邂逅


※この話には暴力や流血などの残酷的な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。




夕闇の帳
(とばり)が泉の森に降りる。

ハイランドの武将シードとの逢瀬の後、天流は疲れ果てて眠っていた。
シードの前では何気なく振舞っていたが、彼が立ち去って一人となった時、気が抜けたのか全身の力が一挙に失われ、彼はその場に倒れるように気を失ったのだ。

天流の全身は淡い光に包まれ、右手だけが深い闇を纏う。


息を潜めるように静まり返った林道は不穏な静寂に包まれ、大気に歪
(ひず)む重苦しさはやがて広く蔓延していった。






無数の馬蹄が鳴り響き、静かな村の平穏を突如打ち破った。

田畑は踏み荒らされ、慌てて逃げ惑う人々を軍馬が容赦なく撥ね、家の扉が壊されて略奪が繰り広げられる。
のどかだった村が一変し、悲鳴と怒号が飛び交った。

突然の出来事に混乱する村人達を、侵入者達は次々と切り捨てていく。まるで害虫を始末するかのように、微塵の躊躇いもなく。


夜を迎えようとしていた空が赤に染まる。
放火、略奪、そして虐殺。

襲撃者達を眼にした村人達は一様に驚き、戸惑い、そして絶望した。
村を襲い、略奪する者達は山賊でも他国の侵略者でもなく――自分達が年貢を納め、その代わりに安全を保障してくれるはずのハイランド帝国の正規軍だ。

何故?

疑問に返ってくる答えは凶刃の一閃。

女性も子供も老人も関係なく振り下ろされる刃に農具を手に必死に防戦しようとする村人もいたが、農民と軍人の力の差など歴然とし過ぎていて相手にならない。

次々と大地は血に染まっていった。



村人達の悲鳴や、兵士達の声の中、その場の誰もの耳に届くほどの力を秘めた哄笑が空を裂く。

闇を赤々と照らす炎に真っ白なマントが靡き、その合間から素早く旋回した長剣が躊躇いもなく近くに居た村人の首を撥ねる。


血飛沫と火の粉が舞い上がる中、不自然なほど穢れなき白の甲冑に身を包んだ長身のその者は、見る者を芯から怯えさせるような壮絶な笑みを浮かべていた。






風に混じって届く死臭に、天流は重く感じる身体を起こした。

「血の匂い・・・?」

強い、血と死の匂い。あまりにも強過ぎる。
ひどく嫌な予感がした。

棍を杖代わりに立ち上がり、雑木林の道程を駆け出す。

さざめく木の葉を切って木立を抜けると、夜にも関わらず空が明るかった。否、空ではなく地上が輝いていたのだ。立ち昇る炎によって。

ズクン、と右手が熱を持った。
抑えきれない闇の波動に呼応して胸元の石も淡く光る。
長らく風の魔術師と共に在った翡翠色の石は、内に大きな魔力を秘めていた。元々魔石であったことも手伝い、その力はかなりのものとなる。元の持ち主の魔力と想いの込められたそれは、いつも天流を守ってくれている。

だが石の力を借りても尚、今の状態では制御しきれるのか不安が生じる。
ハイランドに入った時より暴れまわるソウルイーターによって、天流の体力と精神力はかなり消耗していた。そしてこれから向かう先には多くの血が流れていることだろう。紋章は歓喜するに違いない。

しかし、離れていても聞こえてくる悲痛な悲鳴に、天流の足は村への道を急いだ。





炎を切り裂いて、高らかな哄笑が村中に響き渡る。

「命乞いをしろ! 豚共!!」

咆哮するような声より感じられる強烈な力の恐ろしさに村人達は怯え、泣き喚き、悲鳴を上げて命乞いの言葉を口にする。
生き残った村人達は一箇所に集められ、彼らの周りはハイランド兵が取り囲んで逃げ場は完全に絶たれていた。

兵士達の中でも一際目を引く白き鎧の男こそ、村人達の恐怖を煽る声の持ち主だ。


――ルカ・ブライト


木陰に身を隠し、様子を窺う天流の視線の先に立つその男とは、つい先日一度だけ出会ったことがある。

圧倒的な威圧感は天流だからこそ受け流すことができるが、常人では耐えられるはずもない。村人達は怯え、傍目にもガタガタと震えていることが解る。
ハイランド兵すらも顔を強張らせ、誰一人としてルカに声を掛けられずにいる。

そして彼らは、ルカ・ブライトが気紛れに選ぶ村人を取り押さえて彼の前へ引きずり出し、目の前で恐怖に泣き叫ぶ村人の命が無残に散らされるのを見届ける。
慣れているのか、その光景を楽しむ者も少なくないが、まともな神経を持ち合わせているであろう兵は耐えられないとばかりに目を背けた。



(惨いことを・・・)

怒りに、棍を持つ手が震えた。
もう一方の手を重ねて強く握り締め、心の奥から押し寄せてくる激情に流されまいと、必死に冷静さを取り戻そうとする。
誰も味方のいない状況で、怒りの感情のままに無謀な真似をするわけにはいかない。培ってきた軍人として、軍主としての経験はこういう時にこそ活きる。


だが次の瞬間目にした光景に、天流の冷静さは焼き切れた。


ルカの目の前に引き出されたのは、小さな少女を腕に抱いた女性だった。
眼前に突き出された鋭利な剣の刃に、その場にへたり込んだ女性は震えながらも、しっかりとルカ・ブライトを見上げている。

「お願いです! この子だけは、どうか助けて下さい・・・!」

しっかりと子供を抱きしめ、自分ではなく我が子の命乞いをする女性。必死な声は、自分はどうなっても子供だけは助けたいという母の願いが込められていた。
彼女の腕の中の少女はあまりの恐怖に声も出ず、必死に母親にしがみ付いている。

ルカ・ブライトの表情が険しくなり、瞳には一層剣呑な光が宿る。

傍目には残酷な嘲りと怒りの表情に見えたが、天流は彼が動揺していると感じた。
初めて見る、まるで傷ついてでもいるかのような苦々しげな様子。
だが今はそんなことを悠長に考え込んでいる場合ではないと、天流は気配を殺しながらも走る速度を上げた。


「不愉快だ。消えろ」

怒りに満ちた恐ろしい形相で女性を睨み据えたまま、長剣は母子に振り下ろされた。
村人達が悲鳴を上げる。


ガキッ!!


金属が擦れ合う耳障りな音と共に、長剣がルカ・ブライトの手から叩き落とされた。

「!!」


何が起きたのか誰も理解できず、時が止まったかのような静寂が落ちた。

一瞬瞠目したルカ・ブライトだが、すぐに険しい表情となって突然目の前に現れた者を睨み付けた。

死を覚悟して目を綴じていた女性は、一向に訪れない衝撃に恐る恐る目を開き、その先に居た恐ろしい白の鎧ではなく、若草色のマントが翻る様に茫然となる。

母子を背に庇い、天流は長身の男の喉元に棍を突き付けた。
真っ直ぐに見据えてくる紅く輝く瞳にルカ・ブライトは一瞬驚きを浮かべ、棍とそれを握る手袋をした両手に視線を走らせてスッと目を細めた。
黒塗りの棍の黄金の柄が今にも喉を潰そうかという位置にあるにも関わらず、その表情に怯えはない。それどころか楽しげにさえ見える。

「貴様か。何処に行ったかと思っていたぞ」

「探してくれていたとは光栄だな」

返答にルカはくっくっと喉の奥で笑った。
人々は息を呑んで、突然現れた少年とルカ・ブライトのやり取りを見つめる。

「この俺に歯向かったのは貴様が初めてだ」

「お前の行為は目に余る。言って通じる相手とも思えないが、この村から消えてもらいたい」

誰もが狂皇子が怒り狂うだろうと緊張した。
彼に従っているはずのハイランド兵達ですら恐怖に戦き、少年の知らぬが故の無謀さに、狂皇子の常軌を逸した残忍さに恐怖する。

しかし、怒りを爆発させるかと思われたルカ・ブライトはゆっくりと笑みを浮かべた。それはあまりにも凄絶なもので、村人の中には失神する者もいるほどだ。

「おもしろい」

喉に突き付けられた棍をそのままに、天流の方に一歩踏み出す。
天流は黙って彼を見つめた。

「俺はルカ・ブライト。聞いたことはあろう」

「ハイランドの狂皇子だろう」

恐れを知らない少年の言動に、その場の誰もが身も凍る思いだった。少年がこれからどんな悲惨な目に遭うのか、そして自分達にもいったいどんな恐怖が齎せられるのか。

「お前の名は?」

「名乗る必要がどこにある?」

「俺の命令だ」

「受ける謂れはない」

きっぱりと返され、ルカは鼻で笑った。

「まあいい。俺の元に来い」

大きな手が差し伸べられる。
驚愕する周囲を余所に、天流はそれを一瞥すると冷たく一蹴した。

「断る。去れ」

ついにはルカ・ブライトに対して命令までする。

「俺にこの場から退いて欲しければ俺のものになれ。俺の一言で村の者は皆殺しだ」

言葉を合図にするようにハイランド兵が次々に剣を構え、村人達からは引き攣った悲鳴が漏れる。

「その前にお前を殺す」

「無理だな。今のお前では」

数秒間の沈黙の後、天流は静かに棍を下ろした。
ルカ・ブライトに自分の今の体調を知られていたことを失念していた。
その上、彼は生粋の軍人だ。天流に殺意がないことを見破るのは簡単なことだろう。


“誰かが死ぬのを見るのは、もう嫌だ”


長い戦争を終えて心から願った切なる想いは、今も天流の胸にある。
たとえそれが、ルカ・ブライトのような残忍な殺戮者であっても。


「村人達を殺さないと約束できるか?」

「いいだろう」

彼の合図で、兵達は構えていた剣を収めた。

続いてルカ自身も落とされていた剣を拾い上げて鞘に収めると、身を翻して少し離れた場所に繋がれている馬の傍まで歩み寄り、天流を振り返る。
「来い」と一言を発し、天流が傍まで来るのを待つように視線を向けたまま動かない。
警戒して暫くその場を動こうとしなかった天流だが、ルカの指示で引き上げようとするハイランド兵の行動に少しだけ安堵し、意を決して踏み出した。


「あ・・・ありがとう、ございます・・・」

後ろからか細い声が掛けられた。
天流の背後に庇われていた女性が、震える声で礼を言って深く頭を下げる。彼女の腕の中では、幼い子供がうるんだ瞳で天流を見上げていた。
視線だけを僅かに母子に向けた後、天流は静かに村人達に背を向けた。

馬に跨ったルカ・ブライトは、歩み寄ってきた天流の身体を引き上げて自分の馬に乗せると、兵達に指示を出した。



「殺せ」



「ルカ様!?」

抑揚のない声音で下された冷酷な命令をすぐには理解できず、動揺する兵士は少なくなかった。
助ける命ではなかったのか、と。


だが、瞬時に命令に従った兵もまた――少なくはなかった。



凄まじい断末魔の悲鳴が村中を満たし、大地に夥しい血が流れていく。



ルカ・ブライトの腕の中から飛び出した天流が駆け寄った先に、母子の無残に斬り裂かれた姿があった。

何が起きたのか理解する間もなく絶たれた命は、大きく両目を見開いて虚空を見つめている。
すぐに死ねなかった者は、大地を這いずって苦痛にのたうつ。その身体に、止めとばかりにハイランド兵の剣が突き立てられた。


瞬間、天流の中で何かが弾けた。


右手を中心に強烈な光が迸り、見る間に天に向かって伸びて全てのものを飲み込んでいった。
抑えようとした薄い光の膜をものともせず、光は村全体をすっぽりと覆う。
それでも尚飽き足らないとばかりに、光は四方に迸った。

眩しい光に混乱する兵士達の中、ルカ・ブライトだけはそれに見入っていた。

光は、黒かった。

空を埋め尽くした暗闇は総てを包み込み、状況を理解する余裕もなく兵士達は瞬く間に深遠に引きずり込まれる。

もがくことも、悲鳴を上げることもできず、生は死に喰われていった。


やがて闇は天流の元に集積し、音を失くした大地に死神の鎌が紅黒く浮かび上がる。

闇は弾けるかのように激しい閃光で辺りを埋め尽くした後、霧散した。



闇が消えた大地に立つのは、ルカ・ブライト唯一人だった。





死と静寂だけが辺りに落ちる。

馬を下り、村の中に足を踏み入れたルカ・ブライトは倒れた兵士の傍に膝をついて状態を調べる。
間違いなく、事切れていた。外傷はない。だが、蘇生措置など意味を持たない。

「魂を喰われたのだからな」

呟くような声は、音のない空間には意外に大きく聞こえた。

ルカは兵士や村人には目もくれず、真っ直ぐに若草色の元に歩み寄る。
倒れた細い体を抱き起こして首に触れると、トクン、トクンと微かだが生命の鼓動が感じられた。
右手を見ると闇がゆっくりと消え、代わりに薄い光の膜が天流の全身を覆っている。


「トランの死神か・・・素晴らしいな」

込み上げてくる歓喜の興奮を抑えられず、ルカ・ブライトは声を立てて笑った。


待ち望んでいたものが手に入ったのだ。


ぐったりとしたその身体を抱き上げ、ルカ・ブライトは村を立ち去った。





■■■■■





「な、何だって!?」

部下からの報告に、シードは驚愕の声を上げた。

弾かれたように駆け出そうとする彼の前に、通り掛かったクルガンが道を塞ぐ格好となる。

「どうした? 何を慌てているんだ」

「ルカ様がまた村を襲った!」

その言葉にクルガンの表情も険しくなる。
だが、シードは何をそれほどに慌てているのか、と疑問に思う。
村が襲われ、罪のないハイランドの民が無残に殺されていくのは彼にも辛い。しかし、今の自分達にはどうしようもないことも解っている。

「彼が・・・滞在している村のようなんだ」

それでか、と合点がいく。
昨日、シードが仲良くなったという泉で出会った少年。
彼は随分と少年のことを気に入っていた。

「・・・残念だが、諦めろ」

ルカ皇子が村を襲ったのは昨夜遅くだ。
村人は誰も生き残ってはいないだろう。例え旅人であっても。

「・・・っ、くそっ!!」

ダンッとシードの拳が壁に叩きつけられた。
唇を引き結んで俯くその表情は、怒りと悔しさ、哀しみに満ちている。

クルガンは掛ける言葉もなく、窓の外を見た。

この空の向こうで、また多くの血が流れ、命が奪われたのか。


彼らの苦しみと恐怖を表すかのように、どんよりと重い鈍色が広がっていた。



END


ルカ様、シードとの出会いでした。ルカ様鬼畜・・・(汗)。
残酷な話が苦手な方、済みません。前編は比較的和やかだっただけに余計酷いような・・・。
なるだけ控えたつもりですが残酷なことには変わりませんよね・・・(ああ、私の人格が疑われそう・・・)
次回から坊ちゃんのハイランドでの生活が始まります。
シリアスが続くかも知れませんが、険悪にはならないと思います。いや本当に。
こっそりおまけがあります。下へスクロールして下さいませ。



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「いったい何があったのさ・・・」

茫然と呟かれた言葉に、答える声はない。

一面に広がる死の世界に、さしもの彼も数秒間声を失った。

村の人間総ての命が失われているのが解る。夥しい血は彼らが流したものだ。
問題は、村人ではなく別の多くの死体。

「どう見ても軍人・・・しかもハイランドの・・・」

彼らの手にある剣が血塗れているのを見るに、村人達は彼らに殺された。
では軍人達の命を奪ったのは――。


異臭に顔を顰めながらも懸命に気配を探ろうとするが、すでに何も感じられなくなっている。
風を繰っても何の反応もない。

「ティル・・・どこにいる・・・?」

焦りだけが募る。


彼自身の高い魔力と自分が渡した石によって、完璧に抑えられていたはずの紋章の力。
その暴走を感じ取ってからこの地に現れるまで、然程の時間を費やしてはいないはずなのに、彼の気配はまったく感じられなくなっていた。紋章の気配も今はない。

いったい彼の身に何が起きたのだろう。

紋章が暴走し、ここに在る多くの死体を作ったのが彼ならば、きっと彼はひどく傷ついているはずだ。

こんなことになるなら、やはり共に行くべきだった。
彼が傷を増やすために、あの時見送ったわけではないのに。

「ティル!」

声を張り上げても、動くものの気配はない。

死の気配だけが覆う村を、唯一人の姿を求めて歩く。
奇襲があったのだろう。村人の死体が至る場所に点在している。だが、兵士の死体は広場に集中していた。
ここに彼がいたことは間違いない。

ふと、ある死体に目が留まる。
しっかりと抱き合った、母子の遺体。
翡翠の瞳が痛ましげに細められた。

虚ろに開かれた目を、彼も見たのだろうか。
傍に膝を付き、そっと目を綴じてやる。

ちょうどその場所にある何かの痕跡に気づき、ハッとした。
魔力で作り出した光を照らしてみると、確かに誰かが倒れていた跡が解る。

(・・・誰かが連れ去ったのか? でも誰が・・・?)

死の世界で、いったい誰が生き残った?

彼にとって味方ならばいい。だが――。





ほとんどの建物が焼失している中、村の中心であり広場のそばにあったために焼け残ったのだろう建物の中に、宿屋があった。
その一室に、小さな荷物を見つけた。

必要最低限の中身の中に、唯一つだけあったそれは、確かに彼のものであることの証。

小さな、押し花の栞――。





夜が明ける。

空が薄藍に染まりゆき、景色が遠く広がっていく。

小さく視界に捕らえたのは、白亜の城。


(――まさか)

確信にも似た予感があった。

彼は、ルルノイエ城に居る。

すぐにでも乗り込みたいという衝動を堪え、彼は風を纏った。

今は時期ではない。
星はやがて巡り来るのだから。

それに、ルカ・ブライトの傍ならば――。

狂皇子と呼ばれるルカの残虐さは、耳にしていた。
だが、不思議と彼にとってその存在が害となるとは感じない。

それに、自分が迎えに行ったとしても今の彼ならば拒むだろう。
決して自分を甘やかさない性格なのだから。


「気に入らないけれど、しばらく預けておいてやるよ」


呟きを残し、緑色の法衣は風に消えた。


END


名前は出てないけど、解りますよね?(笑)
ああ、でも今回充分害になってる気がするなあ(滝汗)。



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