|
勝負の行方
「だあああああっっ!!! むかつくぜ、ちくしょーっっ!!!」
トラン城の一角より凄まじい絶叫が轟いた。
城を揺るがせるほどの素晴らしい声量の持ち主はさすがに息が上がったのか、それとも興奮し過ぎたのか(もしくは両方か)、声を発した後はぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。
「いったい何事だ、馬鹿息子」
突然叫んだ息子に奇異な目を向け、レパントは問いかけた。
馬鹿息子=シーナは母親譲りの端正な顔を怒りに染め、「うるせー、クソ親父」と上品な容貌から遠く遥か掛け離れた返答を口にする。
「親に向かってクソとは何だ、クソとはっ!!」
「クソをクソと言って何が悪いんだよ、クソ親父!!」
「このクソ馬鹿息子があぁぁっ!! そこへ直れっ! 腐った根性を叩き直してくれるわっ!!」
「ああ!? いい年こいて美少年追い掛け回してるクソッタレに言われたくねえな!!」
「誤解を招くようなことをほざくなああ!! 貴様には天流殿の良さが解らんのか!!」
「ティエンにゃ何の文句もねえよ! 落ち着け、ボケ!!」
貴族とは思えない親子の会話である。
ピッシャ――――ンッッッ!!!!!
延々と続くかと思われた不毛な舌戦は、にっこり微笑む女神より落とされた雷撃によって終止符を打った。
「ほほほ、貴方もシーナも落ち着きあそばせ」
慈愛に満ちた母は彼ら一家の影の支配者だ。
ぷすぷすと焦げた匂いを放ちながら、夫と息子は妻として母としての愛のムチの前にあっさりと降伏した。
「す、すまん、アイリーン・・・」
「ごめん、母さん・・・」
余計な口答えなどせず、素直に謝るのが良策だということは、二人とも骨身に染みて理解している。
「それで、シーナは何をそんなに怒っているのです? ハンサムが台無しですよ」
ハンサムと言われてシーナは思わず照れる。
母としても女性としても、シーナの母アイリーンはまさしく理想だ。そんな憧れの人に誉められればやはり嬉しくて堪らない。
「いや、ちょっと最近生意気なガキに会うようになってさ・・・」
思い出すと、またむくむくと怒りが込み上げる。
浮かんでくるのは憎たらしくも生意気な少年の顔だ。年の頃はシーナよりも2〜3歳ほど年下で、外見だけなら少女のように可憐な少年。だがその実態は毒舌鋭く凶暴な風使い。
知り合ってまだ間もないが、彼とは互いを敵だと認識し合い、何度激戦を交わしただろう。
とにかく顔を合わせれば舌戦が勃発し、瞬く間に戦闘へと変わるのだ。
そしてその決着は・・・目にも止まらぬ速さで繰り出された棍の手痛い一撃によって着く。
「そんなに嫌いならば会わないようにすれば良いだけだろう」
広いこの城なら、嫌な人間を避けるくらいどうということはない。
だが、シーナはそれが出来りゃ苦労しねえよ、と再び溜息をついた。
出来ることなら自分だってあんな奴と会いたくなどない。避けられるもんなら徹底的に避けてやる。
だが、それができない事情があるのだ。
(俺だってティエンに会いたいんだよっ)
久しぶりに会った旧友。彼に対しては掛け値なしの好意を抱いている。
そしてそれは――たぶんあいつも同じ。
あいつを避けるためには“彼”に会わなければ良い。
しかしどんなに互いの存在を疎ましく思っていても、二人にはそれが出来ないのである。
一方その頃石板の小部屋には、不機嫌全開美少年の発するどす黒いオーラが渦巻いていた。
まるで生き物のようにうねるそれは、通り掛かった不運な人々を恐怖に陥れる。
人々は救いを求めて上層部メンバーの元に懇願しに行くが、解決する手立てを持たないビクトールやハンフリー等はただただ困惑するだけである。
そして、彼等は切に願う。
(ティエン! 早くあいつを何とかしてくれ!!)
――と。
ちなみに天流は現在軍師と共に執務室で仕事中だ。
邪魔をすればシーナやルック以上の恐怖を伴なう報復が与えられるため、今は我慢するしかない。
自分がどれだけご近所の皆様方を精神的に追い詰めているかなど、ついぞ知らぬ風使いの少年ルックは、最近何かと出くわすようになった年上の少年に対する怒りを持て余していた。
ルックが唯一好意を持つ天魁を頂く少年との楽しい時間をことごとく邪魔する、忌々しい男。いっそのこと遠くデュナン辺りまで飛ばしてしまおうかと考えたことも一度や二度ではない。けれど実行すれば、怒らせると自分ですら勝てる自信のない少年の怒りを買うのは必至。それは何としても避けたい。ルック自身、何故かは解らないが、彼にだけは嫌われたくはなかった。
(どうやってティエンに気付かれないようにあの馬鹿を排除するか・・・)
この所彼はこうして時間さえあれば完全犯罪のトリックを模索していた。そして実はいくつか案が浮かんでいたりする。聡明な上に風を自在に操るという便利な能力を以ってすれば、不可能などはない。
だがしかし、問題は“彼”が騙されてくれるかどうか、である。
賢明な彼に気付かれないようにどうやって奴を消し去るか――。
石板の小部屋には負のオーラが立ち込め、たまたま通り掛った不運な人々はこぞってそれに当てられ、ひどい悪寒を覚えると共に体調を崩していった。
(そろそろティエンの仕事も終わる時刻だな)
そんなことを思いながら、シーナは執務室への道を辿っていた。
ルックに会わずに天流を独占するには、彼等が接触する前に天流を捕まえれば良い。そこで彼は天流の執務が終わるであろう時間に執務室に行き、天流を確保することにした。
だが、世の中とは不思議なもので、会いたくない人間ほどばったりと会ってしまうものである。
もうすぐ天流の仕事が終わると思っていたのはシーナだけではない。
ビクトール等はもうすぐ石板の小部屋から発せられるオーラが消えてくれると安堵しているし、坊ちゃん命のマクドール家の家人達はそわそわし始める頃だ。
そしてルックは――もうすぐ訪れるであろう天流と共に読もうと思っていた本を手に、図書室から石板の小部屋に向かっている途中であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言で睨み合う二人。
その場は一瞬にして不穏な空気に包まれた。
通り掛ってしまった兵士達はさっと顔色を変えると、慌ててその場を離れて行く。
人々はじっと息を潜め、嵐が去るのを待つ。
「何見てんだよ」
「何であんたなんか見なくちゃいけないわけ? 目障りだから消えなよ」
「こっちの台詞だ! だいたいお前、なんでこんな所にいるんだよ! 石板はどうした!」
「悪い? 四六時中あの場所に居るわけないだろ。あんたこそ何の用さ」
「俺が用があるのはティエンだけだ。邪魔すんなよ」
「別にあんたの邪魔する気はないよ。その価値もない。でもティエンは譲らないから」
「それが邪魔だってんだよ!」
「ふん。僕には関係ないね」
「こ、このガキ〜〜・・・っ」
わなわなと拳を震わせながら鋭く尖った視線で睨み付けると、冷ややかな眼差しとぶつかった。
空気がますます張り詰める。
物陰で様子を伺う一般の兵士や市民の方々は緊迫した雰囲気に息切れしそうだった。
いったいこれからどんな恐ろしい事態が待ち構えているのだろう。
「今日という今日は勘弁ならねえ! 決着着けてやる!」
「はっ、馬鹿じゃないの。わざわざ負ける勝負を挑むなんて」
「お前だって俺に勝てたことないじゃないか」
ふん、と嘲りを含んだその言葉に、ルックの形の良い眉が撥ね上がる。
確かにルックはシーナに勝ったことがない。だが負けたこともない。
つまり、決着を着ける前に二人とも天流によって粛清されるため、未だに決着が着いていないのだ。
「いいよ、じゃあ望み通り今日こそ息の根止めてやろうじゃないか」
ゆらりとルックの周囲の風が揺らめいた。
「やれるもんならやってみろ!」
スラリとシーナの剣が抜かれる。
さて、世の中とはやはり不思議なもので、こういう最悪な状況の時こそ会いたい人間が現れるものである。
「食らえ!!」
素早く斬り込み、上段から剣を振り下ろす。
しかし、ルックの周囲を護るように渦巻く風の力によって攻撃は阻まれ、さらに強い力で押し返される。
「切り裂き!!」
「どわ! 危ねえっ・・・・・・・・・・・・っ!!」
間一髪で風の刃と共に弾かれ、向かってきた剣を避けたシーナだったが、目標を失った『切り裂き』と剣の行方にハッとなる。そしてそれはルックも同様だ。
風と剣の刃の向かう先には―――。
ビクトールと彼に手を引かれた天流、そしてその従者達がこちらに向かっているところだった。
「げげっ!!」
目の前から迫ってくる風と剣に、目標となったビクトールが咄嗟に反応ができずに硬直する。
それに素早く反応したのは天流だ。
さっと身を屈めると長い棍を瞬時に回転させ、ビクトールやグレミオ達の足を払ってその場に転倒させた。倒れた彼等の頭上を物凄い勢いで『切り裂き』が飛んで行き、窓を突き破って消える。
飛んでくる剣は下から振り上げた棍で弾き、音を立て落ちたそれは反動で回転しながら廊下を滑ってやがて止まった。
しん、と静寂が落ちた。
誰もが顔色を青くして、一瞬のうちに起きた出来事に放心状態となっている。
一歩間違えば大惨事となるところだった。
すんでのところで命が助かったビクトールなどは生きた心地がしなかった。心臓の鼓動がいつもの倍以上の速さで脈打つのを感じる。
生きてて良かった・・・っっ!
心底、そう思う。
さて、まさに神業とも言える素晴らしい反射神経を披露した天流は、ビクトールやグレミオ達の無事を確認して、落ちていた剣を手に取った。
その剣が誰のものなのか、通り過ぎていった風の刃は誰が発したものなのか。
いちいち推測する方が何だか馬鹿馬鹿しい。
肝を冷やしたのは標的となったビクトール達だけではない。
元凶であるルックやシーナも、天流が無事だったことに心から安堵する。
同時にじわじわと込み上げるのは―――――恐怖。
「わ、悪いティエン、ごめんな?」
「悪かったよ・・・」
きらん、と琥珀の瞳が鋭く光った。
その瞬間、二人は激しい衝撃に襲われたかと思うと―――気付けば足元に地面がなかった。
「へっ!!??」
「!!!」
バッシャ―――ンッッ!!!!!
数拍の後、派手な水飛沫を立てながら二人は湖の底へと沈んでいった。
「あ・・・しまった」
素早い棍の攻撃によってシーナとルックの二人を窓から突き落とした姿勢そのままに、我に返った天流はぽつりと一言呟いた。
結局この日もまたルックとシーナの勝負に決着は着かず、軍配は天流に上がったのだった。
■■■■■
医務室に運ばれたルックとシーナの傍には、落ち込んだ様子の天流の姿があった。
「・・・すまない、二人とも・・・大丈夫か?」
「たいしたことじゃない」
「気にすんなってティエン、悪いのは俺らなんだからさ」
神妙な面持ちで謝罪する天流に対して、二人は別に怒りなどはない。非は自分達にあると自覚している。むしろ湖に落とされただけで済んだと言っても良いくらいだ。
しかも、こうして罪悪感を抱いた天流が珍しく長い時間を共に居てくれるのだから。
だが・・・、とルックとシーナの険を含む視線が互いを行き交う。
こいつさえ居なければ―――という意味を込めて。
その後、勝負の行方は不明のまま、二人の攻撃対象はある1人の青い青年へと移行していくのである。
END
まだルックやシーナが坊ちゃんのことを“ティエン”と呼んでいた頃の話でした♪
つまり二人が天敵だった頃の・・・(笑)。
シーナはアイリーンを“おふくろ”って呼ぶかな〜?“母さん”に妙に違和感(笑)
|