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少年達の開眼
いい天気だなあ。
頭上に広がる澄んだ青空を見上げ、天流は微笑むかのように目を細めた。
その手にはしっかりと竹箒が握られ、足元にはこんもりと落ち葉の山が出来ている。
柔らかな日差しに半分夢の中を漂いながらわさわさと落ち葉をかき集めていると、いくつもの足音が近づいて来るのを感じた。
「テッドー、頼みがあるんだ!」
庭掃除をする天流の姿を目にするなり、声の主達は満面の笑顔を浮かべて明るい声を上げた。
その声に箒を動かす手を止め、またかと言いたげに投げやりな視線を向ける。
駆け寄って来たのは最近仲良く(?)なった若い軍人達だ。
正規の軍服を着こなす彼らは同性の天流から見ても凛々しく映る。だが、紅潮したその表情はまるで千切れんばかりに尻尾を振る大型犬のようだ。これでも彼らはれっきとしたハイランド軍人である。
「こんにちは、毎日飽きもせずによく来るね」
「ああ、今日はお前に是非とも頼みたいことがあるからな」
「何度も断ってるはずだけど?」
「いや、今日のは違うぞ」
にべもない返事だが、彼らは臆する様子も見せずにそう言った。
先日の“レベッカのために悪女を襲撃”事件以降、彼らは何かと天流に接触してくるようになっていた。
外見からは想像も出来ない強さに惚れこんだと、情けないんだか男らしいんだか判断に迷う主張を掲げ、青年達はあれからどうにかして天流をルルノイエ城に引っ張って行こうとする。
同僚達と共に天流に武術の指南をして欲しいというのがその理由だ。
しかし天流が自分の力量も測れずにいるのに正規の軍人の指導などできるはずもなく、断り続けている。
出会いからしてああだったせいもあり、天流の彼らへの対応には遠慮がないのだが、青年達は一向に気にする様子も無く何か理由を付けては天流に会いに来る。
ところが、今日の彼らの“頼み”とやらはいつもとは違っていた。
「実はな、近くユニコーン隊の入隊試験があるんだよ。今年は俺やカイルの弟が受けるのだが、俺達はこれでも軍の方が忙しくてなかなかあいつの相手をしてやれないんだ。それで同じ年頃のテッドに鍛えてもらえばいい刺激になると思うんだが、どうだろうか?」
どうだろうかと言われても。
弟を持つという二人に縋るように頼み込まれ、思わず言葉を失う。
ユニコーン隊といえば、十八歳以下の少年達で形成される歩兵部隊で、ハイランド軍に入隊する少年達の登竜門だ。
都市同盟との境界線に配置される前線部隊だが、基本的にその役目は監視程度で、戦争となれば本隊への連絡と到着までの時間稼ぎをする位で戦闘自体にはあまり加わらない。そこで少年達は軍隊のノウハウを学び、さらに上を目指す。
赤月帝国でもそんな軍人見習い達の隊は在り、天流も在学中は新人の隊の一員だった。そして卒業後は一般の軍人とは違うエリートとしてのキャリアを積む過程で一個隊を率いる軍人の直属の配下となって任務をこなしていた。同時に家人達を部下とする隊長という立場でもあったのだ。
「なんか面白そうな話してるな」
割り込んできた楽しげな声にその場の全員が振り向くと、悠然と佇むシードの姿があった。その手には大量の芋が抱えられている。
・・・・・・芋?
「本当に焼き芋する気なんだ・・・」
青年達が呆気に取られる中、天流は足元の落ち葉の山と芋を見比べながら呟いた。
一時間ほど前、庭が落ち葉に覆われているのを見た天流が庭掃除をするかと箒を手に庭に出たところ、シードは鼻歌交じりに「だったら焼き芋しない手はないだろ」と言って街に出て行ったのだった。
冗談なのか本気なのか区別が付かなかったのだが、至って本気だったようだ。
「安心しろ、お前等にも焼き芋くれてやる。ところで、テッドに弟を鍛えてもらうのはいい案だと思うぜ。色々と心得を教えてやれよ」
最後の一言は天流に向けられた。
「そんなことを言われても・・・」
戸惑う天流とは対照的に、シードの支持を得られた彼らは俄然勢いづく。
「頼むよ、弟達のために力を貸してやってくれ」
請われて無下にもできずに天流は困惑した。
結局頼られると弱い性質なので弟のためと言われれば手を貸すことも吝かではないが、自身のことながら武術や剣術の腕前がどれほどのものなのか把握できていないのだ。彼自身が持つ記憶では確かに腕を上げつつあるが、まだ習い事の域を出ない。
先日軍人である彼らをまとめて打ち倒したのも実は条件反射でしたとは流石に口に出来ない。
「あの、僕は人に何かを教えたことがないのだけれど・・・」
これまでとは違って歯切れの悪い天流の肩にシードの腕が回り、妙に好戦的な笑顔が覗き込んでくる。
「心配するな、テッド。お前の実力は俺が保障してやる。なあに、適当にガキ共を痛めつけてやればそのうち嫌でも体が覚えて実力も付くさ」
何その体育会系。
どうやって断ろうかと天流が悩んでいるうちにシードの指揮で全員がいそいそと焼き芋の準備を始めてしまったため、発言するタイミングを逃してしまった。
軍服を纏った精悍な青年達が焚き火を取り囲んで芋を焼いている光景は、何ともシュールだった。
■■■■■
「これが俺の弟のケントだ」
「で、こいつが俺の弟のチャールズと、後はその友人達だ」
早朝、朝食中のシードの家を訪ねてきた青年達に引き合わされたのは、まだあどけなさの残る十五歳前後の五人の少年だ。
弟と紹介された二人はなるほど面影が似ている。
「・・・・・・それで?」
知らず知らず目が据わる。
「午後には仕事も終わるから、頼む」
「煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「じゃあテッド、俺も登城するぜ。ガキ共を可愛がってやれよ」
そう言いながら家の中から出てきたシードは彼の登場に緊張する少年達の頭をポンと軽く叩くと、その兄達を引き連れて颯爽と城に向かった。
後に残ったのは天流と五人の少年達。
押し付けられた。
その一言が脳裏に浮かび、ピキッと青筋が立つ。
いや、だがあの時にはっきりと断らなかったのだから了承したと捕らえられても仕方が無いのだろう。
そう思い直して諦めのため息を一つ零し、天流は少年達と向き合う。
「初めまして、僕のことはお兄さん達から聞いていますか?」
問いに少年達はこくっと頷いた。
「武術の達人だと聞きました」
「よ、よろしくお願いします」
ケントとチャールズが礼儀正しく頭を下げると、他の三人の少年達もそれに倣う。
達人などではない、と否定したいのは山々だが口を噤む。
そして、顔を上げた少年達のうち名を知らないうちの一人がどこか探るように天流を盗み見ているのに気付く。
天流の全身に視線を走らせ、僅かに眉を寄せるその目にはありありと疑惑が浮かんでいる。
無理も無い。
初めて会った、自分達と変わらない年齢の天流が本当に強いのか、疑うのも当然だ。
天流達は広い庭の方に移動し、模擬戦用の剣をそれぞれ手に取らせた。
「ではまず始めに皆の実力を見せてもらいたい。一人ずつ僕と手合わせしよう」
その言葉に五人は互いに視線を交わし、先程天流に疑惑の目を向けた少年が前に踏み出した。
彼もこちらの実力を確認したいのだろう、と剣を構える天流に、少年は構えも見せずに言った。
「失礼ですが、女性に向ける剣はありません」
「・・・・・・」
固まる天流の目の前で、他の少年達も頷いている。
「そうだよなあ、実力云々以前の問題だよな」
「どんなに強いとしてもやっぱり女の子は守るものだよ」
「テッドさんの可愛い顔に傷をつけるのも嫌だし」
この瞬間、天流は少年達をぶちのめすことに何の迷いも無くなった。
■■■■■
午後、仕事を終えたシードはレイフ達と共に帰宅した。
「さて、あいつらは上手くやってるかな。お前等、今日はガキ共と一緒に夕飯食べて行けよ」
「はい、ありがとうございます」
和やかに談笑しながら門をくぐったシード達は、やがて耳に届き始めた金属音と唸るような声に、庭の方に足を向けた。
その眼前を少年が吹き飛んで木に叩きつけられた。
続いて上がった悲鳴に目をやれば、天流の見事な蹴りを食らって倒れる少年と、地面に伏したまま動くこともできないその他三人の姿があった。
「終わりか?」
ボロボロになっている少年達とは対照的に、天流は僅かに息が上がっている程度だ。
反論する気も起きないのだろう。ケント達の口からはもはや呻き声すらも掠れて漏れる。
「こりゃすげえ」
感嘆するシードの声が届いたのか、天流が彼らの方を向いた。
「お帰りなさい、シードさん。混ざりますか、お兄さん方」
客引きか?
ではなく、巻き込まれては堪らんと慌てて首を振る青年達に、シードは鬼の命令を下す。
「弟達に負けんな。頑張れ」
空が茜色に染まる頃には、少年青年合わせて十人ほどの男達が庭に倒れ伏して苦しげに唸っていた。
「いやー見事見事、やはりお前は凄いよ」
流石に疲れたと見える天流にシードは心から拍手を送る。
その後ろにはいつの間にやらクルガンの姿まであり、水を汲んだコップを天流に差し出した。
「ご苦労だったな。今日の夕飯は私とシードで作ろう」
「あ、済みません。お願いします」
そういえば鍛錬(?)に夢中で食事の用意をしていなかった。
そうしてクルガンとシードが可愛いアップリケ付きのエプロンを付けてでかい図体二つでは流石に狭く感じるキッチンで男の料理を作っている間、天流は倒れ伏したままの面々と共に庭で疲労を癒していた。
日没の時間ともなれば軍で鍛えているレイフ達が起き上がれるまでになり、さらにしばらくすると少年達もよろよろと身を起こし始める。
そしてシードとクルガンが天流達を呼びに来る頃には幽鬼のようながらも二本足で立つボロボロの男達が並んでいた。
家の中では全員が食卓に付くことができないため、庭に座り込んでの夕食会となった。
今にも倒れそうに見えていた少年達も食べ物を口にし始めるとみるみると元気が戻って来たようで、口々に天流の強さを絶賛し出した。朝とはえらい違いだ。流石は体育会系。
「もう凄いよテッドさん! 僕達五人でも、兄さん達が相手でも全く歯が立たないんだもの!」
「どうしてハイランド軍に入らないんですか?」
ハイランドの人間でもないしルルノイエに忠誠もないからに決まっているじゃないか。
なんて言葉は彼らの感動に水を差すだけなので控える。
それにしてもあれだけ痛めつけたのにこれほど懐かれるとは思わなかった。
もう嫌だと諦めてくれることを願っていたのだが、天流の指南が逆効果だったことはシードの「どうだ、テッドの訓練を続けたいか?」という問いかけに五人が揃って「はいっ!!」と元気良く頷いたことでよく解る。
そして少年達はキラキラと輝く澄み切った瞳を感動に潤ませながら、天流を見つめた。
「テッドさん! もっと痛めつけて下さい!!」
ぞわわわっ!!
物凄い勢いで全身が総毛立つ。
「貴方に打ち据えられ、怒られることが堪らなく快感なんです!」
「お、俺も、テッドさんの綺麗な瞳に冷たく見下ろされたいです!」
「冷徹なお声で罵って下さい!!」
目がやばい。
「ま、待て・・・落ち着け・・・っ」
助けを求めるように周囲を見たが、皆うんうんと頷きながら思いっきり同意している。
・・・・・・をい・・・。
「そうかそうか、やはりお前達もそう思うか」
「そうだよなあ、気持ち良いよなあ、テッド殿の命令は」
「きつく睨まれると心底興奮するし」
「踏まれると幸せのあまり失神しそうになるし」
「もっと虐げて下さいって懇願したくなるんだよな」
いったい何処の女王様だ。
自分は彼らにそんな目で見られていたのか、と衝撃のあまり足元から崩れ落ちそうになる。
かろうじてクルガンとシードの二人だけからは同情を向けられた。
この二人までそちらの嗜好はなかったようだ。良かった。
だがぽつりと零れた言葉は余計だ。
「まあ軍人ってのは基本的にSかMかどちらかしかいないからなあ」
そんなリアルなプチ情報なんていらない。
その夜、すっかりと食欲の失せた天流は精神疲労のまま早々に床に付き――悪夢にうなされたのは言うまでもない。
翌朝も素晴らしく晴れ渡った青空の下、少年達の元気な声がシードの家から聞こえていた。
そんな中、
「僕が鞭を振り回す姿なんて想像したくもない」
という切実な響きを持つ謎の呟きは、幸いにも誰の耳に入ることもなかった。
END
タイトルは笑うところです。
えーと、坊ちゃんは別に女王様気質ではありません・・・よね?
(いや、でも腐れ縁に対する態度もある意味・・・)
決してSでもMでもありませんよ〜っとフォローしたいところだったのですが、
やばい、私にもよく解らない(滝汗)。
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