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目指す道
「シーナ殿」
「ひょわあ!?」
突如背後から聞こえた低い声に、シーナは文字通り飛び上がった。
周囲の人々はどちらの声に驚いたかは不明だが、びくうっと身体を強張らせ、一斉に視線がシーナ達に集まった。
いつの間に現れたのか、シーナの後ろにひっそりと佇む怪しい男の姿にその場の全員の背筋に冷たい汗が伝う。
「フ、フウマ、驚かせないでくれない?」
バクバクと激しく打ち付ける胸を抑えつつ背後に立つ忍者に苦情を言うと、フウマは無表情のまま頭を下げた。
「トラン軍が来ました」
低く呟かれた言葉に、室内が一瞬のうちに喜びに満ちた。
「マジで? 誰が来た?」
「左右将軍の軍隊とバレリア隊です」
「っしゃ、ラッキー! 女性もいれば良い男もいるじゃん。解ってるなあ、将軍達♪ じゃあ悪いけど連絡取ってくれ」
「承知」
ぐるりと室内を見渡したシーナは、今や全員が希望に満ちた表情を浮かべていることを確認して不敵な笑みを深くした。
「さあ、作戦開始だな。明日には自分の家に帰れるぜ」
■■■■■
しん、と寝静まった部屋の外から、荒々しい足音が響き渡る。
足音は扉の前で止まるや、乱暴に扉が開け放たれて光が差し込んだ。
「起きろ!! 見張りの交代だ!!」
夜中だというのに高らかに叫ばれ、横たわっていた人々はよろよろと身を起こした。
こうして毎日恐怖を植えつけられ、睡眠を妨げられてきたわけか。
彼らが疲弊するのも当然だ。
交代役に立ち上がった男達に、元帝国兵達は横柄に「さっさとしろ!」と命令を下す。
部屋を出ると、暗い廊下には交代を告げに来た帝国兵と扉の見張り役の帝国兵の数人が確認できた。
素早く男達の視線が絡み合い、瞬間のうちに全員が行動に出た。
逆らう気力などすでにないはずの村人の突然の凶行。
思わぬ事態に咄嗟の判断ができなかった帝国兵達に勝ち目はなく、何が起きたか理解する間もなく気絶させられていた。
再び部屋に戻ると男達は器用な手つきで帝国兵の鎧を剥ぎ取り、隠してあったロープで帝国兵を縛り上げて口には猿轡を掛けた。
成り行きを見守っていた人々から安堵の息が漏れる。
「いやお見事」
「それはどうも」
感心しきりのシーナに答えたのは若い男の涼しげな声だ。
女性達がうっとりと声の主を見つめるのがどうにも気に食わないが、シーナの目にも彼は文句なく良い男である。
グレンシール 彼がトラン国でも一、二を争う色男なのは間違いない。
そして彼の部下もまた無駄に見目麗しいのは、縛られた元帝国兵を楽しげに足蹴にしている姿からも伺える。妙にサドっ気があるのも上司譲りだろうか。
フウマとカスミの手引きによって、まず城内に潜入したトラン軍はグレンシール隊とバレリア隊の中の数人だ。女性兵達は細やかな気配りで女性達や老人の世話をしている。
これからスカーレティシア城制圧のために、トラン軍本隊を呼び込む必要がある。
町人や村人の粗末な服を着込んだトラン兵士達とシーナは、剥ぎ取った鎧を不快気ながらも着込んで元帝国兵に扮した兵士達と共に颯爽と部屋を出た。
これまで見張りに立ったことのある人々やカスミの報告によって、行くべき場所は解っている。
まずは二手に分かれ、シーナのグループはバルコニーへ、グレンシールのグループは庭園へと向かった。
見張りに立つ者達のうち、疲れきった表情で立ち尽くす人質達に比べ、元帝国兵達は怠惰そのものだ。
人質達がおかしな行動を取ればすぐに斬り捨てる程度の警戒心はあるようだが、自ら見張りに立とうという意思はなく、仲間達で札遊びに興じている。
まず行動を起こしたのはシーナのグループだ。
元帝国兵に扮した兵士が進み出、「交代だ」と告げると見張り達の視線がこちらに向けられた。
注意が逸れたのを見逃さず、元帝国兵の背後に音もなく現れた影−フウマとカスミ−が一瞬のうちに数人を気絶させ、異変に気づいた頃には素早く距離を詰めたシーナ達によって残りの兵士も倒れ伏していた。
動揺する人質達に声を出さないようにと口元に指を当てる仕草をすると、念のためにと連れてきていた数人の人質達の存在もあってか彼らは大人しく従った。
事情説明はそちらに任せ、シーナはバルコニーの上から庭園を見渡した。
門の前に数人、庭園にはまばらに見張り達が立っている。
ふと、見張り達に動きが見えた。
グレンシール達が動いたようだ。門の見張りに向かって「交代だぞ」と声が掛けられる。
真っ直ぐに門の方に進み出る交代役の兵士と村人の後姿。
シーナ達は息を潜めてそれを見守っていた。
交代役が立ち止まったその時。
バルコニーに居たシーナとトラン兵達が一斉に庭園に飛び降りた。
元帝国兵達が異変を知らせる間もなく、彼らは現実と隔絶された世界へと強制送還された。
「これで見張りは全部かな?」
シーナの問いに、すでに内部を知り尽くしている二人の忍者が頷いた。
即座にグレンシールが指示を出す。
「では本隊に知らせてくれ」
忍者達は一つ頷き、素早い身のこなしで城壁を越えて闇の中に姿を消した。
ややあって、森の向こうにぽつぽつと小さな灯りが生まれる。
フウマとカスミからの伝令を受け取ったのだろう。闇の中に身を潜めていたトラン国軍隊が、存在を知らせるように暗闇に光を灯していく。
小さな灯りは徐々に大きさを増し、城に近づいて来るのが解る。
人質となっていた人々の目に、涙が浮かんでいた。
これで助かる。
諦め掛けていたそれが確かな実感と共に胸を熱くさせた。
本隊を待つシーナとグレンシール以外のトラン兵士達は元帝国兵を縛り上げるや、すぐさま城内に引き返していた。
捕らえられていた多くの人々を解放するためだ。
人質達が数週間振りに城の外に出られた時、目の前にはトラン共和国軍の軍旗がはためいていた。
かつて解放軍旗として人々に希望を与えたその堂々たる紋章を目にした時、長く絶望の闇に閉ざされていた人質達の心に希望と誇りが芽生えた。
彼らがトラン軍 国民と共に在り、国と民を守る存在。
言葉もなく立ち尽くす人々の前に、一人の軍人が赤いマントを翻しながら進み出た。
一目で地位の高い人物と解る毅然とした姿の、何と頼もしいことだろう。
「私はトラン共和国軍将軍のアレン。貴方方を保護します。長い間、辛い思いをさせました」
動くことのできずにいる人々の間から、最年長の老人が進み出た。助けに来たと告げたシーナに対して、諦めの言葉を返した人物だ。
数時間前とは比べ物にならないほど生気が戻り、安堵の喜びに瞳を潤ませた彼はトラン軍の姿を眩しそうに見つめながら声を震わせた。
「・・・助けて下さって、ありがとうございます」
人質さえ取り戻せば、後は簡単だった。
油断しきっていた賊軍は、左右将軍率いる精鋭部隊の前にまともな相手にすらならず、半刻と経たずにスカーレティシア城はトラン軍の手に堕ちた。
賊達は残らず捕らえられ、そのまま一時的にソニエール監獄に拘留される。
まずは人質のケアが大事だというシーナとグレンシールの意向だが、誰が見ても賊の数の多さに何だか面倒になったので手近な牢にぶち込んどけという意図が明らかだったのだが、誰も異論は唱えなかった。
その後、賊軍達はお気に入りの城を汚されたことに怒り狂ったミルイヒ将軍の怪しげな薬の実験台になるという悲惨な末路を辿るのだが・・・まあそれはどうでもいいだろう。
■■■■■
トラン軍がグレッグミンスターに帰還する時間が近づいていた。
人質達を送り届けた町や村では、賊の脅威から解き放たれた喜びに溢れている。
お祭りのように沸き立つ町の中を、シーナは一人きょろきょろと何かを探すように歩き回る。
やがて人波の中に求めるものを見つけ、足を速めた。
「アップル!」
呼びかけに振り返った少女は、もう少年の姿ではなかった。
あれはあれで可愛かったが、やはり彼女は彼女らしい格好が一番だ。
「これからどうするんだ? 俺達と一緒にグレッグミンスターに戻るのか?」
「いいえ、ここでお別れよ」
あっさりと返され、思わずがくっと気落ちする。別れを惜しむ素振りもないなんて・・・。
「行く当てがあるのか?」
「というより、私には目的があるの。マッシュ先生の足跡を追って先生の本を書くっていうね」
「・・・そっか」
誇らしげな様子に、彼女の強い想いを改めて感じ取る。
アップルが心から敬愛する軍師 マッシュは軍主・天流・マクドールと共に解放軍を勝利へと導きながら、凶刃に倒れて命を落とした。
あの悲劇を、シーナはすべてその目で見た。
アップルがマッシュを慕うあまり、天流を憎んでいたことも。マッシュの負傷には、心が壊れるのではないかと言うほど錯乱したことも。
「アップルはさ、まだティルのこと許せないって思ってる? マッシュさんが死んだのはティルのせいって」
シーナの声音が変わったことに彼女も気付いていた。
誤魔化しを許さない強い視線に逃げ道を塞がれ、心を落ち着かせるように一つ息を吐く。この視線の前で下手なことは言えないのは身に染みて解っている。
「・・・あの人・・・ティエンさんは、私よりずっと後にマッシュ先生と会ったのに、先生には優秀な弟子が今までにも居たのに、その誰よりもマッシュ先生のことが解っていたわ」
「へえ、認めるんだ」
皮肉げな口調に、アップルの顔に不快げな色が浮かぶ。
時に冷酷にすらなれるシーナの想いは、すべて天流へと繋がっている。アップルが永遠に天流を憎めば、彼は容赦のない敵となるだろう。
だがアップルとていつまでも周りの見えない子供ではなかった。
「あの時は絶対に認めたくなかったけど、私が意地を張ったって事実は変わらないわ。軍師っていうのはね、時には主君にも仲間にも秘密裏に独断で采配を振るうことだってある。事実マッシュ先生はバルバロッサ皇帝に従っていた時、独断で動いたことも多いそうよ。でも、ティエンさんに対しては違う。どんなことだって話して、ティエンさんも納得して、でも誰にも話さずにいて、むしろ知らされずに踊らされていたのは先生とティエンさん以外の人間だったじゃない」
「ああ、そうだな。悪い言い方すれば俺達ってあの二人が練った作戦の上で動かされる駒だったよなあ」
シーナの目が愛しいものを見るように細められた。
アップルにとっては悔しい思い出も、彼には大切な友人の記憶なのだ。それが妙に癪に障る。
「マッシュ先生が何か一言口にすれば、ティエンさんはその言葉の裏の裏まで全て理解したわ。逆もそう。目線だけでお互いの意思を確認し合うことだって珍しくもなかった。解放軍は先生とティエンさんの独壇場だったのよね」
「否定しないけど、熊や青男が聞いたらショックだろうなあ」
楽しげにさえ聞こえる口調に苛立った。
「あんなにたくさんの仲間がいたのに、あの二人が頼ったのは自分の力とお互いだけだったじゃない。悔しいと思わないの?」
あれほど大切にしていた相手にそんな扱いを受けて何とも思わないのだろうか。
苛立ちをぶつけられた当人は、それがどうした?とばかりに肩を竦めてみせる。
「それだけ俺達は誰もが未熟だったってことだろ。ティルとマッシュさんは初めから俺達が追いつけない高見に居て、そこから全てを見通して俺達に進むべき方向を指示していた。責任は自分達だけで引っ被ってさ。そんなことずっと前から知ってたし、俺だって歯痒かったよ。でも、ティルが頼れるくらいの何が俺達に備わっていた? あいつ等の期待以上のことを成し遂げた奴なんて、皆無だったんだぜ」
足を引っ張る奴は大勢いても。
その言葉は思っていても口にしなかった。その中には間違いなくアップルも含まれるからだ。
しかし聡明な彼女には隠された言葉ははっきりと伝わったようで、ぐっと唇を噛み締めて俯いた。
「そうよ。私なんて最初から歯牙にも掛けられなかった。ティエンさんは誰のことも見てないようで・・・全てを見ていたのよ。私はあれからずっと、自分が恥ずかしくて仕方がないの。ティエンさんのせいじゃない、ティエンさんは何も悪くないのに、一方的に責め立てしまった・・・」
懸命に抑えようとしても、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
まさか泣かれるとは思わず、シーナの余裕はあっさりと霧散した。
「え!? うわ、ちょっと! 泣かないでよアップル! 俺、お前に泣かれるとマジどうしていいかわかんねえ!!」
知ったことじゃないわよ。
そう言いたかったが、嗚咽が邪魔をして声が出ない。
両手で顔を覆ってしゃくり上げる少女とおろおろする少年の様子を不思議そうに見る人々の視線が痛い。
絶対にシーナがアップルを苛めてると思われてるだろう。
やがて感情の波が治まると、ようやく声が出せるようになったアップルは、溜め込んでいた想いを吐き出すようにシーナに食って掛かった。
「でもね! 私も最低だけど、ティエンさんだって酷いわよ! 涼しい顔で何でも受け流して非難にも耐えて、後で自己嫌悪に陥るこっちの身にもなってよね! ええ私は我侭よ! あの時のティエンさんが私一人に心を砕いてる暇なんてなかったこと位解ってるわよ! 先生と二人きりで何もかも背負っていたんですもの! でもだからってずっと無視するのは酷いわよ!!」
「うん、そうだね、仰る通りです。本当ごめん、ティルの代わりに謝ります」
「貴方が謝ったからってそれが何!? そもそも貴方はティエンさんとは別の意味で腹が立つわ!」
「えええ〜?? あ、いや、心当たりはなくもないけど・・・」
確かに故意にアップルを挑発するような言動をしたのは事実だ。うん、反省する。
「俺が言うのも何だけど、ティルってちょっと言葉足りないところあるんだよなあ」
「ちょっと? あれがちょっと!? 貴方正気?」
「うっ・・・、ちょっと・・・かなり・・・言葉足らないよね、はは」
『相手に話を聞く気がないのなら何を言っても無駄だ』
感情に左右されて吠え立てるだけの相手に対して、天流はあくまでも冷酷だった。
相手が歩み寄ろうとしないならば、彼から踏み出すことはしない。天流にとっては合理性こそが全てだったのだから。
例え憎まれていようと嫌われていようと、解放軍の役にさえ立てば個人の感情などどうでもいい。
自分自身の辛さや重圧さえも、『解放軍のため』ならばいくらでも背負うことができた。それが 大切なものを失う結果を招くことになったとしても。
「あの頃のティルは本当の意味で“軍人”であり、誰よりも“私(し)を捨てた公人”だったんだ。私情に捕らわれてちゃ大役は果たせない。あの時のアップルやフリックってさ、一方的にティルを責めるだけでティル側の事情を考慮してなかっただろ? そういう意固地な奴にいちいち説明して理解求めることに意味を見出せなかったんだよ」
「・・・・・・意固地で悪かったわね・・・」
「それに、真実なんて誰かに教えてもらっても意味ないだろ。真実って言っても人によって違うしさ、アップルの言い分もマッシュさんを想ってのことだったしな。それがマッシュさんが望んでいることかどうかは置いといて」
最後の一言はやはりアップルにとって手痛い一撃だったようだ。
怒りを秘めた瞳が悲しみに曇る。
また泣かせてしまうだろうかと不安に駆られるが、苦しげな表情に涙はもうなかった。
「あなたってほんと・・・不真面目でお調子者で嫌味ったらしくて・・・」
「おいおい・・・」
突然並べ立てられ始めたシーナへの悪口に繊細な男心がグサグサと傷付く。
「でも・・・私より軍師の才能があるわ・・・」
プライドの高い彼女が負けを認めるような言葉を吐くなんて。
そんな風に思えるようになるまでには、多大な勇気が必要だっただろう。
「悔しい・・・あなたもティエンさんも、私より・・・シュウ兄さんよりも先生との付き合い短いくせに・・・私や兄さんより、ずっと先生のこと解ってる・・・」
兄さんって誰のことだ??
知らない名が気になったが、ここはどん底にまで落ち込んでいるアップルを慰める方が先決だろう。
「アップルちゃんはマッシュさんの意志を継いでいけると思うけどな」
「気休めはやめてよ! 私なんてただ無意味にティエンさんを罵倒してただけじゃない。先生のお役にも立てずに!!」
ついさっきマッシュの気持ちを理解してないと言ったのをもう忘れたのかこの男は。
キッと睨み付けると、憎たらしいほど穏やかな笑みで返された。
「じゃあ何でマッシュさんの傍にいられたんだよ」
「それは・・・私が押しかけて居座ったから・・・」
「本当にそれだけ?」
「何が言いたいの」
「マッシュさんて穏やかそうに見えて実は厳しい人じゃん? ティルに害為す奴は誰であろうと排除するだろ」
「・・・・・・」
「マッシュさんはアップルに見せたかったんじゃないの? 軍師としての自分の姿を。そして解って欲しかったんだよ、自分のこともティルのことも、あの戦争の意味も」
「・・・・・・っ」
ああ、本当に悔しい。
どうしてこの男はこんなにも酷いのだろう。
普段は軟派でふざけてばかりなくせに、自分よりもずっと広い視野と深い洞察力を備えている。
自分が理解できなかったことも、いとも簡単に理解してしまえる彼が心底羨ましい。
私より軍師の才能がある
それはマッシュや天流について懇々と諭されたからだけで出た言葉ではない。
賊の巣食う城に乗り込み、捕らわれた人質達の中に希望と勇気を与えたシーナ。
その不敵な態度と自信満々な言葉で、絶望していた人々の心をあっという間に魅了した。
厳しさと優しさを使い分け、人々の信頼を得て自分のペースで事態を治めた手腕は見事だった。
彼もまた、天流やマッシュと同じように、人を導く立場に立つ人間だ。
この人にだけは負けたくない。
アップルは強く、強くそう思った。
今は無理でも、いつかはこの男に自分を認めさせたい。
二度とこの人に諭されたり見下されたりするものですか!
「・・・私、今からでも頑張れるわよね。戦争は終わったけれど、私自身はこれからだもの」
「当たり前だろ。俺達まだピチピチの十代だぜ? 修正ならいくらでもできる。要は自分の目指す道を見つけることだろ」
「ピチ・・・魚じゃないんだから・・・。でも、そうね、それじゃあ私はマッシュ先生の志を継ぐ軍師になりたいわ。あなたやティエンさんに絶対負けないんだから」
「・・・えーと、俺はライバルなわけ?」
シーナの戸惑いをよそに、アップルは言葉を続ける。
「そしていつか、ちゃんと成長したら、ティエンさんに会って謝るわ。ティエンさんは私のことなど気にも留めていないでしょうけど、ケジメはつけなきゃ」
悉く受け流されたとはいえ、一方的な非難が天流を傷つけたこともあったはずだ。
マッシュに関してはまだ複雑な思いを捨て切れていないが、そのマッシュが選んだ最高の主は天流だけ。その事実は覆ることはない。
それに何より、いつまでもシーナにちくちくと苛められるのは嫌だ。
早く負い目をなくし、そして天流にも認めてほしい。軍師としての自分を。
決意も新たに顔を上げ、ビシイッとシーナに指を突きつけると、唖然とする男に向かって高らかに宣言する。
「見てなさい! 私は貴方にだけは絶対に負けないわ! 今はマッシュ先生もティルさんのことも貴方に負けてるけど、私だってやればできるんだってこと解らせてやるわ! いつまでも大きな顔が出来ると思ったら大間違いですからね!」
「・・・・・・・・・・・・はい」
やっぱりアップルにとっての俺の立ち位置は“ライバル”かよ。
男であるマッシュと天流を挟んで女の子からライバル宣言されることほど、何やら虚しいことがあろうか。いやまあ天流に関しては男であるルックとも火花を散らす仲ではあるが。
一方アップルはすっきりしたように笑顔を浮かべた。
「じゃあ、また会いましょう。皆によろしくね」
そう言って身を翻し、颯爽とした足取りで人波の中に消えてゆく少女の背中は、まさに未来の“働くデキル女”の姿だった。
彼女とこれからも付き合ってゆくのはさぞ刺激的なことだろう。
衝突し合いながらも何だかんだで長い付き合いになりそうな未来予想図に、シーナの顔にも笑みが浮かぶ。
「さて、俺も戻るとするか」
とりあえず、まず来るであろう父親との対決に備えて色々と言い訳と屁理屈を考えねばなるまい。
それもまたシーナにとっては楽しい時間である。
「軍師、ねえ・・・」
アップルに言われた言葉を考えてみるも、妙に自分には向いてる気がしない。
どちらかと言えばリーダーをサポートする地位が向いてることは感じているが、だからと言って誰かに絶対の忠誠を誓う自分も想像できない。
天流にならばマッシュのように全てを懸けて尽くしても良いのだが、如何せん天流自身が軍師はマッシュだけと決めている。
天流との思い出は、いつも思い浮かべれば鮮やかな色彩を伴って蘇ってくる。
それは何よりも愛しく、シーナの心と頭に刻み込まれていた。
(そういえば、俺の適職についてティルが言ってくれたことがあったなあ)
「シーナは外交官に向いているかもね」
かつてトランの湖上の城で、自分もいつか天流の役に立ちたいんだと言い募るシーナに、少し考えてから彼はそう言ってくれた。
「え、マジ? どこが?」
「頭の回転が速く口が立つ。軽薄な態度の裏で冷静に相手を分析し、正しい判断を下せる。相手を油断させてこちらの有利なように交渉できる術は外交向きだと思う」
手放しの褒め言葉にシーナは天にも昇るほど嬉しかった。
しかしすぐにそんな気分に水を差す生意気な声が届く。
「ああ、つまり調子の良い空々しい詭弁で相手を口車に乗せて丸め込むのが上手いってことか。ティルと僕には通用しないけどね」
容赦のないルックの言葉にピクピクと口の端が引き攣る。
褒めろとは言わないが、せめて言葉を選べ。いや、ルックの場合は解っていて相手を逆撫でする台詞を選んでいるのだろうけれど。
余計なことまで一緒に思い出してしまった。
天流のことを思い出せば必然的に付いてくる生意気な美少年の顔が憎たらしい。
(それにしても、外交官か・・・)
賑わう町を見渡すと、たくさんの笑顔が眼に映る。
天流とマッシュが守りたかったもの、目指した国の姿。
自国の独立と防衛のためには優れた軍備が必要だ。それは心配しなくて良い。元帝国軍と解放軍が融合したトラン共和国軍は素晴らしい軍隊だ。
国の繁栄のためには優れた技術と独自の製品が必要だ。それも肥沃なトランの地に置いて人々の自由な発想と政府の補助があればいくらでも出来る。
そしてそれらはトラン共和国が確固たる“国”として存在するからこそ得られるものだ。
国が国として存在するためには、他国と渡り合わなければならない。
それに必要なのは外交力。
戦争を起こさないために。そして他国と交流を持つために。
「俺が目指す道は・・・」
その道は、シーナの前に大きく開けている。
そんな確信があった。
だがまずは、暗雲渦巻くトラン共和国の首都グレッグミンスターにてラスボスを攻略する必要があるのは言うまでもない。
END
坊ちゃんと離れてからの、大統領子息としてのシーナの話でした。
前後編で随分間が空いてしまいました(汗)。
さて、この話ではシーナとアップルの目指すべき道が開かれました。
シーナはトラン共和国のための優れた外交官になると思います♪
人脈を広げて世界を見て、将来は素晴らしい大統領になるでしょうね。
そしてシーナとアップルは仲良く喧嘩しながら末永く付き合ってゆくことでしょう(笑)。
トラン軍が人質達を助けにくるシーンは参考にした話があります。
それは『ひうらさんの思い出』という大正の末か昭和の初めに実際に起きた人質事件です。
日本海軍の素晴らしさ、頼もしさは今の無能政府からは考えられません(苦笑)
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