勝利の女神





その日、天流はレイフらに連れられ、山を越え谷を越えた先にある山間の街キャロに訪れていた。

キャロの街で開催される武術の試合に天流の弟子(笑)である少年達が参加するため、観戦に誘われたのだ。そして天流もやはり武人の子、武術試合と聞けばわくわくする。

街の奥に建つ闘技場ではすでに街の内外から多くの人々が集まり、埋め尽くされた観客席で歓声を上げている。
人波を掻き分けて見えやすい場所に落ち着くと、闘技場を囲むように立つ出場者の少年達の中に居たケント達がこちらに気付き、緊張した表情がパアッと輝くのが見えて青年達も笑い返す。


やがて高らかなラッパの音が鳴り渡り、空に向けて空砲が撃たれると、一人の軍人が闘技場の中心に進み出た。

「ユニコーン隊の隊長ラウド殿だ」

軍人の正体を耳打ちされ、天流は改めてラウドを見た。

にこやかな表情で少年達に激を飛ばしているが、どこか彼らを見下しているように感じられる。
これまでも赤月帝国で散々見てきた権力欲に憑かれた者の匂いに、天流は眉を顰めた。
だが、すぐに我が身を振り返ってみてああいった人間の下ならば反骨精神も芽生えるだろうかと結論付ける。後日、それを悔やむことになろうとは思わずに。


ラウドの開会宣言によって試合が始まると、確実に力がついたケント達は順調に勝利を重ねていった。
レイフ達は弟やその友人達の勝利に沸き上がり、気の早いことに彼らの中の誰が優勝するか議論を始める。

「やはり優勝は我が弟ケントだろう。五人の中で最も動きが俊敏だからな」

「何を言う、私の弟の方が体力に勝る!」

「いやいや、二ールは頭が切れる。油断すれば足元を掬われるぞ」


その時、一際大きく色めき立った悲鳴が上がった。
何事かと声の方に視線をやると、きゃあきゃあとはしゃぐ少女達の声が聞こえてくる。

「次はジョウイよ!」

「きゃー! 素敵〜!」

「いつ見ても格好良いわ!」

「頑張って、ジョウイ〜!」

黄色い声援の中を闘技場に進み出る二人の少年の一人は、成る程若い女性が騒ぐ程のことはあるほど端正な顔立ちをしていた。
長い金髪を後ろで縛り、蒼い涼しげな瞳と凛とした姿勢は気品を感じる。

だが天流の興味を惹いたのは、彼の武器だ。
シードの世話になるようになってからは触れる機会もなくなったが、天流の最も得意とする棍を手にしている。

二人の対戦が始まると、ジョウイは突き出される剣を棍で捌き、そのまま流れるように剣を弾き落とすと素早く相手の至近距離まで接近し、足払いで相手を地に伏せた。
あっという間の決着に、少女達の悲鳴のような歓声が沸き上がる。


「なかなか良いな。動きに無駄が無い」

「ああ、冷静だな。これで優勝は解らんぞ」

「将来が楽しみだ。強いわ男前だわで今まで以上に騒がれるぞ」

確かに強かった。彼ならばきっと勝ち進んでいくのだろう。
一度手を合わせてみたいものだ。


ジョウイはきゃあきゃあと騒ぐ少女達には目もくれず、待機する出場者の列に戻っていく。
そして友人だろうか、出場者の一人の少年と軽くハイタッチを交わした。
その少年の手には、トンファーと呼ばれる武器が握られている。存在は知っていても、実際にトンファーを扱う人間を見るのは初めてだ。
天流は思わず興味津々と少年を凝視する。

その後いくつかの対戦が行われ、次の対戦者の二人の名が呼ばれるとトンファーを持つ少年が闘技場の中心に進み出た。
すると、突然街中に轟くが如く大音声が響き渡った。



ユアン、負けるな   っっっ!!!



観客席には数百数千人の観客が声を上げているにも関わらず、その声は誰よりも大きく喧騒を切り裂いて耳に届く。
声は少女のものだが、それにしても物凄い音量だ。


負けたら夕飯抜きだからねーっ!! でも勝ったらナナミちゃん特製ハンバーグにすぺしゃるケーキも付けちゃう♪ 決勝戦はジョウイとじゃなきゃ二人とも明日は家の掃除してもらうわよ!!!


「ず、随分と元気の良い娘がいるようだな」

一般人はもちろんのこと、さすがの青年軍人達も引き気味だ。

中央の少年達はというと一人は呆気に取られ、もう一人―おそらく応援(?)されている少年―の方は居た堪れなさげに肩を落としている。可哀想に。
彼が真っ青な顔で「負けた方がマシかも・・・」と呟いたのは誰も知らない。

だが試合が始まると一転して少年は果敢に相手に向かう。
繰り出される剣の攻めをひらりひらりとかわし、横から凪ぐように襲い掛かる蹴りを片方のトンファーで受け止めると、相手が引く隙をついてもう片方のトンファーで攻撃を放つ。怯む相手が体勢を整える間もなく、続く攻撃によって武器が叩き落された。
肉弾戦に持ち込もうとする相手の攻撃を身軽に避けきり、素早く相手の懐に飛び込むとトンファーで殴る寸前で二人は動きを止めた。
そこで勝負は着いた。

「勝者ユアン!」の声が上がると、歓声と共に元気な少女の声も上がる。


よーし、まずは一勝ーっ! 次も頑張れ、特製ハンバーグが待ってるぞーっ!!


「特製じゃなくて良いよ〜、店で売ってるものにしようよ、ナナミ〜(涙)」

勝者とは思えないほど嘆きに満ちた声は、歓声に消されて少女に届かなかった。


「たいしたもんだ。猿並に素早い」

確かに“猿”という表現はしっくりくる。

勝ったというのにとぼとぼと出場者の席に戻っていく小猿・・・もといユアンを、出迎えたジョウイが懸命に慰めているようだ。



やがて上位四人まで絞り込まれ、弟子五人のうちケントと二ールの二人とジョウイ、ユアンが残ったところで、四人が万全の状態で試合が出来るようにしばらくの休憩時間が取られていた。

口々に誰が優勝するかを議論しているレイフらの隣で、天流は先程からどこか落ち着かなげに視線を彷徨わせた。

(何だろう、誰かの視線を感じるような気がする)

それは漠然とした感覚だった。

隣にいる正規の軍人達すら気付かないほど微弱な気配。しかし、それは明確な意思を以って天流に存在を訴えてくる。

(僕を呼んでいるということか)

敵意は感じない。
ならば話を聞くくらいはできるだろう。

そう決心し、天流はレイフ達に「用を足しに行く」と告げて闘技場を出て行った。



建物の外に出ると、天流は人気の無い林の奥へとさらに足を進めた。

微かだった気配がすぐ傍に感じられた時、木陰に潜む男の姿を捕らえた。
一瞬身構えるが、片膝を着いたまま微動だにしない姿に警戒を弱める。

「僕を呼んだのは貴方か?」

「お捜し申し上げておりました、我が主」

(忍者か?)

(かしず)き、深々と頭(こうべ)を垂れる忍装束の男。
忍者と呼ばれる者達の存在は知っていた。しかし彼らはトランの一地方にのみ住む者のはず。それが何故遠く離れたハイランドにいるのか。
答えは自ずと導き出される。

(解放軍――)


「あの日、ビッキー殿の術によって姿を消されてから数ヶ月、必死に行方を捜しておりました。ご無事の姿を拝見できて安心致しました」

「・・・貴方は、解放軍の縁の人ですね?」

「?」

「済みません、実は今の僕には解放軍軍主としての記憶がないのです」

「記憶が?」

思いも寄らぬ言葉に男がハッと顔を上げた。
鋭い瞳が驚きに彩られて天流を凝視する。

しかしすぐに彼は動揺を抑え込み、何の感情も表さない無表情を作った。

「さようでございましたか、知らぬこととはいえ失礼致しました。されど、記憶を失くされたとしても貴方が某(それがし)の主に代わりはござらぬ」

そう言って音もなく天流に近づいた男は、その足元に跪いた。

「我が名はカゲ、主に捧げたこの命、如何様にもお使い下さい」

「カゲ殿、戦争は終わったのでしょう? 貴方が僕に仕える必要はもうないはずです」

「貴方は以前もそう仰られました。ならば某は同じ答えを返すのみ。我が望みは天流・マクドール様を生涯唯一の主に頂くこと。貴方は某から“生きる理由”を奪われるおつもりか?」

忍者は我が身を賭して主に仕え、忠誠を貫くためには己の命すら投げ出すことを厭わない。
自身は主君の道具であり、主君に否定されることは即ちその存在を否定されること。
忍者に主君と仰がれたならば決して拒んではならない。父にも師匠にもそう言われてきたことを思い出す。
何より、諜報活動に長けた味方が居るのは心強い。

「解った、済まない。カゲ殿がそれを望まれるのならもう何も言わないよ」

「どうか某のことは“カゲ”と呼び捨て下さい、我が主」

「ではカゲ、訊いても良いだろうか」

「なんなりと」

「僕の・・・家族はどうしている?」

問いに、カゲは少し戸惑うような素振りを見せた。
どこまで話して良いものかと逡巡しているようだ。

「戦争のことは、ミルイヒ将軍の本である程度のことは知っている」

ミルイヒ将軍の本。
それはトラン共和国において発行と同時にベストセラーとなった大人気小説だ。
少々・・・いや、かなり著者の趣味が入ってはいるが、元解放軍から見ても秀逸な作品として名高く、瞬く間に他国にまで広がったという。
トラン共和国初代大統領レパントは読書用、永久保存用、某部屋の展示用などなどに何冊も購入したという話がトラン新聞の一面を飾った。そして展示用には元解放軍達の直筆サインを入れてもらおうと、各地に散った者達に呼びかけているらしい。もちろん、一番目立つスペースには天流のサインを入れるつもりだ。

カゲもその本は読んでいる。そこに天流の家族の死はテオ以外はあまり多く語られていなかったはずだ。

「御家族はグレッグミンスターのマクドール邸にてご健勝にございます。ソニア殿やアレン殿、グレンシール殿、シーナ殿らもよく訪ねておられるということです」

「シーナ・・・」

幼い頃に何度か会ったことのある同年代の少年の顔が思い浮かぶ。そういえば彼は現トラン共和国大統領レパントの子息だったか。

ミルイヒの著書にも、彼の名は出てきていた記憶がある。
魔術師の塔で出会った少年ルックと共に、天流を精神的に支えてくれたのだと。
記憶にないため、実感が湧かないのが残念だ。

「・・・そう、元気なら良かった。ソニア殿やアレン達にもお礼を言わなければいけないな」

いずれグレッグミンスターに戻ることがあれば。

「我が主、記憶がないということはさぞ不便であられましょう。それでも尚グレッグミンスターにはお戻りになられませんか?」

「それは難しい。僕はどうやらルルノイエから遠く離れることができないらしいから」

そう言って天流が視線を落とした先は、手袋に包まれた右手だった。
カゲの顔色がさっと変わる。

「何故か、ルルノイエに近ければ近いほど安全なんだ。今も、少し疼いているのが解るだろう?」

気を抜けば右手を取り巻くように黒い霧が生じる。
その度に胸元の翡翠から光が漏れ出した。

「愚かなことを申しました。ご容赦を」

「気にしなくていい。トランの方は、もう落ち着いているのか?」

「戦争後、しばらくは少々のいざこざもあったようですが、現在はほぼ平穏を取り戻しているかと。目下気掛かりは都市同盟の動きでしょう」

「そうか」

先だっての戦争でも、軍師マッシュは都市同盟を利用したことがあった。
トラン共和国の建国後、間を置かずに素早く軍備を整えなければ、混乱に乗じて攻め込まれる恐れすらあった。
現在その都市同盟は、トラン共和国とハイランド軍に挟まれた形でおいそれと進攻は出来ない。

トラン共和国にとってはどちらと組む方が得なのだろうか。
天流は素早く思考を巡らせた。
ハイランド軍と組んで都市同盟を潰すか、都市同盟と手を結んでハイランド軍を落とすか。
この先トランにとって有利となる方向へ持って行きたい。

それにはまず、最も懸念される事から処理しなければ。


「カゲ、ルルノイエ城のことを調べてほしい。ハイランド軍の動向も、アガレス王やルカ皇子についても出来る限りで良いから」

「御意」

「ただ、白い獣に気を付けて」

「白い獣、とは?」

「詳しくは解らないけれど、あの城からはとても危険な気配を感じる・・・。ハイランドを・・・引いてはデュナンの地を飲み込もうとする獣の気配を・・・」

ひどく抽象的だが、カゲは天流の言葉を疑うことはなかった。
天流が感じ取ったそれは、彼の持つ紋章にも関わることだと解る。
この世に二十七しかない真の紋章の力。それは常人には計り知れないものなのだ。


「承知」

その一言を残し、一陣の風とともにカゲの姿が消えた。
後には木立に一人佇む天流だけが残された。

吹き抜けた風の中に喧騒の音が混じる。
闘技場の歓声だろうか。

天流は身を翻し、来た道を引き返した。





レイフ達と合流する頃には、すでに試合も表彰式も終えていた。
結局決勝戦を観ることはできなかったようだ。

だが一部始終を観戦していたレイフ達から結果を知らされた。
優勝したのは――ケントだった。

聞けば準決勝でケントはユアンと対戦したのだが、客席からの「ユアンのためにお姉ちゃんはりきって満貫全席百花繚乱炎の舞天衣無縫のスペシャルメニューを考えたのよーっ!!」の言葉でユアンは瞬く間に戦意を喪失し、崩れたのだという。

そして二ールを圧倒的な強さで破ったジョウイとの決勝では、同じく客席からの「
ジョウイが優勝したら一ヶ月間毎日特製手作りお弁当DX豪華版を作ってあげるからねーっ!!」の言葉で彼は一気に動きが悪くなったらしい。

何だか勝った気がしない、というのがケントの正直な感想だった。


「よく解らんが、あの二人にとっては死の宣告だったようだ」

ケントに負けた後、怒り狂った「もう! しっかりしなさいよね!! 明日は家と庭の掃除を徹底的にしてもらうんだから!!」の言葉に心から安堵する二人の様子を思い浮かべながら、しみじみとそう結論付ける。


こうして観客席の謎の少女の不思議な呪文によって劇的な結末を迎えた試合の幕は閉じ、天流達はルルノイエに戻ったのだった。





翌日、キャロの街のとある家では嬉々とした様子で大掃除をする二人の少年の姿があった。

どうやら彼らは昨夜、特製ハンバーグとすぺしゃるケーキの被害だけで済んだらしい。





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その後、天流によって兵法やら教養やらの指導も受けたケント達は、無事ユニコーン隊の一員となった。

数日後には国境警備に派遣されることになる。



そしてルルノイエでは――ハイランド軍と都市同盟との間で休戦協定の成立へと事態は動こうとしていた。



END


ということで、ようやく「2」の入り口に立ちました。
ナナミのせいで話が混乱しかけましたが、何とかまとまりました。
ユアンとジョウイが被害被ってますけどねっ。
坊ちゃんはいくらシードやクルガンに世話になっていても、やはり心はトランの子。
トランのためならば彼らと敵対することも厭いません。



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