坊ちゃん:ティエンリウ(天流)・マクドール 2主:ユアン(元)
日差しの温かな昼下がり。 俺は陽気に誘われるように、森を散歩していた。 俺が身を置く同盟軍本拠地ノースウィンドウ城は、戦争中とは思えないほど平和だ。 こうして木漏れ日差す静かな森の中を歩いていると、余計に戦争が遠く思える。 長く続く並木の間をゆっくり進んで行くと、見慣れた色を見付けた。 緑や茶色に混じる紅。 吸い寄せられるように歩み寄ると、一本の大木に凭れて眠る一人の少年の姿があった。 ティエンだ。 俺は驚きを隠せなかった。 というのも、ティエンのこんな無防備な姿を見るのは非常に珍しいことだからだ。 天流(ティエンリウ)・マクドール。 トランの英雄と謳われる偉大な少年。 4年ほど前に終結したトラン国の解放戦争のリーダー。 現在は同盟軍リーダーのユアンに見初められ、何かとつきまとわれ・・・いや、慕われている。 物静かで穏やかな少年だが、他人の気配にはかなり敏感だ。 だが今のこいつは俺の目の前で静かに寝息を立てている。のぞき込んでも起きる気配はない。 本当に珍しい。 それとも疲れているのだろうか? ティエンはいつも誰かに囲まれているから。 元解放軍だったり同盟軍の奴だったり、とにかくティエンはモテる。 ユアンやナナミはもちろん、ルックにシーナに騎士やら軍師連中やら果てはムササビに至るまで。 ちなみに俺の相棒の青い奴もティエンにつきまとう一人だ。 それにしてもこいつ、綺麗な顔してるなあ。 常に冷静で大人びているから気付かないが、こうしてるとティエンが子供なんだとよく解る。 まあ、実年齢は二十歳になるが、外見は14、15歳だ。4年前の戦争ではユアンより年下だった。 ティエンの隣に座り、そっと頭を撫でてみる。 まるで子供にするように。 すると、さすがに気付いたのか、ティエンが身じろぎした。 やべ、起こしちまったかな? ぴくりと、白い頬に影を落としていた長い睫が震え、ゆっくりと目を開いた。 やっぱり起こしてしまったようだ。 だから人の気配に敏感なんだよ、こいつは。何やってんだ俺・・・。 「ん・・・」 「よお、目が覚めたか?」 「・・・森のくまさん・・・?」 「・・・おい」 目覚めの第一声がそれかい。 「起こして悪い」と続けようとしたのに吹っ飛んでしまった。 つーか、云うにことかいて「森のくまさん」はねえだろ。 「・・・びるとーく・・・?」 「ビクトールだ!」 完全に寝惚けてやがるな、こいつ。 だが、今の俺の声でどうやら完全に目が覚めたようだ。 ぼんやりしていた琥珀の瞳が強い意志を宿し始める。 「ビクトール? 一人か」 「まあな。俺だっていつもユアンやフリックの世話してるわけじゃねえよ」 「それもそうだな」 頷いて、ティエンは腕を上げて伸びをする。 「お前こそ珍しいじゃないか。俺が近付いても全然起きなかったぜ?」 「僕だって熟睡することくらいある」 気恥ずかしいのか、照れたようにそっぽを向く。 そんな可愛い仕草に思わず笑いを漏らすと、横目で睨みつけられた。全然怖くないけどな♪ 珍しいティエンの子供っぽい一面を微笑ましく思いながらも、やはり気になったので一応問い掛ける。 「疲れてるわけじゃねえんだな?」 解放戦争の時、ティエンは無理ばかりしていた。そのせいか、元解放軍の者はどうもティエンに対して心配性になってしまう。 過保護だとは思うが、際限なく無理をするこいつにはこのくらいが丁度良い。 「天気が良いと眠くなるものだろう」 そう云って微笑むティエンの表情は穏やかなものだ。 どうやら心配はなさそうだな。 そっと頭を撫でてやると、ティエンは目を細めて身を捩る。まるで猫のような仕草だ。 嫌がってるわけじゃないってのは表情から解る。 「ビクトールの手は父上に似ている」 「よせや。俺はまだお前みたいなでかい子がいる年じゃないぜ」 「そうか。では何年かしたら会いに行って父上とでも呼び掛けてやろうか?」 「やめろ。洒落にならねえ」 想像して冗談じゃねえと顔を顰める俺に、ティエンは楽しそうに笑い声を上げた。 今日のティエンは本当に珍しく明るい。いや、明るいというより・・・何だろうな。 穏やかというか無防備というか。 「おっと、子猫が熊とじゃれてる!」 いきなり後方からふざけた言葉が掛けられた。 この軽い声は、間違いなく・・・。 「やあ、シーナ」 ティエンが俺の背後に視線をやって親しげに笑い掛けた。 ・・・やっぱりか。 「よう、ティル。こんな所でおっさんと逢い引きかい? ルックとかユアンが嫉妬するぜ」 ケラケラと笑いながら不吉な台詞を言ってくれる。 あいつらのティエン絡みの嫉妬は命に関わる。 ”ティル”というのはティエンの愛称だ。 この名前を呼ぶのはティエンの親しい友人であるルックとシーナの二人だけ。 そもそもはティエンの親友がつけた愛称らしい。 シーナは、ティエンの隣に腰掛けると、そっと頬に手を伸ばした。 「何かあったのか? やけに嬉しそうじゃん?」 「懐かしい夢を見た」 「夢?」 「父上の夢・・・」 ティエンの言葉に、俺とシーナは同時に顔を顰めた。 余程心配そうな表情だったのだろう。ティエンは俺とシーナの顔を見て苦笑を浮かべた。 「心配性だな、二人とも」 お前相手だとこれくらいでいいんだよ。 あれから4年以上経つとは云え、まだ4年なんだ。 この優しい子供が平気なわけがない。 「目が覚めて、傍にビクトールがいた時、父上と重なった」 そう云って俺を見つめてふわりと微笑むティエン。 男なのに、まるで花のような笑顔だ。 幸せだった時を思い出していたのか。 だから、あんなにも・・・。 「そっか。じゃあ、おっさんを親父さんだと思って甘えろよ。俺が許す」 勝手に許すな。 いや、俺だって父親の代わりになれるかどうか解らないが、ティエンを甘やかしてやるつもりだけどよ。 「で、俺が恋人役してやる」 「いらねえだろ、そんなもん。どうせならグレミオ役とでも云えや」 「グレミオさん〜? だってあの人母親みたいなもんじゃん。俺には無理無理」 だからって何で恋人なんだよ。男だろ、お前。 ・・・・・・・・・・・・まさか・・・・・・。 「ほら、俺の胸で泣けよ」 甘ったるく囁きながら、シーナはティエンを優しく抱きしめた。 やっぱりティエンが女役か―――っ!! 俺はすぐさまシーナからティエンを救出した。 「馬鹿かお前は! ティエンをナンパしてんじゃねえ!!」 「んだよ、慰めるにはやっぱ人肌が一番なんだぜ?」 くあーっ! こいつが云うと卑猥に聞こえる! 「そんなのは女にやってやれ! ティエンは男だろう」 「俺は気にしないぞ」 「てめーが良くても俺が許さん!」 「何だよ熊! 父親かあんたはっ」 父親役をしろと言ったのはどこのどいつだ。 「ふふ・・・」 俺の腕の中でティエンが笑い声を漏らした。 見ると、肩を震わせながら笑いを押し殺そうと苦労するティエンの姿。 「笑うな・・・」 苦々しく云うと、堪え切れずにティエンは俺の胸に顔を埋めて一層震える。 ティエンは声を出しては笑わない。いつからなのかは知らないが、俺達と出会った時にはすでにそうだった。 程なくして落ち着きを取り戻したティエンは、笑い過ぎて涙の滲む瞳でシーナを見やり、 「済まないがシーナ、恋人はいいよ。父親だけで充分だ」 ティエンに気を取られて気付かなかったが、シーナは嬉しそうにティエンを見つめていた。 云われた言葉に「なんだ、残念」と軽い口調で返し、笑いながら立ち上がる。 「んじゃ、親子水入らずの邪魔者は退散するとしますか」 冗談めかしてそう云って、シーナは手を振りながらその場を離れていった。 ったく、とんでもねえ野郎だ。 けれど、あいつがどれだけティエンを大切に思っているのか、よく解る。 そのティエンは俺の腕の中で身動きし、細い両手で俺の手を取った。 「?」 「やっぱりビクトールの手は父上に似ている」 俺が、というより俺の手が父親ってわけか。 ま、こんな手でティエンが嬉しがるならいいけどな。 頭を撫でてやると、ティエンは楽しそうに笑った。 外見に見合う、幼い笑顔。 滅多に見ることのないティエン。 ユアンやフリックが知ったら、絶対悔しがるだろうな。 「ビクトール」 「何だ?」 「僕が、おじい様と呼び掛けれるようになるまで、死ぬなよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・」 嬉しいんだがよ、もうちょっと云い方ってのあるだろ・・・。 冗談なんだか真面目なんだか解らねえが、こいつはやると云ったらやる奴だ。 何年かしてふいに現れたティエンに「父上」と呼び掛けられる日は、必ず訪れるだろう。 まあ、それも悪くはないかもな。 ■■■■■ 後日。 俺はユアンやルックやフリック、騎士に軍師にムササビその他諸々に襲撃されまくった。 追い詰められた俺が必死の思いで理由を問うと、ユアンが怒りに顔を真っ赤にして怒鳴った。 「シーナさんが言ったんです! ティエンさんが森で熊に襲われてたって!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「シーナアアアアアッッ!!!!!」 ■■■■■ 「何かものすごい声がしなかったか?」 「そうかあ? 気のせいだろ」 「それよりティル、本当に熊に何もされなかったんだろうね!」 「ルック・・・。君の云ってることがよく解らないんだが・・・?」 「平和だな〜♪」
END
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