交錯1





「きゃあああ!!」


静寂に包まれていた廃墟の村に、高い悲鳴が上がった。
村はずれの一角に作られた無数の墓の前に立つルカと天流の耳にもそれは届き、二人はすぐに共に村に訪れた少女を思い浮かべる。

「またか。よくよく襲われやすい女だな」

「危険な場所に居るからだろう!」

棍を手に、天流が駆け出す。

迂闊だった、と内心で自分を責めた。
この村が今や安全ではないことは解っていたのに。

少女――リアを家に置いてルカと共に村の散策に出て半刻が経とうとしている。
泉の林道でかなりの山賊を片付けたからと油断していた。





彼女の家だった建物を出てすぐに、リアは数人の男達に捕らえられた。
家族を失った悲しみに打ちひしがれていた少女は、家の傍をうろついていた怪しい風体の男達に気付かなかったのだ。

男達は思いがけない獲物にすぐさまリアに飛び掛り、少女の華奢な身体を地面に押し倒した。
抵抗も空しくルカから借りた上着を剥ぎ取られ、林道で襲われた時にひどく破かれていた衣服はさらに引き裂かれてもはや服としての役割を果たさない。

「いやあああ!! 助けて!!」

「誰も来やしねえよ!」

嘲笑する男達の手が乱暴にリアの柔らかな肌を弄る。

悲鳴を上げながらリアは村に連れて来てくれた二人の名を叫ぼうとしたが、呼ぶべき名を知らないことに気づいて涙が溢れる。どうやって二人を呼べばいいのだろう。
とにかく懸命に叫び声を上げれば気付いてくれるかも知れない、と再び声を上げようとしたが大きく開けた口から声を出す間もなく、丸められた布きれが無理矢理こじ入れられた。

「んん―――!!」

くぐもった声しか出せない。
その間にもリアの身体を覆っていた布は取り払われ、男達の卑しい欲望の目に瑞々しい素肌が晒されていく。

「俺達を楽しませろよ」

もう駄目だ、とリアがきつく目を閉じた時、清風のように澄んだ声が響き渡った。



眠りの風!!



さあっと吹き上げる風が男達を包み込み、眠りへと誘う。
次々と倒れる男達の様子に、リアは茫然とそれを見つめた。

「大丈夫? リアさん」

「あ、ありがとう・・・」

聞こえた声に、二人が助けに来てくれたのだと解って安堵の涙が流れた。
起き上がろうとしたが数人の男達が圧し掛かっているため動けない。

「あの、この人達退けてちょうだい」

助けを求められて天流は困り果てた。自分の力では大の男を動かせない。

気配を感じて後ろを見やると、ルカが近づいて来た。
これ幸いと目線で彼女を助けろと指示を出す。
それに対してルカは天流に頼られるのは悪くないが、他人のために力を貸すことは不本意だとばかりに眉を顰める。
険しくなる琥珀色の瞳に込められた思いはただ一言、“問答無用”。

すると。


ガッ! ゲシッ! ドガッ!


天流とリアは、倒れた男達が宙を舞う様を呆気に取られて見送った。
男達に圧し掛かられて倒れていたリアには見ることが出来なかったが、天流は不機嫌絶頂のルカが八つ当たり気味に男達を蹴り上げていくのをはっきりと見てしまった。
凄い脚力だ。

思わず感心してしまった天流だが、すぐにそれどころではないと我に返り、傍に放り捨てられていたルカの上着を手に取ると土埃を叩き落してリアの身体を包む。
その間、背後でルカが楽しげに男達の首やら胴やらを切り刻んでいる気配をひしひしと感じ取り、必死に自分の身体でリアの視界を遮った。


(後で覚えていろ、馬鹿皇子!)





「少しは落ち着いた?」

果たしてそれは男達に襲われたショックに震える目の前の少女への労わりか、楽しそうに暴漢達を血の海に沈めてご満悦の背後の男への皮肉か。

前者と取った少女は気丈にも微笑んでみせた。

「ええ、ありがとう。また助けてもらっちゃったね」

「いや、こちらも油断していた。すまない」

自分が気を付けていれば、リアを再び屈辱と恐怖に晒すことはなかったと後悔が渦巻く。

「ううん、いいの。それより、私貴方達の名前知らないわ。訊いてもいい?」

「僕は・・・リウ」

「リウ? 私と似た名前ね」

親しみのこめられた言葉に「そうだね」と返しながら、ルカの偽名をどうしようかと頭を巡らせる。
ここはフリックの名前でも借りるか、と「彼は・・・」と言いかけて。

「ルカ」

あっさりと先を越された。
リアの顔が強張るのを見て、天流は棍を持つ手に力を入れる。
光速で旋回させて殴り倒そうと決断した時、少女が口を開いた。

「へえ、皇子と同じ名前なのね。でも貴方の方がずっと素敵」

「え?」

驚いて凝視する天流に、目の前のルカが“ルカ・ブライト”であるとは露ほども思っていないらしいリアは言葉を続ける。

「ルカ皇子ってそれはそれは恐ろしい顔をしているんだって。でも同じ名前でもルカさんはとても穏やかで恰好良いわ。同じ名前なのに全然違うのね」

天流はルカの顔をじっと見た。

確かに、この村で再会した時とはまるで雰囲気が違うことに今更ながらに気付く。
無愛想なのは相変わらずだが、刃物のように鋭い殺気はなく、凪いだ水面のような落ち着きが感じられる。隠し様のない気品と威厳も合わさって、一見上級貴族の好青年のようだ。普通の娘ならば憧れの対象とも為り得る。

ルカは呆れたようにリアを一瞥したが、何も言わずに天流へと視線を向ける。ここで「愚かな豚め」とでも呟こうものならせっかく下ろされた棍が瞬く間に自分を目掛けて振り上げられるだろう。

天流は小さく咳払いし、

「ルカ、僕は彼女をキャロの街まで送るよ。先に帰っていて」

「・・・一人でか」

「お前が付いて来てどうする」

皇子のくせに。

言外に秘められた一言にルカは納得がいかないようだ。その表情は天流と一緒に居たがっている。

「お前には仕事があるだろう?」

「・・・」

「明日には必ず帰るから」

「・・・・・・」

「一日くらい僕が居なくともどうとでもなる」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・サボるなよ?」

「・・・・・・・・・・・・」

何だか不安になってきた。
天流は胸元に揺れる翡翠の石を手に乗せた。

「もう一度預けようか?」

これを持たせておけば信用するだろうと思ってチェーンを外そうとした手に、ルカの大きな手が重なった。

「いい。信じている」

素直な一言に、天流は驚きを浮かべた。
しかしそれはルカの嘘偽りのない本心だ。天流に対しては今や純粋なる信頼を抱いている。

ただ、悔しかったのだ、とは口が裂けても言えない。自分の傍に居ると約束したのに、見ず知らずの女の方を優先しようとする天流のお人好し振りに嫉妬してしまっただけなのだ。





村を出た二頭の馬は、途中で二手に別れた。
ルカを乗せた馬はルルノイエへ、天流とリアを乗せた馬はキャロの街へと進路を取る。


空はいつの間にか茜色が滲んでいた。
夜は途中の村で一泊して、明日の朝にはキャロの街に入ってすぐにルルノイエに戻ろう。

少しでも距離を稼ごうと、天流は馬の走る速度を上げた。





■■■■■





「え? 何で別々に部屋を取るの? 同じ部屋でいいじゃない」

宿屋で宿泊手続きをする天流に、リアは心底不思議そうにそう問いかけた。

「でも、僕と同じ部屋はリアさんが嫌なのではない?」

昼間は二度も男達に酷い目に遭ったのだ。心の傷は深いだろう、と慮る天流に、リアは尚も不思議そうだ。

「別に女の子同士なんだからいいわよ」


ぐさっ!


――まさか正真正銘本物の女性にまで性別を勘違いされるとは思わなかった。

すでに傷つき過ぎてボロボロとなっていた男としてのプライドが、音を立てて崩れ落ちていく。

「・・・・・・僕は男だから」

せめてこれくらいは反撃しておかねば、とあまりにも力無い声で呟いた。

「「ええっ!?」」

何故リアだけではなく、宿屋のおばちゃんまで驚くのだろう。

「うわあ、ごめんね。リウって綺麗だからてっきり・・・」

「あたしもどこのお嬢さんだろうと・・・あ、いや、ごめんよ」

「・・・・・・もういいです」

泣きたい。
心の底からそう思った。

武人として、軍人として、清く正しく立派な男として育てられたはずなのに。
礼儀作法ははっきりしっかり男性のものを身に付けたはずなのに。
線は細いかも知れないけれど、女性的なところはないはずなのに。
何故こうも毎回勘違いされてしまうのだろう。


落ち込む天流に、リアはさらに気を滅入らせるような言葉を吐いた。

「じゃあルカさんとは夫婦じゃなかったんだ。恋人?」

「どちらでもない」

「それじゃあ何なの?」

何だろう。
ふと考え込み、ルカとの関係を言い表す適切な言葉を思い浮かべる。
狂皇子と死神などとは言えるわけはないし、友人でも恋人でも家族でもない。あえて言うなら。

「同士、かな」

「ふうん?」

納得がいくようないかないような、何だか物足りなさそうながらも、リアはそれ以上追求することはなかった。





■■■■■





翌朝、二人は宿屋を発った。

キャロの街まで男物の上着をで身を包んだ状態でいるわけにはいかず、リアは宿屋の女将にもらった古着を器用に仕立て直して身に付けている。



やがて遠くに街が見えてきた。

「あそこよ、キャロの街!」

以前一度だけ天流も訪れたことのある街だ。
そういえば、偶然再会したかつての仲間である少年とは突然離れ離れにされてしまったけれど、心配してはいないだろうか。
あの時の騒ぎを思うと口元が綻ぶ。



街の入り口まで来ると馬を止め、降り立った天流はリアが馬を降りるのを手伝う。

「本当にありがとう、リウ。貴方とルカさんには助けてもらってばかりで」

深々と頭を下げるリアに、天流の表情も優しくなる。
彼女を見ていると、どうしても思い出される一人の少女。よく似た顔立ちのリアには無条件で温かな好意が芽生える。

「貴方達は皇都に住んでいるの? 今度お礼に伺ってもいい?」

「女性の一人旅は危険だからやめた方がいい」

「でも、何かお礼がしたいの」

引き下がろうとしないリアに、天流は困惑する。
女性の一人旅がどれほど危険か、彼女は昨日思い知っただろうに何故再び危険を冒そうとするのか。それにルルノイエに来ることによって、ルカが“ルカ・ブライト”であることが知られてしまったら、どれほど傷付くか。

「気持ちだけでいい。無茶をしないで」

諭すように言われ、リアはしゅんとなる。
それでも気が済まないと尚も言い募ろうとした時、

「あれ? リアさんじゃないですか?」

聞こえた声に二人の視線がそちらに向けられる。
街の入り口に立っていたのは、綺麗な顔立ちの少年だった。年の頃は天流の外見やリアともそう変わらない。

「ジョウイくん」

「どうしたんですか? こんな所で。そちらの方は?」

リアの知り合いらしい、ジョウイと呼ばれた少年は天流を見て興味が引かれたようだ。
その手に握られた棍に、天流にも好奇心が芽生える。
同じ武器を扱うことで、二人の間にどこか通じるものがあると互いに感じ取った。


「ちょっと出掛けていて、この人に送ってもらったの」

ジョウイを心配させないためだろう。暴漢達に襲われたことは口にしない。
だがリアの様子から何か危険な目に遭って天流に助けられたのだと、すぐに理解したようにジョウイは好意的な視線を天流に向けた。

なかなか洞察力の鋭い少年だ、と天流は感心する。

「僕はジョウイといいます。友人がお世話になりました」

「リウです。彼女が一人で無茶をしないよう、君からも言ってあげてくれないかな」

「リウったら! いいじゃない、お礼に行くくらい」

「駄目。危険だから、一人で街を出るべきではない」

二人のやり取りから何を揉めているのかを察したジョウイも、咎めるようにリアを見た。

「リアさん、女性の一人旅なんてどんな目に遭うか解らないんだよ? 山賊に襲われたらどうするんですか」

ジョウイの言葉に恐怖が甦り、ぶるっと身体が震える。
いつも都合良く天流やルカのような人が助けてくれるはずもなく、次に襲われれば間違いなくリアは男達に犯された上殺されるだろう。

二人掛かりで諭され、リアは反論できなくなった。

「だって、だって・・・」

「お礼なんていいから、リアさんは家族の分までこの街で幸せになって」

潤む瞳から涙が零れ落ちる。
ジョウイが慌ててハンカチを差し出した。

「君まで危険に晒されたら、家族が哀しむと思うよ?」

「解ってる・・・でも・・・助けてもらったのに、お礼も出来ないなんて・・・」

「どうしてもお礼がしたいと望むのなら、どうか辛いことを乗り越えて穏やかに暮らしてほしい。僕達のことはもう忘れていいから」

元はといえば、リアが無茶をしたのはルカの所為だ。知らぬこととはいえ、仇の男に恩義を感じる必要などない。そう言えないことがもどかしい。

だが、向けられたリアの切なげな瞳に一瞬圧倒された。


「忘れるなんて出来ない! 私・・・また会いたいの! リウと・・・ルカさんに・・・」


不意に、嫌な予感を覚えた。
出来れば考えたくない、そうであっては欲しくない。
それは、彼女にとって何の救いもない、それどころか家族を失った事実を乗り越えようとする少女の心を壊しかねないもの。

だが、彼女の苦しげな表情はどこまでも、よく似ていた。

(――カスミ・・・)

彼女の想いは、知っていた。
強い忠義と信頼に負けぬ程に、深く切ない感情が天流に向けられていたことも。


言わねばならぬこと。
手遅れになる前に告げねばならぬこと。
だが天流は解っていながらも何も言えなかった。


言葉を失う天流を援護するように、ジョウイがリアにきつく言い含める。

「リアさん、リウさんが困ってるよ。これ以上迷惑掛けてはいけないよ」

ぽろぽろと涙を零しながら俯くリアを慰める言葉もなく、リウは二人から離れて馬の背に跨った。

「それじゃあ、僕はもう行くよ。時間がリアさんの心を慰めてくれるよう祈っている。ジョウイくん、彼女を頼むよ」

「あ、はい」

さようなら、と言いかけてジョウイはその言葉が声にならないことに戸惑う。

去っていく馬の背に跨る麗人が、まるでこれから自分の人生に大きく関わってくるのではないかという突飛な予感。
まさかな、と取り払おうとしてもその想いは胸の奥に消えない熱を灯す。



「ごめんね、リウ、ジョウイくん。やっぱり、私、会いたいの・・・」


隣に立つリアの掠れた小さな呟きは、天流の面影を追うジョウイには届かなかった。





■■■■■





日が暮れた頃、ルカ・ブライトの腕に包まれた天流はリアと共に泊まった宿屋ではまったく眠らずにいた身体をようやく休めるのだった。



穏やかな眠りに包まれても、一度芽吹いてしまった不安は消えることがなかった。





END


ナナミに続いてジョウイ登場です。もちろん彼はこれからも出て来ることかと。
今回からオリジナルキャラ登場です。カスミがポニーテールしてる感じの外見ですが、
普通の町娘なのでカスミのような冷静さや強さはないです。
でもカスミ似なだけあって色気のある美少女です。(だから襲われちゃうのでしょうね・・・)
さてさてルックの石は無事坊ちゃんのもとに戻りました。
ちなみに石の出番は今後もあります。活躍します(笑)。



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