は二人の言葉に聞く耳など持たない。
この演説、いつまで続くのだろう。
前回までは巻き込まれる前にさっさと退散したので定かではないが、確かあの後もしばらく平隊士も巻き込んで騒いでいたはずだ。
千鶴の困ったような目が相馬を見上げた。
「後にしましょうか」
「そうですね」
このまま永倉の布教が終わるのを待っていたら、自分達の仕事ができない。
前回まで同様、千鶴と相馬はその場をさっさと退散するのだった。
「でも、ちょっと引っ掛かるよね」
廊下を歩いていると、ふと千鶴が口を開いた。
「永倉さんが言うには、願いを叶えてくれる蛙なんでしょう? 梅の樹の前で誰かが言っていた言葉を思い出すと、もしかしたらって思って」
「あ・・・」
“春など来なければいい”
誰かが口にしたあの願いが“叶った”としたら。
ぞくりと背筋を冷たいものが通り過ぎた。
■■■■■
相馬と千鶴が永倉の部屋を訪ねたのは、夜も更けた頃だった。
就寝時間までのわずかな間だけが、話をする機会と考えて。
「永倉さん、起きてらっしゃいますか?」
「ん? 千鶴ちゃんか? どうしたんだ?」
「お話があるのですが、よろしいでしょうか」
僅かな間、永倉は沈黙した。
夜に突然訊ねたことを不審に思われているのだろう。
しかしすぐにいつもの明るい調子で「入っていいぜ」と声が返る。
「何だ、相馬も一緒だったのか。ちょっとドキドキしちまったじゃねえか」
入ってきた二人を見て冗談めかして笑う永倉の傍には、あの蛙の置物がある。
「その置物のことでお伺いしたいことがあります」
「お、やっぱりお前らもこの蛙様の素晴らしさをわかってくれたんだな!」
「いえ、そういう意味ではなく」
布教が始まりそうな気配に、思わず腰が引ける。
どうしよう、仮にも組長の話を遮るのはやはり拙いだろうか。
しかし永倉はそれ以上何か語りだすことはなく、どこか複雑そうな笑みを浮かべた。
「わかってるよ。お前ら、気付いたんだろ。時間が繰り返してることに」
「「え?」」
まさかいきなり本題に切り込まれるとは思わなかった。しかも相手の方から。
「永倉さんは前から知って・・・?」
「まあな、たぶんここは俺の夢の中みたいなもんだと思うんだ」
「永倉さんの夢、ですか?」
わけがわからず、揃って首を傾げる。
困惑する二人の様子に、永倉はどう説明すりゃあいいかな、と呟いた。
「この蛙は願い事を叶えてくれるってんで勧められたんだ。もちろん俺だって頭から信じちゃいねえけど、まあ気休めみたいなもんだな。そしたらいつの間にか時間の流れがおかしくなってるわけだが、現実の世界とは思えねえんだよ。だから夢の中の世界と俺は思ってるわけ」
「あ・・・」
永倉の言葉にはどこか憶えがあった。
千鶴も以前、何かに願ったことを夢に見た気がするのだ。
あの時は何を願ったのだったか。どこか不思議で、騒がしくて、楽しい夢をみた。
夢の中では時間の流れは曖昧で、あるべきものがなかったり、ないはずのものがあったりと、とても目まぐるしかったような気がする。
「永倉さんの夢で、何故俺達が“繰り返し”に気づくんですか?」
「もういい加減潮時だろって、見えない何かから言われてるのかもな」
そう言いながらおもむろに蛙を持ち上げた永倉は、不意にそれをひっくり返した。
腹の部分に何か突起のようなものがある。
それを摘んで引っ張ると、パカッと蓋が開いた。
中からぽろっと彼の手のひらに落ちたのは――。
「梅の、花?」
蛙の中から出てきたのに、今咲いたばかりのような瑞々しい小さな花だ。
「憶えてるか? 俺達梅を見ながら言ってたよな。もうすぐ春だなあって」
「もしかして、春なんて来なければいいって言ったのは」
永倉さんですか、という問いに、彼は苦笑を浮かべた。
「正確には俺“も”言ったってとこだな」
「あ・・・」
春なんて来なければいい。仲間との別れなんて、来なければいい。
そう願ったのは誰だったか?
「それは私達でもあるんですね?」
斎藤や平助がいなくなるのは寂しいと、できればずっと皆と一緒にいたいと。
そう願ったのは、一人だけではない。
「俺も左之も総司も源さんも、たぶんあいつらだって別れのときが辛いと思ったんだろう」
その翌日の早朝、まだ夜も明けきらぬ時間に目覚めた永倉は、無意識に梅の樹のもとに行ったのだという。
「そしたら見つけちまったんだよ。一輪だけ咲いたこの梅の花を」
見つけた瞬間、思わず彼はそれを摘み取り、蛙の中に入れてしまった。
そして強く思ったのだ。
“春なんて来なければいい”――と。
すると、いつの間にか時間が逆戻りしていた。
「最初の頃はこれでもいいか、なんて考えてた。このまま時が止まれば俺達は変わらずにいられるってな。けど段々、虚しくなってきちまったんだよな」
けれど心地良い時間の先に進むのをどうしても躊躇ってしまって、何度も何度も繰り返す日々を止められなかった。
繰り返していれば、仲間との別れのときが来ないのだから。
相馬も千鶴も、しばらくの間言葉を発することができなかった。
永倉の気持ちは痛いほどよくわかる。自分達もそれを願った一人でもあるのだ。
そんな強い思いが、この“繰り返し”を生んだのだろう。
「しかし、ずっと一つの場所に留まり続けることはできません」
「ああ、そうだな。その通りだよ」
搾り出すような相馬の言葉に、永倉は寂しげな笑みで頷いた。
「いい加減、腹括らないといけないんだよな。このままじゃ千鶴ちゃんだって親父さんに会えないもんな」
置物を手に庭に出た永倉は、大きく腕を振り上げると力いっぱい地面に叩きつけた。
大きな音とともに粉々に割れる蛙の置物。途端、ぐにゃりと空間が歪み、平衡感覚を失う。
相馬は咄嗟に千鶴の肩に腕を回し、その身体を支えた。
「悪いな、こんなことに巻き込んじまって」
「いえ、お気持ちはわかりますから」
「気づいてくれて、ありがとうな」
その言葉を最後に、意識はぷつりと途絶えた。
■■■■■
朝の気配に目を覚ました千鶴は、むくりと布団から身を起こした。
長い長い夢を見ていたような気がする。
身支度を整えて部屋を出ると、足は自然と庭の方へと向いた。
そこにはすでに先客がいた。
「おはようございます、雪村先輩」
「おはよう、相馬君」
「見てください。花が咲いてますよ」
「あ、本当だ」
たくさんの膨らんだ蕾の中に、可愛らしい花の姿が見える。
ほんの数輪ほどの開花だが、今か今かと待ち望んだ春が、ようやく訪れたような気分になる。
やっと咲いたんだ、と心から安堵した後、内心で首を捻る。
何故こんなにも感慨深く感じてしまうのだろう。
「おお、ついに咲いたのか!」
「春ももうすぐそこだな」
後ろから弾んだ声と足音が聞こえ、相馬と千鶴は同時に振り向いた。
平助を先頭に原田、沖田、斎藤が続々とこちらに歩いてくる。
「やっと咲いたんだ。この花を見ると【梅の花 一輪咲いても 梅は梅】てどこかの誰かさんの詠んだ句を思い出すよ」
「何を言っている。何輪咲こうと梅が梅なのは当たり前だろう」
「うん、僕もそう思うよ一君」
何故か噴出す沖田や原田、平助の様子を不思議そうに見ていると、建物の中から野太い悲鳴が上がった。
続いて廊下を走る騒がしい音が響き、全員の目線がそちらに向かう。
「新八っつぁん、何騒いでんだ?」
「さあな」
「誰だ、俺の大事な蛙様を粉々にしやがったのはあああっっっ!!」
猛然とこちらに走って来る永倉の手には、粉々になった桃色の破片がある。
それを目にした途端、不思議な日々の光景が千鶴の脳裏に蘇った。
はっと梅の樹を振り仰ぐと、小さく可憐な花が目に映る。
あれは、夢だったのだろうか。
「どうしました?」
「ううん、なんでもないの」
相馬の問いに慌てて首を振り、改めて梅の樹を見上げた。
後ろでは永倉達の賑やかな口論が続いている。
その喧騒に紛れ、微かな呟きがすぐ隣から聞こえた。
「本当に・・・咲いて良かった」
「え?」
隣を見れば、穏やかに微笑む後輩の横顔があった。
そよそよと吹く風に乗って、甘い香りが早春の空に広がった。
〈了〉
18.3.31up
ループ物でした。
千鶴ちゃんの見た夢の記憶は『遊戯録』のこと。
桃色蛙さんは『遊戯録』の小槌のような役割でした。
ちなみにこの蛙の置物は、以前私の兄が実際に作っていたものがモデルです。
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