人が増えた解放軍本拠地の風呂場には一日の汚れを落とすために、多くの人々が押し寄せる。
酒場や食堂などに続いて、話し声や笑い声が絶えない場所の一つだ。
脱衣場で、浴場で、人々は交流を深める。
浴場を管理するサンスケは早朝、風呂の湯を抜いて浴場の掃除をし、夕方には風呂を沸かす。
その後は自由に入浴が可能だが、解放軍には暗黙のルールがあった。
曰く、『一番風呂はリーダーが入る』である。
別に天流本人が勅命を出したわけではなく、グレミオ、クレオ、パーンが頑として譲らなかったのだ。
天流の入浴中には三人が男湯の前に立ち塞がり、入ろうとする者を問答無用で追い出す。
天流と共に入浴を許されているのは、ルックやテンプルトンなど天流と年が近い、もしくは年下の者だけ。シーナも一応許されてはいるが、ルックと一緒だと風呂場が凄惨な状態となるため、サンスケに涙ながらに必死に止められた。
そしてこの日も日が暮れた頃、脱衣場には天流とルックの姿があった。
当然入り口では従者達が立ちはだかる。
天流は何度も「皆一緒に入ればいい」と言ったのだが、グレミオ達はそれを許さない。
「大勢の人に坊ちゃんの裸を見せるわけにはいきませんっ!」
と主張するのだ。
ここでは自分が貴族であることに意味はないのに。
と、天流は納得がいかないのだが、従者達の意思は固く、兵達からも苦情はないため、そのうちに天流は説得を諦めた。
グレミオ達からすれば、マクドールの子息だからというのも確かにあるが、それよりも大勢の男に天流の裸体を見せるのは危険だと思ったのだ。
それについてはシーナすら「グレミオさん達は正しい」と頷いた。
『リーダー一番風呂制度』の恩恵を最も受けているのはルックだ。
彼は極度の人間嫌いな上に潔癖なので、他人と一緒に風呂に入るのを嫌い、大勢が浸かった後の湯に入るのも嫌悪する。
その例外が天流である。
天流ならば、共に入浴することに嫌悪感は微塵も抱かない。そんなわけで、彼は天流が風呂に入る時はいつも一緒だ。
実は兵からの苦情が出ないのは、この辺が理由だったりする。
つまり、ルックが怖いのだ。
心地良い湯に浸かり、温まった二人が湯船から上がろうとした時、浴場の扉が開いた。
この時間に風呂に入る者は限られている。
「よお、ティル。何だ、もう出るのか?」
入って来たのはシーナだ。
明るい笑顔の友人に、天流も気安く答える。
「ああ。これ以上入ってるとのぼせるからね。今度ゆっくり一緒に入ろう」
「・・・ははは」
「・・・・・・」
シーナが乾いた笑い声を上げ、ルックが不機嫌そうに眉を寄せるのを見る限り、当分そんな日は来そうにない。
天流とルックが湯から上がり、扉に向かおうとした時、シーナが思い出したかのように声を掛けた。
「ああ、二人とも。上がるんなら水で足をよく洗っとけよ」
突然そんなことを言われ、天流とルックは足を止めて怪訝そうにシーナを振り返る。
「? 何故?」
「お前らの前にビクトールのおっさんが入ったらしいんだよ。サンスケさんに聞いた」
その言葉にルックの表情が不快げに歪む。
天流はというと、他人が入った湯だからと言って特に何も感じていないようだ。
「それが、何?」
わけが解らず、首を傾げて問う天流。
シーナは簡潔に説明をした。
「だからさ、水虫が移ったら困るだろ?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
■■■■■
翌朝、トラン湖にズタズタに切り裂かれたビクトールが浮かんでいた。
その惨状から誰の仕業かなど一目瞭然だが、誰も犯人を捕まえようとは思わなかった。
ビクトールさえも恐怖に口を固く閉ざし、何があったかを語ることはなかったと言う。
それから数ヶ月後、『リーダー一番風呂制度』を知らなかった某青雷がボロボロの姿でトラン湖に浮いた時も、犯人の捜査は行われなかった。
ちなみに、ビクトールが水虫持ちかどうかは未確認情報である。
END
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