喪われゆくもの

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最上階に通じる階段に差し掛かった時、アーク達の前に紋次が現れた。
トッシュは、アーク達に決して手を出すなと告げて紋次と対峙する。
彼の気持ちを汲み取って、アーク達は少し離れた場所で戦闘を見守る。



挑発の言葉を投げ掛けられながらも、トッシュは怒りに任せることなく冷静に刀を振るった。

「あんたの未練と邪悪な欲望・・・
この俺が断ち斬ってやるっ!」

怒りに燃えるトッシュの咆哮。

刀が擦れ合う度に甲高い金属音が響き渡り、アーク達の目の前でいくつもの紫電の火花が散った。



紋次の邪悪に染められた太刀はやがて、トッシュの激しい怒りの前に敗れた。

だが、敗れたと知るや紋次は体内の暗黒の力を爆発させ、トッシュやアーク達をも道連れにしようとした。
怒りと哀しみに暮れるトッシュを救ったのは、他でもなく紋次だった。

邪悪な術に支配されながらも、心の底に封じられた息子を愛する彼の心がトッシュの心に語り掛け、そうしてトッシュは、紋次の死と引き換えに「紋次斬り」を習得し、紋次はトッシュの腕の中で二度目の死を迎えた。

「親父よぉ、またあの場所で一緒に酒を飲みてぇな・・・」
遺体を抱き締め、トッシュは掠れる声で呟く。

先程までの喧騒が嘘のように静まり返った階段を、アーク達が上がって来た。
「終わったか・・・」
「ああ、時間を取らせちまったな・・・。行こうぜ、アーク」
哀しげな微笑みを浮かべ、トッシュは立ち上がる。

哀しみは、アンデルに対する怒りに変わる。



最上階の部屋にはだが、アンデルの姿はなかった。
そこにいたのは、アンデルの部下のネクロマンサーと、その背後の機械の中に捕らえられたアークの母親だった。

「母さん!」
アークが叫ぶ。

「母親を見殺しにしてでも世界を救わなくてはならないんだろう? 勇者も大変だ」
「くっ・・・!」
母親を人質にされてはどうすることもできず、アークは嘲笑するネクロマンサーを睨み付ける。
仲間達の表情も怒りに歪む。
特に紋次のことでアンデルへの憎しみが燻るトッシュの怒りは凄まじい。
また、シュウの目には冷酷な殺意の色が浮かんでいた。


アーク達を救ったのは、突如出現した中年の男だ。
意外な事態に、敵を含めて全員が驚愕する中、アークは別の意味でも驚いていた。
機械を破壊してアークの母、ポルタを救い出したその男にあまりにも見覚えがあったのだ。

「父・・・さん・・・?」

「え?」
アークの呟きに、仲間達が彼を見やる。

「アーク、ポルタは私が引き受けた! 思いっきり戦え!
アークの父、ヨシュアが叫ぶ。

父親の出現に茫然としていたアークだったが、敵は待っていてはくれない。
「アーク! 敵だ」
シュウの怒鳴り声でハッと我に返り、アークは剣を抜いた。


父親の前で無様な戦いはできないと、いつにも況して力を発揮してすべての敵を倒し終え、アークはヨシュアに駆け寄る。
「父さん!」
「アーク・・・」
ヨシュアは意識の無いポルタの身体を両手で支え、駆け寄る息子の姿を優しい目で見つめる。
「母さんは・・・?」
「気を失っているだけだ・・・。だいぶ衰弱しているようだが大丈夫だ」
「よかった・・・」
安堵の息を漏らし、アークは改めて久しぶりに会う父親を見つめる。
幼いアークとポルタを残し、吹きすさぶ吹雪の中出て行った父の背中を、彼は微かに覚えていた。

「父さん・・・。父さんが俺や母さんを捨てたわけじゃないことは、とっくに解ってた。父さんが望んだ通り、俺は仲間達と世界を回り、精霊達の声を聞いたんだ。そのうちに少しずつ解ってきたんだ・・・。世界のこと、そして父さんの気持ちが・・・」
愛おしげに目を細め、ヨシュアは温かい微笑みを浮かべた。
「アーク・・・。大きく成長したな。今ほど、お前の親であることを誇らしく思ったことはないぞ」
笑顔と同じくらい温かな父親の言葉に、アークは泣きたくなるほど嬉しかった。


そして、ヨシュアがこれまでの経緯をアークに話して聞かせていると、突然建物が揺れ始めた。
「ちっ、始まりやがった!?」
トッシュが舌打ちする。
揺れは次第に激しさを増してゆき、轟音と共に天井が崩れる。
「早く脱出を・・・」
「どうやって・・・? 出口は塞いだってさっきの奴が言っていたんだぜ」

戦闘の後敵は、塔は間もなく崩壊するとアーク達に告げた。階段もエレベータも彼らがすでに破壊したとも。つまり、逃げ道がない。

爆発が起き、タワーが崩壊を始める。
アークはヨシュアと共に瓦礫や粉塵からポルタを庇う。
その時、窓から部屋の中に誰かが入って来た。
シュウやイーガがアーク達を庇うように身構えたが、そこに現れたのは自称艦長のチョンガラだった。
「何をしておる、早く来んかい!」
舞い上がる粉塵に咳き込みながら叫ぶ。
見ると、窓の向こうにシルバーノアが待機していた。
だが、塔が崩壊している今、あまり長い間停まっていられそうにない。
「よし!皆急ぐんだ!」
アークの指示に従い、トッシュ達4人はシルバーノアへ駆け込む。

「父さんも早く!」
ポルタを抱き上げ、ヨシュアはアークと共にバルコニーを出る。
先にシルバーノアに乗り込んだアークにポルタを渡した直後、ヨシュアは苦しそうに咳き込んだかと思うと、咳と共に吐血した。
「どうしたんだよ、父さん!」
「今までのツケが回ってきたようだ・・・。時を旅する力は、神ならぬ者が使うのには重過ぎるのだ」
口元の血を拭いながら、自嘲的に笑む。
「私の旅も、この辺りが限界か・・・」
「そんなこと言うなよ! そうだ、ククルなら治せるかも知れない。さあ父さん、行こう!」
「・・・・・・そうだな」
ヨシュアがシルバーノアのハッチに足を掛けた時、背後から異様な物体が蠢きながら迫って来た。
「なんだ、こいつは!」
「あのネクロマンサーめ・・・。この塔に充満している邪悪な気と怨念、死骸を融合させたのか!」
「くっ、ここまで来て・・・」
「アーク、ここは私に任せて早く逃げるんだ!」
「そんな・・・せっかく父さんに追いつくことができたのに・・・。父さんを置いていくことなんてできるかよ!」
動揺するアーク。
邪悪な殺意の塊はどんどんこちらに近付いて来る。
シルバーノアから身を乗り出そうとするアークを、ヨシュアは制した。
「アーク・・・お前はもう一人ではないのだ。お前がここで戦おうとすれば、仲間をも危機にさらすことになる」
「・・・・・・」
どうすることもできないもどかしさに、アークの瞳が涙に揺れる。
ヨシュアは、悲しませ続けた妻を救うことができ、息子の成長した姿も見ることができたと言って、満足げな笑みを浮かべた。
そして、ヨシュアが「これを持って行け」とアークに向けて放り投げてきたそれを、彼は反射的に手を伸ばして受け取る。
「私が精霊より受けた力だ。何かの役に立つだろう。我が心はいつもお前の傍にある、それを忘れるな!」
「父さん!」
「ゆけ! 未来派、まだ決まっていない! 進み続けるのだ、アーク! 仲間と共に!」

「ヨシュア・・・」
いつの間にか、ぐったりとしていたポルタが意識を取り戻していた。
アークは母親の身体を降ろし、ヨシュアの顔がよく見えるように支える。
「ポルタ、気が付いたか。すまん、心配をかけっぱなしで・・・。いつか、全てが終わった後にまた三人で暮らせたらと思っていたが・・・。それもかなわぬ夢になりそうだ」
「ヨシュア、私は・・・幸せでした。あなたの妻であることを誇りに思っています」
「・・・ありがとう」
ヨシュアは涙に濡れるポルタの頬を優しく指で拭うと、二人に微笑みを残して背を向けた。

ポルタの身体はイーガによって安全な機内に運ばれ、シルバーノアは崩れ落ちる塔からゆっくりと離れてゆく。
それを追おうとするモンスターの前に、ヨシュアが立ちはだかる。
「我が意志は、息子アークに引き継がれた! これでもう思い残すことはない! スメリアを食い物にした化け物め、王家の血をなめるでないぞ!」
毅然と言い放ち、ヨシュアは腰の剣を抜いた。

アークは閉じようとするハッチの上に立ち、食い入るように父の姿を見つめる。
隣でポコがアークの腕を掴んでいなければ、今にも飛び出して行きそうだ。

ヨシュアがモンスターに斬り掛かったその時、激しい爆発音が轟き、瓦礫と粉塵にすべてが覆われた。

「父さん!」
思わず飛び出そうとするアーク。
ポコは渾身の力でアークを引き戻そうとする。
「駄目だよ、アーク!」
「離せ! 父さんが!」
ポコの手を振り払おうとするアークの身体を、後ろからシュウが羽交い締めにする。
「よせ、アーク!」
「父さん! 父さんっ!」
冷静さを失ったアークの耳に、ポコやシュウの制止の声は届かない。

塔全体にいくつもの亀裂が走り、至る場所で断続的な爆発が起きる。

「父さんっ!!」

アークの悲痛な叫びは、轟音の中に消えた。

シュウは力尽くでアークの身体をシルバーノアの中に引きずり込み、壁に押し付けて抵抗を封じる。
ハッチがようやく閉まると同時に、爆音と共にパレンシアタワーは崩壊し、海の中へと消えていった。



静まり返ったシルバーノアの中、アーク、シュウ、ポコはしばらくの間荒い呼吸だけを繰り返していた。

やがてトッシュが近付いて、シュウに拘束されたままのアークの髪をそっと撫でる。
「落ち着け。アーク」
静かな口調でそう言う。
一瞬、泣き出しそうな表情を浮かべたアークは、ゆっくりと強張っていた身体の力を抜いた。
アークが落ち着きを取り戻すと、シュウは押し付けていた身体を解放する。
壁に凭れ掛かり、アークは俯いて唇を噛み締めた。

「アーク・・・」
弱々しい声に振り向くと、イーガに支えられながらアークを見つめるポルタの姿があった。痩せ細った腕をアークの方へと差し出して彼を呼ぶ。
それに応えて、アークは母の傍に膝を付いてその手を取った。
一年振りの再会・・・。
ポルタは息子に優しく笑い掛けた後、意識を手放した。
「母さん?」
「心配ない。気を失っただけだ」
安心させるようにイーガが言う。
アークは、やつれた母の顔を空いた方の手でなぞる。

「ヨシュア・・・」
寝言だろうか。ポルタの頬を一筋の涙が伝う。
「母さん・・・。すまない・・・、俺が未熟なばかりに・・・」

絶望に満たされた心で、アークは父親の最期の姿を何度も思い返す。



一度目は吹雪、二度目は砂塵がその姿をかき消した。



こんな結末を望んだのではない。

ただ、父親との再会を夢見ただけだ。

家族でまた暮らせる日が来たら、と望んだだけだ。


だがそんなささやかな願いも、タワーと共にもろくも崩れ去っていった。


両手で母の手を強く握り締め、アークはその場に蹲る。
彼の身体が小刻みに震えていることは、シュウ達にも見て取れた。



トウヴィルに着くまでの間、アークはずっとそうして震えていた。



何も考えたくないくらい哀しいのに、何故か涙は出なかった。





倒壊したパレンシアタワーは、下の数階のフロアを残すだけの無残な姿を晒して、静寂と共にそこにあった。




End

アーククのようなシュウアー(笑)。
アーク、全然シュウを見てないですね・・・。気にしてはいるようですが。
今は恋愛どころじゃないですからね・・・。
シュウの想いが届くのはまだ先のようです。

次回はアークvククル色の強いエルクvククルです。





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