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わがまま
「退屈だなあ・・・」
自室の布団の中からぼんやりと外を眺めながら、沖田は吐息交じりに呟いた。
大人しく寝ていろ、と何度も何度も何度も繰り返し繰り返し繰り返し言い含められ、終いには四六時中山崎か斎藤を張り付かせるぞ、と鬼の副長に脅されてようやく言うことを聞いて部屋で大人しく横になっていたが、やはり退屈なのは変わらない。
剣を振るうことも、隊務をこなすことも出来ず、無為に過ぎていく時間。
仲間達が日々新選組のために働いているというのに、自分だけが取り残されていくような寂しさが募る。
たった一人でいる時間が長いほどに、心が蝕まれていくようだ。
まるで、小さく無力だった子供の頃に時が戻ったかのように 。
庭に視線をやれば、黄葉したイチョウの葉がはらはらと落ちていく様が眼に映る。
地面を覆い尽くす黄色は不意に吹き荒れた強い風に舞い上がり、何枚かが沖田の部屋の前に落ちた。
布団から起き上がり、部屋を出て足元のイチョウを摘み上げる。
視線を向ければ先程の風に煽られてか、点々と濡れ縁を彩る黄色が見えた。
庭を見れば、天に向かって雄々しく伸びるイチョウの樹の鮮やかな黄葉が青空に映える。
大地にしっかりと根を張り、空へと伸びる巨木。
叩きつけるような雨も吹き荒ぶ嵐も物ともせず、足元に芽吹く若木や生き物達を太い幹や枝葉で包み込みながら天を見上げて立ち続ける堂々たる姿は、誰よりも尊敬する人を思わせた。
その巨木に守られてすくすくと成長した若木も、やがて大きな樹となって巨木の傍に並び立つ。
あの人にとって、そんな存在になりたかった。
「根が腐ってしまった樹は、朽ち果てるだけかな」
枝から落ちて、土へと還りゆくこの落ち葉のように。
暗く笑んだ沖田の手から零れた葉は、ひらひらと地面の上に落ちた。
「沖田さん」
葉が落ちたと同時に、柔らかな声が彼を呼ぶ。
顔を上げると、庭の向こうから若衆姿の“少女”がこちらに近づいてくるのが見える。
竹箒を手にした少女 雪村千鶴は庭一面に広がる黄葉と、縁側に落ちた葉を見渡して苦笑を零した。
「ああ、やっぱりさっきの風で葉がたくさん落ちてしまいましたね」
「今から庭の掃除? 掃いてもキリがないのに毎日よくやるよね」
「平助君達が栗をたくさん拾ってきてくれたので、これから落ち葉で焚き火をしようって話になったんです」
「ふうん」
興味なさげに相槌を打つ沖田に、だが千鶴は気にすることなく笑顔を向ける。
「栗が焼けたら沖田さんにも持って来ますね」
「別にいいよ、皮を剥くの面倒だし」
「ちゃんと剥いてお持ちしますよ」
「食べるなら熱いうちに食べたい」
「・・・・・・」
取り付くしまもない拒絶に一瞬詰まった千鶴だが、流石に彼女も慣れたものですぐさま言葉を返す。
「じゃあ、今日は栗ご飯にします。それなら食べられますよね?」
「・・・・・・」
千鶴に言い募られると、不思議と栗が食べたくなってくる。
彼女が作る栗ご飯なら食べてもいいと思いつつも、素直にそれを言葉にする正直さは持ち合わせていない。
「甘いのも食べたい。栗きんとん作って」
「はいっ」
ふい、と視線を逸らしながら告げられた言葉に何故か彼女は嬉しそうに頷くと、早速落ち葉を掃き集めだした。
すると、千鶴のもとに籠を手にした平助が駆け寄って来る。
二人は籠いっぱいに落ち葉を乗せると、それを持って楽しそうに駆け去った。
「本当、変な子」
呆れたように言いながらも、二人のやり取りを眺めていた沖田の表情は自分でも気付かぬうちに柔らかく綻んでいた。
それは廊下の向こうに佇む気配を捉えても消えることはなかった。
「で、何か用なの、一君」
すでに気付かれていることは解っていたのだろう。無言のまま気配が近づく。
「あんたは雪村に甘え過ぎだ」
どうやら千鶴との会話を聞かれていたようだ。
しかし沖田は悪びれることなく斎藤に答える。
「千鶴ちゃんの方から作ってくれるって言い出したんだよ」
「あまりわがままを言って困らせるな」
それは彼女を邪険にしたことか、それとも栗きんとんのことか。おそらく両方だろうが。
「何、もしかしてやきもち?」
にやりと笑みを浮かべると、斎藤の眉間に深い皺が刻まれる。
だが彼は何も言わず、くるりと背を向けて立ち去った。
再び一人きりになった沖田だが、その表情に数刻前までの暗さはない。
靄のように自分を取り巻いていた寂しさも、千鶴の声とともに綺麗に霧散していた。
今彼の胸を満たすのはほっこりとしたあたたかさと、彼女が作る栗ご飯の出てくる夕餉への期待。
「わがまま、ね」
そんな言葉で片付けられてしまうと、まるで自分が駄々を捏ねる子供のようではないかと不満を感じる。
斎藤や土方には“その通りだろう”と言い切られてしまうだろうが、彼にだって言い分くらいあるのだ。
(だって、何か悔しいじゃない・・・)
千鶴の哀しい顔は見たくない、とか。喜んでくれるのなら、彼女の願いを叶えてあげたい、とか。何故自分がこんな気持ちを味合わなければいけないのだ、と。
僕は近藤さんの為だけに存在するんだ。
近藤さんの役に立てないなら僕なんて価値がないのに 。
近藤以外に大事なものなどなかった彼の心の片隅に、いつしか居ついてしまった小さな存在。
気になって気になって仕方がない。そんな自分が悔しい。
だから彼女のことも困らせたい。
自分が彼女を気にするように、彼女にも自分を気にしてもらいたい。
その感情を何と言うのかなど知らないけれど、土方に叱られても斎藤に呆れられても山崎に怒られても、これだけは改められそうにないということは解るのだ。
■■■■■
穏やかな日差しの下、手際良く洗濯物を干す愛しい後姿を見つけて沖田は微笑んだ。
かつて雪村の一族が暮らしていた地に、夫婦として沖田と千鶴が住み着くようになって数年。
二人だけの静かな暮らしは毎日が優しい喜びに満ちている。
しばらく妻の後姿を眺めていたが、やはりこちらを向いて会話してくれないとつまらない。
そう思い至るや、彼の行動は早かった。
気配を消してゆっくりと近づき、後ろから華奢な身体をぎゅと抱きしめる。
「ちーづるっ♪」
「きゃあ!」
突然抱きすくめられた彼女の驚きに満ちた悲鳴が上がると、沖田はしてやったりとばかりに満面の笑顔となった。
「驚いた?」
「もう、総司さんっ」
怒った声で名を呼びながらも、千鶴は沖田の腕を拒むことなく身を預けている。
すっぽりと腕の中に納まる小さくて愛しい宝物。
艶やかな髪に頬を寄せながら、彼女の優しい匂いを堪能する。
「洗濯終わったよね、僕に構って」
「でも朝餉の後片付けがまだ・・・」
「僕がやっておいたよ」
少しでも早く、少しでも長い間二人の時間を過ごすためにも、沖田は進んで家事を手伝ってくれる。
そんな彼を愛しく想い、共に過ごす時間を大切に思っているのは千鶴も同じ。
「ふふ、では何をしましょうか。今日は天気が良いですし、山菜採りに出掛けます?」
「それもいいけど、また行き倒れを拾ったりしないでね」
くすくすと笑い合いながら、二人は片手に籠を持ち、片手は互いに絡ませ合って山道を歩き出す。
「よお! 元気か!?」
突然、山道の向こうから現れた男が発した一言に、二人は一瞬反応できなかった。
だが、すぐさま沖田は千鶴の手を引いてくるりと反転し、来た道を引き返す。
「見なかったことにしようね♪」
「待て待て、しっかり見えてんだろーが!!」
「そ、総司さんっ」
野太い叫び声と、困ったような愛しい声に渋々足を止め、面倒臭げに後ろを振り返る。
「何か用、新八さん」
「お前、久しぶりに会った同志にその態度かっ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る永倉新八に、「はいはいすみませーん」と何とも軽い謝罪を口にする沖田。
そんな夫とは対照的に、千鶴は嬉しそうな笑顔を永倉に向けた。
「お久しぶりです、永倉さん。お会いできて嬉しいです」
「おう、千鶴ちゃんは別嬪さんになったなあ。総司にゃもったいないぜ」
「で、どうして新八さんがこんな所にいるの? もしかして迷子?」
「ちげーよ、この間ひょんなことで懐かしい奴に再会してな、そいつからお前らが夫婦になってこの辺りに住んでるって話を聞いたから会いに来たんだよ」
「懐かしい奴?」
自分達がここで暮らしていることを知る永倉の知り合いといえば、一人しか思いつかない。
千鶴もその人物に思い当たったようで、二人は顔を見合わせて笑った。
「よく彼と会えたね。相変わらず変なところで運が強い奴」
「まったくだぜ、歩いてたらガラの悪そうな奴らが商人っぽい男を襲っててよ、謝礼目当てに助けたらそいつでよ、逆に俺が飯を奢る破目になっちまったよ」
「・・・本当、笑える程運が悪い癖に死なない程度には運が強い・・・」
情景が有々と思い浮かべられ、“彼”の凄まじいまでの不運の中の煌く強運振りに感心する。
「ってわけでえ、俺は久しぶりに千鶴ちゃんの手料理が食いたいわけだ! 喜んでお前らの家に招いてくれるんだよな! 俺は快く招待を受けるぜ♪」
「何その図々しさ。呆れるのを通り越して拍手したいくらいだよ」
「いいじゃないですか、総司さん。久しぶりに会えたんですから」
言葉通り、永倉に再会したことを心から喜んでいる千鶴の様子に「仕方ないなあ」と苦笑を返し、沖田は永倉に視線を向けた。
「じゃあ新八さん、獲物狩って来てよ」
「へ?」
「山菜は今から僕と千鶴で採るけど、肉や魚はないんだよね。食べたいなら自分で獲って来てね。余った分は燻製にして保存したいからできるだけたくさんお願い。じゃあ行ってらっしゃい」
「・・・・・・・・・・・・」
図々しいのはどっちだ。
■■■■■
「ったく、客にこんなことさせやがって」
ぶつぶつと不満を漏らしながらも、永倉の手は慣れた様子で獲物を捌いていく。
「“使える奴は客でも好きなだけこき使え”って言うでしょ」
「言わねえよ!」
縁側に仲良く並んで言い争いながら、二人は永倉が獲ってきた鴨やら魚やらを次々と捌いていく。
沖田家の保存食のために何故俺が、と永倉は理不尽さを感じずにはいられなかったが、厨から漂ってくる千鶴の手料理の食欲をそそる良い匂いを嗅ぐとそんな疑問も吹き飛んだ。怒りも不満も、食欲の前には無力である。
「それにしても、試衛館組の中で一番早死にしそうだった奴が未だに元気なんだから人生ってのは解んねえもんだな」
「新八さんは図太く長生きしそうだよね」
しみじみと言われた台詞にちくりと返す。
相変わらず可愛くない性格だが、沖田の表情はあの頃と比べ物にならないほど柔らかい。
この地での暮らしが充実していることが窺え、永倉はそれが嬉しかった。
刹那的な生き方をする沖田のことは、永倉を始めとする仲間達の心配の種だった。
近藤の背中だけを追い求め、近藤以外のものには何の執着も見せなかった沖田が千鶴という存在を得て、こんなにも満たされている姿はあの頃からは想像もつかない。
(今のこいつを見たら近藤さんや土方さんも喜んだだろうな)
彼らが最も気に掛けていた弟分が幸せになった姿を見られなかったのは残念だろうが、色恋に疎く、千鶴と沖田の様子に気付かなかった永倉とは違って彼女が傍にいるのならばと安心感を抱いていたのかも知れない。
「生きてるといえば、斎藤のことは知ってるか?」
「ああ、会津での戦で生き残ったんでしょ。前に迷い込んできた犬がそんなこと言ってたよ」
「そのうちあいつも呼んで、昔みたいに酒盛りしたいな。千鶴ちゃんの酌でよ」
新政府軍との戦で道を別った原田左之助の生死も解らなくなった今、試衛館の頃からの同志は三人だけとなっている。
楽しかったあの頃の思い出を語れる仲間の存在は貴重だ。
永倉の言葉にそうだね、と頷く沖田だが、表情はどこか冴えない。
「ねえ、新八さん」
「何だ?」
「僕が死んだら、千鶴のこと頼むね」
「・・・・・・」
永倉の手が止まり、表情から笑顔が消える。
「千鶴はきっと僕と暮らしたこの家に残りたがるだろうけれど、冬の厳しさは女一人で乗り切れるものじゃない。あの千姫って娘も気に掛けてくれると思うけど、千鶴を守る手はいくつあっても足りることはないから、新八さんや一君にも頼んでおきたいんだ」
淡々と言葉を紡ぐ口調も表情も、千鶴への慈しみに満ちている。
生を諦めたわけではなく、ただ千鶴の身を案じる想いだけが溢れる。
それが解るからこそ、永倉の中に怒りや悲しみは湧き上がってはこなかった。
「そんなこと言っていいのか? 俺か斎藤が今のお前の地位を奪っちまうかも知れないぜ?」
「それでも、千鶴が一人でいるよりは良いから」
二人が夫婦でいられる時間はきっと長くはない。
沖田が死んだ後、千鶴はたった一人で永い時を生きることになる。
ほんの数年間のささやかな幸せの思い出だけを抱いて。
大切な彼女にそんな寂しい一生を送らせるくらいなら、新たな幸せを見つけてほしいと思う。
本当はずっと自分だけを想っていて欲しい。他の男など見ないで欲しいけれど、一生傍にいられないのに縛り付けるわけにはいかない。
だから、彼女に願うのは一つだけ。
“僕を忘れないで ”
沖田の死を乗り越え、他の誰かと結ばれる時が来ても、思い出としてずっと心のどこかに住まわせてくれればそれでいい。
そう零すと永倉は仕方ない奴だ、と言いたげに笑った。
「ったく、相変わらずわがままな奴だよなお前っ!」
「うん、自分でもそう思う」
忘れて欲しくないから。自分と過ごした思い出を一つでも多く残しておきたいから。
たくさん彼女にわがままを言って、甘えて、困らせる。
それと同じくらい彼女を甘やかして、抱きしめて、愛情を伝える。
雨や風から守る太い幹と枝がなくなっても、無数の黄葉が大地を覆うように思い出の欠片だけは積み重ねていきたい。この命ある限り 。
「お前の願いだしな。千鶴ちゃんのことは任せろや」
そう言いながら、ふいに伸びてきた永倉の手が乱暴に沖田の頭を掻き回す。
しんみりとした空気を吹き飛ばすように、永倉は強い口調で言った。
「俺も斎藤も、お前との思い出ごと彼女を受け入れる度量くらいあるからな」
「それは嬉しいけどさ、ねえ新八さん、生もの捌いた手で何してくれるのさ」
後半の台詞には凍えるような冷たさが含まれていた。
慌てて手を離した永倉だったが時既に遅く、乱された沖田の髪は獲物の血に汚れていた。
ゆらりと永倉に向けられた翡翠の瞳には、過去に見慣れた不穏さが漂う。
「い、いや、待て、俺が悪かった!」
「新八さんも燻製になりたいのかな?」
にっこりと笑う沖田の手に握られた包丁がキラリと光る。
茜色に染まりゆく空の下、断末魔の悲鳴が遠く彼方までこだました。
〈了〉
12.3.10up
この後二人はお風呂に入った後、可愛いお嫁さんに怒られましたとさ。
おかしいな。こんなにギャグ色強くなるはずでは・・・(汗)。
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