二人の約束
坊ちゃん:月華(ユエファ)・マクドール
2主:ユアン(元)


「ユ〜エ!」

「テッド!」

突然の呼びかけに振り返った月華は、不思議そうに目を大きくさせたかと思うとすぐに満面の笑顔で窓際に駆け寄る。

部屋の前まで伸びた樹の枝に上った一人の少年が、窓枠に凭れ掛かって顔だけを覗かせていた。
テッドと呼ばれた少年は「よいしょっ」と幼い外見に似合わない掛け声と共に、月華の手を借りて部屋の中に入って来る。

「テッド、いい加減に玄関から入らないとグレミオにまた叱られるよ」

「いいじゃん、こっちの方が楽しいしさ」

まったく悪びれないテッドの返答に、月華は「まあそうだけどね」とこちらも本心で咎めていないことが解る。
月華にとってもテッドの奇警さは新鮮であり、楽しくもあるのだ。

「ところでさ、なんか今日は家の中騒がしくねえ?」

周囲を見渡すように顔を動かして疑問を口にすると、月華は一瞬小首を傾げてくすりと笑った。

「だって年末だよ? 家の中、今大忙しなんだ」

「大掃除でもしてんの? この家、充分綺麗じゃん」

従者であるグレミオやメイド達によって、マクドール邸はほぼ毎日掃除されている。
年末だからと言って、他の家々のように戦争のような忙しさにはならないはずだ。
よく見る必要もなく月華の部屋も綺麗に片付いている。

「掃除はもう終わってるよ。忙しいのは調理場」

「あ、なるほど。やっぱ年始のパーティーとかあんの?」

「うん。城のような盛大なものではないけどね、父上の友人や部下の人達を招くんだ」

「ふうん。じゃ数日は遊べないな」

「なんで?」

心底不思議そうな月華に、テッドの方も戸惑って月華の瞳を見返す。

「テッド、グレミオの料理食べたくないの?」

「いや、食べたいけどさ」

まさか天下の帝国五将軍の邸宅の行事に、自分のような者が関わるわけにはいかないだろう。
そう言いたいのは山々なのだが、身分による差別を嫌う月華にそれを伝えることができずに口の中でもごもごと言葉を濁す。

「俺、畏まった席は苦手なんだよ」

「畏まってないよ。来るのはソニアさん達帝国将軍の人達やアレン兄さんやグレン兄さんやカイ師匠とかで、テッドも面識ある人達ばかりだよ」

帝国将軍などというとんでもない身分でありながら、彼らは帝国貴族とは違って身分に拘らない。テッドのような戦災孤児に対しても、分け隔てなく接してくれている。腐りきった貴族の中、彼らはかろうじて残った清廉な軍人だ。
彼らは強い信頼で結ばれており、家族のようだと言っても過言ではない。


「家族で新年を祝うんだよ。だから、テッドもいてくれないと・・・」

「ユエ・・・」

縋るような瑠璃色の光を放つ瞳に見つめられて、「嫌だ」などと口にできるだろうか。
ここでテッドが少しでも難色を示せば、素直な月華は哀しげに「ごめんね…」と言って引き下がるだろう。
しかし、その表情を目にした時の罪悪感たるや、まるで小さな小動物を苛めているかのようで非常に後味が悪いのだ。

(無邪気さってのは一種の凶器だよなあ・・・)

そんな台詞を心の中で呟きながらも、テッドにはこの可愛い親友の頼みを撥ね付けることなどできはしない。
何より月華が自分のことを家族の一員のように思ってくれることが嬉しかった。

「解ったよ。泣く子にゃ勝てないもんな」

「なっ、泣いてなんかないよっ!」


真っ赤になって怒る月華が可愛らしくて、テッドは余裕の笑みで彼に応えた。





■■■■■





深く夜の闇に閉ざされた世界では、息づくものは全て静かな眠りの中にいた。

温かな寝台の中では冬の凍り付く寒さも届かず、心地良い温もりが身体を包んで優しい夢を見る。


はずなのに。


「テッド・・・寒い・・・」

「はは、そりゃそうだろ」

暗闇の中、吐いた息の白さが浮かび上がる。
見上げれば広がる夜空に星が瞬き、冷たい空気が肌を刺す。

マクドール邸の屋根に並んで腰掛け、月華は虚ろな目で満天の星空を見上げた。
毛布に包まれているものの、やはり真冬の夜の冷気は容赦なく体温を奪ってゆく。

「なんで、こんな夜中に屋根に上らされているの・・・?」

何が哀しくて誰もが深い夢の中にいる時間に叩き起こされて、寒空の下屋根に上って星を見上げねばならないのか。
げんなりとなる月華に、テッドは真剣な表情で拳を握り締めて力説する。

「何言ってんだ。新年と言えば初日の出! それを拝まずして正月が迎えられるかっ!」

「別にトランにはそんな習慣はないもの・・・」

「馬鹿者! 1年が始まるありがたい日だぞ? お天道様と迎えられる喜びを親友と分かち合おうという俺の友情が解らないか?」

「別に屋根に上らなくたって、部屋の中でも朝日は見られるじゃない」

「阿呆。お坊ちゃんのお前を夜中に連れ回すことができないから屋根で我慢してやってんじゃないか。本当なら虎狼山にでも登りたいところなんだぞ?」

「・・・・・・元気だね、テッド・・・」

「いい若いもんが何言ってんだ」

呆れたように肩を竦めると、おもむろにテッドは立ち上がって屋根の上からのグレッグミンスターの街並を見下ろした。

「やっぱこの家でかいから街の向こうまでよく見えるよなあ」

グレッグミンスターの城とまではいかないが、マクドール邸は帝都でも指折りの豪邸だ。
決して華美でも派手でもなく、控えめながらも荘厳さを湛え、さらに家人の手によって温かみの感じられる庭や邸内は、月華はもちろんのことテッドにとっても思いの外居心地が良かった。



徐々に東の空が闇の色を変え始めた。
藍色を重ねたグラデーションが、少しずつ裾野を広げていく。


「ユエ、見ろよ。もう少しで夜が明ける」

優しい呼びかけに、寒さに耐え兼ねて蹲っていた月華は顔を上げ、ゆっくりと立ち上がってテッドと肩を並べた。


ゆっくりと、時間を掛けて白み始める東の夜空。
星の光が少しずつ光を失っていく。
それを追うように、光の波が東の彼方から広がっていった。


「新しい年の夜明けだな」

光の筋が濃い藍の空を照らし、朝靄に柔らかく反射して朱に染まる。
寒さも忘れて、月華はその光景に見入った。

「綺麗だね」

「だろ?」

にやりと笑い、テッドはパンッと両手を合わせた。

「今年も良い年でありますように!」

いったいどこの地方の風習なのか、月華には疑問でならなかったが、満足そうなテッドの様子に水を差すような真似はしなかった。


いつの間にか、夜の闇はすっかり薄れていた。
グレッグミンスターの街の向こうから、太陽が顔を出す。

やはり新年の始まりというものは少なからず気を引き締めてくれる気がする。

いつもと何ら変わらない夜明け。
太陽にとってはいつものように昇っただけ。
それでも、自分達にとっては新しい年の始まりなのだ。

そんな、特別な日に特別な人と一緒にいられることの幸せ。
寒い思いも眠い思いもしたけれど、やはり嬉しいことだ。


「ね、テッド」

「ん?」

「来年も一緒に初日の出見ようね」

春のような柔らかい笑顔で言った月華の言葉に、テッドは一瞬驚いたように目を大きくしたが、すぐにそれは笑顔となった。

「ああ、そうだな」


やがてグレッグミンスターの街は、日の光に照らされて朝を迎えた。






■■■■■





本当はさ、どう答えていいか解らなかったんだ。

だって、来年が来る前に俺はもうお前の傍にはいないかも知れないから。
来年が来る頃には、俺はまた一人でどこかを旅してるかも知れないから。

でもな、また一緒に新年を迎えたいのは俺だって同じだぜ?
だから、お前がああ言ってくれて、涙が出るほど嬉しかった。

出来ることなら、来年も、再来年も、一緒に初日の出見たいよな。
本当はこんなこと願っちゃいけないんだろうけどさ、
もうちょっとだけ、夢見させてほしいんだ。

だから、俺は一所懸命に願った。
あの日の太陽に。

また、ユエと一緒に新年を迎えられますように――って。






■■■■■







「つまり何が言いたいわけ?」


寒空に、人の心までをも凍り付かせるような冷たい声が流れた。

美少年と誉れ高い綺麗な顔を壮絶な怒りに染めて、彼は月華を睨み付けていた。
その絶対零度の氷の視線を浴びながらも、月華の口元には余裕の笑みさえ浮かぶ。

ただでさえ凍えるほど寒いのに、さらに気温を下げるほどの冷たい怒りの火花が周囲に氷河期をもたらす。

それに耐え兼ねて凍り付いているのは、ご存知同盟軍の名立たるメンバー達である。

現在氷の戦争の舞台となっているノースウィンドウ城の城主であり、同盟軍のリーダーであるユアンを始め、熊やら青づくめやら放蕩息子やら騎士やらその他諸々。

ユアンがある町で耳にしたどこかの国の風習、「初日の出」を見たいと言い出してそれに賛同した者達(正確には巻き込まれた人達)は、城の屋上で朝日が昇るのを待っていた。
そんな時、寒さに凍える月華に数人が自分の傍に引き寄せようと腕を伸ばした時だった。

いつもはおとなしく優しい少年が、ふてぶてしく豹変したのは。

そうなってしまった彼と、唯一対抗できる風使いの少年との口論の中、彼は突然昔話を語り始めたのである。
それが、題して「テッドとユエのラブラブ初日の出」という初日の出の思い出。



「つまりな。ユエと初日の出を見る特権は俺のものなわけ。お前等邪魔だからどっか行け」

「いきなり出て来て何勝手なことほざいてるのさ、ガキ年寄り」


何を、このおかっぱっ! 子供は寝てろ!!


あんたはさっさと永眠しな!!



「ちょ、ちょっと、二人とも・・・っ」


不吉な予感にユアンが声を上げたが、時すでに遅かった。







切り裂き!!!



冥府!!!










東の空より現れた太陽は、崩れかけたノースウィンドウ城を柔らかく照らした。



END


47000番を申告して下さった狐月ケイ様のキリリク『仲良しテド坊』でした。
坊ちゃんは月華坊ちゃんです。テッドとの幸せな話はやはり月華じゃないと(苦笑)。
後半が・・・まあ、あんなですけど、こんなんでよろしいでしょうか(滝汗)。

狐月ケイ様、47000HITおめでとう&申告ありがとうございました♪



ブラウザのバックでお戻り下さい。