「三日前、うっかりあいつの前で足を滑らせて転んだ時、問答無用で踏みつけにされた・・・」
「そんなんたいしたことじゃねえだろ。俺は一昨日の夜、酒場で飲んでいたらたまたま通り掛ったあいつにテレポートされて湖に落とされたんだぞ」
「お、俺なんて、昨日の戦闘で協力攻撃やらされてフッチと一緒に容赦なく切り裂かれたんだぜ!」
「フリックもビクトールもサスケも甘いんだよ! 僕はついさっき、奴の視界に入った途端に切り裂かれたんだからねっ!!」
同盟軍本拠地の医務室で、少年軍主ユアンは悲痛は声を上げた。
体中に巻かれた真っ白な包帯が、彼の受けた衝撃の凄まじさを語る。
一瞬沈黙が落ちたのち、慰めるようにフリックの手がユアンの髪をくしゃくしゃと撫でる。
「まあ、お前の紋章ですぐに怪我は治ったんだから、もういいじゃないか」
「何をうすらたわけたこと言ってんのさ! もうぼけが始まったわけ? だいたいどいつもこいつもあの性悪風使いに甘過ぎだよ! 何で好き勝手なことばっかりやられて黙ってんだ!!」
いや、あいつに甘くて黙ってんじゃなくて、あいつが怖いから黙ってるだけなのだが・・・。
そう思ってはいても情けなさ過ぎて口には出せない腐れ縁だった。
そんな二人の思いなど気付くことなく、ユアンはすっくと立ち上がると高らかに宣言した。
「もーあったまきた!! 奴に仕返ししてやるうううぅぅぅ!!!!!」
ホウアンの「医務室ではお静かに〜」という困ったような声などどこ吹く風とばかりに、ユアンの指はビシイッとフリックとビクトールとサスケを指す。
「もちろん手伝うよね、被害者ーズ!!」
「「「・・・え・・・いや・・・その・・・」」」
出来れば辞退したい。
しかしユアンは断りの言葉を言う隙を与えない。
「フリックもビクトールも今までこれでもかってほど虐げられてきたんでしょ? サスケだって日頃の恨みは積み重なってるよね? だったらここは皆で協力してあの悪魔に一矢報いるべきだよ! だいたいいつもいつもティエンさん独占しやがってちょーむかつくー!!!」
「・・・お前、最後のが一番の理由だろ・・・」
「さあ行くぞ、三人とも!! 同盟軍戦士此処に在り!!ってことを思い知らせてやるんだ!!」
それはむしろ敵であるハイランド軍に思い知らせるべきなのでは・・・?
だが今のユアンには他人の言葉など欠片も耳に入らない。
フリック、ビクトール、サスケの三人は深いため息をつきながら己の不運を嘆いた。
今更後悔しても遅すぎるが、偶然居合わせてしまった軍主切り裂き事件の現場で気絶したユアンを医務室に運び入れてやった自分達のお人好し加減と運のなさが恨めしい。
そして意識を取り戻したユアンと共に“あいつ”に対する不満を口々に吐露してしまったことを悔いる。
“あいつ”――それは、同盟軍にとって鬼軍師シュウにも勝る畏怖の存在。
“奴”――それは、口にすればいつの間にやら背後に立つ、盲目の占星術師レックナートを思わせる恐怖。
“性悪魔術師”――それは、今尚恐れられる狂皇子ルカ・ブライトと双肩を並ぶ脅威。
総じてそれを表す名は――“ルック”
外見は至っておとなしやかな絶世の美少年、だがその実態は縦横無尽に駆け抜ける最大規模の竜巻だ。
それを制御できるのはこの世で唯一人、トランの英雄のみ。
そんな奴を敵に回そうなんて、あの馬鹿猿軍主はどこまでおめでたいんだ。
毎度毎度きゃんきゃんと吠え立てては切り裂かれた挙句に鼻で笑われているというのに。
「今日一日、俺達は無事でいられるんだろうか」
フリックの悲壮な呟きに、ビクトールとサスケはこの世の終わりのような表情で俯いた。
「ルック!! 尋常に勝負しろおおぉぉぉ!!!!!」
ホールに響き渡った叫びに、通行人達が一斉にぎょっとした表情で声の主を見た。
差し込む光を背に仁王立ちする軍主と、後ろには明らかに渋々といった風の腐れ縁コンビと少年忍者。
そして視線は名指しされたルックの定位置である石版へと注がれ――。
「あれ?」
沈黙。
「いないな」
石版の前は無人だった。
「おにょれルック〜〜、人を切り裂いておきながら、さっさと雲隠れしやがって〜〜」
悔しさに地団駄踏むユアンの後ろで、フリック達はほっと胸を撫で下ろしていた。
これで切り裂かれずに済む。
「残念だったな、ユアン。まあ今日のところは諦めろや」
「冗談! あいつのいる所といえば自分の部屋か図書室だろ。こうなったら意地でも見つけて後ろからトンファーで殴り倒してやる!! 物理攻撃にはてんで弱いんだから簡単に倒せるよ!!」
確かにそうだが後が怖過ぎる。
次の日には数日間意識不明に陥るだろう。
「フリックとビクトールはルックの部屋を見てきて。サスケは僕と一緒に図書室を探索だ。居たら知らせてよね!」
そう言うと、ユアンは勢い良く駆け出した。数秒遅れてサスケもその背中を追って走る。
「普段もあれくらいの気概で執務をしてほしいもんだな」
「まったくだ・・・」
呟きを落とし、フリックとビクトールは重い足取りで階段を目指した。
■■■■■
「部屋にはいなかったぞ」
「通り掛った奴にも訊いたが、ルックを見た奴はいなかった」
「図書館にもいなかったよ」
「俺達も人に訊いてみたけど収穫無しだ」
再び石版前に集合した四人は結果を報告し合ったが、見事に何の実りもないものだった。
ここに来て四人は奇妙な事態に首を傾げざるを得ない。
「どこ行っちまったんだ、ルックの奴?」
「普段ほとんど同じ場所から動かない奴が消えると妙な感じだな」
「師匠とやらの家に帰ったとか?」
「つい最近里帰りしたって報告来てたから違うと思うよ」
「じゃあ、ルックはいったい何処へ・・・」
考え込む四人の周りでは、いつもの日常の風景が繰り広げられている。
近づいて来る軽薄そうな声もそんな日常の一コマだ。
「なあ、いいじゃんアップルちゃん。たまには息抜きにデートしようぜ♪」
「お断りです! 息抜きが必要なのは認めるけれど、貴方となんてお断りだわ!」
「そんな固いこと言わずにさ、レストランでケーキでも食べない?」
「「「シーナ!!!」」」
ユアン、フリック、ビクトールによる見事な三重奏にシーナとアップルはビクッと身を強張らせた。
「うわ、びっくりした、いかにも俺はシーナだが何だよ?」
ズカズカと迫ってくる三人に思わず後ずさりかけるシーナだが、それよりも速くユアンの手が彼の二の腕を掴んで引き止めた。
「ルックを見なかった? 何処にもいないんだけど」
「ルック?」
ユアンの肩越しに石版を見やったシーナはそこに居るはずの人間の姿が無いことを確認し、首を傾げた。
「自室か図書館じゃねえの?」
「どっちも見たし、何人かに訊いたけど誰も見てないんだよ。シーナなら解るんじゃない?」
「何処にも居ないんなら城内には居ないってことだろ? ティルんちは?」
ハッと息を呑んだユアンの表情が、みるみるうちに憤怒のそれに変化していく。
「そうか、あのこまっしゃくれ性悪風使いめ〜〜!!」
また抜け駆けしやがったな〜〜、と消え掛けていた怒りが何倍にも増幅されて炎のように揺らめく。
そんなユアンの怒りの火を消化したのはアップルだった。
「ティエンさんなら今執務室にいますよ」
「「「「へ?」」」」
思いがけない言葉にユアン達の目が点になる。
「今朝、レパント大統領からの書簡を届けに来られましたが、知らなかったんですか?」
アップルの言葉が終わらないうちに、ユアンとフリック、ビクトール、シーナは全力で駆け出していた。
「ティエンさあ〜〜〜んっっ!!!」
「ティエン!!」
「何だよティル水臭いじゃねえか〜!」
「抜け駆けすんなよ、てめえら!!」
その場に取り残されたサスケは、ようやく解放されたとばかりに清々しい笑顔でアップルに礼を述べると、弾む足取りでどこかに去って行った。
「いったい何なのよ」
一人佇むアップルはそう呟くと、踵を返した。
■■■■■
「ティエンさんが来てるって本当!?」
「よく来た馬鹿軍主さっさと机に向かえ」
ガッション!
扉が開くと同時に雪崩れ込んできたユアンに目にも止まらぬ早業で重りつきの足枷を付けた軍師は、抑揚のない声音でそう言った。
執務室にはシュウとクラウスの姿しかない。
「え? あれ? ティエンさんは??」
「とっくにお帰りになりましたよ。ルックに連れられて」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
「あんの極悪こまっしゃくれ性悪風使いめえええぇぇぇ!!!!!」
そんな同盟軍の日常――。