曼珠沙華





白い肌と漆黒の髪に、その花の赤はよく映えた。
草の上に腰を下ろした天流は、指でくるくると回しながら赤い花を興味深そうに見つめる。

『曼珠沙華か』

天流のそばに膝をつき、テッドが呟いた。

『風で折れていたから持って帰ろうかと思って』

『彼岸花とか死人花とか言われてる花なのに気味悪くねえの?』

『花に罪はないよ』

『切り花だからいいけど、その花の根には毒があるから気をつけろよ』

『うん』

天流の弄る花を見つめながら、テッドはふと記憶を辿る。

『昔さ――』

ふいに漏らした呟きに、天流はテッドに注意を向けた。遠い過去に思いを寄せる親友の様子に、静かに耳を傾ける。
そんな心地良い沈黙に包まれ、テッドの意識は遠い昔へと遡る。


遠い昔――一面の赤を目にしたことがあると、独り言のように呟いた。

昼間ならば艶やかに美しい光景なのだろうが、初めてそれを目にしたのは夜の闇の中だった。
厚い雲が月や星の光を隠した深淵の暗闇に、影を濃く落とした赤黒さが一面に広がっていた。

『・・・さすがにあれは怖かったな』

自嘲的に笑うテッド。
まるで血の海のような錯覚すら覚える光景に、心の底から恐怖が込み上げたことを今も覚えている。

同時に――惹き込まれるほどに美しくもあった。


『でもさ、そんな真っ赤な中に1輪だけ、あったんだ』


『何が?』と尋ねた天流に、テッドは穏やかな表情で答えを返した。







■■■■■







テッド。
君が見たのは、こんな光景だったのかな。


闇の中、一面の赤が広がる大地に立ち、天流は懐かしさに目を細めた。

旅の途中、偶然見付けたその場所は懐かしい親友の言葉を思い出させてくれるものだった。
目にした瞬間は、まるで血の海のような光景に足が竦んだ。だが、同時に魅了された。

(テッドの言った通りだな)

ただ一つ違うのは―――





『嘘でしょ、それ』

聞かされた言葉に天流はにべもなくそう切り捨てた。

『失礼な! 俺が嘘をついたことがあったか?』

『・・・ある。何度も』

『・・・・・・。で、でもこれは決して嘘じゃないぞっ』

明らかに旗色の悪くなったテッドだが、それでも言い募る様子に天流は心揺れた。だが頭から信用できる話でもない。
胡散臭げな視線に、テッドは『信じろよー』と情けない声を発して天流に抱き付く。

『そう言って何度だまされたことか・・・』

『これは本当に本当だって! 俺はどうでもいい嘘はつかないぞ!』

『今までの嘘はどうでもよくないことなんだ。ふーん』

『あ、いや、その〜・・・』

どう言えば納得してもらえるのか。
日頃の行いのツケがこんな所で回ってきてしまった。
頭を掻き毟って悩むテッドをさすがに不憫に思ったのか、天流は譲歩してあげた。

『でもそれが本当なら素敵な話だね』

『だから本当だって言ってんだろ!』





無邪気なじゃれ合いの思い出。

(テッドの話が本当なら、探してみるのもいいかもな)

ゆっくりと赤い波の中へと足を踏み入れていく。
周囲を見渡しながら進んでいた天流は、ふと足を止めると表情を険しくした。


「墓場の花の中に死神とは、美しい光景よな」


闇の中に冷たい声が響く。

夜空よりもなお色濃く闇を纏う、黒光りする鎧が琥珀の瞳に妖しく映される。
漆黒の鎧兜からのぞく髪の色だけが不気味に黄金の輝きを抱く騎士。

「ユーバー・・・か」

「覚えていて頂けたとは光栄だな。英雄殿」

慇懃な言葉だが、その声は嘲りを含む。
対する天流はあくまで冷静に黒き騎士を見据えた。

「私に何か用か?」

「決まっている。あの時の決着を着けようではないか」

手にした長剣が月の光を反射して閃く。


数ヶ月前、天流は戦場で彼と対峙した。そして解放軍がクワバの城塞を制圧したと同時に、決着が着かぬまま騎士は姿を消していた。

「無意味だな」

あの時、勝負を挑まれた時と同じ答えを返す天流に、ユーバーは低く笑った。

「楽しければそれで良い」

瞬間、勢いよく振り抜かれた剣の鋭い風圧に、天流の周囲に咲き誇る花弁がザアッと闇夜に散った。

難無く一閃を避けた天流は素早く体勢を立て直し、棍を手に身構える。
にやり、と兜の向こうでユーバーは凄惨に笑む。


邪魔をする者は何もない。
思う存分にこの気高き死神を甚振れる。

心地良い興奮に、ぬくもりなど知らぬ心と身体が熱く燃えた。







狙い違わず首筋を狙った切っ先が空を切り、逆に首を狙ってきた突きが鎧を掠めた。
続けて流れるようにわき腹を狙うそれを避けきれず、鎧に覆われてはいても一瞬息が詰まる。


どれくらい互いの武器を交わしたのか。
体力に劣る天流だが不思議とスピードの衰えはなく、ユーバーは未だに彼に一撃を与えることができずにいた。
しかし、天流は確実に力を失いつつあり、腹部に受けた衝撃に始めの頃のような鋭さがない。平静を装いながらも、細い肩がわずかに上下している。

「どうした? 限界か?」

からかうように言うと、きつく睨み据える琥珀に魅入られた。

「くくく、だから貴様はおもしろい」

振り下ろされた剣を素早く避け、後方に飛び退る天流を追って突進する。
右手に剣を持つユーバーの切っ先が届かぬよう左にかわす天流だが、その剣を持たない手が細い手首を掴んだ。

「!!」

思いもかけない事態に咄嗟に対応できず、引かれるままに天流の身体はユーバーの腕の中に収まった。
持ち主の手を離れた長剣と棍が音を立てて地面に転がる。

状況を把握する間もなく天流の視界は反転し、赤と黒が目の前に広がった。
咲き乱れる花の中に押し倒されたのだと理解するのには、数拍の時を要した。
起き上がろうにも、鎧に覆われた男によって拘束されては身動きが取れない。

「たいしたものだ。もう体力は限界だろうに」

「・・・離せ!」

厳しい言葉は息切れを感じさせないように鋭く短い。
決して弱みを見せようとはしない姿勢は、覇者に相応しい威厳に満ちている。だが、その高潔さはユーバーの征服欲をそそる。

「死人花に囲まれた貴様は美しい」

これほど彼に似合う寝床はない。
白い肌と漆黒の髪、赤黒い紋章に紅い花弁の何と映えることか。


酷薄に笑う黒騎士が覆い被さるように顔を近づけ、互いの唇が触れ合うかと思われた、その時。


小さく空気を裂く音を敏感に感じ取り、ユーバーは天流の上から素早く飛び退いた。
すぐに上体を起こす天流の背後には、三つの気配。

「流石だな。まだこんな隠し玉があったか。危うく首が飛ぶところだったぞ」

間一髪で避けた短剣が地面に突き刺さっているのを一瞥し、さも愉快だと言わんばかりに、ユーバーは笑った。
三対の殺気の込められた視線を楽しげに受け止め、落ちていた長剣を拾い上げる。

「また邪魔が入ってしまったな。次こそは二人きりになりたいものだ」

低く甘く囁き、闇夜に溶け込むかのようにその姿は消えていった。


完全に気配が消えたことを確認し、天流の背後から一人の少女が駆け寄って来た。

「ティエン様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、カスミ。カゲやフウマも、ありがとう」

呼びかけに少女に続いて二人の男が姿を現し、天流の傍で膝を着いた。
三人の姿形はどこか似通っていた。彼らは一様に忍者と呼ばれている者達だ。

「もっと早く我らをお呼び下されば宜しいのに・・・」

感情を消すことに長けた忍者の口から出たのは、どこか恨みがましい声。己を道具としか考えぬはずの彼らが、唯一感情を動かすのが天流という存在。ユーバーに追い詰められる天流の姿に、彼らは焦燥を抑えることができなかった。

「あまり頼るわけにはいかないだろう。いつも都合良く誰かが居るわけではない」

三人の表情が曇る。
天流はこれからもたった一人で旅を続けるつもりなのだと、自分達を傍に置いてはくれないのだと、そう理解する。

意気消沈する忍者達に、天流は内心で苦笑する。

「レパント達に言われたのだろう? 僕を連れ戻せと」

「はい」

素直に認める。
天流に偽りは通じないと解っているということもあるが、何よりも彼に嘘をつきたくはない。
彼らにとっては、天流こそが至上の主なのだから。

「僕のことは忘れろとでも彼に伝えておいてくれないか? そして君達もロッカクの里に帰りなさい」

「どうあっても共に行くことをお許し下さらないか」

「戦争は終わった。後は自由に生きるんだ」

その言葉に、忍者達は天流の前に跪いた。

「なれば、某
(それがし)は天流様を唯一の主と致したく存じます」

「拙者も、天流様に永遠
(とこしえ)に忠誠を誓う」

「え・・・ちょっと待って」

思いも掛けない言葉に戸惑う天流だが、彼らの表情は真剣そのものだ。

「ティエン様は自由に生きろと仰って下さいました。私達の、そしてロッカクの里の者の望みは唯一つ。貴方様を唯一絶対の主君と仰ぐことです」

何とも大層な事態に絶句する。
いつの間に孤高の忍者達の絶対の忠誠を手に入れたのか、自分を過小評価する傾向にある天流にはさっぱり理解できなかった。
だが、忍者達は一度主と決めれば他には一切目を向けない。彼らが選んだのが自分ならば、選ばせてしまった者として責任を果たす義務がある。

天流は小さく嘆息した後、澄んだ声ではっきりと告げた。


「許す」


その瞬間に湧き上がるような感動を、心を揺さぶられる熱さを、何と表現すれば良いのだろうか。

夜明けの近さを窺わせる藍色の空の薄い明るさが、清浄な姿を彼らの目に映す。

忍者達はただ、天流の前に深深と頭を下げた。



夜闇が次第に薄れ、朝の冷たい風が紅い花を揺らす。
視界から闇が遠ざかると、ようやく赤の大地を遠く見渡すことができた。
戦いによって無残に崩れ、散った花の姿が痛々しい。


「・・・あ」

ふいに声を漏らし、天流は花を掻き分けてある一点を目指した。

「ティエン様?」

戸惑いながらもカスミが後を追う。

やがて立ち止まった天流の傍に駆け寄り、カスミは遠慮がちに傍に立った。
そして、天流が見ているものを彼女も視界に入れる。

「・・・これは」

「やっと見付けた」

琥珀の瞳が優しげに、懐かしげに、そしてどこか寂しげに揺れる。





『でもさ、そんな真っ赤な中に1輪だけ、あったんだ』

『何が?』と尋ねた天流に、テッドは穏やかな表情で答えを返した。



――真っ白な、曼珠沙華





「真っ白ですね。初めて見ました」

「うん、僕も初めて見たよ」

一面、紅く染め上げられた大地にそれはたった1輪。何色にも染まらない純白の輝きを放って、花開いていた。

「綺麗だね」

そう言って見入る天流の横顔は、カスミの目に微笑んでいるかのように見えた。
実際は、表情を失くしてしまった彼に笑みなどはないのだけれど。

真っ白な曼珠沙華。

(まるでティエン様のよう・・・)

赤に囲まれながらも決して赤に埋もれず美しく咲き誇る姿は、奸臣のさばる帝国軍にあっても失わなかった清廉な精神と、辛い戦争の中でも真っ直ぐに前を見据える強さを保ち続けた、天流の誇り高さを思わせる。



薄闇を照らす朝の日差しを浴びて、艶やかにまぶしい紅い波の中に1輪だけ混じった雪のような純白は、孤高に清らかに風に揺れている。



END


テッドと忍者とユーバーが登場。・・・というか、ユバ坊・・・?
当初は戦わせるだけのつもりだったのにユーバーさんが暴走しました(汗)。
忍者達はこの後、カスミとフウマはロッカクの里に、カゲはハイランドに赴きます。
坊ちゃんは一人旅をしたいので、渋々引き下がりました(苦笑)。
今回は坊ちゃん話の定番の一つ、曼珠沙華ネタに挑戦(笑)
随分前に地元ニュースで白い曼珠沙華を観て、いつか幻水で使おうと思ってました♪



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