『猫坊の冒険』
その日、同盟軍軍主の元でお世話になっているネコのマクドールさんは、同盟軍の本拠地であるお城の中を散策していた。
とても天気の良い日。
気持ちのいい風が吹いていたので、つい心惹かれて部屋をフラフラと出てしまったのである。
そうする内に、そのお城の中庭が見渡せる廊下へと差し掛かった。
その光景に思わず目が見開かれてしまう。
というのも、同盟軍軍主の部屋からの眺めも確かに凄いのだが、いかんせん窓からマクドールさんが出れないようにと常に締められており、見えるのはテラスの間からの小さな景色。
それもあって、この広々と開け放たれた場所から広がる何の邪魔もない眺めは、また格別なものに見えるのは仕方ないというものだった。
と、その時―――
「にゃ?」
大きな瞳をクリクリと廻して、周りの景色を見つめていたマクドールさんはフトすぐ近くの木の枝に自分と同じような影が寝そべっているのを見て取った。
それをもっとよく確かめたくて、トテトテとテラスに近寄ってジャンプ。
手摺に乗っかって耳と尻尾をピクピクさせると、
「にゃ〜ん」
一声鳴いた。
すると、その木の枝にある影の耳がピクピクと動くとチロリと視線が動いた。
煌く碧玉の瞳。
そして金色に輝く毛並みを持つ綺麗なネコ。
そのネコはマクドールさんの存在に気が付くと身を起し、顎をしゃくって誘いをかけてきた。
ある意味横柄な態度。
しかし、それが様になっているから困ったものである。
だが、そんな風にされてマクドールさんは迷っていた。
何故なら、お世話になっている同盟軍の軍主から『部屋を出るなよ』『他の誰かに誘われてもついて行くなよ』と、口をすっぱくする程言われているからだ。
でも、ここ数日は部屋から一歩も出ていないせいでとても退屈だった。
しかも同盟軍の軍主は一日の殆どを執務に追われていて部屋には居らず、たった一人で部屋で待つにはその部屋は小さすぎたのである。
そんなこんなで新しい冒険の旅に出た先で出会った、初めて逢う同族。
心惹かれるなという方が無理というものだ。
「にゃ〜ん」
すると先程の泣き声に答えるかのように返ってきた声にマクドールさんの耳がピクピク動いた。
見れば、先ほどの金色のネコがこちらをじっと見つめている。
その瞳にマクドールさんの尻尾がユラユラと揺れた。
行こうか、どうしようか。
迷う心のままに揺れる尻尾。
迷って―――
迷って―――
迷って―――
「にゃ〜ん」
もう一度呼ばれて、尻尾がピクリと動きを止めた。
そして、意を決してジャンプ!
マクドールさんの小柄な身体は窓枠から宙を飛び、金色のネコが留まっていた木の上の枝へと飛び移った。
―――バサッ
木の枝が音を立てる。
それほど重くないとはいえ窓から飛び移った衝撃は大きく、マクドールさんの体重を受けた枝は大きくしなっている。
それでもバランスよくその木に降り立ったマクドールさんは、先ほどのネコが居た枝まで降りていった。
そのネコは、先程と同じように木の枝に優雅に寝そべりながら、降りてきたマクドールさんを眺めていた。
その口元が微妙に笑みを刻んでいるように見えるのは、気のせいばかりではない。
ゆっくりと左右に揺れている尻尾も落ち着いていて、歓迎されていると思ったマクドールさんは、
「にゃ(^^)」
と、まずは挨拶。
マクドールさんとしても最初からここに居た金色のネコに礼儀をつくす意味を込めての挨拶だ。
だが、金色のネコは返事を返す代わりに目線でもって自分の隣に来る様に示してきた。
(・・・・?)
マクドールさんは不思議だった。
挨拶しても返事を返してくれない目の前の金色のネコは、一体何を考えているのだろうか、と。
それでも、やっぱり嫌われている訳ではなさそうなのでトコトコと枝を伝って金色のネコの隣にやってくると、その側にチョコンと座り込んだ。
そして、ニッコリv
すると、金色のネコは口元に笑みを浮かべ、マクドールさんの耳元に顔を寄せるとカプリッと噛み込んだ!
「にゃっ!!??」
驚いたのはマクドールさんである。
まさか、まだ相手の名前すら知らないのに、そんなことをされるとは思わなかったというのもある。
それ以上に自分と同じ同族と、こんな風に一緒にいる事自体が初めてだったので、勝手がよく分かっていなかった。
だから一瞬、隣に来られたのが気にくわなくて噛まれたのかと思ったけれど、歯を立てられてなかった事からみて追い返す為の行為ではないようだ。
だから、気にしなくていい筈なのに―――
今だ噛み込まれている場所から、痛みの代わりに走った甘い感覚。
それに思わず髪の毛を逆立てつつ、逃げるようにその耳を両手で押さえ込んだ。
「みゅう・・・・・・」
思わず声が漏れる。
そのせいで金色のネコの口が外れた事にホッと安心しつつ、そんな態度を取ってしまった事に今更ながらに罪悪感が湧き上がってきた。
そして探るように金色のネコを見れば、鼻の先で笑っている姿が目に入った。
どうやらその程度で驚いて毛を逆立てている自分をあざ笑っているかのようだ。
それがついしゃくに障って、
「にゃ!」
と、抗議の声を上げていた。
しかし、そんなマクドールさんの抗議はシレッとした金色のネコの態度により黙殺され、代わりとばかりにその手でピンッとばかりに額を小突かれていた。
「みゅ〜〜〜・・・・・」
思わぬ痛みに耳も尻尾もシュンと項垂れてしまう。
呼ばれてやって来たのに、耳を噛まれ(いえ、どう見ても甘噛みです)
びっくりした自分をあざ笑い(いえ、本当は微笑ましそうな笑いでした)
あげくの果てにはデコピン炸裂(いえ、イメージとしては『こ〜いつ〜〜(ちょん)vvvvvv』<バカップルって感じでしょうか?)
まさか金色のネコがこんなに意地悪だとは思わなかった。
もしかすると、自分を苛める為に呼びつけたのかもしれない。
そんな風に思ったマクドールさんは、それ以上傷つく前にそこを立ち去ろうとした。
ところが―――
ムニッ!!
と、引っ張られる感触に、マクドールさんの動きが止まった。
振り返れば、金色のネコが尻尾をキュッと握っているのが目に入ってきた。
「にゃ!?」
しかも、掴んだ尻尾を口元へ運び・・・・・
一瞬――――そのまま食べられてしまうのかとマクドールさんは思った。
ペロッ(舐められました)
「にゃっ!!」
クスッ・・・・
「にゃ〜・・・・」
まさかそんな事をされるなんて思わなかったので、ヘニャリと全身から力が抜けてしまった。
そんなマクドールさんに乗りかかるように身を寄せてきた金色のネコは間近でクスと笑うと、
『名前はなんていうのさ』
と、聞いてきた。
「にゃにゃん!」
『?』
聞かれた事にすぐさま返事を返したマクドールさんだったが、金色のネコは訝しげに眉を潜めるばかりだ。
『ちょっと・・・・ふざけてる訳?』
機嫌が下降線を描いていくのをその視線で現す金色のネコに、マクドールさんは必死で顔を振る事で否定し、
「にゃ、にゃにゃん、にゃ!!」
と、必死で答える。
しかし、金色のネコの機嫌は直るどころか益々悪くなる一方で―――
「にゃ・・・・・・」
マクドールさんは次第に項垂れた。
尻尾も耳も全てが元気を無くしたようにヘニャリと垂れ下がり、肩まで落ち込んだマクドールさん。
そんな様子にちょっとだけ慌てた金色のネコだったがすぐに何かを思いついたらしく、服をゴソゴソと漁っていたかと思うと、徐に何かを取り出した。
「にゃ??」
差し出されたその手の平に乗った丸いモノ。
何だろうと思うマクドールさんの前でそれを口に放り込んだ金色のネコは、見つめるマクドールさんの顎を取り上げて―――
(・//////・)
ピクリと震えた尻尾がピンッと緊張し、
―――ゴックン
思わずそれを飲み下し、ヘタリと脱力。
そして、ショックから思わず涙目。
それでも、目の前にある綺麗な翡翠の瞳に見つめられていると今の衝撃も薄らいでいくような気がした。
それを見て取ったのか、ゆっくりと離れていった金色のネコはクスリと笑みを零すと―――
『で、君の名前は?』
『あ・・・・リオン・・・・・・ん?』
思わずマクドールさんは自分の口から零れた言葉に目を見開き、驚いたように金色のネコを見た。
そんなマクドールさんに、金色のネコは益々笑みを濃くすると―――
『ふ〜ん・・・リオンって言うんだ。僕の名前はルック。忘れるんじゃないよ』
そう言って、もう一度その耳元にキス。
「にゃ!」
と、驚きの声をあげるマクドールさんの反応を楽しげに見ていた『ルック』と名乗った金色のネコは、ピョンとその枝から飛び降りた。
その突然の行動にびっくりするマクドールさん。
慌てて自分も飛び降りようとして、下から見上げてくるルックと視線が合さった。
『明日もこの時間、この場所に居るから。じゃあね』
そう言って綺麗な身体を翻してお城の中へと入っていくルックの姿を見送りつつ、マクドールさんは今言われた言葉を反芻した。
―――明日もこの時間、この場所に居るから
これは、約束と見ていいだろう。
かなり一方的だったが、それでも初めて仲間とかわした約束にマクドールさんの心は躍った。
(明日もまたここに来よう。
きっとまた部屋の鍵は開いてる筈だから、きっと大丈夫だろうし―――)
『リオン!!』
突然のその声に、マクドールさんはビクリと驚いて硬直した。
こんな所にいる筈ないと思いつつも下を見れば、木の根元に怒りも露に仁王立ちとなっている同盟軍軍主の姿がそこにある。
半日ぶりに見るその姿につい嬉しくなり、
「にゃ!(カイ!)」
同盟軍軍主の名前を呼んで枝からジャンプ!
手を差し出してくれるのを疑う事無く飛び、ポスンと同盟軍軍主カイの腕に落ちた。
『ったく!部屋から出るなってあれほど言っただろうが!!』
怒鳴られてつい説明しようと、
「にゃあ!にゃにゃにゃ・・・(でも!暇だったから・・・)」
アレ?とマクドールさんは首を傾げた。
確か、ついさっき自分は『人語』を喋れたと思ったのに、何故か今は猫語しか喋れない。
(アレ?????)
首を傾げるマクドールさんに、カイは深い溜息をついた。
『とにかく・・・戻るぞ』
そう言って部屋へと戻るカイの腕の中で、マクドールさんはさっきの出来事は一体何だったんだろう?とひたすら首を傾げるのでありました。
そして、翌日―――
ルックとの約束を果たす為にマクドールさんは部屋を抜け出していた。
階段を伝って階下へ、昨日と同じコースを辿りつつ同じテラスから外を覗いて見れば―――そこは、雨だった。
「・・・・・・にゃ〜・・・・・・」
当然、雨に濡れた木の枝にルックの姿はない。
濡れるのも構わず手摺に座り、マクドールさんは恨めしげに灰色の空を見上げた。
(折角、ルックに会えると思ったのに・・・・・)
約束したのは今日のこの時間。
今日会えなければ、もう二度と会えないかもしれない。
(折角、友達になれたと思ったのに・・・・・)
ルックがどこに居るのか分からなくては探しようがないし、余り城の中を彷徨っていると、昨日ように同盟軍軍主のカイに見つかって怒られてしまうかもしれない。
ヘタリと落ちてくる耳。
尻尾も元気なく項垂れていた時―――
『何してるのさ』
その声に耳も尻尾もピンッと立った。
聞き間違いでなければ、その声は―――
『ルック!?』
振り返った先にあったのは確かに昨日分かれたままのルックの姿。
もう、嬉しいやら驚きやらで顔中をクシャクチャにしたマクドールさんは手摺からルックに向かってジャンプ!
思わずそれを抱きとめたルックだったが、支えきれずに二人縺れるようにして床に転がり込んだ。
『ちょっと!何、突然―――』
と、文句を言おうとしたルックの声が奇妙に止まり、今度はマクドールさんを半眼で睨むと―――
『君、何考えてる訳?こんな雨の日に、こんな場所に座っていたら濡れるのは当然だろ!しかも、この僕まで濡らしてくれるなんて、いい度胸だよ(ニヤリ)』
『・・・・え、えっと・・・・・・・・・・・・ご、ごめんなさい』
ペコリと頭を下げる。
確かに、窓枠に座っていたせいで、マクドールさんの服はビショビショ。
当然、そんなマクドールさんを抱きとめたルックの服もビショビショ。
怒られるのは当然だろう。
ヘタリと耳を頭にくっつけて謝るマクドールさんに、ルックは今度は深い溜息を付くと―――
『仕方ないね・・・・・とにかく、場所を移すよ』
『?』
どこに?と首を傾げるマクドールさんに、ルックが手を差し出した。
流されるままその手を取ったマクドールさん。
それを掴んでルックは口の中で何やらモゴモゴ言ったと思ったら、突然の強い光に視界を奪われ、次に視界が戻った時には知らない場所だった。
『???????????』
思わず、何が何だかのマクドールさんは慌てて周りを見回し、全く見覚えのない場所にパニックを起こしていた。
「にゃ!?にゃ!?にゃあああ?????」
『ちょっと、ちゃんと喋ってくれる?』
煩そうに耳に指を突っ込みつつルックがそう言えば、マクドールさんは混乱した状態のままだったが何とか人語を喋る事に成功した。
『こ・・・・ここここ、ここ、どどど、どこ?』
どもるのは混乱の名残だ。
『ここは、僕の部屋』
『え?ルックの部屋!?』
かなり立派な部屋だった。
沢山の本が山積みになり、何やら難しい記号の書かれた紙が無造作においてあったりする。
『正確には、僕の飼い主の部屋だけどね』
『ここが・・・・ルックの部屋・・・・・』
そんなルックの説明を耳半分で聞きつつ、マクドールさんはキョトキョトと物珍しそうに辺りを見回せば、テーブルの上に一つの写真が飾ってあるのが目に入った。
ピョンとジャンプしてテーブルの上に。
そしてその写真を覗き込んでみれば、憮然とした表情の人間の姿をしている『ルック』と、ルックがそこに映っていた。
「・・・・にゃあ?」
不思議そうに小首を傾げれば、トンと隣にルックがジャンプしてやってきた。
『ルック、コレ誰?』
『飼い主』
『飼い主?ルックの?』
『そう・・・・・でも、今は居ない』
『?』
『ここの軍主の命令でちょっと遠出をしてる。きっと帰って来るのは2,3日後だろうね』
『そうなんだ・・・・・所で、さっきのは何?』
『さっきの?』
『パアーッと光って、パッと変わったアレ!』
『パアーッと光って、パッとっ・・・て・・・・・・ようするにテレポートの事・・・・』
『テレ、ポート?』
『そう、空間移動。僕の魔力を使って一瞬にして場所を移動する魔法だよ』
『魔法!?ルックって、魔法使えるの!?』
驚きに目を真ん丸に開いたマクドールさんだった。
その驚き方があんまり素直だったので、ついルックは照れくさくなってしまった。
『そんなに驚かなくてもいいだろ。僕は飼い主に似て魔力が強いんだから』
『へえ〜、そうなんだ〜、すご〜いvvvvvv』
ニッコリ(^^)
余りにも無邪気な笑みに、一瞬言葉に詰まったルックだったが、すぐに自分のスタンスを取り戻すと命令口調で言い放った。
『そんな事よりも―――さっさと濡れた服を脱ぎな。でないと風邪引くよ』
「くしゅん!」
なんともタイミングよくマクドールさんの口からくしゃみが飛び出した。
それを見て『ほら、やっぱり』とルックは言うと、ベッドの側にある引き出しをこじ開け、中からタオルを取り出した。
『ほら』
と言って、手渡す。
それを受け取りつつ、マクドールさんは服を脱ぐと、代わりにタオルを巻きつけた。
それでも雨に濡れて冷えた身体には、ちょっと肌寒い。
思わずブルリと震えていると、同じようにタオルに包まったルックが側に寄ってきた。
『ルック?』
見上げるマクドールさんに、ルックの秀麗な笑みが零れる。
(・///・)
思わず真っ赤に茹で上がったマクドールさんにルックは更に密着すると、その耳をペロリv
「にゃ!!」
ビクッ!と震えて固まったマクドールさんだったが、
『寒いんだろ?暖めたげるよ』
というルックの言葉に素直に従った結果―――
「・・・・・・・にゃ〜、にゃ〜、にゃあ〜〜・・・・・」
その日、同盟軍本拠地にある某風使いの一室から、煩い程に響き渡るネコの声が一晩中響いていたらしい。
それに安眠妨害された兵士達が原因を究明しようと立ち上がったのだが、流石にその部屋の主を恐れて手出しできなかったとか?
それ以上に、夜中に突然騒ぎ出した軍主に理由も告げられずに引っ張りまわされ、あげく某風使いの部屋の前で脱力する姿が見受けられたとか?
色々あったが、二匹のネコ達には関係なかったようだ。
そして―――
その日から、同盟軍本拠地の中庭の木の枝に、二匹の猫が仲良く寄り添う姿が見受けられるようになった。
一匹は真っ黒な毛並みの小柄なネコ。
もう一匹は金色の毛並みの綺麗なネコ。
二匹はとても仲良しらしく、いつも一緒にいるのだが・・・・それをよく思わない者も多かった。
「にゃあ!!」
「ふぎいい!!!!」
怒りを孕んだネコの唸り声。
だが、そんなネコに取り囲まれてもいつもの態度を崩さない金色のネコは、鼻の先であしらっていた。
それ以降、そんな彼等にちょっかいをかけたネコが傷だらけでデュナン湖畔に浮いている姿がちょくちょく目撃される事となる。
そんな事件が何度か続いた後、やっと近隣のネコも分かったのだろう、二匹のネコにちょっかいをかけるような愚か者は存在しなくなったらしい。
そして、今日も同盟軍本拠地では二匹のネコが仲良く寄り添っている姿が見受けられるのであった。
― fin ―
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