『2006年残暑お見舞い申し上げます』
シュリ坊
― 真夏の夜の・・・・ ―
深夜、フト―――目が覚めた。
何か音を聞き取った訳でもない。
ましてや何かの気配を感じ取った訳でもない。
それでもポッカリと浮かび上がった意識は簡単に眠りの扉を彼方へとおしやり、残ったのは少々の苛立ちを纏わりつかせた目覚めだけであった。
「チッ・・・・・忌々しいね」
そう呟いてゆっくりと起き上がる。
その周りには、熾した焚き火を囲むように呑気に眠りこけるメンバーの姿があった。
ここは、ミューズに向かう途中の森の中。
同盟軍軍主であるエルシオンの趣味の一つである交易品を抱え、グリンヒルからミューズへと向かう途中ですっかり夜も更けた事から、一旦この場所で野宿をする事になったのだ。
手ごろな場所を見つけての簡単な食事と他愛のない会話。
だが、ずっと一日中歩き続けていた疲れからかやがて一人、二人―――と眠りの淵へと落ちていき、最後まで起きていたのは自分と今回も態々隣の国から引っ張り出されてきたシュリだった。
「全く・・・・・呑気だね」
「まあ、折角の休暇なんだし」
寄り添うように眠るエルシオンとナナミ。そしてトウタにゲンゲンという年少組の顔を見つめて感想を零す。すると優しい瞳で姉弟を見つめ、お人よしにもフォローを口にするシュリに対して、僕は溜息を漏らした。
「だからって、こんなメンバーで態々こんな重たいものを抱えたまま歩いてグリンヒルからミューズまで向かう気がしれないね。第一、休暇なら休暇らしく城で大人しくしていればいいものを」
更に呆れたように呟けば、シュリは小さな笑いを零していた。
そんな態度に片眉が僅かに跳ね上がる。
「何がおかしいのさ」
「いや・・・・・ルックらしいなって思って」
そんな風に言われて思わず憮然とした表情になる。
確かに、自分は外に出て動くよりも室内で大人しく本でも読んでいた方がいいと思うクチだ。
自慢ではないが、自由な時間があるのならば自室か図書室にでも篭って常々読破したいと思っている魔術書に目を通す方が何倍も有意義だと思っている。
勿論それが世間一般の所で言う不健康に当たる事など百も承知しているが、今回のこれと比べられるのは心外だった。
「第一、こんな所で野宿して―――何かあったらどうするのさ」
「僕らはその為のお目付け役だけどね」
「冗談じゃないよ。僕は子守をするつもりなんてないし、第一、軍主のお目付け役っていうなら、あの腐れ縁を連れてくるのが筋じゃないか」
至極正論を唱えれば、シュリは困ったように苦笑している。
確かに、ここ最近はハイランド軍の侵攻もなく平和な時が続いているが、本来ならば大人の一人でも連れて出るのが一軍をあずかる者の最低限のマナーだと思う。
だが、それを分かっていて軍主の行動を止めなかった辺り、シュリにも色々考えがあるのだろう。
尤も、その理由を予想できない程自分もバカではない。だからこそ、バカバカしいと思いながらもこうして付き合っているのだ。
「まあ、今更言ってもどうにもならないけどね」
「そう言ってくれると助かるよ。それよりも、もう大分夜も遅いし―――僕が見張りをしているからルックは寝てて良いよ」
そう言われてしばし諮詢した。
今回のメンバーの顔ぶれからして、夜中の見張りが出来るのは自分とシュリしかいない。
ならば二人一緒に起きているよりも、交代で見張りにつく方がいいのだろうが―――
「・・・・・・・分かった。でも、適当な時間になったらちゃんと起こしなよ」
ただし、放っておくとそのまま朝まで起きていかねないシュリにクギを刺す事を忘れないようにする。
「分かってる」
と、ニコヤカに答えるシュリの愛想の良さに少々の不審を浮かべながらも、やはり昼間の疲れがここに来て重く圧し掛かってきたのだろう。
閉じそうになる瞼を少しだけ我慢し、寝具を広げるとそれに包まった。
すると、まるでそれを待ち構えていたかのように僕の意識は暗闇の中へと落ちていった。
「ったく・・・・・呑気な奴等」
呟いて再び溜息を漏らす。
そして、さっき約束した通り見張りを交代すべく唯一起きている筈の人物を探した。
「シュリ?」
一応、寝ているメンバーを起こさないように小さく声を掛ける。
だが焚き火の薄明かりの中、応えもなく、何かが動く気配もなかった。
(・・・・・いない?まさか・・・・・一体、どこへ)
彼の性格からして、ここを放り出して勝手に帰るなどという事はまずありえない。
それでもこの周りに姿はなく、多分見えない場所にまで離れているのだろう。
「・・・・ったく、何をしているだか・・・・」
溜息をついて、どうしようかと悩んだ。
このまま待っていても良いが、彼がどこに行ったのか気になるのも事実だ。
「仕方ないね」
呟いて立ち上がる。
なるべく音を立てないようにして寝ているメンバーの側を離れ、どこへ向かうかを考えた。
(多分、そんなに遠くには行っていないと思うけど)
グルリと見回して、まずは最初に自分たちが通ってきた道へ向かって歩き出した。
自分までもこの場所を離れたら見張りが一人もいなくなくが、少々の時間ならばモンスター避けの結界も張ってあるのでここの事は心配ないからこその行動である。
だが、問題は―――実際にどうやってシュリを見つけるかであった。
寝る前の会話に手掛りになりそうなものはなく、この周りに何か気になるものがあったという記憶はない。
そんなものがあれば話に出る筈だし、野営を組む前にそれを確認しているだろう。
けれど、何もないとなれば―――この広い森の中、しかも薄暗い中をむやみやたらと探しても見つかるとは思えなかった。
「・・・・・紋章の気配・・・・・・・も駄目か・・・・・」
瞑想し辺りの気配を探る。だが、何も感じられない。
確かに『真の紋章』同士の共鳴を利用して位置を察知する方法もあるが、流石にこの三年もの間でその気配を完全に抑える術を身につけたらしく、魔力に長けていると自負する自分にもおいそれと察知できないらしい。
ならば自分が練り上げた力を加えた『旋風の紋章』の気配ならば―――とも思うが、これもやはり使ってくれなければその独特の波動をキャッチする事はできなかった。
「・・・・・どっちでもいいから、使ってくれれば一発で分かるんだけど・・・・・」
それは望むだけ無駄だろう。
となると次の方法を考えねばならないと思っていると、どこからか水の跳ねるような音が響いてきた。
「何?」
気のせいかと思いつつも耳を澄ます。すると、再びその音が響いた。
「何でこんな所に?」
疑問に思いながらも、その音に導かれるように足を向け、木と木の間をすり抜けた先にあったのは―――
深遠を称えた泉だった。
そして、その水面を飛び交う無数の蛍。
瞬くように点滅する光は一種幻想的で、この世のものではない美しさを秘めていた。
「泉・・・・どうしてこんな所に?」
こんな場所に、突然現れた泉に不審を感じる。
第一、ここにそんなものはなかった筈だ。
―――ポチャン・・・・・・
再び耳に響いたその音に視線を向ければ、そこには自分が探していた姿があった。
「シュリ?」
泉の中に膝まで浸かり、瞳を閉じたまま両手を目の前に差し出して立つその姿。
そして、その周りを飛び交う無数の蛍達。それはまるで、
惹かれるように―――
―――これは一体、何だろう?
恐れるように―――
―――僕は一体、何を見ている?
彼を恋しいと集う魂達のように周りを漂っている。
幻想的で―――
まるで異世界に紛れ込んだかのような―――
フワリとシュリの身体が音もなく動く。
それすらも幻のようで―――
「シュリ!」
彼が泉の中心に向かっていると気がついた時、まるで夢から覚めるように叫んでいた。
咄嗟に水に濡れる事も構わず走り出し、その背後から強く抱きしめる。
その身体が逃げ出さないようにしっかりと腕を回し、彼がここに存在していると実感した。
そして動きを止めたシュリの唇から「ルック?」という声が漏れるのが聞こえてくると、その事にホッと安心すると同時に何故か怒りが沸いてきた。
「何やってるのさ、君は!」
「何って―――別に・・・・」
激情のままの問いに返ってきたのは、どこか戸惑ったような声だった。
「別に、なわけないだろ!こんな泉に入り込んだりして、一体どういうつもりさ!」
『自殺するでもあるまいに』と、心の中で呟く。
それでも不安が消えないのは、さっき見た奇妙な光景が忘れられないからだ。
「その上、態々深みに向って歩き出したりして!うっかり足でも踏み外して溺れたらどうするのさ!」
シュリは泳ぎも達者だからとかいうのは念頭にはないし、本当にそんなドジだと思っている訳でもない。
それでも一気に捲くし立てれば、やや驚いたように振り返ったシュリがマジマジと見詰めてきた。
その瞳が探るように揺れ、やがて困ったように笑みを形作った。
「何笑ってるのさ」
「いや・・・・ごめん」
「ごめん、じゃないだろ」
そんな言葉を聞きたい訳じゃない。
「・・・・うん、そうだね。でも・・・・・ルックに心配かけてごめん」
苦笑して謝罪を繰り返すシュリに、何だか肩の力が抜けたような気がした。
その代わりに一人で空回していてた気まずさが浮かんでくる。
そうだ、彼程己を強く持っている存在はいない。
その彼が何かに囚われる事等あり得る筈がない。
そう思えば、先程まで何をそんなに心配していたのだろうと、自分がバカみたいに思えてきた。
「ルック?」
「・・・・・・・・・・・・いいよ・・・・・・もういい。それよりも、君はここで何をしていたのさ」
そう言いながら腕を放し、彼を解放した。
「ん?ああ、蛍を」
「蛍?」
問い返せば、シュリは頷いた。
そして、視線を再び彼方へと向けると―――
「この辺りは・・・・どうやら古戦場だったみたいだね」
「古戦場?ここが?」
頷くシュリから視線を逸らし、逸れた話のまま深い森の中を見回したが、それが真実かどうかなど今の僕に分かる訳もない。
第一、このデュナン地方の戦争の歴史を思えばどこだろうが似たようなものだろう。
「ルックは知っている?」
その声に振り返る。
「古来より、蛍の光は―――死んだ人のさ迷う魂だと言われている」
暗闇の中で瞬く蛍の光を見詰める瞳が、まるで何か別のものを映しているかのようだ。
と、同時に何かが見えたような気がして、ゾクリと背筋を冷たいものが走った。
「その魂が蛍の光に宿り、こうした水辺に救いを求めて集まるんだよ」
「・・・・そんなの迷信だよ。第一、何で迷った人の魂が虫になるのさ・・・・」
その右手に宿るは『生と死を司る紋章』。
この世の誰よりも『死』に近く、『生と死の狭間』に立つ者だ。
「死んでしまえばその魂は黄泉へと旅立つ。それを一番よく分かっているのは、君自身じゃないか」
「・・・・・・・・・そうだね・・・・・・・・・」
そう呟いて、シュリがその瞳を閉じた。
どこか青白く感じるその肌の色が、生気を失った『死人』のように見える。
その顔をすぐ近くから眺めながら、僕は再び奇妙な焦燥感に苛まれていた。
まるで、彼がそのまま蛍の光に誘われるように消えてしまいそうな気がして―――
思わず、頭を振って現実に戻る。
(僕は、一体、何を考えているんだ?)
いつもの自分が取り戻せない。
何故か取り残された子供のように不安が心の奥底に付き纏う。
(いや・・・・・ここの雰囲気だ。多分、それが原因に違いない・・・・・・)
一刻もこの場所から離れるべきだと心が告げる。
早く皆のいる場所に戻って、あの焚き火の側で朝が来るのを迎えたい。
せめてあの炎の明かりで蛍の光が見えないだけでも良い。
そんな想いに駆られて、シュリを促した。
「さあ、もういい加減戻るよ」
その言葉にシュリは素直に頷く。
それにホッと安心しつつ、彼に向かって手を差し出した。
「ほら」
繋ぐように促し、戸惑いつつも伸ばされたそれを攫うように握り締めて歩き出した。
少々乱暴に水を掻き分け、岸辺を目指す。
だが―――
少しでも早くこの場所を離れたい思いのままに歩いていると、突然引かれるようにシュリが立ち止まった。
「ちょっと―――」
文句を言おうと振り返った先―――
泉の水面に、一体どこからやってきたのかと思うほどの蛍の群れが集まっていた。
それは見ている間にも数を増やし、更にその光を増していき、まるで泉自体が光り輝いているかのような錯覚すら覚えた。
「何なのさ・・・・・これ・・・・・・・」
有り得ない光景に呆然と呟く側で、シュリの唇が小さく動いているのが目に入った。
そんな彼に声を掛けようとする先で―――シュリは頷いた。
「何―――」
更に問いかけようとした言葉は、ゆっくりと差し上げられた右手に浮かんでいるものに遮られる。
その時になって初めて、彼がその右手にいつもなら嵌めている皮手袋がない事に気がついた。
むき出しになったその右手の甲。
浮かぶ赤黒い『死神』の紋章。
それが、泉の蛍の光に答えるかのようにその光を強くし―――その眩しさから目を開けている事すら困難になる。
「シュ、・・・シュリ・・・・・」
思わず掴んでいた手に力を込め、彼がそこに居る事を確かめる。
伝わる熱がかろうじて彼の存在を浮き彫りにするが、瞼を閉じていても更に激しくなる光の明滅に飲み込まれ・・・・・・
僕の意識はそこで途切れた―――
―――・・・・・・〜い!
―――・・・・・・・ない?
―――・・・ずらしい・・・・・・・くんが・・・・・・なんて
―――・・・・・ラしちゃおうか?
―――止めた方が・・・・ですか?
―――いいや!・・・・・ンスだし!!
―――・・・・・られても知りませんよ?
『ヘン!その時はその時の事だ!!!』
瞬間、何やら嫌な予感がして僕はパチリと目を開けた。
目の前にドアップな軍主の顔。
今にも触れそうな程に近づいた太いマジック。
説明を受けなくても、何をするつもりだったのかなど一目瞭然だ。
「何、やってるのさ・・・・・・・」
低い怒りを込めた声で問えば、目の前の軍主は慌てたように後じさりその手にしていたものも後ろに隠した。
「ほら!エル!言った通りじゃない!」
「あ、あわわわわ・・・・・・・」
慌てる軍主に冷たい視線を浴びせ、それからゆっくりと周りを見回した。
(・・・・・・・・・野営地・・・・・・だね・・・・・)
昨夜、寝る前の状態と同じ光景に首を捻る。
ここに居ること事態が間違っているような気がしてならない。
(確か、僕は・・・・・・・)
すると、皆から少し離れた所で穏やかな笑みを浮かべているシュリの姿が目に入った。
そして唐突に昨夜の光景を思い出した。
「シュリ!」
強く名前を読んで、彼の側へと向かう。
その後ろで何やら軍主が叫んでいたようだが、一切合財無視。
それでも尚突っかかってきそうな気配がしたので、『眠りの風』を浴びせて黙らせた。
「おはよう、ルック」
変わりない表情でそう言われて、一瞬戸惑う。
「君・・・・・昨日の夜・・・・」
「ああ、起こさなかった事を怒ってる?でも、ルックは疲れているみたいだったし・・・・それに、そんなに眠くなかったから―――」
「そうじゃなくて!」
「?」
叫んで、何か言おうとして―――唐突に、昨夜自分が見たと思ったものが何だったのか分からなくなってしまった。
妙に現実味がなく、こうしている間にも実感は薄れていき、あれは本当にあった事なのだろうかという疑問だけが浮かんでくる。
それに、どうやって自分はこの場所へ戻ってきたのだろう?
シュリの様子におかしな所はないし、服が濡れた気配もない。
何だか考えれば考えるほど漠然とするイメージは、自分の中に戸惑いを生み、やがて「何でもない」と呟いていた。
「ルック?」
「いい・・・・・僕が勘違いしていたみたいだよ」
そう言ってシュリから一歩離れ、出発の準備を整える為に先ほどまで横たわっていた場所に戻り、自分の荷物に手を伸ばした。
その時―――荷物の中から小さな虫が這い出してきた。
思わず動きが止まる。
見詰める先―――それは小さな羽根を羽ばたかせて宙へと舞う。
それは尾だけが赤い小さな蛍―――
昼間なのに、一瞬、それが淡い光を発したような気がした。
―――さて、夢か現か幻か?
―fin―
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