〜SIDE:カミュー〜
昼時、食堂は昼食を摂る人達で満ちていた。
今日の私は忙しい身ではないので、そんな中で食事をする必要もなかったのだが、先程食事を終えたばかりだったりする。
次からは人の少ない時間帯にしようと後悔と共に心に誓っていると、見慣れた二人組みが食堂を出て行くのが見えた。
それは、やけに上機嫌なビクトール殿とフリック殿。
確か彼等はユアン殿の遅刻のお陰で、午後もこれから軍議のはず。
憂鬱になるのなら解るが、何故あれほど嬉しそうなのだろう。どうしたというのか。
視線を巡らせると、ある人物の姿が視界に入った。
なるほど、彼等の上機嫌は彼のお陰か。
そう思うと合点がゆく。
何故なら、私とてそうなるであろうことが容易に想像が付くからだ。
現に、今まで人の多さにうんざりしていた気分が、彼を見つけた喜びで明るくなった。
そして私は、はやる気持ちで席を立った。
「同席しても構いませんか?」
彼の向かうテーブルに片手を添えて伺うと、一瞬驚いたような表情を見せたその人は、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「どうぞ」
ティエン殿はそう言って、座るようにとジェスチャーした。
改めて向き合うと、ティエン殿は飲み終えた湯飲みを置いて同じように私に視線を向けてきた。
いかなる時にも平常心を己に課している私でも、ティエン殿に見つめられると柄にもなく動揺してしまう。
不意に、かつて友人のマイクロトフと交わした言葉が思い浮かぶ。
『忠誠を捧げる対象として、これほど素晴らしい存在は無い』
我々は決して同盟軍軍主ユアン殿を軽んじているわけではない。
彼が主だとて不満はないのだ。
だが、ユアン殿には惜しむことなく力をお貸ししたいとは思っても、己の命を捧げて従い尽くしたくなるというほどではないのだ。
ティエン殿から感じるものは、人の上に立ち、導いてゆける覇者のそれ。
私よりもずっと年下の、少年であるにも関わらず、だ。
「ティエン殿はお茶がお好きなのですか?」
いつまでも黙っているわけにはいかず、当たり障りのない話題を口にする。
「ええ。香りや味を楽しんでいると心が落ち着きますから」
知り合って日の浅い私の言葉にも気軽に返事を返してくれる。
確か彼は、かつての赤月帝国の名門貴族の出身だったな。
「良いお茶の葉があるのですが、如何でしょう?」
言葉一つ紡ぐにも、これほど緊張することはない。
ティエン殿は僅かに思案する素振りを見せた後、
「ご相伴に預かりましょうか」
好奇心を浮かべたその表情は、いつもより幼く見えた。
初めて目にする彼の可愛らしい一面と、私の唐突な誘いへの快諾。
今日は一日、私の機嫌はすこぶる良いのだろう。
〜SIDE:シーナ〜
屋上に行ってみると、ティルとルックが遊んでいた。
“遊んでいる”って言っても、子供のするようなほのぼのしたもんじゃあない。
いわゆる“言葉遊び”っつーか、“論争ゲーム”?
とにかく、頭脳派の二人だからこそ展開できる高度な舌戦だ。
端から見たら口喧嘩のようにも見えるが、二人にとっちゃ単なるコミュニケーションってやつだ。
俺はもう見慣れているけど、偶々そこに居合わせたらしいサスケは真っ青になって硬直していた。お気の毒様(合掌)。
ティルはすぐに俺の気配に気付き、明るい笑顔を浮かべた。
普段表情の乏しい奴だから、これはかなり貴重だ。
予想外のものを見せられ、俺は一瞬固まってしまった。
見るとルックも驚いたようにティルを凝視している。これも貴重なものだな。
どうやらティルはかなり機嫌が良いみたいだ。
「よ、ティル。来てたんだな」
言いながら二人のもとに近づいていく。
「ああ。けれどすぐにユアンがシュウ殿に捕まってね。暇になってしまったのでルックと遊んでいたんだ」
そういえば、軍議がどうとかフリックが漏らしてたっけ。
「ルックばかりじゃなくて俺とも遊ぼうぜ?」
後ろからティルに抱きつきながらそう言うと、ルックが微かに眉を顰めた。
羨ましい?とばかりに笑みを浮かべると、一層表情を険しくする。
解りやすいよなあ、こいつって。
ルックがティルに友情以上の好意を寄せていることは、4年前から薄々感じていた。
その頃ルックは自分の気持ちに気付いていなかったし、ティルは恋愛どころじゃなかったから俺もそれについて触れることはなかった。
しかし4年経った現在、ルックは想いを自覚したようで、こうして独占欲を露わにすることも少なくない。多少・・・かなり度が過ぎることもあるが・・・。
「シーナも加わるか?」
訊かれて考え込む。
こいつらの話題ってかなり広範囲に及ぶ上、専門的なものも多いんだよな。
知ってる題材なら俺もたまに加わることもあるんだが。
ん? ところで今日のティル、マジで機嫌良いな。
俺を見上げてくる目が悪戯っぽく輝いている。
俺達以外には解らないだろう、ティルの感情の機微。
自慢じゃないが、俺とルックは仲間達の中でも特にティルに近い位置にいる。
他の奴らと一緒に居る時とは態度も違うし、受け入れられてるんだと思う。
「何か良いことでもあったのか? やけに楽しそうじゃん?」
好奇心に駆られて訊いてみると、ティルは穏やかに笑いながら。
「今日は色々な人と話ができたんだ。カミュー殿には美味しいお茶を戴いたし」
カミューってあの赤騎士だよな。
女の子に人気あるくせにいつもティルを意味ありげに見てる・・・。
しかもあいつ、以前ティルにおかしな誤解を抱いてたんだよな・・・。
その時点で危険人物上位決定だ。
俺とルックが何か言おうとする前に、「それに」とティルは微笑み、
「ルックやシーナと一緒に居られるのも嬉しい」
瞬間、ピシッと固まる俺とルック。
うわ・・・・・・やられた・・・・・・。
〜SIDE:ビクトール〜
結局、軍議が終わったのは夕方だった。
何故これ程時間が掛かったのかというと、軍主であるユアンがティエンを気にするあまり会議にほとんど集中できなかったせいだ。
心ここに在らずな軍主に、軍師の怒りがいつ爆発するのかと冷や冷やしたぜ。
まあ、ティエンはいつも知らない間に居なくなってることが多い奴だから、心配になる気持ちは解るがな。
だがあいつは約束を違えることはない。
ここに居てくれると約束したのなら大丈夫だってのになあ。
この分じゃ、今日はもう遠出はできねえな。
てことは、ティエンは今夜はこの城に泊まるのだろうか?
「あ〜あ、今日はもうティエンを誘って飲み明かすかな」
俺と同じ考えを、隣を歩く青い奴、もといフリックが口にする。
「いいじゃねえか、それ。もちろん、俺も一緒だよな?」
抜け駆けすんなよとばかりに言ってやると、フリックは嫌そうに顔を顰めた。
やっぱり二人だけでとか考えてやがったな、こいつ。
で、当のティエンはどこに居るんだろうな。
夕飯でも食ってるかも知れないと、まずは食堂に向かった。
今日は何故か食堂でティエンに会うな。
本当に居たよ、あいつ。
一緒に食卓を囲んでいるのはルックとシーナ、そしてユアンにナナミだ。
ユアンは軍議で消耗した精神力をティエンと居ることで癒されたようで、ナナミと一緒にはしゃぎながらティエンに話しかけている。
そんなユアンとナナミの様子を、ティエンは温かな瞳で、シーナは面白がるように、ルックは不機嫌に眺めている。
この三人、こんなにも性格が違うのに、何故か仲が良いんだよな。
と言ってもティエンは誰とでもすぐに仲良くなれる。
あんなに無口で無表情な奴なのに、不思議なもんだよな。
同じように無口無表情の上に無愛想なルックなんて、ティエンとシーナ以外の奴と仲良くしてるとこ見たことがないのに。(シーナと仲が良いかどうかは悩むところだが、比較的あいつに対して口数が多い。と思われる)
ティエンは周りが放っとかねえんだよな。俺も含めて。
他者を従わせる圧倒的な覇気と、今にも消えそうな儚さが同居していて、目が離せなくなる。
賑やかな五人(騒がしいのは二人だが)の傍まで行くと、すぐにティエンが俺達に気付いた。
「お疲れ様、フリック、ビクトール」
不思議なもんで、ティエンのこの一言で疲れが飛んでいく。
フリックの奴なんて、顔がにやけてら。
シーナとルックが呆れたような視線をフリックに向ける。
「まったく、今日は散々だったぜ。誰が悪いか解ってんだろうな、リーダー?」
意地の悪い口調で言葉を投げ掛けると、ユアンはムッとしたように、
「ティエンさんの前で変なこと言わないで下さいっ!」
おいおい、変も何も全部お前が悪いんだろうが。
しがみ付くユアンの頭を撫でながら、ティエンが俺達に微笑んだ。
「二人とも、今夜は付き合おう。疲れを癒すといい」
思わず抱きしめちまって、ルックとシーナとフリックの攻撃を食らった。
〜SIDE:シュウ〜
どうしてくれようか、あの軍主は・・・。
重要な会議中にそわそわキョロキョロと落ち着きのない。
しかも意見を訊けば「まだ終わらないの?」ときた。
それを聞いた瞬間、頭の中で何かが切れる音が確かに聞こえたぞ。
そもそも今日は大切な軍議があるので外出は控えるようにと、昨夜あれほど念を押したというのに、一晩寝てきれいさっぱり忘れているとはどういうことだ。
お陰で会議は遅々として進まず、予定時間を大幅に過ぎてしまった。
これはもう、今夜は酒でも煽らねばやっておれん。
常であれはさほど通うこともない酒場に足を運んだのは、私らしからぬ行動だが、つまりは自棄酒のため。
酒場には、ビクトールとフリックが居た。
おそらく彼等も私と同じくストレス解消のためだろう。
「おいおい、あんたが酒場に来るなんて珍しいじゃねえか」
随分と飲んだのだろう、真っ赤な顔をしたビクトールが私に気付いた。
その声にフリックと、二人の陰に隠れて見えなかったもう一人も私に視線を向けた。
彼らと一緒に居たのは、天流・マクドール殿。
――我々のストレスの最大の要因だ・・・。
とは言え、非はすべて軍主にあり、彼には何の責任も無いのだがな。
「シュウ殿もご一緒に如何ですか?」
マクドール殿はそう言って、手近の空いている席を指し示す。
酔いが回って赤い顔をしているビクトールとフリックに比べ、マクドール殿は顔色一つ変わっていなかった。
断る理由も無く、お言葉に甘えることにした。
レオナが目を丸くして私を凝視していたのが気になったが・・・。
「今日は大変だったようですね。お疲れでしょう?」
労わりの言葉を紡ぎながら、彼手ずから酒を注いでくれた。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げ、コップの中身を口にする。
格別な感じがするのはやはり、彼に注いで頂いたからだろうか。
トランの英雄が同盟軍に来た時には、気を揉んだものだった。
彼のカリスマ性は我等の軍主ユアン殿など足元にも及ばない。
普段は物静かな少年だが、時に彼からは従わずにはいられない程の覇気を感じるのだ。
解放軍からの兵は元より、同盟軍の者達すらユアン殿よりもマクドール殿に膝を折り兼ねなかった。
特に、その軍主たる立場であるはずのユアン殿は自分の立場を忘れ、率先して彼に心酔しているのだから手に負えない。
しかし、私の心配や周囲の思いを知ってか知らずか、彼は『私はこの戦争に関わる気は一切無い』とはっきりと告げた。その言葉の通り、マクドール殿は戦争には参加しない。あくまでユアン殿個人にのみ力を貸し、同盟軍のことには関与しないのだ。
その内、彼の存在は覇者というより癒しとなってしまったようだ。
彼に褒められたり、認められることが力となり、救いとなるという。
単純だと言われるかも知れぬが、この私すら例外ではない。
先程までの怒りも鎮まり、この酒盛りを楽しんでいるのだから。
〜SIDE:天流〜
夜闇に包まれた城内には静けさが漂う。
酒場には、ビクトールの高鼾とフリックとシュウ殿の静かな寝息が響いている。
共に酒を酌み交わしていたが、彼等はいつしか酔いによる心地よい眠りの中に落ちていったようだ。
「そのままにしておいて良いよ」
酒場を取り仕切るレオナさんに渡された毛布を三人に掛け、僕は酒場を出た。
とっくに日が落ちた時刻、ノースウィンドウ城は深い眠りの中にある。
この城には、穏やかな時間が流れている。
4年前のトラン城では、有り得なかった。
ルックやシーナと楽しい時間を心行くまで楽しむことも、ビクトールやフリックに付き合って飲み明かすことも――誰かと共に穏やかな時間を共有することなど、出来なかった。
今の僕は、誰かの助けとなっているのだろうか。
誰かを従えるのではなく、癒したいと思うのは、おこがましいのかも知れない。
だが、それでも、この平穏が永久のものとなるように願う――。
優しい風に包まれて目を上げると、そっと抱きしめてくれる腕を感じた。