石板のあるホールに入ったユアンは、立ち込めるおかしな空気に足を止め、ホール内を見渡した。
物陰に身を潜める人、人、人・・・。
侵入者や変質者ではなく、すべて兵士や住人達だ。
彼らが遠巻きに見つめる先には、石板がある。
注目の石板の前には、3人の人物が立っている。それはユアンも見慣れた風景なのだが、問題は3人の容姿だ。
(うっわ〜、美女揃い踏み・・・)
その場所だけ世界が違った。
三人の服装などはユアンが見慣れたものと大差はないが、それでも煌びやかな華やかさに彩られ、遠くから見ていても花の香りが漂ってきそうだ。
どこからか王子様が現れて「お嬢さん、お手をどうぞ」と手を差し出しても不思議ではない。
1人は金髪をショートカットにしているものの、艶やかな雰囲気が中性的には見せず、色気が溢れる20歳そこそこの美女。
1人は逆にストイックな印象を受ける、どこか冷めた眼をした絶世の美少女。
1人は3人の中ではもっとも幼い、美しい黒髪を長く伸ばした深窓の令嬢を思わせる清純な美少女。美しい髪は見慣れたバンダナで、邪魔にならないようにまとめている。
間違い無く、この三人は・・・。
(シーナとルックとティエンさんだ・・・)
シュウやクラウスは何だか本人が女装しているようで、冷静になれば笑ってしまいかねないのだが、この三人の場合は笑うどころか見惚れてしまう。
「ルックちゃ〜ん、そんな仏頂面してたらモテないわよ? せっかくの美少女なんだからもっと・・・」
「うるさい、ド派手女。僕は月華にもてればそれでいいんだよ。あんたみたいなアバズレと一緒にしないでくれる?」
「誰がアバズレよ! ほんと、あんたってムカつく!!」
性格は男でも女でも変わらないらしい。
(ルックって女の子でもマクドールさんラブなんだ・・・)
あのキラキラした中に入るのはかなり勇気が要るが、ユアンは気を引き締めると階段を下りていった。
まずユアンに気付いたのは天流・・・ではなく月華だ。
「ユアン」
くらっ
眼を向けられ、声を掛けられた瞬間、目眩に襲われた。
(うわ〜〜綺麗だよ〜可愛いよ〜マクドールさあ〜んvvv)
続いて向けられたルックとシーナの視線は冷たく厳しい。こんなところも同じなのか。
「さっきはどうしたんだ? いきなり走り出したりして」
「え?」
ふと気付けば、月華の服装には見覚えがあった。
城の中を走っていて滑って転んだ自分に声を掛けてくれて、思わず抱き付いてしまった女性。それが月華だったのだ。
「あああああの、さきほどはしししし失礼しましたああ〜っ!」
がばっと頭を下げるユアンの姿に、ルックとシーナの表情が険しくなる。
「何? この猿、あんたに何したの?」
「事と次第によっては許せないわね」
美女二人に凄まれ、あまりの迫力にユアンは小さく縮こまる。普段ならすかさず反撃に転じるのだが、相手がルックとシーナとはいえど女の子であるならいつものようにとはいかない。この世界の自分はこの状況をどうやって打開しているのだろう・・・。
「別に何もないよ。二人とも、威嚇をするな」
呆れたようにそう言ったのは月華だ。
外見はか弱く可憐な乙女なのだが、どうやら性格は天流と同じらしい。
ルックとシーナを窘めるのも慣れた様子だ。
月華はユアンに向き直ると、穏やかに微笑んだ。
「様子がおかしかったから心配していたんだ。何もないなら良かった」
「〜〜っっ!」
一瞬のうちに顔全体が真っ赤になった。対して頭の中は真っ白。
動悸が激しく呼吸は浅く、眼は潤んで手足は震え、熱に浮かされた世界から自分と月華以外は排除された。
がしっとばかりにユアンは両手で月華の手を握り、
「マクドールさん! 結婚して下さい!!!」
「失せろ猿!!」
スバババババッッ!!
「おととい来やがれ!!」
ドゴッ!バキッ!ゴスッッ!!
美女に似つかわしくないドスの効いた一喝と共に、上手く月華を避けて飛んできた風の刃がユアンを切り刻み、飛び蹴りと右ストレートと踵落としの連続技がヒットした。
「あんぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
世界は暗転した。
■■■■■
「はうあっ!!」
悲鳴を上げてユアンは飛び起きた。
全身を嫌な汗が伝う。
何だか身体のあちこちが痛むが、見た所自分が居る場所は医務室で、どうやら命には別状はないようだ。
(ほっ、僕まだ死んでない)
そっと胸を撫で下ろす
「大丈夫か? ユアン」
「あ、はい・・・ご親切に・・て・・・っ!」
声に答えようとして、ユアンは一気に顔色を失くした。
寝かされていたベッドの傍に、付き添うように立っていたその人物は・・・。
「ひぃえぇぇぇっっ!! び、び、ビクトーラさんんん〜〜っ!!?」
「・・・?? おい、何言ってんだお前は。俺はビクトールだろうが」
「え?」
そういえば低い声、喉仏もある。逞しい上腕二等筋、厚い胸板、顔には髭を剃った後。ここまで揃っていればどう考えても女性には見えない。
と、いうことは・・・。
「びくとーるさんだあぁぁ・・・」
「大丈夫かよ? やっぱ打ち所が悪かったのか?」
「訊いてもいい!? 同盟軍の軍主は誰!?」
「はあ? お前だろうが。忘れちまったのかよ?」
元に戻ったよぉぉと、ユアンは深く安堵の息をついた。
どうやら今までのことは夢だったようだ。
本っ当に夢で良かった。
月華さんはもったいない気はするけれど、やはり自分の世界が一番だ。
でも何故自分は医務室で寝ているのだろう??
「ところで、僕はどうしたんだっけ?」
「ああ、お前は朝から1人で勝手にグレッグミンスターに居もしないティエンを迎えに行って、一人瞬きの手鏡で城に戻った途端に落ちていたバナナの皮で足を滑らせて転んで気絶してたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
アホだ。
石板の前にはいつものようにルック、天流、シーナの三人の姿があった。
「よう、ユアン。バナナの皮ですっ転んだって?」
「馬鹿じゃないの」
「もう大丈夫か?」
別に記す必要もないとは思うが、上からシーナ、ルック、天流だ。
ルックとシーナは傷口に塩を塗り込むような辛辣さだが、天流の言葉には気遣いが込められている。
「ティエンさんだあぁ〜vv」
駆け寄って天流を抱き締めると、すぐ傍で殺気が立ち昇った。あえて確認するまでもなく、発生源はルックとシーナである。
しかしユアンはそんなことは無視し、天流の感触に幸せを感じていた。
(はう〜v ティエンさんだあ〜vv ちゃんとティエンさんだよね〜v)
一抹の不安があったのか、ユアンは抱き締めた天流の身体を両手でまさぐる。
「ユアン?」
不思議そうに呼ぶ声に「ちょっと待って下さい」と答え、少し身体を離して天流の全身を眺める。
まずは肩を掴む。細いが、丸みはない。
胸。これまた薄くてぺったんこ。
腰のくびれも女性のものではなく、――最後の確認は・・・。
「逝きな馬鹿猿!!」
スバババババッッ!!
「何してやがる!このエロ猿があぁぁ!!」
ドゴッ!バキッ!ゴスッッ!!
殺意が満ち満ちた怒声と共に、上手く天流を避けて飛んできた幾つもの風の刃がユアンを切り刻み、飛び蹴りと右ストレートと踵落としの連続技がヒットした。
見事なまでに夢そのもの・・・いや、威力3割増だった。
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
同盟軍の居城に、軍主の断末魔の叫びが轟き渡った。
END
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