坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール 2主:ユアン(元)
「うわ・・・」 思わず感嘆の声を発したきり、シーナは手元を見つめたまましばらく固まった。 久しぶりに戻っていた自宅で、偶然発見した古びた箱。 好奇心に駆られて開いたその中には、大切に仕舞われた一枚の絵があった。 描かれていたのは、1人の可愛らしい少女の姿。 随分と年月を重ねて色褪せているが、綺麗な黒髪はどこか大切な友人を思わせた。 ぱっちりとした大きな瞳はどこまでも澄み、小さな唇が何とも愛らしい。フリルのついた清楚なドレスがとても良く似合っている。 「可愛いなあ・・・・・・で、誰の趣味だろ」 父親だったら怖い。 だがこんなにも可愛らしい女の子の絵ならば、欲しいと思う気持ちは解らないでもないが。 「ああ、そのお嬢様はシーナ様の許婚だったんですよ」 「マジで!?」 覚えている限り最も古参の家人に絵を見せたところ、思いもかけない言葉を聞かされ、改めて絵をまじまじと見つめる。 だが間違いなく、シーナはこの絵を初めて目にするし、このような少女と会ったこともなく、何より自分に婚約者がいたなんて聞いたことがない。 疑問を口に出すが、家人は首を捻って「昔のことですからねえ、その後どうなったかは解りませんね・・・」と申し訳なさそうに言った。 そこで会話は終わり、その後どの家人に問うてもそれ以上の情報を得られることはなかった。 「うううむ・・・」 しばら〜く考え込んだ後、シーナは絵を箱の中に収めるとそれを手に家を出た。 (とりあえず親父達に訊いてみるか) そう決心すると、彼はグレッグミンスターへと急いだ。 ■■■■■ 「へえ〜、シーナって婚約者がいたんだあ」 無邪気に驚きを露にするのは、現在シーナが身を置くデュナンの同盟軍軍主ユアンだ。 天流を迎えに来た彼らとマクドール邸で合流したシーナは、そのまま彼らと共にノースウィンドウ城に帰ることとなった。その道すがら、シーナは見つけた絵のことを話題にしたのだ。 ちなみに今日のメンバーはユアン、ナナミ、フリック、ビクトール、そしてルックにシーナと天流を加えた7人である。 「シーナくんて・・・貴族だったんだね〜」 深く感慨を受けたようなナナミの声とその表情に、一瞬『どーゆー意味かな?』と問いかけたシーナだが、女の子には優しくをモットーにしている彼はその言葉を飲み込んだ。 「それで? その許婚のことレパントに訊けたのか?」 そうフリックに訊かれ、シーナは「それがさあ」と渋面を作る。 「親父達、言葉を濁すだけで何も教えてくんなかったんだよなあ。絶対何か隠してやがる」 隠されるととことん真実を暴いてしまいたくなるのが人情である。 それはユアンやナナミも同様で、興味津々と言った風に瞳を輝かせる二人からは何が何でも真実を突き止めようという意気込みが感じられる。 「だがシーナ、真実を知ってどうするつもりなんだ?」 メンバー達の後方でルックと共に、我関せずとばかりに沈黙を保っていた天流がふいに声を発した。 意表を突かれたのか、シーナが一瞬返答に迷う。 「そりゃ・・・とにかく知らなきゃ何とも言えないけどさあ。一目くらいはその女の子に会ってみたいかな」 「私も見てみたいなあ」 「子供にゃ興味ねえが一見の価値はありそうだなあ」 ナナミとビクトールが続く。言葉にはしないが、ユアンやフリックも同じ意見を持つようだ。 子供の頃でさえあんなにも可愛らしい少女なのだ。成長すればきっとかなりの美女となっているに違いない。 貴族の絵というものは実物よりも多少美化されたりもするが、あまりにも掛け離れているわけではない。完璧ともいえる美を兼ね備えた少女の絵はそれを差し引いたとしても、かなりなものだと窺わせる。 馬鹿馬鹿しいと溜息をつくルックの隣で物思う天流に、前方を歩くユアンが難しげな表情で振り返った。 「ティエンさんも貴族ですよね。も、もしかして婚約者とか・・・いました?」 恐る恐る問うてみる。 その瞬間、水を打ったかのように全員が押し黙った。 何やら空気が凍った音まで聞こえたような。 そんな雰囲気を感じ取っているのかいないのか、答えた声はまったくいつもの通りだった。 「うん、いたよ」 凍った空気が一瞬にして氷河期をもたらし、次の瞬間ユアン達の全身を雷が突き抜け、頭の中で火山が噴火し、胸の奥を大地震が揺るがせた。 「「「「「えええええええ――――っっ!!??」」」」」 ユアン、ナナミ、フリック、ビクトール、シーナの絶叫がバナーの峠に木霊する。 森一帯からはバサバサと音を立てて鳥が飛び立ち、動物達は一斉に走り去り、モンスターまでもが驚きの余りどこかへ逃げ去っていく。 唯1人沈黙を保つルックは―――この中の誰よりも静かながらも焼け尽くすほどの怒りを纏ってその場に佇んでいた。おそらくあと少しでも彼の気に障れば、周囲からルックと天流以外の生命は消え去るだろう。 「だだだだだ誰ですかいったいそれわああぁぁ!!?うぎゃあーっ!!ティエンさんが結婚するなんて考えたくないいいいっっ!!この世の終わりですうぅぅっっ!!!」 「やかましい」 ドガッ! 「黙れ」 バキッ! 「消えな」 バシュッ! あまりのショックに悶絶するユアンに、シーナの蹴りとビクトールの拳とルックの切り裂きが直撃した。 「んぎゃあああっっ!!!」 「あああっ!ユアン、大丈夫よ!傷は浅いわっ」 かなり深いです。 「三人共、自分達のリーダーに何てことするんだ」 呆れたように言って、左手の流水の紋章でボロボロになって倒れ伏すユアンの怪我を癒す天流。 彼らがリーダーと思ってるのは、どちらかというと彼の方なのだが・・・。しかし下手にそれを口に出せば天流の説教が降り落ちてくることは明白なので、誰も口答えはしなかった。 「許婚がいたのは昔のことだよ。今はもう相手とはそんな関係ではない」 ユアンの傷が完治し、全員が落ち着きを取り戻した頃、天流は説明を始めた。 それは天流が幼かった頃、さる貴族の子供との縁談が親同士の間で交わされたのだが、ある事情によってその婚約はいつしか解消されたというものだった。 話を聞き終えると、シーナはそれとなく思ったことを何気なく口にしてみた。 「・・・何か、俺と似てる?」 「うん。相手はシーナだから」 「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・は?」」」」」」 「だから、その許婚というのはシーナだったんだ」 「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」 「「「「「ええええええ―っっ!!!??」」」」」 大音声による大合唱は、バナーの峠どころかトランやデュナン全土に轟き渡ったかも知れない。 「何であんたの親はそんな馬鹿なことしたわけ?」 「人生捨てるには早過ぎるんじゃないか!?」 「将軍は息子の将来を何だと思ってるんだ!!」 「シーナなんかの婚約者になるくらいなら、僕のお嫁さんになって下さいっ!」 珍しく感情的なルックの責める声に、ビクトール、フリック、ユアンが続く。・・・ユアンは何だか違うような気もするが・・・。 そんな周囲の反応に、シーナは怒りを露に食って掛かった。 「テメエら、そりゃどーゆー意味だっ!」 「そのままの意味だよ」 冷静に返すルックに、ビクトールとユアンも便乗する。 「お前の嫁になったりしたら苦労するだけだもんな」 「あんたみたいな人にティエンさんを幸せにできるわけがない!!」 「決め付けんな、熊に猿!! テメエらの場合人間の暮らしすらできねえだろうが!!」 「「な、なんだとぉーっっ!!??」」 「だから、昔の話だと言っているだろう」 「当たり前だ。今もそのくだらない約束が有効だったりしたら、タラシをこの場で排除してやるよ」 淡々と紡がれたのは殺気に満ち溢れた物騒な台詞。 シーナはもちろん、ユアン達までもが一瞬背筋が凍った。 げに恐ろしきはルックの嫉妬・・・。 「で? その世紀の大馬鹿な事態を招いたそもそもの原因は何だったのさ」 ものすごく引っ掛かる物言いだったが、真相究明のまたとない好機なのだからとシーナは懸命に怒りを抑えた。 全員の注目を浴びる天流は複雑な表情で口篭もりつつ、ゆっくりと遠い過去に思いを馳せた。 ――そう、それはまだ天流が幼い頃。 諸事情によって外ではしゃぎ回ることよりも、ベッドで寝込む日が続いていたため、幼子は年齢よりも小さくか弱かった。 サラサラとした黒髪も肩を過ぎた辺りまで伸び、日に当たらない肌は透けるように白かったのだ。 そんな少年を、愛らしい“少女”と思い込んだ一人の画家がいたとして、誰が責められようか。 「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」 微妙な空気が7人の間を通り過ぎていった。 「つまり、お前の性別を勘違いしたその画家が、お前をモデルに絵を描いて・・・」 「画家の想像によってひらひらのドレス姿となり・・・」 「それを見たシーナのお母さんがティエンさんを気に入って・・・」 「女の子がどこのお嬢様か画家さんに尋ねたのね」 「で、うちの親父達が婚約を申し込んだってわけか・・・」 こくり、と無言のまま天流は頷いた。 羞恥のためか、ほんのりと頬が赤い。 天流の父、テオ・マクドールはレパントやアイリーンの人柄を気に入っていたため、彼らの子供ならばとその話を承諾したのだ。 “シーナ”という名は女性にも通用するため、まさか自分の息子が“娘”だと誤解されているとも知らずに・・・。 「そして、僕とシーナの初めての出会いとなったんだよ」 すなわち、見合いが。 そりゃ婚約も破談になるわ・・・。 誰もがそう思った。 「何だよ親父のヤツ、根性のねえ・・・。親なら子供の幸せを考えてそのまま婚約結ばせろよな・・・」 ぶつぶつと自分に正直な不満を漏らすシーナに対し、数人(正確には4人)から殺気に満ちた険しい視線が送られる。 一瞬後には空気を切り裂く音とともに、何故か複数(やはり正確には4人)の悲鳴がバナーの峠に響き渡ったのだった。 止める間もなく発動してしまった切り裂きをものの見事に受けたユアン、シーナ、フリック、ビクトール達を為す術もなく見守る天流は、ルックの厳しい視線の中彼らを癒しながら、シーナとの初めての出会いを改めて思い出していた。 父親やグレミオから、将来伴侶となるかも知れない“お嬢さん”と聞かされていた、どう見ても“少年”の姿をした許婚。 『はじめまして』と礼儀正しく挨拶した天流に、彼は満面の笑顔で言った。 『君、可愛いね! 俺のお嫁さんにならない?』 年端もいかない幼子は、男同士でも結婚ができるのかと真剣に悩んだのだった。 数年後、親友に腹を抱えて大笑いされたその出来事を、天流は口に出さなかった。 別に今度こそルックによってシーナの命の灯火がスパッと吹き消されるどころか、跡形もなくバラバラにされるのを心配したのではなく、プライドの問題である。 そうして、シーナが見付けた1枚の絵がもたらした謎は解き明かされた。 その後、しばらくの間バナーの峠に近付く生き物がいなかったというのは、バナーの村ではちょっとした怪談として残ったのだった。 ■おまけ■ 「聞きましたよ、ティエン。許婚がいたのですってね」 「レックナ―ト様、いったいどこから・・・いや、その話をどこで・・・」 「するだけ無駄だよ、その質問は」 「ほほほ、ティエン、貴方とルックの婚約を許しましょう」 「「・・・・・・」」 「どこぞの馬の骨に貴方を奪われるわけにはいきませんもの。さっさと婚約しておしまいなさい。ティエンのウェディングドレス姿・・・ルックとの新婚生活・・・ルックの師匠兼親としてこんなにも嬉しいことはありませんね」 「たまには良いことを言いますね、レックナ―ト様」 「今のは聞かなかったことにしてあげましょう、ルック」 「・・・・・・」 「いや・・・二人とも、それ以前に僕は男なんですけど・・・」 「「些細なこと(だよ)(ですよ)」」 「・・・・・・。(旅に出ようかな・・・)」
END
つまるところ、坊ちゃんとシーナの出会いの話でした(笑)。 実は二人はこういう出会いをしていたのです。 当時のシーナはよく解っておらず、覚えてもいなかったのですけどね。 そしてラスト・・・何故かレックナート様が乱入しました。――何故だ・・・? たぶんこのままずるずると二人の婚約が決められるんじゃないかと・・・(苦笑)
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