優しい言葉
坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール

その日僕は肌寒さに目を覚ました。

朝日が差し込む部屋の中、その中央に配置されているベッドの上で身を起こす。
ベッドから出て素足を床に着けると、冷たさが直に肌を伝わり思わず身が竦んだ。

窓の外を見やると、白銀の世界が広がっていた。
なるほど寒いわけだ。
吐く息は真っ白。

冬用の長袖の衣服の上にいつもの胴衣を羽織り、部屋を出る。
長い廊下を歩いていると、前方からクレオが僕に気づいて駆け寄って来るのが見えた。

「坊ちゃん、おはようございます」

「おはよう、クレオ」

今日は寒いね、と最近繰り返される挨拶を交わす。

「坊ちゃん、お誕生日おめでとうございます」

「え?」

言われた言葉を、すぐには理解できなかった。
びっくりして目を丸くした僕に、クレオは穏やかに繰り返す。

「今日は坊ちゃんの16歳の誕生日ですよ」

優しい笑顔でクレオはもう一度「おめでとうございます」と言った。

「忘れてた」

そう言えば、今日は僕の誕生日だったな。
日々、忙しくて日にちなどいちいち気にしてなかった。
クレオは「そうだと思いました」と笑った。
そんな彼女に「ありがとう」と告げると、僕はそのまま食堂に足を運んだ。

まだ早朝のため、食堂にいる人の数は少ない。
ほどなくして運ばれてきた朝食を食べていると、入り口から見知った二人の騎士が現れた。
アレンとグレンシールだ。
二人はすぐに僕に気づいて近づいて来た。

『おはようございます』

見事なまでに同時に発せられた声。
「おはよう」と返すと、二人は端正な顔に微笑を浮かべて、

「ティエン様、誕生日おめでとうございます」

「16歳になられたんですよね」

一瞬、固まってしまった。
ああ、そういえば二人は知ってたな。
以前は家で開いたささやかな誕生日パーティーに呼んだこともあるし。


二人に礼を言った後、なんだか面映い気分で朝食を摂り終えて食堂を出た僕は、
いつものように執務室に向かう。

部屋に入るとすでに軍師のマッシュが僕を待っていた。

「おはようございます、ティエン殿。今日は寒いですな」

「おはよう、マッシュ。外は雪が積もっていたよ」

二人で窓の外を見てみると、雪掻きをしている人達の姿が見えた。

「トランでこれほどの大雪は珍しいですね」

「湖は凍ってないようでほっとしたよ」

冗談に笑い合い、さっそく机の上に積まれた書類に取り掛かる。
108星も兵の数も今やかなりの数となり、随分と大きくなった解放軍。
思えば1年近く経つんだと、改めて気付く。

帝国軍に入った時、僕は14歳だった。
それから間もなく15歳の誕生日を迎えた。

その時、僕のそばには家族がいた。
グレミオがご馳走を作って、ケーキも焼いてくれた。
半分はパーンのお腹に入ってしまって、クレオが呆れて。
父上は遠征で家にいなかったけれど、カードとプレゼントが届けられた。
テッドは明るい笑顔で祝ってくれた。
嬉しくて、幸せだった15歳の誕生日。

あれから1年。
16歳の誕生日に、父上もグレミオもパーンも、テッドもいない。

毎年「おめでとう」と言ってくれてた人達が、今年はいないんだ。

当たり前のようにそこにあったものがない。
それを寂しいと感じてしまうのはどうしようもないことだ。
そして時が止まってしまった僕自身。
年は16歳になっても、身体は15歳のままだ。

幸せだった時をそのままに・・・。



「休憩しませんか?」

マッシュの声に顔を上げると、コトンと熱いココアの入ったカップが机の上に置かれた。
手にしていた書類を置き、マッシュに礼を言ってカップを手に立ち上がる。
窓際に寄って外を見てみると、太陽はすでに空の真上に移動していた。
あれだけ積もっていた雪も、半分以上溶けてしまったようだ。

「今日はここまでにしましょうか」

「え? だが、まだ全部片付いてないよ?」

最近は108星を集めるために外出が多かったため、
軍主である僕が処理しなければいけない書類が溜まっていた。
そのため、ここ数日はデスクワークに専念するはずだったはず・・・。

わけがわからなくて見つめる僕に、マッシュは妙に楽しげな笑みを浮かべ、

「実は頼まれたのですよ。昼にはあなたを解放しろと」

言っている意味がわからないぞ、マッシュ。
だがマッシュは僕の混乱を余所に、扉を指差す。

「たぶんそこで待っていると思いますよ」

誰がとか、どうしてとか聞いてもたぶん彼ははぐらかすだろうな。
仕方なく「わかった」とだけ言って窓を離れ、飲み終わったカップを机に置いて扉に向う。
扉に手を掛けて開いた時、

「誕生日、おめでとうございます」

「え?」

驚いて、振り返ったその時、

「よお、ティル」

すぐそばで聞きなれた声。
顔を向けたその先には、

「シーナ。・・・ルックも」

「やあ」

扉の向こうで僕を待っていた人物は、シーナとルックの二人だった。
もう一度後ろを振り返ると、マッシュが笑顔で片手を振っていた。

「誕生日おめでとう」

そっけないとも言える口調でそう言ったのはルックだ。

・・・・・・?
彼に誕生日を教えた覚えはないけど・・・。

「今日でおまえも16歳だな」

やっと俺と同い年か〜♪と笑うシーナを見て、ふと気付く。
シーナは知ってたな、と。

僕の父上とシーナの父親のレパントは昔から交流があるため、僕とシーナは子供の頃から何度か会っていた。
お互いの誕生日のことが話題に上ったこともある。。
マッシュやルックに教えたのはどうやら彼のようだ。

取り敢えず謎は解けたが、今度は今の状況が理解できない。
彼らは何故わざわざ仕事を中断させたのだろう?

「ほら行くよ」

ルックが僕の腕を掴んで促す。
遅れてシーナも反対の腕を掴む。

「シーナ、ルック。いったいどうしたんだ?」

困惑する僕に構わず、ルックは呪文を唱える。
風が三人を包み、僕達はテレポートした。


気が付くとそこは僕に宛がわれている部屋。
わざわざテレポートする必要があったのか?
しかし、それを口に出せば間違いなくルックの機嫌を損ねてしまうだろうな。

それはさておき、殺風景とも言えるその部屋のテーブルの上に置かれている物に驚いた。
朝には無かったそれは。

「マリーさんの手作りだぜ♪」

シーナがにこやかにそう告げる。

ルックはというと、掴んでいた僕の手を離して慣れた手つきで紅茶を淹れている。
そしてシーナは、目の前の大きなケーキを切り分け始めた。

マリーさんの手作りのバースディケーキ・・・

「昼飯まだなんだろ? 一緒に食べようぜ」

切り分けたケーキを乗せた皿と、ルックが淹れてくれた紅茶がテーブルに並べられる。
驚きに呆然としていた僕の肩をルックが強引に引き寄せた。

「なに突っ立ってるのさ。ほら、座りなよ。せっかく淹れたお茶が冷めるだろ」

得意げな笑みを浮かべていつもの憎まれ口を叩く。
だが、僕を見つめる瞳はとても優しいもので。

シーナが引いてくれた椅子にルックに座らせられ、すぐに二人も席に着く。

「改めて、誕生日おめでとうな。ティル」

今日、何度目の言葉だろう。
それは、生まれて来た事を祝う言葉。
温かな微笑で、明るい声で、生まれてきたことを喜んでくれる、優しい優しい言葉。
面映くてくすぐったくて、反応に困ってしまうのだけど。

純粋に、嬉しい・・・。


「ありがとう…」

ありふれたものでしかないけれど、他に言葉が見つからなかった。

思わず俯いてしまった僕の頬に、ルックの冷たい指先が触れる。
ルックの手が冷たいのか、僕の顔が熱いのかはわからないけれど。
同時にシーナの手が僕の頭に添えられ、

「「どういたしまして」」

重なる二人の声。
不意に熱いものがこみ上げてきて、慌ててそれを引っ込めようと目を瞬く。


去年までとは違うけれど、16歳の誕生日もまた、嬉しくて幸せなものだった。


END


思ってたより長くなってしまいました(苦笑)。
ありがちな誕生日ネタで済みません(汗)。
時間としてはテオ戦後でシークの谷前辺りです。
テッドまで亡くしてる場合は坊ちゃんは誕生日どころじゃありませんから。
いや、まあグレミオ・パーン・テオ亡くしてる辺りですでにいっぱいいっぱいでしょうけどね…。



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