「・・・・・・切ない・・・」
天流のそんな一言から、同盟軍の混乱は始まった。
日頃必要以上のことすらもあまり口にしない天流が一言呟いたのは、同盟軍の軍議の場だった。
集まった軍幹部達は一斉に天流に視線を送る。
会議中で至る場所で声が上がっているというのに、小声で呟かれたにも関わらず天流の言葉というだけでこれほどまで注意を引くのだからたいしたものだ。
ちなみに何故天流が軍議の場に同席しているのかというと、放っておくとどこに行くやら解らない天流を心配した軍主が頼み込んだ(拝み倒した)からである。
軍師や腐れ縁に言わせると「ただ単にそばにいてもらいたいだけだろう」ということになるが。
天流の言葉に一瞬静まり返った後、まずは軍師シュウが戸惑いがちに声を掛ける。
「何か、不都合なことでもおありですか?」
現在話し合っていることに問題があるのだろうかと内心ドキドキしながら、天流は部外者であるにも関わらず彼の言葉を神妙な面持ちで待つ。
しかし天流はシュウを一瞥しただけで、すぐに瞳を臥せて首を振った。
「気にしないで下さい」
(思いっきり気になるわっっっ!!)
その場にいる全員が同時に心の中でそう叫んだ。
「ティ、ティエンさんっ! 何か気になることがあるんなら遠慮なく言って下さいっ!」
今にも泣き出しそうな形相で、ユアンが天流に詰め寄る。
憧れの人の前で不甲斐無い所を見せるわけにはいかないと必死だ。(今のユアンの姿こそが不甲斐無いという突っ込みはしてはいけない。本人は至って真剣なのだから。(苦笑))
「何でもない。会議を続けて」
「そ、そんなこと言ったってっ! あの、何か落ち度があるんでしょうか? もしそうなら言って下さい〜! お願いですう〜っ」
後半の台詞は明らかに涙声で、思わず哀れみを誘う。
そんな軍主にいつもは小言を始めるシュウではあるが、彼も天流の言葉が気になるようで沈黙を保ったままだ。
幹部全員に真剣な視線を注がれ、天流は深く溜息を吐いた。
「そうじゃない。単なる・・・独り言だから」
この会議がどうということではないと告げると、ようやくその場の緊張が解けた。
ユアンやシュウなどは安堵の溜息を付く。
天流の言葉にはシュウまでもが振り回されてしまうようだ。
「えっと、それじゃあ一体どうしたんですか?」
「考え事をしていただけ」
会議を続けてと再び促すが、ユアンは真剣な表情で天流を見つめる。
「悩み事ですか、ティエンさん? 僕で良ければ相談に乗りますっ!」
「ティエン、何かあったのか?」
心配げに声を掛けたのはフリックだ。
3年前のある時期から天流を取り巻く心配性な大人達の一人となっている彼は、今も昔も天流のことがかなり気になるらしい。
今度は幹部全員から心配そうに注目され、二度目の深い溜息が天流の口から漏れる。
周囲を見渡した後静かに椅子から立ち上がり、シュウに視線を向ける。
「私がいては会議が進まないようだ。失礼します」
そう言って礼儀正しく会釈をすると、唖然とする一同を残して静かに部屋を出て行ってしまった。
「どうしたんだろう、ティエンさん・・・」
閉じられた扉を見つめながら、ユアンの顔が哀しそうに曇る。
ガタンという音と共にルックとシーナが立ち上がり、天流が出て行った扉に向かう。
「おい、どこへ行くつもりだ?」
いつもの調子を取り戻したシュウの鋭い声が二人に飛ぶ。
シーナは恐怖を感じたのか僅かに肩が震えたが、ルックは動じた様子も見せずに面倒臭そうにシュウに冷たい視線を送る。
「あんたに関係ないよ」
鬼軍師と恐れられているシュウに対して、尊大とも言える態度ではっきりきっぱりそれだけ言うと、悠々と部屋を出て行った。
多少青冷めながらシーナもルックに続く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
重い沈黙が落ちた。
扉の方に顔を向けているため表情を見ることはできないが、後姿だけでもシュウがかなりご立腹であることは雰囲気からして明白である。
空気がかなり冷たい。
「ああーっ! ルック、シーナ、僕も行く!」
シュウの様子に気付いていないのか、ユアンが慌てたように椅子から腰を上げて駆け出そうとする。
ガシッ!
素早く伸ばされた軍師の手が、ユアンのスカーフを掴んで引き留める。
「ど・こ・へ、行かれるおつもりかな?」
地獄の底から湧きあがってきたような恐ろしい声が響き渡る。
瞬時に血の気の引いた顔でユアンが見上げた先には、邪悪な笑みを浮かべた鬼の姿。
同盟軍に関わるようになってからは、ナナミの料理以外でも感じるようになってしまった命の危険を覚えるユアン。
しかし今回ばかりはここで引くわけにはいかない。
「だ、だってシュウさんっ、ティエンさんの一大事なんだよ!」
その言葉にシュウの鬼の形相が当惑に変わる。
どうやら彼も天流のことが気に掛かっているようだ。
そんなわけで「軍議」の存在は遥か彼方に押しやり、「天流を心配する会」(笑)が開かれる。
軍議よりも大事なことなのかという疑問は、何故か誰の脳裏にも浮かばなかった。
「なあ、ユアン。そもそもティエンは何を言ったんだ?」
ビクトールの素朴な問いに他の者達もユアンに注目しているところを見ると、どうやら大半の者が事の発端になった天流の呟きは聞き取れていなかったらしい。
聞かれたユアンはふと首を傾げながら記憶を辿る。
「ん〜、『セツナイ』?・・・て聞こえたような・・・」
「セツナイ・・・?」
セツナイ・・・せつない・・・切ない?
【切ない】=精神的に苦しくて耐えがたい
「何があったんですかーっ! ティエンさあ〜んっっ!!!」
ユアンの涙声の絶叫がノースウィンドウ城に轟いた。
一方、ルックとシーナは天流を捜して城内を歩き回り、食堂でようやく目的の人物を発見した。
「捜したぞ、ティエン。一体どうしたんだ?」
テーブルに着くと、シーナが心配そうに天流を除きこむ。
サンドイッチを口に運びながら、天流は微かに困ったような表情でシーナを見やる。
ルックはというと歩き回って疲れたのか、天流の隣に腰掛けて勝手に彼の紅茶を飲んでいる。
「何でもない」
「何でもないってことはないだろ? 俺達にも言えないことなのか?」
天流の秀麗な顔が益々困惑に彩られる。
ルックとシーナはただ黙ってその様子を見つめていた。
何事も自分の中だけに抱え込んでしまう天流の性格を知っているが故に、二人は解放軍時代からこうして天流の本音を聞き出そうとすることがあった。
少しでも支えてやりたくて、護ってあげたくて。
それが解っているからこそ、天流には二人を拒むことはできない。
やがて天流は負けを認めるかのように息を吐き、自嘲的な笑みを浮かべる。
「切ない・・・時間だったんだ・・・」
その一言にルックとシーナは一瞬思案するような表情になり、納得したかのように頷いた。
「ああ、昼時だからね」
「成るほど、つまりお前は」
「お腹が空いてたんだね」
「腹が減ってたんだな」
同時に発せられた言葉に天流は切なげに頷いた。
つまり、この時間は天流にとっては昼食時なのだ。
お坊ちゃん育ちなためか、彼の一日は非常に規則正しかったりする。
起床や食事、就寝の時間はいつもほぼ同じ時刻に行う。大幅に予定が狂ってしまうと精神的にストレスを感じ、切ない気分になってしまうのだ。
このことを知っているのは天流の家族や親友、マッシュ、そしてルックとシーナとビクトールくらいのものだった。
謎も解けたことなので、ルックやシーナも注文を取って三人で仲良く昼食会となる。
レストランがほのぼのした雰囲気に包まれている頃、城中を走り回っている軍幹部達の姿があった。
「ティエンさあーん! 僕があなたを助けてあげますーっ!!」
「わたしのスペシャルケーキを食べて元気出してーっ!」
「ティエン、出て来てくれ!」
「ティエン殿! 我々では力になれませんか!?」
ユアン、ナナミ、フリック、騎士達が必死で天流を捜す声を聞きながら、ビクトールは引き攣った表情で佇んでいた。
軍議が執り行われていたはずの部屋には、軍師達しか残ってはいない。
そのシュウやクラウス、アップルらもどこか苦悩の色を浮かべながら俯いている。
(多分こいつら全員の頭の中では、悲劇の英雄像がセンチメンタルなドラマを構築してやがるんだろうな・・・)
「切ない」という言葉で瞬時に天流の身に起こった事態を理解したビクトールは、ユアン達を止めることもシュウ達に事情を説明することもできず、遠くを見つめながらアンニュイな笑みを浮かべて心の中でそっと呟く。
(あいつはな・・・腹が減っただけなんだよ・・・)
ユアン達の哀しい叫びはいつまでも城の中にこだましていた・・・・・・。
END
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