雨霞
坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール
2主:ユアン(元)

外は雨。
本拠地周辺でここ数日は長雨が続いていた。
絶え間なく降り続く雨は時折激しさを増したり、霧雨のようなものであったりと様々に形態を変える。

いつもは人々の笑い声の溢れる庭も、こんな日はとても静かだ。
元マチルダ騎士団の赤騎士カミューは、人気のない庭に面した渡り廊下を悠然と進む。
外で遊べない子供達はつまらなそうに雨を恨むが、カミューは雨の日の物悲しさというものが嫌いではなかった。
断続的でありながら、雨の音は騒音とは感じない。
これもまた自然の営みなのだと、感慨深げに霞む庭を見やる。

ふと、雨に覆われた先に何かの影を見止めてカミューは足を止めた。
木々や建物の影にしては細く小さなそれを、目を凝らして見つめる。

(人か?)

頭で考えるより先にカミューは庭に出ていた。
刺客かも知れないと、右手は腰の剣に添えながら慎重に歩を進める。
やがて人影の全容が見えてくると、カミューは意外そうに切れ長の目を見開く。

「ティエン殿?」

警戒を解き、駆け寄るカミューの前方には確かに天流・マクドールの姿があった。
いつからそこにいたのか、全身がずぶ濡れの状態で佇んでいる。
カミューは素早く自分のマントを天流に掛けて雨から守る。

「こんな所で何をなさっているのですか?」

問いに、だが天流は何も答えず、虚ろともいえる琥珀の瞳には何も映らない。
天流が無口で無表情なのはいつものことだ。
しかし今の彼は何か違うと、勘の鋭いカミューは瞬時に感じ取る。

「とにかく建物の中へ。ここにいては風邪を引いてしまいますよ」

そう言って半ば強引に天流の肩を抱き、出て来た渡り廊下の方へと急ぐ。
建物の下に入る頃にはカミュ―の髪も雨に濡れ、水滴が滴る。
生地の厚い軍服を着ていたおかげで天流のように濡れ鼠になるのは免れ、カミューはその上着を脱いで、水を含んでしまったマントの代わりに天流の肩に掛ける。
小さな天流の身体はカミューの軍服にすっぽりと包まれた。

「すまない」

ようやく天流の口から微かな声が漏れた。
ただでさえ白い肌には生気がなく、唇の色も悪い。

「私の部屋に行きましょう。私の服では貴方には大きいですが」

肩を抱いて押してやると天流は促されるままに歩き出すが、視線は庭に向けられたままだ。
庭・・・ではなく虚空・・・否、雨を見ているのか。



カミューの部屋は簡素ながらも趣味の良い調度品が置かれ、居心地の良さを感じる。
部屋に入るなり大きめのタオルで天流の身体を包み、クローゼットから新品のシャツを取り出すと寝台の上に広げた。

「身体を拭かれたらそれに着替えて下さい。今、温かいお茶を淹れますから」

こくりと天流が頷くのを確認し、カミューは部屋の奥へと向かった。
その後姿を見送った後もぼーっと佇んでいた天流だが、やがて緩慢に身体を拭いて肌に張り付くように濡れた服を脱ぎ始めた。


湯を沸かしながら、カミューは壁を隔てた向こう側にいる天流を想う。
日頃から物静かな少年であるとは解っていたが、今日のような彼を見るのは初めてだ。
控えめながらも強い意思を持ち、時には圧倒的ともいえる覇気を放つトランの英雄。
強い存在感を感じさせながらも、空気に溶けてしまいそうな儚さを併せ持つ彼は、元解放軍の者のみならず同盟軍の者すら魅了する。
カミューもまた、天流に惹かれる者の一人だ。

そんな天流の、誰をも魅了した真っ直ぐで穏やかながらも全てを見透かす琥珀の瞳が、光を失い空洞のように無に彩られていた。
雨の中、虚ろに沈みゆくかと思うほどに。

ぞくりと、カミューの背筋に言い知れない悪寒が走った。
天流が突然いなくなることなど考えたくない。


カミューが天流と出会ったのは数週間前だ。
トランの英雄が軍主に連れられて本拠地に来たことは噂で知っていた。
もちろんカミューも彼に興味があった。トランの英雄の逸話はマチルダでも有名だ。
歳若い英雄の輝かしいばかりの実績と、それに伴う闇の一面。
類い稀なる戦闘能力を誇り、強大なる紋章術を使いこなす英雄はその叡智を以って解放軍を率いて覇者となった。
魂喰らいと呼ばれる紋章に魅入られ死神となった彼の者は、近しい人々を死に追いやり、君主を裏切って国を滅ぼした。

所詮は伝承。どこまで事実かは解らないし、真実がどうであるかも解らない。
それでも彼が強大な実力を備えていたことは確かなようだ。
解放軍に参加し、トランの英雄に近しかったというフリックやビクトールも天流・マクドールの実力については手放しで褒める。だが、解放戦争の詳しい経緯などについては彼らは一様に口を閉ざす。
軍主であるユアンがせがんでも、解放軍に所属していた者達は辛そうに苦笑するだけで何も話さないのだ。

そんな時に偶然出会った一人の少年。
華奢な肢体に少女のように繊細で端麗な容貌は、カミューでさえも思わず見惚れたものだ。
解放軍を率いて赤月帝国を打ち倒した勇猛な英雄にしては儚くか弱い印象を受け、彼がトランの英雄だと知った時はひどく驚いた。
しかし、一度戦闘となれは彼は軍主であるユアンすらも凌駕するほどの戦闘力を誇った。
隙のない素早い動きと強力な紋章術、相手の裏をかく戦術で息も乱さずに敵を瞬時に打ち倒す。
自分よりもずっと小さく非力であるはずなのに、戦っても勝てる気はしない。
恐れ、敬い、憧れつつもどうしようもなく惹かれる。
それがカミューにとっての天流・マクドールという存在だった。


トレイにティーポットやカップを乗せて部屋に戻ると、着替えを終えた天流が佇んでいた。
濡れた衣服は椅子の背に掛けられ、身体を拭いていたであろうタオルを手にしたまま窓の外を眺めている。
細い身体にはやはり大きいカミューのシャツは、天流の膝上まで丈がある。
天流に聞かれたら間違いなく機嫌を損ねるだろうが、可愛らしいとしか言い様がない。
だがこの格好はかなり際どいと言わざるを得ないだろう。
気配を感じて振り向いた天流の、首元まで釦を嵌めても尚露になる鎖骨を目にした時は、流石のカミューもうろたえた。

内心の動揺を押し隠しながらテーブルにカップを置き、慣れた手つきで紅茶を注ぐ。

「どうぞお座り下さい。お口に合えば良いのですが」

そう言いながら椅子を引き、天流が腰を下ろすと自分も向き合う形で腰掛ける。
天流は囁くような声音で「いただきます」と呟き、そっとカップに口を付ける。

「美味しいですね・・・」

虚ろな無表情だった天流に、ようやく笑みが浮かんだ。
熱いお茶のお陰か、真っ白だった頬に赤みが差す。
嬉しさに、カミューの端正な顔もまた綻んだ。

「お気に召されたのでしたら何よりですよ」


それからはお互いに無言だった。
微かな雨音だけが響く部屋で向き合いながらお茶を飲む二人。
カミューは不躾にならないように天流を見つめていた。
始めの頃こそお茶の美味しさに柔らかく微笑んでいた天流だったが、やがて視線は窓の外へと向けられ、琥珀の瞳から光が消える。

「ティエン殿は雨がお嫌いですか?」

天流を繋ぎ止めたくて、カミューは沈黙を破る。
声にハッと我に返り、天流はカミューに注意を向ける。
自分を見つめるカミューの心配げな様子に気付いて、自嘲の色が浮かんだ。

「何故・・・そう思う?」

「雨を見ている貴方が、とても辛そうに見受けられましたので」

「・・・そう」

カミューの答えに天流は瞳を臥せる。

「だが・・・いや、嫌いではない。・・・嫌いではない・・・が・・・」

言葉を切り、逡巡するかの間を置いてぽつりと言葉を零した。

「辛い・・・のかな・・・」

「辛い、ですか」

「・・・・・・色々と、・・・思い出してしまうから・・・・・・こんな日は・・・・・・」

静かに言葉を紡ぎながら、再び視線を窓の外へとやる天流。
あまりにも儚く哀しげなその様子に、カミューの胸の奥を深い痛みが貫いた。

(ああ、この人は・・・捕らわれているのか・・・)

天流が想像もつかないほどに辛い思いをしてきたことは、断片的になら知っていた。
トランの英雄の伝記を読むだけでも壮絶な戦争の一片が伺い知れるし、何より元解放軍の者達のトランの英雄に対する態度、天流と接する時の様子からもそれは感じることができる。
年端もいかない少年の身に起きた、残酷で過酷な運命。
天流がどれほど傷付いたのか、何を失ってきたのか。

カミューは空になったティーカップを皿の上に戻しながら、努めて穏やかに微笑んだ。

「ティエン殿、宛がわれた部屋に着替えはお有りですか?」

カミューの声に再び天流は現実に引き戻される。

「ああ・・・。確かシュウ殿が用意をしてあると言っていた・・・」

「では着替えたら酒場かレストランにでも行きませんか?」

「?」

状況が解らない様子の天流に、カミューは笑みを深くする。

「ビクトール殿やフリック殿もおられるかも知れませんし、何より賑やかな場所にいれば雨音も聞こえませんから」

雨を意識せずにいれば辛いことを思い出すこともない。虚ろが天流を支配することもない。
言葉の真意が伝わったのか、一瞬目を丸くした後天流はふわりと微笑んだ。
感謝と親しみの込められたそれは、雲間から射す陽の光にも似てどこまでも清浄な輝きを放ち、カミューの心を捕らえた。


3年前を知らない自分には、幼い英雄が背負う物の重さなど知る由もないし、理解することもできない。
それでも、少しでもこの孤独な少年を癒すことが出来たのなら・・・これほど嬉しいことはない。


レストランでは予想通り、天流の周りにはたくさんの人達が集まって来た。
フリックやビクトール、シーナ、ルックらが天流を心配して何かと気遣う。
カミューは微かな嫉妬を彼らに覚えながらも、天流が心安らかにいられるならばと静かに見守る。


出会って間もないとはいえ、彼を想う気持ちはフリック達にも劣らない。

たとえ僅かでも天流の心を軽くできるのなら

その微笑を見られるのなら

何事をも厭わないだろう・・・

END


念願のカミュ坊ですv カミュー→坊ですか?(苦笑)
カミューは何も聞かずに包み込んでくれる人なので、
天流坊ちゃんにとってカミューのそばは、居心地の良い場所となってます。
3年前を知らないからこそ坊ちゃんのために出来ること、言える言葉もありますよね。
カミューには知らない立場から坊ちゃんを癒せる存在であってほしいです♪
それならマイクロトフやシュウもそうでしょうかね。
とにかく解放軍も同盟軍も坊至上(笑)



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