望むもの
坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール
2主:ユアン(元)

「シーナ」

突然後方から呼び止められ、シーナは驚いて振り向いた。

同盟軍本拠地の城内を特に何の目的もなく歩いていたシーナに届いた聞き慣れたその声は、まぎれもなく大事な友人のもの。

案の定、振り返ったシーナの目は早足で近付いて来る天流・マクドールの姿を捕らえた。

「よう、ティル。何かあったのか?」

驚きと嬉しさにシーナの口元は緩み、応える声は弾む。

天流がこんなふうに誰かを探すことは珍しい。
たいていはどこかで一人佇んでいるところを、彼を探し回る誰かが見付けているのだ。
天流発見の確率が最も高いのは、ルック。
あとはフリックやビクトールが偶然見付けることもあれば、ユアンが根性で探し当てることもある。ちなみにこれらは一様に「野生の勘」と言われている。

そんな天流が自分を探してくれたことに、シーナは人知れず感動していた。


余談はさておき。


シーナの傍まで歩み寄り、足を止めた天流は真っ直ぐに彼を見上げた。
普段無表情な天流だが、シーナを見上げる端麗な顔には珍しく戸惑いの色が浮かんでいる。
困ったような迷うような頼りなげなその表情に、思わず天流の細い身体を抱きしめたくなったが、一瞬後には間違いなく叩きのめされるだろうと想像がつくため衝動をぐっと堪える。

(頼むから俺やルック以外の前でそんな表情するなよ・・・)

などと願いながら言葉を待っていると、意を決したかのように天流が口を開く。

「シーナは、何か欲しいものはある?」

「???」

問われた言葉が理解できず、思わず顔を顰めた。
そんなシーナの様子に、天流は更に言葉を続ける。
普段感情の篭もらない澄んだ声が、戸惑いを滲ませながら遠慮がちに発せられた。

「4年前・・・シーナとルックは僕の誕生日を祝ってくれたから・・・僕も二人に何か贈りたい・・・」

その言葉に驚嘆し、唖然と天流を凝視するシーナ。
照れているのか、天流の琥珀の瞳がシーナの視線から逃げるように伏せられる。その仕草にシーナは拳を握り締めながら(か、可愛い・・・っ)と密かに感動に咽んでいたとか。いや、そんなことは置いておいて。



天流の云った4年前の出来事。
天流の16歳の誕生日の日、シーナはルックと共に彼の誕生日を祝った。

解放軍のリーダーとして、傷付きながらもすべてをその肩に背負い込んで必死に耐えていた天流。
いつも傍にいたルックとシーナは、少しでも天流に安らぎを与えたいといつも心を砕いた。二人にとって天流はリーダーである前に、大切な友人なのだ。

最初から最後までルックとシーナはウマが合わなかったのだが、天流のこととなると何故か素晴らしい連携を見せる。

二人はマッシュに掛け合い天流の軍務を午前中で切り上げさせ、マリーに頼んでケーキを焼いてもらい、クレオに天流のお茶の好みを聞いた後、フリックに紅茶の葉を買ってきてもらうために問答無用でグレッグミンスターに飛ばした。
ちなみにフリックに事情を説明することはなく、彼は天流の誕生日を知らされず祝うこともできなかったのだが、そんなことルックとシーナの知ったことではない。
後日にルックとシーナに詰め寄ったフリックに、ルックがきっぱりと「だから紅茶の葉を買わせに行かせてやったじゃないか」と冷たく言い張ったというのはビクトールが証人だ。
しかし天流本人は紅茶の葉はルックとシーナ、もしくはクレオが用意してくれたのだと思っているので、どの道フリックは報われない。

そこまでお膳立てした誕生日の日、天流の嬉しそうな笑顔に二人の苦労(さほどでもないが)は報われた。

あの時の嬉しさ(&楽しさ)を、二人は忘れることはない。





暫しの沈黙の後、シーナはにぱっと輝くような笑顔を浮かべた。
朱色に染まる頬が、天流に負けないくらい彼が照れていることを窺わせる。

「何言ってんだよ。他人行儀だなあ。俺らはお前のために何かしたいと思ったから色々してんだ。気にする必要なんてないって」

そう云いながらシーナは天流の背中を、痛みを与えない程度の力でバシバシと叩いた。

「でも、してもらうだけでは嫌だから・・・。僕も二人に喜んでもらいたい」

「お前って可愛すぎっv!」

感激のあまり、きつく抱き締めてくるシーナの腕の中、天流はおとなしく身を任せる。


それを目撃してしまった通行人達は、一様にショックに凍り付いた。
この場にルックやユアン、フリック達がいたら、シーナの身はただでは済まなかっただろう。


しばらくシーナに抱き締められて頬擦りされたり撫で回される(セクハラ?)ままになっていた天流は、そっとシーナから身を離して目の前の彼の顔をのぞき込む。

「それで、欲しいものはある?」

問われてシーナは思案するように虚空に目をやり、うーんと声を漏らす。

(ティルにして欲しいことと云えば、手を繋いで欲しいとか、キスさせて欲しいとか、膝枕して欲しいとかあるけど、やっぱ口に出したら半殺しかなあ〜?)

同盟軍全員にタコ殴り決定である。

「そうだなあ。カナカン産のワインでも取り寄せてもらうかな?」

「ワインを?」

「そ。そんで、俺とお前とルックの三人で飲み明かそうぜ?」

な?と軽くウィンクしてみせるシーナに、天流は嬉しそうに微笑んだ。

「いいね」

滅多に見れない天流の笑顔にシーナも満面の笑みを浮かべる。

不幸にもこの場に居合わせた人々は、二人の恋人同士の逢瀬のようなキラキラとした雰囲気に、まるでこの世の終わりのような表情で立ち尽くしたとか。
同盟軍本拠地での天流の人気の高さは尋常ではないようだ。今やトラン並に彼を崇拝している。


「ティエンさーんっ!!!」

二人を取り巻く幸せのオーラに悔し涙を噛み殺す人々の合間を縫って、元気な声が二人に届いた。
途端にシーナは浮かべていた笑みを消し、苦々しげな表情となる。あからさまなこの表情の変化は、ルック直伝だ。
人垣から飛び出してきたのは自他ともに認める天流の追っかけ、同盟軍軍主(のはず)のユアンである。

「出たなおさる軍主」

「誰がおさるですか! タラシのくせに!!」

「ユアン? 何か用があるんじゃないの?」

「あ、はいっ。良かったらデート・・・じゃない、稽古をつけて下さいっ!」

云いかけた方が本音だろ・・・。

シーナに食って掛かっていた態度を一変させ、頬を紅く染めるユアンの言葉にシーナは心の中で妥当な感想を述べた。

「いいよ」

あっさりと頷く天流。
ユアンやシーナの思惑など気付いてもいないようだ。

ありがとうございますっ! じゃあ行きましょう! 今行きましょうっすぐ行きましょうっ瞬く間に行きましょうっっ!!

もの凄い勢いでそう云って、ユアンは天流の腕を抱いて道場の方へと引っ張っていく。
引きずられながら天流はシーナを振り返って声を上げる。

「シーナ、悪いけどルックの希望も訊いてみてくれ」

「ええ!? 俺があ?」

「どうせ暇だろ」

「あ、酷」

ユアンと共に人込みに消える天流の後姿を見送り、苦笑を浮かべる。

(さ〜て、どうやって訊こうかな・・・)





■■■■■





「ルック!」

ホールに入るなり、シーナはいつもの定位置に佇むルックに声を張り上げた。
呼ばれたルックは己に向かって大股に近づいてくる男を一瞥し、お決まりの台詞を口にする。

「何か用?」

「お前さ、何か欲しいものってないか?」

「いきなり何?」

唐突の問いにルックは眉を顰め、何やら楽しげなシーナを訝しげに見やる。

「いいからいいから、何でも欲しいもん言ってみなって」

「それで? 言えばあんたがくれるとでもいうわけ?」

だーっっ!! んなひねくれたこと言ってねえで! 欲しいもんだよ、欲しいもん! いくらお前が何事にも無関心な上自分勝手で唯我独尊な奴でも欲しいものの一つや二つあるだろ!


「随分な言い様じゃないか・・・」

低い声での呟きに、怒らせてしまったかなと内心身構えたシーナだが、ルックは一瞬の沈黙の後、口を開いた。



「ティル」



「・・・・・・へ?」

思わず間抜けな声がシーナの口をついて出た。
しかしルックは気にも留めず、

「欲しいものだろ? ティルが欲しい」

さらりと、当たり前のことのように言った。
途端に、さっきまで威勢のよかったシーナの口調が、狼狽の色を帯びた。

「ティルって・・・ティル?」

「他にどのティルがあるのさ?」

茫然とした声音で尋ねるシーナに、ルックは涼しい顔で答えた。

シーナは驚きのあまりその場に立ち尽くす。
そんな彼の視線をうっとうしげに受けながら、ルックは不快げに顔を顰めた。

「問われたから答えただけだろ。まだ何かあるわけ?」

用がないならどっか行ってくれない?とばかりに言い捨てると、石板に凭れながら読みかけの本に視線を落とす。
もはや話は終わったと、シーナの存在など無視して本の世界に入るルックに、シーナは困ったように頭を掻く。

(まさかこいつがこんなこと言うなんてな)

しかしすぐに、考えてみればそう意外なことでもないかも知れないと思い当たる。

解放戦争時はまだ幼く、恋愛感情などまったくと言っていいほど知らなかったルックだが3年経てば人は成長するもの。
再会した時にはすでに、天流への想いをしっかりと自覚していたのだ。
孤島で師匠と二人暮らしのルックがいったいどうやってそういう知識を得たのかは謎だが。


それにしても・・・「ティルが欲しい」という明快な言葉。
どういう意味で言ったのかを尋ねるのは恐ろしくて行動に移せないが、おそらく様々な意味が込められているだろう。

さて思案すべきは。

(これをティルに言っていいんだろうか・・・?)

言ってみたところで、知力は半端ではないほど高いが生粋のお坊ちゃんでもある天流のこと。

「僕はものじゃないんだけど」

とかいう言葉を困ったように口にしそうだ。
かと言って言葉の意味を説明などできようはずもない。


深く思い悩みながら、シーナはルックの切り裂きが発動しないうちにと石板の前から離れていった。





■■■■■





日が傾きかけた頃シーナが道場に赴くと、稽古を終えて汗を拭っていた天流がすぐに気付いて歩み寄って来た。
その後ろではユアンが捨てられた子犬のような眼差しで天流を見つめている。しかしシーナと目が合うと一転して恨みと妬みと怨念の篭もったものとなった。


「シーナ、ルックは何が欲しいのか訊いてくれた?」

「あ、ああ・・・あれな・・・。―――悪い、訊けなかった」

歯切れの悪いシーナの答え。その心の内は・・・

(言えるか、あんなこと!)


引き攣ったシーナの笑顔に首を傾げる天流だが、相手があのルックなのだから一筋縄では行かないだろうと納得する。

「そうか。では自分で訊くしかないな」

「それは〜・・・」

やめたほうがいいと言いたいが、理由を聞かれると答え様がない。

シーナが葛藤している間に天流はユアンに一言何かを云うと、「ティエンさぁ〜んっ!」という叫びを背に受けながら、シーナには「それじゃあ」と言い置いて道場を出て行った。

数秒後、シーナはその姿を慌てて追いかけた。







「ルックは何か欲しいものはある?」

「さっきも放蕩息子に同じこと聞かれたんだけど、いったい何なわけ?」

石板の前に立つルックの傍に来ると同時にシーナと同じ質問を口にした天流に、ルックは訝しげな表情を返す。それがシーナに対していた時と違って、柔らかなものだというのは云うまでもない。

天流はシーナにしたと同じ説明をルックに伝える。



「別に礼なんていいよ」

「だが・・・」

「君が・・・心穏やかに居られるならそれでいい」

「ルック・・・」

言ってることが違わんか、おい?

喉元まで出て来た言葉を、だがシーナは飲み込んだ。
口に出せば瞬時に切り裂かれることが明白だからだ。


天流は、ルックの言葉に照れたように頬を染めて俯いている。
ルックの天流を見る眼は優しい。

「でも、それでは僕の気が済まないから・・・」

ルックはやれやれというふうに溜息をつくと、両手で白い頬を包み、顔を寄せる。

「僕は、何かが欲しくてあんなことしたんじゃないよ」

「わかってる。ただ、僕はルックやシーナにいつも助けられたから、僕も二人に喜んでもらえることをしたい・・・」

「ティル・・・君はまったく・・・」

誰も聞いたことのない優しい囁きと共に、ルックは天流の頬に唇を落とす。



「「「「「!!!!!!!!」」」」」



ホール全体が凍り付いた。



シーナすらショックを受けて硬直しているのだから、その他の人間の衝撃は計り知れない。


正直、シーナは心底驚いていた。
ルックの気持ちは知っているが、まさかこんな大胆な行動に出るとは思わなかったのだ。


天流に目をやると、不思議そうにルックを見つめている。
ルックはそんな天流の手を取って、指を絡める。

「僕が望むものは、君との二人っきりの時間だよ。くれるの?」



ホール内が水を打ったように静まり返った。

誰もがルックの台詞に耳を疑い、紡がれた言葉の意味に恐怖を覚え、天流の答えを固唾を飲んで待つ。


そして天流の答えは。

「いいよ」


はやまるな、ティルーっ!!!


シーナの叫びは声に出す前に、ルックのきつい視線に遮られる。
天流を引き寄せようと伸ばした手は、迸る冷気の前に文字通り凍り付いた。


「じゃあ、行くよ」

そう云って二人の身体が光に包まれ、次の瞬間にはその場から消えていた。



「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」


重苦しい沈黙が、ホール内を満たす。


シーナは大切な友人の身の安全と、悪友が暴走しないようにと祈りながらその場を後にした。

漂う暗い雰囲気を気にも留めずに。





■■■■■





「で? あの後お前ら何してたんだ?」

グラスを回しながら、シーナはテーブルを囲んでワインを飲み交わす二人の友人に問い掛ける。
聞かれた一人であるルックはシーナを一瞥した後、黙したままワインを楽しむ。どうやら答える気はなさそうだ。
その代わりに口を開いたのは、天流。

「ルックの部屋で読書していた」

「ルックの部屋で・・・」

シーナは険しい顔をルックに近付け、天流に聞こえないように低く押さえた声で問う。

「何もしてねえだろうな?」

「ふん。僕が無理強いするような男だと思ってるわけ?」

(あり得るから云ってんだよ・・・)


「膝枕はしてもらったけどね」


ピシッッ!!☆


一瞬にして硬直するシーナ。
ルックは何食わぬ顔でワインを口に運ぶ。
そして天流は不思議そうに二人を見やる。

(膝枕・・・なんつー羨ましいことを・・・っ! いや、待てよ。そういやこいつほっぺとはいえティルにキスし、手を繋いだりもしてたな・・・)

思い起こすは先日の、天流を連れ去ったルックの行動の数々。
衝撃の大きさに、考えることを放棄していたのだが、シーナが天流にして欲しいこと、させて欲しいことをルックはいともたやすく当然のようにあっさりと目の前でしてくれていた。

(俺だって、俺だってしたかったのに・・・っっ!!)

悔しさにきつく拳を握り締めるシーナを横目に、ルックが勝ち誇ったような凶悪な笑みを浮かべていたことは、残念(幸い?)ながらシーナも天流も気付くことはなかった。



だが、シーナはまだ幸せと言えるだろう。


あの時、シーナと天流が抱き合っていた現場や、ルックが天流を連れ去った場面に遭遇した人々はショックのあまり数日間悪夢にうなされたという。

噂は瞬く間に広がり、同盟軍のいったい何人の人間が嫉妬に身を焦がしただろう。



憧れの天流をルックやシーナにばかり独占され、切れかけた軍主がフリックを屋上から蹴り落としたというのは、やはりビクトールが証人である。



天流が二人の友人のためを思ってしたことは、同盟軍の人達をまとめて暗い穴の底に落とす結果となってしまったようだ。

もちろん、当事者達は気付いてもいないのだが・・・。



END


フリック、出番ないのに不幸だなんて、なんてすごい才能だろう。(待て)
前半はシナ坊で後半はルク坊な話になりました。
「優しい言葉」とリンクしてます。
それにしても坊ちゃんの行動一つでこうも揺らぐ同盟軍って・・・。
私はこの話でいったい何が書きたかったんでしょう???
仲良し三人が幸せな話だと思ってたのに、その他の人間の不幸な話になってる・・・。



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