「では、鏡は私がお預かりしておきますので」
「え!? ちょっ―――マッシュ?」
「ランシュ様を頼みますね」
「言われなくても解かってるよ」
「ル、ルック? マッシュも。一体何の話?」
頭の中いっぱいに「?」マークを飛ばしたランシュの質問に、沈黙が返った。
マッシュとルックの顔がゆっくりとランシュへ向けられる。
どちらも無表情でランシュを眺めたかと思うと、何事もなかったかのように再び二人だけの会話が始まった。
「遅くなっても構いませんが、あまり無茶はなさりませんように」
「誰に向かって言ってんのさ。もしかして僕のこと、手段を選ばない奴だとでも思っているわけ?」
「いえ。そういうわけではありませんが、念のためというヤツですよ」
ルックの毒舌を気にすることなく終始穏やかに笑顔を湛える軍師の様子を何をするでもなく見ていたランシュだか、不意にルックに腕を捕まれた。
「まぁ、間違ってはいないかもね」
「「え?」」
軍主と軍師、二人の声が重なった瞬間、ルックとランシュの姿は解放軍の執務室から消えていた。
「うわ!? っっっと・・・・・・。ルック?」
いきなり浮遊感に包まれたかと思うと、次の瞬間にはしっかりと地面に降り立っていて、少々バランスを崩したランシュはしがみついてルックを見上げた。
「今日は僕に付き合ってもらうよ?」
「え?」
「なんか文句ある?」
こちらの都合などお構いなしなルックの態度に、ランシュは憮然とした。
そりゃそうだ。
朝、いつも通りに執務をしようと訪れた執務室に何故かルックがいて、マッシュと会話をしているかと思っていたら問答無用でこんな場所に連れてこられ、挙げ句の果てに今日は自分に付き合えと。
にっこり笑って付き合えるほうが可笑しい。
「・・・・・・まだ片付けなきゃいけない仕事が残ってるんだけど」
「明日しなよ。君に限って期限ギリギリのものが出来てないってことはないだろ?」
「皆にも言って来てない」
「マッシュが伝えるだろうさ」
「帝国が動くかもしれないのに」
「そんなことになったら風が教えてくれる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「他には? 無いなら行くよ」
「行かない。帰る!」
「どうやって? 手鏡はないし、馬もない。況して、ここは君の知らない場所。人に道を尋ねて帰るにしても、軽く5日はかかる」
馬を使ったとしてもね。
ルックの言葉にランシュは眉を顰めた。
確かに今居るこの場所は見たこともない草原で、ルックに連れ出される前にマッシュに手鏡を渡したため、今は手許にない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
難しい顔をして黙り込んでいたランシュは、ふと思考を止めた。
確かにマッシュに手鏡を渡した。何故なら、
「瞬きの手鏡を貸してください」
そう言われたからだ。
しかし何故?
マッシュは軍師だ。軍師は人を動かすのが仕事。
出かけることもないその彼が手鏡を貸して欲しい理由とは一体・・・。
「・・・・・・・・・まさか」
「ちゃんとマッシュはこのことを知ってるよ。っていうより、今回のこれは彼が提案したことだしね」
ま、そう仕向けたのは自分だけど。
困ったような顔をしたランシュを見て、ルックはこっそりと心の中で呟いた。
「ほら、文句ないだろ? 行くよ」
そう言って差し出されたルックの手に、ランシュは苦笑しながら自分の手を重ねた。
「・・・・・・今日はしたいことがあったのに」
「それこそ今度にしなよ」
ランシュの手を引き歩き出したルックの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
隠れた意味
「・・・・・・これとこれ」
「はいよ」
指差したものが無骨な手によって取り上げられる。
「はい。代金」
「どうも。んじゃ、20のお釣ね。ありがとよ」
硬貨の遣り取りが行われ、無骨な手から線の細い手へと品物が渡される。
「はい」
そしてランシュの目の前に差し出され、問答無用で腕の上に載せられる。
「・・・・・・・・・・・・・・・ルック」
「何?」
「こんなに買ってどうするの?」
呆れたような声を出したランシュが見つめるのは自分の腕の中。
そこには、さきほどからルックが買ったもの。
「ああ、それじゃあ食べれないか・・・」
「?」
腕を引っ張られ、少し狭い路地へと連れて行かれる。
ルックはランシュの腕の中から先ほど買った団子を取り出した。
食べやすいようにと棒が突き刺さっている団子を、ルックはそのままランシュへと差し出す。
「ほら」
「!?」
一連のルックの行動を見つめていたランシュの口に団子が放り込まれ、何が何だか訳が解からずに瞬きを繰り返しているランシュの腕から、ルックは荷物を拾い上げていく。
「ルック・・・、いまいちよく解からないんだけど・・・」
今日はどうしてこんなところに来たの? 何か用事があって来たんじゃ?
ようやく団子を飲み込んだランシュの困惑したような表情に、ルックは肩を竦めた。
ランシュがルックに連れてこられたのは、かなり大規模な街。
ちょうど年数回行われる市の真っ最中だったその街は、どこを向いても店が立ち並び、人が溢れていた。
人一倍人ごみが嫌いなルックが、一体何を考えているのか、呆然としていたランシュの手を引いてその人ごみの中へと入っていったのである。
右から飛んでくる値段の安さを強調する声に、左から飛んでくる値切りの声。
店主と客で言い値の言い合いが聞こえたかと思えば、商談成立の歓声と拍手。
楽しそうに笑い合う人々の様子に、ルックに促されるままに歩いていたランシュの顔にも笑顔が浮かぶ。
そうして周りの雰囲気に浸っていたランシュは、ルックが買い物をしていたことに気づかず、渡されるままに荷物を受け取っていた。
そうして、気づけばいつの間にか両手が塞がっており、慌てて視線をルックに向ければ、荷物を渡した本人は店先を覗き込んで買い物中。
ランシュは溜息を吐いて腕の中のものを見たのだった。
「君さ、やっぱり人の言葉聞いてなかったわけ」
呆れたような響きを宿して零れた言葉に、ランシュはキョトンと首を傾げた。
何か言われただろうか?
そんなランシュの様子に、ルックは再び肩を竦めた。
「これとそれ、全部君の」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
『これ』と『それ』
ルックの腕へと移動したものと、ランシュの腕に残っているもの。
あまりの量の多さに、ランシュは目を丸くした。
「・・・・・・やっぱり聞いてなかったみただね・・・」
目の前にいたルックが脱力したように溜息を吐いた。
「何もどこかの貴族みたく派手にしろとは言わないけどね、・・・・・・・君の部屋は何も無さ過ぎるんだよ」
机と椅子とベッド。本棚にはちゃんと本が入っているとは言え、本当に必要最低限のものしかない。
一応解放軍の軍主という立場にいるにしては、殺風景なのである。
飾り気も温かみもない部屋。
そんなところで充分な休養が取れるか、と問えば、答えは『否』だ。
身体的には休めても、精神的には安らがないだろう。
ただでさえ重いものを背負っているのに、そんなことではいつ潰れるか解からない。
「だから、これは君の部屋に置くもの」
これで少しはマシになるだろう?
そう言われてルックが買ったものに目を落とす。
ペン立てと花瓶、ブックスタンドにテーブルクロス、その他実用的なものがいろいろ。
落ちついた色合いのものばかり選ばれたそれらに、気遣いの色が見て取れる。
「言ってくれたら自分で買ったのに・・・。これのお金って・・・」
困ったように眉を寄せるランシュの言葉に、ルックが再び団子を取り出して口の中に放り込む。
「僕個人が買ってるものだから、別に軍資金の中からってわけじゃないから安心しなよ」
ルックの言葉に、ランシュは口の中に入っている団子を噴出しそうになった。
「食べ終わってから喋る」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
慌てて口を開こうとしたランシュに、ルックの言葉が突き刺さる。
団子を口に入れたのは誰だ。
ランシュが心の中でそう突っこんだのは仕方のないことだろう。
ランシュの言わんとしたことが解かっているのであろうルックは、そんなランシュの様子を見て口を開いた。
「あのね、別に君のためってわけじゃなく、あの部屋を見る僕の精神の平穏のために買ったものなんだから。君は変な心配しなくていいんだよ」
寧ろ、それを気にするぐらいなら遠慮せずに受け取れ。
態度と言葉の節々からそういう雰囲気を漂わすルック。
ここまで言われてしまえばつき返すわけにもいかない。けど、だからと言って素直に受け取れるわけがなく・・・。
「・・・・・・・・・・・・・ルックの部屋も同じようなものなのに・・・」
ようやく団子を食べ終えたランシュは、拗ねたように横を向いた。
「ルックの部屋だって本ばかりで殺風景のくせに」
気遣ってくれるその心遣いは嬉しいが、執務室で仕事をしようとしていたところを何も聞かされずに突然連れ出された身としては、手持ちのお金などあるはずもない。
せめて、お礼に何かを買えれば良かったのだが・・・。
ランシュのその態度をどう受け取ったのか。
ルックは近くの店を覗き込んで暫く思案し、そのままランシュの腕を引いて店へと入った。
「え? る、ルック!?」
突然のルックの行動に、ランシュは為すがまま。
慌てるランシュのことなど構わず、そのままルックは店にある商品を指差した。
「これ、二つ」
「あら、ありがとう。別々に包んだほうがいいかしら?」
「よろしく」
「ちょっと待ってね」
口を挿む暇も無く店員と会話をするルックをランシュは眺めておくしかできない。
「ルック?」
店員が店の奥に引き込んだ後、ランシュはルックの顔を覗きこんだ。
「何?」
「え〜っと・・・、もしかして、あれも僕の部屋に置くとか言う?」
「何をいまさら」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さらりと返ってきた答えに、ランシュは呆れたような諦めたような表情をした。
「何? 不満でもある?」
「いや、不満とかそんなんじゃなくて・・・」
「頻繁に水をやる必要もないし、特に手入れの必要もない。忙しい君には丁度いいだろう?」
いや、そういうことを言ってるんじゃなくってね・・・。
どう言えばいいだろうか、とランシュが頭を抱えそうになったとき、店の奥へ行っていた店員が返ってきた。
「お待たせしました」
渡された二つのうち、一つをランシュへと渡す。
「?」
首を傾げるランシュの前で、ルックは代金を精算するとそのままランシュの手を引いて店を出た。
「ねぇ、ルック。同じものを二つも買ってどうするの?」
ランシュは先ほどから疑問に思っていることをルックに訊ねた。
先ほどルックが買った観賞用植物。一つはランシュへと、そしてもう一つは未だルックの腕の中にある。
「・・・別に。単に君が自分一人じゃ不満そうだったから。それは君の、これは僕の」
これで文句はないだろ?
ルックの言葉に一瞬目を見開いたランシュは、次の瞬間クスクスと楽しそうに笑い出した。
どこまでも自分勝手に動きながら、しかし、それらの行動全てがランシュを気遣ってのもので、どこかくすぐったいような気分になる。
「いつまで笑ってんのさ。・・・・・・そんなことより、さっきの団子だけじゃ物足りないんじゃない? 何かちゃんとしたもの食べに行くよ」
背を向けて歩き出すルックの後を追い、ランシュはルックの横へと並んだ。
何を食べようかと考えるランシュの横顔を盗み見て、ルックは小さく笑った。
どうやら目的通り、気分転換させることには成功したようだ。
何もかもを溜め込んで走り続ける気持ちは解からないでもないが、たまには休息も必要である。
こうして気持ちを張り詰めることなく楽しんでいる姿を見ていると、その考えは間違っていないだろう。
あれこれと悩んでいるランシュの姿に苦笑を零して、ルックは自分の手に持っているものに視線を落として内心溜息を吐いた。
成行き上買ってしまった観葉植物。
あったとしても邪魔にはならないが、それでも不必要なものには変わりない。
でも、手入れも特に要らないし、小さくて場所は取らない。なら構わないか、とも思う。
この植物をランシュに持たせることができたのだから。
そう結論を出したルックは、未だ何を食べるかで悩むランシュの様子を眺めた。
この植物を持つのは君だけでよかったんだけどね・・・。
後に解放軍の軍主であるランシュの執務室に置かれるのは、小さいサボテン。
―――――――――別名「覇王樹」
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お待たせいたしました。
キリリク6666番「恋人同士になる前のほのぼの」話です。
「・・・・・・・・・・・・・・恋人?
英雄になる前の間違いじゃないのか?」
という突っ込みはできればお避けいただければ幸いかと・・・(汗)
・・・・・・すいません、ナチュラルないちゃつき、挫折いたしました。
ルックが坊ちゃんの口に団子を放り込むことでお許しくだいさい〜ε=ε=┏( ・_・)┛逃