いつか、きっと



その日、シルバーノアはトウヴィルの岸壁に接岸されていた。
パーティーの要であるアークを休養させるため、彼以外のメンバーが半ば強引に彼が最も安らげるこの場所に連れて来たのだ。

精神的にもかなり疲労しているはずなのにまったく弱音を吐かないアークを慮ってのことだ。
本人はというと、もちろん「俺は大丈夫だ」と言ってスメリアに戻ることを渋っていたが、帰って来たら来たでククルとべったりだったりする。

生真面目なアークですら安らぎの時間を過ごしているのだ。その他のメンバー達など、どこかのパンダも顔負けのたれ具合である。(←?)
中でも、朝から晩まで酒漬けの人相の悪い任侠とそれに付き合う自称船長と自称大魔道士は性質が悪い。
高いびきをかきながら大の字で寝転がる三人を女性陣が踏みつける事も多々あるが、それもこの場所がアークだけでなくメンバー全員の安らぎの場であるという証だろう。

ククルの存在はアークの緊張を和らげ、それによって自然と皆も気を緩めてしまうようだ。
謎の忍者ですら歌姫の歌声に包まれてまどろんでいる。



「エルクを見ませんでしたか?」

遠慮がちな声がシャンテの歌を中断させた。
現実に引き戻された二人は、申し訳なさそうな少女に目を向ける。

「あらリーザ。エルクを捜しているの?」
「はい。お邪魔してしまってすみません」
頬を赤く染めて俯き加減に詫びる彼女に、シャンテは苦笑する。
「いいのよ、そんなこと。エルクねえ・・・シュウ、知ってる?」
「おそらく神殿の外で野生に戻っていると思うぞ」(その辺を駆け回っているだろうの意)
シュウの言葉にシャンテとり-ザはくすくすと笑いを漏らす。

「ありがとうございます。行ってみます」
ぺこりとお辞儀して踵を返そうとするリーザに、シャンテがふいに声を掛けた。
「あら、髪ほどいてるのね」

言われてリーザは長い髪に手をやって面映そうに頷く。
「えっと、リボン忘れちゃって・・・」
シャンテはそんなリーザをじっと見た後、優しい笑みを浮かべる。
「ふ〜ん、いいんじゃない。いつもと違った感じで。エルクも見とれるわよ、きっと」
シャンテの言葉に、リーザは真っ赤になって両手を熱くなった頬にやった。
「そっそんなっ。わ、わたし・・・」

おたおたとした後、慌ててリーザは走り去ってしまった。
その様子にシュウとシャンテは思わず笑いをこぼす。
「初々しいわね〜」

リーザがエルクに恋心を抱いているということは、ほとんどのメンバーが知っていた。
知らないのは当のエルクと余程鈍い人間くらいである。
だが、エルクと付き合いの長いシュウは、彼が幼馴染の少女を未だ忘れられないでいることを知っていた。
リーザを微笑ましく思いながらも、微かな同情心を抱いてしまうのはどうしようもなかった。

だが彼はすぐに気を取り直し、シャンテに目を向けて歌の続きを促す。
せっかく穏やかな時間を過ごせるのだから、他人の問題で気を紛らわしたくないのだろう。
シャンテはそんなシュウの思いを汲み取り、「仕方ないわね」と言いながらも恋人の珍しい我侭を叶えてやる。





リーザはエルクを捜してトウヴィルの村を歩き回っていた。

そしてほどなくすると見覚えのある逆立った黒髪が視界に入ってきた。
くすんだ緑色のマントと芝生のような髪が風に揺れている様は、はっきり言って「愉快」だ。
そんな愉快な後姿もリーザにとってはときめきの対象のようで、エルクを見つけたというだけで頬が赤く染まる。

だが、背を向けて座り込んでいるエルクに、リーザは声を掛けるのをためらった。
彼女の鋭い感覚が彼の孤独を感じ取ったのだ。
いつも不必要な程明るいエルクだったが、時々ひどく寂しげな様子を見せることがある。

リーザが立ち尽くしていると、エルクの方で彼女の気配を感じたのか、ふいにリーザの方を振り返る。
「あ、あの・・・」
いきなり振り返ったエルクに、リーザは慌てる。
言葉が見つからず、恥ずかしそうに視線を逸らす。
だが、どうしたことかエルクは呆然と彼女を凝視している。
「?」
いつもと違う彼の様子にリーザは戸惑う。

柔らかな風が通り過ぎてリーザの長い髪を掬い上げる。
日の光を浴びてリーザの茶色の髪が金色に輝いている。
ふとシャンテに言われた言葉がよぎったが、リーザは慌ててその考えを打ち消す。
(や、やだ・・・。わたしったら何考えて・・・)
すると、エルクの唇が微かに動き、掠れた声で言葉を紡ぐ。

「・・・・・・ミ・・・リ・・・ル・・・?」

言われた言葉にリーザは驚いてエルクを見つめる。
エルクの呆然とした瞳と、リーザの驚愕を映す瞳が絡み合った。

「・・・・・・エ、エルク・・・?」
呼ばれてエルクはハッと我に返った。
「あ・・・リーザか」
リーザはどうしていいかわからず、困惑した表情でエルクを見つめる。
(エルク・・・わたしのこと、ミリルさんと間違えた・・・?)
そのことに気付くと同時にリーザの心は重く沈んだ。

「・・・わりい、リーザ・・・何か用か?」
問われて、リーザは震える声で、
「あ・・・う・・・ううん・・・通りかかっただけ・・・」
と首を振る。
エルクは「そっか」と呟いた後、つらそうにりーザから目を逸らした。

その様子にリーザは理解した。
エルクの孤独はすべてミリルに繋がっていることを。

エルクが最も大切に想っていた幼馴染。
エルクを守るためにその短い一生を閉じてしまった少女。
そんな彼女の存在をエルクが未だに忘れられないのも無理はない。
そしてその少女の長い髪は美しい金色だった。

リーザはいたたまれなくなってその場を走り去った。


その気配にエルクが顔を上げた時にはすでにリーザの姿はなかった。

「リーザ・・・」
ゆっくりと立ち上がり、リーザの立っていた場所を見つめる。
彼女の困惑した表情がエルクの脳裏から離れなかった。
(最低だな・・・俺・・・)

静かで穏やかな時間を過ごしていると、普段は封印していた記憶が甦ってエルクを苛む。
最近の夢にはいつもミリルが出て来た。
金色の髪をなびかせ、愛らしい笑顔でエルクに語り掛けるのだ。

あまりにも幸せで、残酷な夢。
現実に戻るとどこを捜しても彼女はいない。
目が覚めた時には喪失感に押し潰されそうになる。

そんな時、リーザが現れた。
日の光に金色に輝く長い髪をなびかせて。

(他人と、しかもすでに死んだ人間と見間違えるなんて・・・リーザに悪いよな・・・)
リーザの困惑を、エルクはそう解釈していた。



エルクから離れたい一心で走り続けていたリーザは、気が付けば神殿の裏側に来てしまっていた。

立ち止まったリーザはその場に膝を付き、肩で息をしながら呼吸を整える。
荒い息と共に涙が地面に零れ落ちる様に、自分が何時の間にか泣いていることに気付く。
(エルクは、まだミリルさんが好きなんだ・・・)

恋敵としては一番性質が悪い。
ミリルという少女はとても可愛らしく、優しく、そして好きな人を守って死んでいったのだ。
エルクの心の最も深い所にその存在はあった。

リーザとは初めから勝負にならない。
どんなに好きになっても、相手の方は自分を見てくれないのだから。

(人を好きになることがこんなにも辛いなんて・・・)



「誰かいるの?」

突然声を掛けられ、リーザはハッと顔を上げた。
「・・・ククルさん・・・」
リーザの視線の先には巫女姿の美しい女性が立っていた。
勇者アークの恋人、ククルだ。
珍しくそばにアークがいない。

不思議そうな表情で座り込むリーザを見つめていたククルだったが、彼女の頬を伝う涙に気付いて心配そうに身を屈める。
「どうしたの?何かあったの?」
ククルの問い掛けに、リーザは慌てて涙を払う。

「な、何でもないんですっ」
いかにも何かあったと言っているような反応だったが、ククルは問い詰めようとはせずに微笑む。

「そう。言いたくないなら聞かないけど、あまり我慢しないでね。誰かに相談することによって心の重荷が軽くなることだってあるのだから」
ククルの優しい言葉に、リーザの瞳に再び涙が込み上げてきた。

不思議とククルは周囲の人間に安心感を与える。
彼女は別に癒し系というわけではない。
優しく、落ち着きもあるがククルはどちらかというと勝気な性格で、はっきりと物を言う。
おっとりしたリーザの方が癒し系といえるだろう。

だが、ククルは誰よりも清らかだ。
アークとククルがいると周りの空気そのものが清涼となる。
二人の他、誰にも持ち得ない独特の雰囲気、それが周囲に与える安心感の源だろうか。


リーザは、ぽつりぽつりとククルに事情を話し始めた。
ククルは黙って彼女の話に耳を傾けている。

エルクとり-ザについてはアークから事情を聞いていた。
メンバーのほとんどがその事情を知ってはいるが、誰もこの問題にあえて介入しようとはしない。
それも当然だろう。これはあくまでエルクとり-ザの問題なのだから。
他人が首を突っ込む事自体間違っている。
黙って静観するのが一番良いのだ。


話が終わった後、しばらくは沈黙が漂った。

「わたし・・・ククルさんがうらやましい・・・」
涙が止まる頃、リーザがそう呟いた。
ククルは言われた言葉の意味が解らずに首を傾げる。

「だって、ククルさんとアークさんはずっと想い合っているんでしょう?」
リーザの声にはわずかなひがみが含まれていた。

確かにアークとククルは傍目にも明らかにお互い想い合っている。
アークなど旅の間には何度か女性に好意を寄せられた事があったが、1度も心が揺れたりはしなかった。
それどころか話題にククルの名前が上がるだけで赤面したり、幸せそうな表情を浮かべたりする程だった。
まさしく「俺の心にはククルしかいない」状態である。
片思いのリーザからすると二人の関係はうらやましい限りだろう。

だがククルは何も言わず、どこか寂しげに微笑んだ。
そんなククルの様子に、リーザは自分の言葉がどんなにひどいものかに気が付いた。
「あ・・・ご、ごめんなさいっ」
慌てて謝るリーザ。

確かにアークとククルはお互いに心から想い合っている。
周りがうらやむほどの仲睦まじさだ。
だが、どんなに好きでも二人は一緒にはいられないのだ。

だからこそアークはトウヴィルに帰ると、離れていた時間を埋め合わせるようにククルのそばに寄り添う。
共にいられる短い時間をお互いのためだけに使うのだ。

好き合っていながら一緒にいられないアークとククル。
大切な少女と死に別れてしまったエルク。

そんな三人に比べて自分はどうだろう。
確かに片思いではあるが、いつも好きな人のそばにいられるのに。
それを幸せと感じる謙虚さを失っていた。


激しい自己嫌悪に陥るリーザに、ククルは苦笑する。
「いいのよ、別に。悲しみや苦しみは人それぞれだものね。あなたはあなたで苦しいんでしょ?」

人の苦しみが他人に解るわけがない。
世の中に同じ想いをしている人間なんて一人もいない。
リーザの苦しみは、リーザにしか解らないのだ。

ククルの優しさにリーザは申し訳なくて彼女の顔を見ることができなかった。

俯いてしまったリーザを見やり、ククルは躊躇いがちに話しかける。
「他人のことをどうこう言うのは好きではないけど・・・あなたは何だかエルクが振り向いてくれるのを何もせずに待っているだけのように感じるのだけど、違う?」
穏やかな物言いだがククルの言葉は鋭く核心を突く。
そんな風に思ったこともないリーザは、大きな瞳をさらに見開いてククルの真っ直ぐな瞳を見返す。

「今のエルクに別の女性に目を向けるなんて無理よ。立ち直るにはとても長い時が掛かると思う。でも彼だって彼なりに頑張ってる。あなたはどう?」

問われてリーザは返す言葉を見つけられなかった。
エルクに振り向いてもらうための努力を、自分は何かしただろうか?
ミリルを失った事実から立ち直ろうと頑張るエルクの後姿をじっと見つめ、「私を見て」と心の中で願う事以外に何か行動を起こしただろうか?

(わたしは・・・何の努力もしてない・・・)
何もせずにただ、エルクが自分の恋心に気付いて応えてくれることを待ち続けている。
こんなに彼のことを好きでいるのだから、エルクもいつか気付いてくれるなどという甘えた考えに依存している。

「わたし・・・わたし・・・」
混乱するリーザに、ククルは穏やかな笑みを浮かべる。
「だから、あなたはエルクが立ち直るまで自分を磨きなさい。無駄に時を過ごさずにいい女になる努力をすればいいのよ。ただ待つのではなく、自分の力で彼を振り向かせなさい」
厳しいが温かいククルの励ましの言葉が、リーザの胸に染み込んでくる。

「ククルさん・・・」
リーザの中に不思議なやる気が湧いてきた。
(今からでも、遅くないよね・・・)

勢い良く立ち上がってククルを振り返る。
その表情はふっきれたように明るい。

「相談に乗ってくれてありがとうございましたっ!」
元気良く礼を言うリーザに、ククルはゆっくりと立ち上がって優しく微笑む。
「頑張ってね」
笑顔で頷き、リーザは軽い足取りで走り去って行った。



一人残されたククルは走って行くリーザの後姿を見つめていた。
「ククル」
背後から呼ばれて振り向くと、何時の間にかそこにアークが立っていた。
「アーク。聞いてたの?」
「まあね」
苦笑いを浮かべて頷くアーク。

彼は別に立ち聞きするつもりではなかったのだが、ククルの元に行こうとしたら話し声が聞こえて出るに出られなくなり、そのまま建物の陰で話が終わるのを待っていたのだ。

「私、余計なことしちゃったかな?」
先程までの落ち着いた口調とは打って変わって悪戯っぽく言うククルに、アークも面白そうに笑う。
「エルクも罪な奴だよね」
言葉の後、わずかな間沈黙が漂う。
どちらからともなく二人は手を繋ぎ、寄り添い合った。

「私達・・・ずっと・・・このままでいたいね」
消え入るようなククルの囁きに、アークは無言で頷いた。

他人の前では決して見せることのない、二人だけの本当の気持ち。
だが、自分達の想いのままに生きるには二人とも責任感が強く、優しすぎた。





神殿の中に戻ろうとしたリーザが人の気配に振り向くと、同じく神殿に戻ろうとしていたエルクと目が合った。
思わず階段の途中で足が止まる。
「リーザ」
「エルク」

ゆっくりとエルクが階段を上がり、リーザの3段ほど前で立ち止まった。
そして少し躊躇した後、バツが悪そうな表情でわずかに高いリーザを見上げる。
「さっきは・・・その、ごめんな・・・。死んでしまった人間と見間違えるなんて・・・やな気分させちまったな」
「エルク・・・」
(ちょっと違うよ、エルク。でも・・・)
胸の中の思いを封じ込め、リーザはにっこりと笑みを浮かべた。
「いいの。気にしないで、エルク。・・・ミリルさんのこと考えてたの?」
「ああ・・・」
エルクの口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。
「おかしいだろ。あいつがいなくなって随分経つのに、まだ忘れられねえんだよ」
今にも泣きそうな、悲しげなエルクの笑み。

「忘れる必要ないじゃない」
リーザは胸の痛みを隠してエルクへの励ましの言葉を探す。
「ミリルさんは大切な人だったんでしょ?辛いでしょうけど、その思い出を消してしまおうとしないで。ね?」
そう言われた後、しばらくエルクはびっくしたような表情でリーザを凝視していた。
やがて強張りが解け、エルクの表情が穏やかなものになっていった。

「ありがとな、リーザ」

エルクの安心したような微かな笑顔。
それだけでリーザは幸せな気持ちになれた。



今はまだいいの。
でもエルク、いつかきっとわたしを見てね。
わたしもエルクが好きになってくれるように頑張るから。
ミリルさんに負けないくらい素敵な女の子になるから。
自分に自信がついたら、ちゃんと告白するから。
わたしのこの想い、受け止めてね・・・。


END

なんて少女趣味なラストだろう・・・(汗)
リーザには申し訳ないんだけど私は『アーク2』の時点ではまだ
エルクはミリルのことを好きでいてほしいんですよね。
時が経てば彼もリーザのことを見るでしょうが、それはたぶん
1年後くらいということで(苦笑)。エルリーの方済みません・・・。
アーク×ククルとシュウ×シャンテはらぶらぶです(笑)
この2組はもう他人の入る隙間はないということで♪



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