坊ちゃん:天流(ティエンリウ)・マクドール 2主:ユアン(元)
「ねえルック、明日の遠征のパーティーに入ってほしいんだけど」 「嫌だね」 秋深まり、涼しげな風が肌を心地良く撫でる昼下がり。 同盟軍本拠地の石板の前で交わされた軍主と魔法兵団団長の会話は、軍主が話し掛けてわずか数秒で途絶えた。 唖然となった軍主ユアンだがハッと我に返ると、あっさりとしかもばっさりと切り捨てられた請願の言葉を、慌てて拾い集めて疑問とする。 「な、なんで? もしかしてまた魔術師の塔におさんどんに帰るの?」 「切り裂かれたいのかい?」 蔑むように据わった翡翠の瞳が怖い。 しかし流石に天魁星を頂く軍主だけあって、ルックの冷たい視線に何とか耐える。 その様子に理由を言うまでは引き下がらないと判断したのか、ルックは浅く息をつくとぶっきらぼうに告げる。 「明日はティルの所に行くつもりなんだ」 「ええっ!? 僕だってティエンさん誘うつもりなんだよ? あ、それじゃ一緒に」 「ふざけないでくれる? 僕はティルと二人で居たいんだよ」 「・・・・・・」 皆で遠征しようと、まるでピクニックにでも行くかのような明るい笑顔を浮かべるユアン。 しかしルックは軍主の言葉を遮って再び彼の言葉を撥ね付けた。 ユアンは二の句が継げずに立ち尽くす。 「解ったら諦めなよ。ティルも行かせる気はないから」 「なっなっ・・・」 甚だしく己本位なルックの言葉に、どちらかと云うと温和な気性であるユアンすら込み上げる憤りに声を震わせる。 「いったい何様のつもりなんだよ、ルック! 君っていつもいつもそうやって・・・」 「何様って? 別にルック様って呼ばせてやってもいいけど?」 「そんなことを云ってんじゃなーいっっ!!」 声を荒げるユアンを冷たく一瞥し、ルックは馬鹿にするように鼻で笑う。 「うるさいね。これだから猿は嫌なんだ。まあ馬鹿と鋏は使い様と云うし、僕を崇め奉るっていうんなら使ってやってもいいよ」 「くわーっ!! 誰がリーダーだと思ってんですかい、あんたは!!」 「僕がリーダーだと認めてるのは後にも先にもティル一人だよ」 さも当然だと云わんばかりに云い切るルック。 こう云われてしまえばリーダーだと認めろとは云えず、ユアンは言葉に詰まる。 「べ、別に僕よりティエンさんって思ったっていいけどねっ、ルックだって108星の一人なんだから少しは協力を・・・」 何とか懐柔しようとするが、ルックは聞く耳持たずというように反対に詰め寄ってくる。 「馬鹿猿、よく聞きなよ。僕はレックナ―ト様の命令で石板の管理の為にここにいるんだ。ついでに少し位は力を貸してやらないでもないけどね、優先事項はあくまで僕とティルが二人きりで過ごす時間であって、同盟軍が遠征に出ようが戦争しようが全滅しようがハイランドが勝とうがどーでもいいんだよ。僕とティルさえ良ければそれでいいわけ。解ったら僕とティルの時間を邪魔しないでくれる?」 ここまで自分勝手な台詞が並ぶといっそ清々しいかも知れない。 だがしかし、ルックの目の前に居るユアンは天流を心から尊敬し崇拝する上に恋愛感情すら抱いている人物である。 激しい怒りと悔しさが湧き上がり、恨みや妬みがルックに向くのはもはや当然だろう。 「ふ・・・ふふふふ・・・そっちがそのつもりなら・・・・・・意地でも明日はティエンさんを誘いにグレッグミンスターに行ってやる!!」 俯いて不気味な笑いを漏らしていたかと思うと、ガバッと顔を上げて宣言するユアンにルックは冷静に返す。 「来れば? どうせ家にはいないけどね」 「!!!( ̄□ ̄;)」 「では今日中にグレッグミンスターに行く必要があるのでしょうか?」 真っ白になった軍主と飄々と石板に背中を預けるルックの会話に、落ち着いた声が割り込んできた。 面倒臭さそうにルックが視線を動かすと、カミューとマイクロトフのマチルダの騎士コンビが堂々とした風情で二人に近付いて来るのが見える。 一見和やかに微笑んでいるカミューだが、切れ長の目の奥には明らかにルックに向けて対抗心が渦巻いている。生真面目な表情のマイクロトフも然り。 「私達は明日、休暇となったのですよ。ティエン殿を誘ってお茶でもご一緒したいと思っていましてね」 「俺もティエン殿とゆっくりとお話したいと思っていますので」 二人の言葉に何か返そうと口を開いたルックだが、別の声がそれを遮る。 「おっと、それなら俺もティエンに会いたいと思ってたんだよな」 「なっ、それは俺が・・・っ!」 騎士達の後方から姿を現したのはビクトールとフリックだ。 ビクトールの台詞にいち早く反応したのは、隣を歩くフリックだった。 「何だよ、お前も同じ事を考えてたのか」 「おい熊! 俺は貴様などと一緒に行く気はないぞ。今回お前は遠慮しろ!」 「そいつは俺の台詞だな。だいたいお前より俺の方がティエンと仲が良い」 「ぐっ!」 「おっさんよりは俺の方がずっと仲良いぜ」 言葉に詰まってうめくフリックの声に重なって、別の方向から歩み寄って来たのはシーナだ。 次々に増えていく面子に、ただでさえ不機嫌だったルックの怒りが更に増す。 「どいつもこいつも暇人だね。休暇をもらったんなら態々トランまで行かずに庭で光合成でもしてなよ」 「ルック殿こそいつものようにここで立っていらしてはどうです? 偶の休暇だからこそ特別な方と共に居たいのですよ」 「ティルにとって特別なのは俺のように親しい友人なんだぜ?」 「休暇でなくてもルック殿やシーナ殿はティエン殿と共に居られるのだから、明日は遠慮願いたい」 「ティエンさんは僕と一緒に戦ってくれるって云ったんだよ!」 「だからって毎回のように引っ張り回すのはどうかと思うぞ。ティエンだってせっかく家に帰って来たんだからゆっくりしたいはずだ」 「青い割に正論だ。じゃあお前はティエンを休ませるためにトランには行かないんだな?」 「何でそうなる!」 「うざいよ、あんた達。これ以上勝手な事ほざくつもりなら覚悟は出来てるんだろうね」 誰が一番勝手な事を云っているのかは云わずもがなだが・・・。 何にせよルックの苛立ちはすでに頂点まで達していた。 その右手が光を持ち始めたのを察し、こうなったら強硬手段だとばかりにユアン達も身構える。 彼らが集まり始めた時点ですでにホールから人影は消えていた。 巻き添えの心配はないが、このメンバーが本気でぶつかり合うとホールだけでなく城全体が傾きかねないのだが、そんなこと彼らの念頭には無さそうだ。 同盟軍本拠地、絶体絶命の危機である。 「随分と勝手な事を云ってくれるね」 緊迫したホール内に静かでありながらもよく通る澄んだ声が響く。 戦闘態勢に入っていた全員が驚いて振り向くと、呆れ返った表情で麗しの英雄が立っていた。 「「ティル?」」 「「「「「ティエン(さん)(殿)!」」」」」 一瞬のうちに立ち込めていた殺気は払われた。 それを見計らって同盟軍の救世主・・・いや、天流は石板の前、ユアン達の傍まで近付いていく。 「何故君がここにいるのさ?」 「シュウ殿に頼まれていた書簡を届けに来ていたんだ。・・・それにしても・・・」 ルックの問いに答えながら天流はその場の全員を見渡した後、形の良い眉を寄せて深く溜息をついた。 後ろめたいのか、ルックとシーナ以外は落ち着かなげに視線を泳がす。 「ちょうどいいや。なあティル、お前は明日どうする? ルックと二人きりが良いか、ユアン達と遠征に行くか、騎士と茶を飲むか、おっさんや青いのの相手をするか、俺とデートするか」 「当然僕だよね?」 シーナの提案にまず真っ先にルックが尋ねる、ではなく決定付ける。 負けじとユアン達も続いた。 「ティエンさん、一緒に戦って下さい!」 「ティエン殿、良いお茶の葉が手に入ったのですよ」 「ティエン殿、是非我々と」 「おっさんじゃねえ! ティエン、俺と一緒に酒でも飲もうぜ」 「青いって云うな! ティエン、俺と、その・・・っ」 「俺と一緒の方が絶対楽しいって! な?」 七人に一斉に詰め寄られても、天流は顔色一つ変えずに無表情のまま答えを返す。 「悪いがどれも無理だ」 「な、何故!」 「明日から数日、クレオと二人でトラン国内を漫遊するつもりだから。済まないが、暫く留守にするので来ない方がいい」 「そ、そうか・・・」 「そんなあ・・・」 あからさまに落胆し、肩を落とす面々。 家族水入らずの時間を、仲間とはいえ他人である自分達が邪魔をするわけにはいかない。 「でもさ、いくら腕が立つって云っても二人だけってのは不安じゃねえ? 俺も・・・」 めげないシーナが尚も言い募るが、天流の鋭い視線に射貫かれ、シーナだけでなく全員が瞬く間に固まった。 「クレオと二人で居たいんだ。家族の団欒を邪魔するなどという無粋な真似は全員、してくれるな」 「「「「「「・・・・・・はい・・・・・・」」」」」」 リーダーモード全開の天流の言に、同盟軍リーダーであるはずのユアンすら逆らえずに全員が服従してしまう。 彼らの天流への想いも、たった一人の家族の前には適うはずもなく潰えた。 (最大の難関はクレオさんか・・・・・・) ルック以上の強敵が目の前に立ち塞がったような心境のメンバー達。 これはもう諦めるしかないなと誰もが考えた。が。 「じゃあグレッグミンスターまで送るよ」 「ルック」 「明日から暫く会えないって云うなら今日は泊まらせてもらうよ」 悪びれることもなく云うルックを、ユアン達はぎょっとした表情で見つめる。 彼らの視線など気にも留めず、ルックの手が天流の肩を包んで引き寄せた。 「それくらいいいだろう?」 「解った。ではお願いするよ。この分では帰ったらまた何か要求されそうだね」 「当然だよ。覚悟しておくんだね」 不敵に口元を歪ませるルックに、天流は仕方が無いなと云いながらも笑みを返す。 そしてルックは天流に気付かれないよう、絶句している六人に勝ち誇ったような一瞥を投げると、紋章を発動させる。 光がルックと天流の身体を包み、一瞬の後に二人の姿は跡形も無く消えた。 取り残された六人は二人が消えた後の石板を見つめながら、ただただ茫然と立ち尽くす。 ややあって、まだぼんやりとした顔のままフリックが抑揚のない声で呟く。 「・・・結局、ルックの勝ちか・・・」 「だが流石のルックもクレオには適わないな」 「つーかさ、今も最強なのはティルだよな」 ビクトールやシーナも続き、元解放軍三人組は未だ硬直状態にある同盟軍三人を残して各々どこへともなく去って行った。 平和の戻ったホール内にはやがて人が戻り、いつもの平穏が訪れる。 しかしそれも束の間。 程なくして凄まじい怒りの形相の軍師が軍主を連れ戻しにホールに乗り込み、特大の雷がユアンを直撃したのだった。 ただでさえあまり仲が良くはなかったルックとユアン。 この一件で二人の間は修復不可能なほど険悪なものとなったのは云うまでもない。
END
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