坊ちゃんの悲劇

坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール



「うーわー、なんだこれ・・・」


その部屋に足を踏み入れた瞬間、シーナは数秒間思考が停止した。


きっちり10を数えた頃、状況が徐々に頭の中に入ってくると同時にどうにかそれを追い出そうとする自分がいた。


これは夢だ夢に違いない悪い夢に決まってる目の前に並んでる物体はすべて幻覚だ虚像だ気のせいだ幻覚見るようになっちゃ俺もおしまいかも知れないがこれを事実だと認識するくらいなら一向に構わねえ!


いったいどこでプレスを入れているのか。
相当混乱していることが窺える。

そんな息子の心情を知ってか知らずか、三十代後半ながら二十代の若々しさと美しさを持つ良妻賢母アイリーンは数日振りに家に帰ってきた我が子を母性に溢れた優しい微笑で迎える。

「あら、お帰りなさい、シーナ」

「た、ただいま、・・・親父、どうかしたの・・・?」

切なる願い虚しく、目の前で起きていることが現実であることを認めるしかなくなったシーナは絶望に青ざめた顔で母に問うた。

「仕方がないのよ。この人ったらティエンさんが居なくなってとっても寂しい思いをしているの」

「そんなの俺だって・・・じゃなくてさ、それとこれと何の関係が・・・」

「あまりに寂しくて悲しくて、夜泣きまでするようになってしまって・・・」

「そりゃ・・・難儀だね、母さん・・・」

夫婦であるレパントとアイリーンの寝室は同じだ。
それが夜の夜中に隣でいい年したおっさんが夜泣き・・・。不気味だと呆れる前に、最大の被害を被る母が気の毒でならない。自分ならば数秒も耐えられないだろう。


「だからね、少しでも寂しさを紛らわせてあげましょうと、お裁縫を教えてあげたのよ


――何故に。


ちくちくちくちくちくちく

妻と子の会話の最中にもレパントはでかい図体を丸めて一心不乱に手元の布を縫っている。
床には彼の渾身の作品が所狭しと並んでいた。

その全てが、シーナには馴染みのデザインばかり。

それは・・・



天流・マクドールグッズの数々である。





天流に似せたマスコットやぬいぐるみはもちろん、天流に似せた可愛らしい顔のアップリケを縫いこんだクッションやハンカチ、エプロン、壁掛け、様々な大きさの布袋。挙句の果てにトラン共和国の紋章と重ねた・・・国旗??

さらに壁に大事そうにハンガーで吊るしてあるのは天流が着ていた紅い胴着のレプリカではないか。

とどめに、今レパントの手元で着々と仕上げられてゆくのは緑と紫のコントラストが絶妙な天流愛用のバンダナ。


よくぞここまで・・・と感心していいのか、頼むからやめてくれええ・・・と嘆くべきなのか。

寂しさを紛らわせるために裁縫を教える母の思考回路も理解不能だが、それよりも何よりも徹底して天流グッズを生産し続ける父がある意味怖い。



「これだけじゃないのよ、来てごらんなさい」

「これだけじゃないって、これで充分! 何も見たくない!」

「あら、こっちにあるのはあの人の作品ではないのよ」

「・・・は?」

それじゃ何だ?

好奇心に負けて母について別室に入り、シーナは再び硬直した。


そこには・・・天流・マクドールを描いた絵画やら胸像やら精巧に出来た天流の天牙棍の複製やら、戦争の様子を見事に表現した解放軍ミニチュアフィギュア、同じく戦闘を表現した特大絵巻、トランの英雄関連の本がずらりと並んで広い部屋を隅々まで埋め尽くしていた。


「・・・・・・・・・」


「皆さん、ティエンさんに会えなくて本当に寂しいみたいね。ミルイヒ将軍なんてティエンさんを表現した生け花を毎日飽きもせず挿しているそうよ。イワノフさんは暇さえあればティエンさんを描いているとか。その絵を買わせて欲しいという元宿星が後を絶たないのですって。このフィギュアなんて見事な出来でしょう? 日々ティエンさんを思ってジュッポさんが丹念に作り上げたのよ。それにね、この「トランの英雄108の秘密」という本はレックナート様の力作よ。でも不思議なことに白紙なの。ジーンさんが言うには誰かさんの強い魔法が掛かっているらしいわ。ふふ、誰かは解るわよね。レックナート様の近くにあってティエンさんをいつも守ろうとしている子だもの」


絶句して立ち尽くす息子に、母は楽しげな様子で延々と説明を続けた。


いったいどうなってやがる元解放軍。


何とかまともな思考が戻ってきた。
同時に込み上げるのは、堪えようもない哀切の涙。


(ティル・・・ほんっとうにごめん! トランはお前にとって住み難い国に変わった・・・っ)

だけどどうか希望は失わないでくれ!
少なくとも俺とルックとクレオさんはお前の味方だから!!


今は遠い地を旅する大切な友人。

全てを掛けてトランを救い、赤月帝国を打ち倒した英雄。


彼は、過ぎるほど愛されてしまった。





かくしてそれからしばらくの後、トラン共和国の重鎮どころか国民全会一致にて、グレッグミンスターの荘厳な城内に「英雄の間」がオープンするのであった。





ティエンがこの部屋を見ると人生に絶望するかもな。


理性ある天流好きメンバーは一様にそう思った。







■■■■■







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「えーと、だ、大丈夫か? ティル・・・」


とても大丈夫には見えないが、取り敢えず問いかけてみた。


4年振りに再会した大切な少年は、変わらぬ無表情を白皙の貌に貼り付けたまま――意識はどこかに吹っ飛んでいるようだ。

両側からシーナとルックの手が慰めるように細い肩を抱く。
4年の月日は彼との体格差を明確に広げていた。あの頃彼よりも背が低かったルックも、今では少し目線が高い。

そのルックを色を失った表情で見上げた天流は、震える声で縋った。

「ルック・・・頼む・・・」

「いいよ。お安い御用さ」

彼に頼られたことが嬉しいのだろう。
天流だけに見せる微笑を浮かべた紋章の申し子は、右手をその部屋へと向けた。










嵐!!










「英雄の間」崩壊・・・。










数週間後、再オープン。





いくら破壊されようと、在庫なら腐るほどある上に今も着実に増え続けている。
さらにトランどころかデュナンからも何某かと寄贈される。


二、三度ほど「英雄の間」を破壊した天流だが、まるでとかげの尻尾切りのように復活するそれに、いつしか仙人がごとく悟りの境地を開いて諦めるのであった。


それ以降、トランの英雄がその部屋に近づくことは二度となかった。





その後、彼を大切に想う大統領子息は天流だけに苦渋を味合わせることはしないとばかりに、ある青年の私物とされる物を一緒に展示させた。


それは、彼が纏ったと史実に残されるピンクやラメ入り赤の刺繍入りマントと、金色と銀色のカラクリ人形。





後世、“解放軍の副リーダーはアホだった”と伝えられることとなる。





彼の嘆きは・・・誰にも届くことはなかった。




END

坊ちゃんが可哀想過ぎる「英雄の間」ネタ・・・。
ルックやシーナも影で阻止しようと頑張りはしたけれど、レパント達の情熱に負けました。
でも結局最後犠牲になるのは・・・。



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