坊ちゃんのお仕事



大変だティエン! フリックが出奔した!


「放っておけ」



慌てた様子で執務室に飛び込んできたビクトールの放った言葉を、解放軍リーダーはすっぱりと斬って捨てた。


・・・・・・・・・・・・。


数秒の静寂。


「ほ、放っておけって、お前・・・。もっと慌てるとか心配するとかあるだろう!?」

「僕は忙しいんだ。瑣末に構っていられるか」


御尤もです。

有能な軍師は静かに頷きながら、主の毅然とした態度に内心で拍手を送った。

「さ、さまつって・・・」

「たいして重要でもない些細なことという意味だ」

「解説してほしいわけじゃねえよ! とにかくこれを見ろって」

つかつかと歩み寄り、ビクトールは折り畳まれた紙を天流に差し出した。
ペンを走らせる手を止めて、天流は手紙を受け取って広げた。
後ろからマッシュもそれをのぞき込み、文面に目を通す。


【 私はもうSとLの苛めに耐えられません。どうか捜さないで下さい。 フリック 】


「「・・・・・・・・・・・・」」

ぐしゃ、ポイッ


ああ! 何するんだよっ」

握り潰され、美しい放物線を描いて見事にごみ箱に落下した手紙を慌てて拾い上げるビクトール。
振り返った先の天流の表情は思いっきり冷めていた。

「やっぱりくだらないじゃないか」

「確かにくだらないですね」

「くだらないって、このSとLをどうにかしようとは思わねえのか?」

「SとLが誰かも解らないのにどうしろと?」


解るだろぉ!?


信じられないと言いたげに絶叫する。
実際この軍で「SとLの苛め」ときて思い浮かぶ者など、決まりきっていてわざわざ口に出すまでもないのだ。
なのに何故か天流には心当たりがないらしく。

「解っているならお前が掛け合え」

俺だって怖いんだよっ!!


大声で断言することか。

無意味な自信に乗せて情けない言葉を言い放つビクトールに、呆れを通り越して同情に満ちたぬるい眼差しが向けられる。
天流は深い深い溜息をついた。

「解った。ではこのSとLが誰か教えてくれ。言っておくから」

「ほ、本当に解らないのかよ、お前? シーナとルックのことだろ!」

「彼らが苛めなどするわけがない」

「その自信はどこから来やがる・・・」

毎日のように彼らの攻撃を受けているフリックや、巻き込まれる自分の立場は?

「苛めというものは弱者をいたぶって自分を誇示することだろう。フリックは弱者ではないし、ルックとシーナは己を誇示して喜ぶような低俗な者ではない」

仰る通りです。

優秀な軍師は誇らしげに微笑んで、主の素晴らしい言葉を称賛する。


それじゃあ、日々俺達があいつらにやられてるのはいったい何だってんだ!?

「彼らが言うには暇つぶしを兼ねた悪質な遊びだな」

悪質だって解ってるんならどうにかしてくれてもいいだろ!!


それくらい自分でやれ


一刀両断とはまさにこのことだろう。
ビクトールはぐうの音も出ずに撃沈した。



さっきから聞いてれば冷たいんじゃないか!!?


突如として響き渡った妙に涙交じりの怒声は、この場には居ない者の声だった。

バターンッと大きな音を立てて開け放たれた扉の前に仁王立ちしているのは、青いマントの青年。


「出奔したんじゃなかったのか?」

至って冷静な突っ込み。
涙に潤んだ切れ長の眼が、キッと天流を睨み付けた。


ああ、してやる! 出奔してやるよ、こんな所!! どうせお前は俺がどうなろうと、どうでもいいんだろう!!?


「次の戦争の前には帰れよ。あと自分の部下の面倒は見ろ」

何だろう、この「実家に帰らせていただきます!」「勝手にしなさい」のような会話は。

悔しさのあまりギリリッと奥歯を噛み締めたフリックはそのままマントを翻して扉の方へ―――向かおうとしたが再び身を翻して天流に抱き付いた。


出来るわけないだろうがああ!! 俺はオデッサに誓ったんだぞ!? それにお前の助けにもなりたいんだっっ!!」

「ならば居ればいいだろう」

あいつらが怖いんだよ!!


だから、自信満々に情けないことを大声で断言するな。

そんな願いも虚しく、フリックに続けとばかりにビクトールまで天流に縋り付いてきた。

「あの悪魔達に意見できるのはお前だけなんだ! だから俺達はお前にあいつらをどうにかしてほしくて、こんな芝居までしたんだぞ」


「ほう。ではフリックの出奔は虚言だったと」

静かな口調は部屋の温度を一気に下げるほどの迫力を湛えていた。

その瞬間、ピキッと固まるフリックとビクトール。
ギギギ・・・と錆びたような音をたてて、自分達の肩ほどもない小柄な少年を見下ろす。

「フリック、ビクトール、そこに座れ」

「「は、はいっ!」」

座れと言われて、何故かその場に揃ってビシッと正座をしてしまう二人。
そうさせてしまう迫力が天流にはあった。

「これでも僕は忙しいんだ。お前達はそれを解っていてこんな下らない猿芝居を行ったわけだな?」

「あ・・・その・・・は・・・はい・・・」

「そ、その通りでございます・・・」

「ふうん。随分と暇なわけだ」

「いや・・・それは・・・」

「そういう・・・わけでは・・・ないのですが・・・」

リーダーとはいえ、一回りも年下の子供に対して敬語を使う二人。大人の威厳などどこかへ置き忘れてきたようだ。
そんな二人の大人を見るいたいけな少年の瞳には、尊敬の欠片も窺えない。

「つまりお前達は小人閑居して不善を為すというわけだな」

「「・・・は?  しょうじん・・・??」」

「度量の狭い小人物は暇でいるとロクなことをしないという意味ですよ」

「「・・・・・・をい・・・」」

親切丁寧なマッシュの説明だが、その意味は果てしなく失礼なものだった。

「よく解ったよ、フリック、ビクトール」

口調は優しいが、フリックとビクトールは背筋にうすら寒いもの感じて青くなった。
助けを求めてマッシュに視線をやるが、天流の後ろに付き従う軍師はどう見ても当てになりそうにない。彼は疑いようもなく天流の味方だ。

「お前達には暇を与えない方が良さそうだ。仕事量を三倍に増やしてやろう。頼めるか? マッシュ」

「もちろんです。お任せ下さい」

ザーッと音を立てて血の気が引いていった。
冗談だろう?と訊きたいが、天流の表情は真剣そのもの。

「仕事に埋もれていればルックやシーナも手を出さないだろう。頑張って励め」

「それでは二人の仕事の調整を致しましょう。追って連絡します」

そう言って二人は揃って執務室を出て行った。


後に残されたのは、悲嘆に暮れる男二人の哀れな姿だけであった。



しかしその後、何だかんだと言いながら公正公平の天流は、元凶であるルックとシーナにもちゃんとお説教と罰を与えた。

だが、大好きな天流に怒られて拗ねた二人の腹いせがフリックとビクトールに向けられたことは、言うまでもない事実である。



END

坊ちゃんは忙しいのです。邪魔しちゃいけません。という話です(笑)。
・・・哀れな腐れ縁・・・。



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