君との距離
坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール
2主:ユアン(元)



「はい、どうぞ」

「「「「「ありがとう(ございますv)」」」」」

幼いながらも父のいない間、一家の主は自分なのだという自覚を持つ天流は、突然の客人を居間に通して手ずからお茶を淹れて彼等の前に差し出した。

天流が現れた時点でおとなしくなったルックとテッドも、今は行儀良くソファに腰掛けて天流の淹れてくれたお茶を飲む。
一口飲んだところで、ルックは驚いたようにカップから口を離した。

「・・・美味しい」

「本当だ。お茶淹れるの上手いんだな」

シーナも目を丸くしている。
お茶に関しては舌の肥えた二人をも唸らせるほど、天流のお茶は美味しかった。
照れたように「ありがとうございます」と返す天流の隣で、テッドは「今更何言ってんだ」と二人を見る。

「ティルの料理の腕前はグレミオさん直伝なんだぜ? お茶くらい・・・もしかして知らなかったのか?」

「「・・・・・・」」

意地悪くにやりと笑うテッドに対し、ルックとシーナは激しいショックを受けて固まった。
二人はこれまで一度も天流から手料理を振舞われたことはない。それどころかお坊ちゃん育ちの天流に料理の経験があるということ自体知らなかった。
テッドのにやにや笑いが一層深まった。

「へええ? かわいそーになあ。俺なんて色々と作ってもらってるぜ。なあ、ティル」

「? うん。テッドが喜んでくれると嬉しい」

「な、今日の夕飯も作ってくれるんだよな」

「何がいいの?」

新婚夫婦さながらの甘い会話に、怒りのあまりふるふると震えるルック。気配で彼の殺気に気づいているはずなのに、テッドはさらに見せ付けるように天流の肩を抱いた。

「お前でもいいけどな」

「え?」


「「「「「
!!!!!?????」」」」」


絶句する五人の視線の中、テッドと幼い天流の唇が合わさった。
ちゅっという軽い音を立てて唇を放すと、テッドはルック、シーナ、ユアンに勝ち誇った笑みを向ける。


「テッド、僕は食べ物じゃないよ」

周囲の緊迫した沈黙に気づかず、ほんのりと頬を染めた天流は困ったようにテッドを咎める。
テッドはとろけるような笑顔を返した。

「照れんなよ。いつもしてることだろ」

いつもだって!?

「毎日食べられてたら僕はここに居ないよ。お客さんの前で変なこと言わないで」

「変なことなんて言ってないぞ? 俺達何度もさっきみたいなことしてるじゃん」

「あ、あれはテッドが・・・っ」

ニヤニヤして天流を見つめるテッド。

「テッドの馬鹿! いつもからかってっ! もう知らないっ!!」

顔を真っ赤にさせて、天流は部屋を出て行った。噛み合わない会話に、またテッドにからかわれていると思ったらしい。実際はかなり危険な会話だったりするのだが・・・。知らないままでいることは果たして良いことか悪いことか。
そんな天流の純真さがテッドにとってツボのど真ん中だったらしい。
ソファの上で腹を抱えて身を捩り、心から楽しそうに悶えている。

「か、可愛いっ!vvv」

確かに可愛い。それは認める。
ルックやシーナも状況が状況でなければぎゅっと抱きしめたい。
だが、それには目の前の少年の姿をした齢300歳が邪魔なことこの上なかった。

「やっぱりあんたは敵だよ・・・」

「望むところ。ティルはそう簡単にはやらねえぜ」

低い低い地の底を這う声に、テッドは不敵な笑顔で答える。

タラシも青男も小猿もどうでもいい。
この男こそが真の敵だ。

改めて再確認するルックだった。


数十秒後、束縛が解けたように凍結していたユアンの全身がぷるぷると震え始めた。
点になっていた目はキリキリと吊り上がり、ぽかんと開いていた口はギリギリと歯軋りを始め、真っ白になっていた顔色は赤黒く染まる。





ティエンさんに何しやがんですか―――っっっ!!!!!





「何って? 恋人同士の挨拶だぜ?」

怒り狂ったユアンの台詞にも飄々とそう言って退けるテッドに、もはや傍観者と化しているビクトールは心から感心した。やはり天流の親友だけあって只者じゃない。


誰が恋人だよ誰が!! だいたいあんた何々ですか!!!


「俺はティルのダーリンで、ティルは俺のハニー。覚えときな、当て馬キャラM」

「あ・・・当て馬M・・・」

Aから数えて何番目だっけ?

つまりはそれだけどーでもいい、障害にもなり得ないその辺の石ころと言われたも同然だ。

あまりのショックにユアンは二の句が継げなかった。


(はあ〜、馬鹿だなあ。ルックでさえ勝てないヤツに猿が敵うわけないだろ)

呆れてため息をつくシーナにも、テッドと競って勝てる自信はなかった。
何しろ彼は天流の人生の師匠と言って間違いはないのだ。経験値からして自分達とは格が違う。



「テッド!」

先程恥ずかしさのあまり出て行ったばかりの天流が、慌てた様子で居間に飛び込んできた。
ただならない様子にテッドは笑いを引っ込めてすぐさま彼に駆け寄る。

「どうした?」

「僕の部屋が光ってる」

「は?」

その意味を瞬時に悟ったのは、ルック、シーナ、ビクトールの三人だ。
時間が来たらしい。

「どうやら帰る時間のようだな」

ビクトールの言葉に天流とテッド、ユアンとナナミが不思議そうな表情となる。
テッドはすぐに事情を察したのか、納得したように頷いた。そして五人に言う。

「さっさと帰れ」

「「「・・・・・・・・・・・・(む・・・むかつく・・・っ)」」」

内心怒りが煮えたぎるユアン達だったが、幼い天流の手前必死に感情を抑え込み、引き攣った笑顔を浮かべた。

「今度小さい頃のティルに会う時はあんたのいない時代を選ぶよ」

ピシッとテッドの笑みが凍りついたことに溜飲を下げ、ルックは天流に右手を差し出した。

「今日はこれでお別れだよ。でもいつか僕達は会えるから・・・またね」

「はい。せっかく会えたのに残念ですが、また会いましょう」

ルックの優しい微笑みに、幼い天流は無邪気な満面の笑顔を浮かべた。
今では決して見られないそれに、胸の奥が僅かに痛む。
ルックが差し出した手は、過去何度か天流が自分に向けて差し出してくれた。その手を、今小さな手が握り返す。

二人の仲睦まじさに嫉妬の炎を燃やすのは、ティエンさんラブのユアンだ。
テッドは不機嫌そうながらも、もう会うことはないのだからと大目に見ている。

「ティ、ティエンさ〜ん! 僕も、性悪魔術師や放蕩息子の何倍も会えて嬉しかったし、別れるのが哀しいです〜! いっそのこと今この場で将来を約束して誓いのキスを・・・」

「眠りの風」

ぱたん

すうすう

ものすごい勢いで天流に詰め寄っていくユアンを容赦なく眠らせ、その身体はビクトールが肩に担ぎ上げた。

「ごめんな、怖かっただろ。もう大丈夫だからな」

ユアンの勢いに圧倒されて固まっている天流の背を優しく撫でるシーナを、落ち着きを取り戻した琥珀の瞳が見上げる。

「・・・・・・シーナ・・・?」

「え?」

びっくりして見つめあう二人。
天流の頭の中は疑問でいっぱいだが、シーナは感動していた。

ガキの頃数回会っただけなのに、俺だと気づいてくれるなんて・・・・・・っ!
俺達は運命の赤い糸で繋がってるんじゃなかろうか!

「ティルは記憶力がいいからな。お前に似たヤツを知ってるってだけだ」

テッドに水を差されてシーナの感動は萎え掛けるが、それでもやはり気づいてくれたことが嬉しいことに変わりはない。

「俺に似た友達とこれからも仲良くしてやってくれよな!」

「うん」

差し出した右手を、小さな手が握る。手袋が嵌められていない手は白くまっさらだ。
紅黒い紋章など、微塵もない。

「じゃあな、ティエン。また会おうぜ」

「またね、ティエンさん! 元気でね」

ビクトール、ナナミとも握手を交わし、五人は天流の部屋へと向かった。

開いたままの扉からは光が漏れている。
一人、また一人と吸い込まれるように光の中に消えていった。


(何だ、この光景)

光を見つめるテッドの意識が、遠く擦り切れた過去へと戻りかける。

遠い昔、掴みたくても掴めなかった、光に消えた何か。
追い求め続け、切望し続けた何か・・・。

最後の一人が光に消えた瞬間、暗闇の中に突き落とされるような錯覚に陥った。


「どうしたの? テッド」

横から掛けられた声に我に返ったテッドは、視界に天流を捕らえた瞬間言い知れない安堵を覚えた。

掴み損ねた大切なものは、すぐ傍にある。


「何でもねえよ。やっぱ二人っきりが一番だよな♪」





■■■■■





バンッ! ガタガタガタッ


「ぐお!」

「ぎゃっ!」

「・・・ってえ!」

「きゃあ!」


ぺいっ、と空間から吐き出された五人は壁に叩きつけられた。
約一名だけ瞬時に風を操って優雅に着地したが。



「・・・っ! もっとまともに着地させられねえのか!!」

『ふん、貴様に掛けてやる情けなどない』

痛みを堪えて食って掛かるビクトールに、元凶である星辰剣は我関せずと冷たく返した。
まだ何か言い掛けるビクトールに、うんざりした口調でシーナが口を挟む。

「黙れよ、熊。また飛ばされたらどうしてくれんだ」

「・・・ぐっ」

「ところで、もとの世界に戻ったのかしら?」

ナナミの疑問に誰かが答える前に、ふいに部屋の扉が開いた。

「皆、ここにいたのか」

聞き慣れた澄んだ声に、全員(爆睡中のユアン除く)の視線が扉に向けられた。

白い肌、艶やかな黒髪、宝石のような金色の瞳、紅い胴着に緑のバンダナ・・・年の頃は十四、五歳の見慣れた少年。二十日間、ユアンが待ち侘びた天流・マクドールその人――と思われる。

ゆっくりと天流に歩み寄ったシーナはじっと目を見つめ、おごそかに問うた。

「お前、何歳だ?」

「君と同い年だと記憶しているけど?」

「俺、すでに二十歳超えてんだけど」

「僕も先日超えたはずだね」

「やった、戻ったー♪」

がばっと天流を抱きしめた瞬間。

ボコッ!

後頭部に走った衝撃にシーナは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「ルック! お前・・・」

「ティル・・・君、よくも今まで大事なことを隠してくれたね」

「・・・え?」

珍しく、天流に対するルックの声は厳しい。真っ直ぐに見据える翡翠の瞳も険しく、天流は戸惑いを隠せない。
二十日も留守にしてしまったことを怒っているのだろうか。しかし彼は旅の間も時々自分の前に現れて一緒に漫遊したはずだが・・・。ちなみにこれはユアンどころかシーナさえも知らない事実だ。シーナは薄々気づいているかも知れないけれど。

「君、料理できるんだろう?」

「? それなりに」

「何故今まで隠してたのさ」

「隠していたわけじゃないけど・・・」

単に言う機会がなかっただけだ。しかしルックの追求は止まらない。

「僕は今の今まで知らなかったよ」

「・・・そうだったかな」

ふむ、と考え込む天流に、ずいっと顔を近づけるとルックは強い口調で言った。

「作って」

「?」

「料理作って」

「・・・・・・え?」

「僕に、君の、手料理を、作って」


戸惑う天流に焦れたのか、ルックは一言一言を強調した。
あの憎々しいガキ年寄りには何度も作ってやっているというのに、何故自分には一度も作ってくれなかったのか。悔しくて悔しくて堪らない。これはもう何が何でも今日、天流の手料理を食べなければ治まらない。

「解った・・・」

わけが解らないが、別に断る理由も無い。

天流が素直に頷くと、ようやくルックの口元に笑みが浮かんだ。

風の魔術師による嵐のような攻撃に口を挟むことができなかったシーナ、ビクトール、ナナミは、茫然と事態を眺めているしかなかった。
だがそのお陰で三人は天流の料理という恩恵を得ることができたのだった。



その日、眠り込んだまま一向に目覚める気配のない軍主の為、メンバーはマクドール邸で一泊することになり、食卓には天流の手料理が並べられた。
ユアンの料理には毎回辛口の評価を下すルックやシーナだが、天流の料理には躊躇い無く満点の評価を与えたことだろう。それほどに絶品だった。



見ているがいい、ガキ年寄り。
あんたと違って僕には天流といられる時間はいくらだってあるんだ。
今にあんた以上に天流の料理を楽しんでやる。





「僕も・・・僕もティエンさんの料理、食べたかったのに〜〜・・・」

翌朝、姉に散々天流の手料理自慢をされたユアンはさめざめと泣き濡れたのだった。



END


坊ちゃんの出番が少ない・・・。
テッドは出たが最後、どのキャラより出張ってくれます(苦笑)。
ルックやシーナにはなかなか超えられない壁として、非常に目障りなことでしょう。
ユアンとフリックは毎度のことながら不運でした(汗)。



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