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求めるもの
※この話には暴力や流血などの残酷的な描写があります。 苦手な方はご注意下さい。
「我等との休戦協定を一方的に破り、卑怯にも少年兵を狙って奇襲を掛けた都市同盟の横暴さを看過することはできません。報復すべきです!」
怒りを隠そうともせずに強い口調で言った高官に、周囲も賛同の声を上げる。
ルルノイエ城の会議室は常に無い熱気に包まれていた。
年若い官吏から高官、軍部、使用人に至るまで激しい怒りに満たされている。
会議の様子を眺めながら、ルカ・ブライトは口角を上げた。
(そうだ、さっさと戦争を始めろ。ハイランドと都市同盟で殺し合え)
自軍にも敵軍にも、どれだけの犠牲が出ようと知ったことではない。
どちらかが滅びても一向に構わない。むしろどちらも滅べばいいとさえ思う。
求めるのは戦乱だ。
守るものなどない。
ただ壊すだけだ。
戦争を叫ぶ会議の様子を笑みを浮かべながら眺める皇子の姿を、父であるアガレス王とキバ将軍だけがどこか思わし気に見ていた。
「お前は何を考えている」
背後から掛けられた声にルカはゆっくりと振り返り、優雅に礼をした。
この世でたった一人、ルカ・ブライトに頭を垂れさせることができる父王アガレス・ブライト。
だがアガレス王は息子が心から自分に敬意を払っているとはとても思えなかった。そう、あの頃から――。
「これは父上」
丁寧な口調ながらもその中に嘲笑染みたものが含まれることに気付かぬ程、アガレスは鈍感ではない。
「質問に答えよ。お前はハイランド軍をどうするつもりだ」
「異なことを仰いますな。此度の進軍はハイランド軍全員の、いえハイランド王国の民すべての総意。如何に父上が腐った平和論を唱える似非日和見主義とはいえ、この流れを止めることなどできますまい」
「私を愚弄するか」
常に穏やかなアガレス王の思慮深い双眸に苛立ちが滲む。
ルカは慇懃に頭を下げた。
「失礼致しました。未だ礼儀を知らぬ若輩故にお許しを」
謝罪の意志も反省の色もないことは互いに解っている。
それでもアガレスは強く咎めることができずに「もうよい」とだけ答えた。その弱腰の姿勢が更に息子から冷笑されるのが解っていながらも。
「解っているのか。戦が起きれば大勢の民が死ぬ。ハイランドも、都市同盟もだ」
「それが如何しました?」
「お前は自分の国を戦渦に巻き込むことを何とも思わないのか」
「国を愛すればこそ、我が国の少年兵を無残に害した都市同盟が憎いのではありませんか? 自国の民を殺されても尚、偽りの平和を選ぶ王族をハイランドの民が信頼しましょうか?」
「・・・・・・」
「それとも、今回も見て見ぬ振りを選びたいのですか? 母上を見捨てたように」
「ルカ!!」
さっとアガレス王の顔色が変わり、思わず声を荒げていた。
叫んだ後、ハッと口を噤んだが、すでに零れ出てしまったものは取り返しがつかない。
息子の冷たい怒りを含んだ視線を真正面から受け止めることができず、アガレスは眉根を寄せて目を綴じた。
「・・・・・・あまり、無辜の者達に血を流させるな」
ようやく搾り出せた声音でそう言うと、ルカ・ブライトは冷笑を浮かべた。
「王のお言葉、心に留め置きましょう」
抑揚もなく言い捨てると、ルカ・ブライトはアガレス王に背を向け、悠然とした足取りで歩き去る。
一度も振り返ることのない息子の自信に満ち溢れた後姿を、アガレス王は悄然と見送ることしかできなかった。
(誰か――息子を止めてくれ)
祈るように、そう願った。
■■■■■
どれだけ血を流しても
どんな嘆きの声を聴いても
どれほど多くの命を奪っても
お前との時間に代わるものなど、何もない――
なのに何故――貴様はいないのか――。
風を切って振り下ろされた凶刃が、また一つ命の灯火を引き裂く。
略奪を終えた家に放たれた火が風に煽られて勢いを増し、家々を飲み込んだ。
炎を逃れようと走る村人達は、兵士達によって容赦なく斬り裂かれる。
泣き叫び、逃げ惑う人々を躊躇いも無く斬り捨てながら、ルカ・ブライトは狂皇子の名に相応しい残忍な笑みを浮かべた。
「そうだ、殺し尽くせ! 焼き尽くせ! 都市同盟に与する者共だ、容赦はいらんぞ!!」
ルカの声に呼応するように声を上げる兵士達の目には、狂気が宿っていた。
以前までならば力を持たぬ者を傷つけることに躊躇いを覚えていた者達も、今は目の前に動くものがあれば老人であろうが子供であろうが剣を振り上げていた。
すでに王国軍にとって都市同盟やその保護を受けるものは自分達と同じ“人間”であるという認識はない。滅ぼすべきものだ。
かつては平和であったであろう小さな村。
地面に転がる焼け焦げた死体の中には子供と思われる小さなものも多い。
守るようにその身体を抱きしめている死体は親だろうか。
幼き命とそれを守ろうとする親の姿。
ルカにとって暗い過去を思い起こすその光景は、同時に彼との再会のきっかけでもあった。
だが、今この時にも多くの親子の命が失われても、もうそれを助けようとする紅き死神の姿はない。
「何故現れない死神・・・。やはり貴様にとってトランの民以外の命など虫けらか」
剣を振り下ろして命を奪うたびに、それを防ごうとする彼の存在を求めてしまう。
しかしそれは叶わず、また一つ命が消えた。
焼け落ちていく村の奥には一本の橋が掛かっていた。
「この向こうがミューズ市か」
「一気に攻め込みますかな?」
キバ将軍の問いに、ルカ・ブライトはにやりと笑みを浮かべた。
「将軍らしくもない。懸念の材料があるというのに放っておく気か?」
「ではまず傭兵の砦に向かいますか」
「そういうことだ。ソロン・ジーの部隊も今頃はこちらに向かっている頃だろう。この村にはもう用は無い、行くぞ」
奪うものはもう何もないと見切りをつけるや、ルカ・ブライトはこの村への興味を無くしたようだ。
そうして略奪と破壊の餌食となって焼け崩れる小さな村を後にして、ハイランド軍は次の目的地へと向かった。
■■■■■
途中でまた一つ村を壊滅させたルカ・ブライトの軍は、天山の峠に構えている陣営に戻って戦いの準備を整えていた。
今度は力を持たない村人を襲うのとはわけが違う。
「いよいよですな、皇子」
ルカ・ブライトのテントを訪ねて来るや、キバ将軍はそう切り出した。
鎧を脱ぎ捨て、寛いだように略奪品の酒を煽るルカを咎めるように見据える。
「ミューズ市を攻める時に背後を突く恐れのある傭兵隊を潰すのは解ります。しかし、トトやリューベの村を襲う必要は本当にあったのでしょうか? 何も村人を皆殺しにする必要は・・・」
「景気付けだ。お陰で今や軍の士気はこの上なく高くなっているだろう。第一虫ケラ共を生かしておいてどうなる」
「皇子、確かに都市同盟は少年兵を襲うなどという卑劣な真似をしました。ですが、我等のしたことはそれよりも尚非道なものだとは思われませぬか」
「それがどうした?」
何でもないことのように問い返され、キバは言葉に詰まった。
皇子はいったい人の命を何だと考えているのだろうか。
彼には人道という言葉は通用しないのか。
「何故です、皇子・・・貴方にハイランドの誇りは・・・」
ないのですか、と続く言葉は叩き割られたグラスの音に遮られた。
「誇り、自尊心、そんなものに何の意味がある? 戦は貴族の遊び場か? 死ぬか生きるか、それだけだろう。ならば俺は思うままに戦うまでだ! より強く! より邪悪にな!!」
「・・・貴方は・・・」
本当に狂っているのか。
血に餓え、戦乱を求める狂皇子――。
殺気に満ち溢れた鋭い双眸の中に、人間らしい感情というものが見出せない。
いつからこうなってしまったのか。
いったい何故・・・いや、自分は知っている。
彼が何故狂皇子となってしまったのかを。
だが、それでも希望が芽生えたことが確かにあった。
いつからかルカ・ブライトの取り巻く雰囲気が落ち着いたものとなり、皇子としての責務を着実に果たしていた時期が。
彼ならばハイランドを任せられる。そう安堵したのに。
(何故再び狂皇子となってしまわれたのだろう・・・)
愛する祖国が破滅の道を進んでいる。
そんな懸念が、老将軍に絶望感を齎せた。
■■■■■
傭兵隊の抵抗は思いのほか激しかった。
わけの解らない武器を駆使し、一旦はソロン・ジーの部隊をも撤退させたほどだ。
進軍する中でその報せを受けたルカ・ブライトは、愉快でならないとばかりに声を上げて笑った。
「ソロン・ジーの部隊だけでも構わんかとすら思ったが、思ったより楽しめそうだ。キバ将軍、お前は兵を何人か連れてソロン・ジーに合流してやれ」
思いがけない言葉にキバ将軍は目を丸くした。
「皇子はどうされます」
「俺は後ろから攻める。傭兵共は森があることに安心して後方に注意を払っていない上に、ソロン・ジー部隊も正直に真正面から攻めている。奇襲を掛けるのは容易いだろうな」
くっくっと笑いを漏らし、さらに続ける。
「お前は勝利のためとはいえ背後を突くやり方は嫌うからな。共に居られて不機嫌になられると迷惑だ。ソロン・ジーと共に正面から攻め込ませてやる」
揶揄するような口調だが、キバにはそれに異を唱えるつもりもなく「承知しました」と答えた。
キバ将軍と共に数人の兵がソロン・ジー部隊との合流に向かい、残りはルカ・ブライトと共に森の中へと馬を進めた。
闇に覆われつつある薄暗い中、馬の蹄の音は生い茂る草がクッションとなって消し去られ、大部隊とは思えないほど静かに、気配を抑えながら森を進んだ。
砦に近づくにつれて、戦の音が耳に届く。
傭兵達は篭城戦の構えのようだ。
バリケードを築き上げ、ソロン・ジーの部隊を一歩も砦に入れないと守りを固めている。
(前ばかりを見て、後ろはがら空きだがな)
森の出口付近で一旦足を止めていたルカ・ブライトの部隊だが、ルカの合図で一斉に森を抜けた。
突然背後に出現したハイランド軍に、傭兵達は目に見えて慌て始めた。
「馬鹿共め! 俺に続け! 一気に蹴散らすぞ!!」
ルカの声に呼応するように騎兵隊から声が上がり、混乱する傭兵隊に向けて次々に矢が射られる。
傭兵隊は何とか反撃に出たものの、すでにハイランド軍の敵ではなかった。
一つのバリケードが破られれば後は簡単で、砦を制圧するのに然程の時間は要しなかった。
砦内に入ったハイランド軍は逃げ惑う傭兵達を斬り伏せながら、隊の物資を略奪していった。
そしてルカは一人、傭兵の砦の中心部と思わしき広い部屋に入った。
卓上に広げられた地図を見るに、ここが会議室といったところか。
見た目には誰もいない。
だが、ルカ・ブライトは怯えて縮こまる気配をしっかりと感じ取っていた。
「いつまで隠れているつもりだ?」
気配がびくっと怯えた。
「出てくるか、死ぬか、選ばせてやろう」
「わ、わかったよ、お願いだ、待ってくれ!」
震える声はまだ幼さを残している。
おずおずと出てきたのは、傭兵の格好をしているもののまだ少年だ。その後ろでしっかりと少年にしがみ付いているのは、幼い子供。
「お、俺達には戦う意志はないんだ、頼むから・・・」
見逃してほしい、助けてほしい。
嫌というほど見てきた表情だ。
スラリと剣を抜いて切っ先を突き付ければ、少年は真っ青になって「ひいっ」と声を上げた。
「歯応えのない。こんな奴が傭兵か」
「うわあああ・・・たすけて・・・」
恐怖に震えながらも、少年は子供を出口の方へと促している。
ルカは酷薄に笑み、容赦なく剣を一閃した。
「その台詞は聞き飽きた」
斬り裂かれ、少年は人形のように力を失って崩れた。
傷口から流れ出る血の色が、ルカを興奮させる。
「う、うわあああああん!! うわあああああん!!」
少年が倒れるや、子供が火がついたように大声で泣き出した。
「耳障りな・・・」
昂揚していた気分が一転して不快に染まる。
ルカの鋭い視線を向けられ、子供は一層激しく泣きじゃくった。
「うわあああん、こないでええ、こないでえええ!!」
怯えて座り込んだまま立てなくなりながらも、必死に後ずさろうとする子供に、血塗れた剣を向ける。
「今静かにさせてやろう」
剣が空を裂きながら子供に向けて振り下ろされた。
その時。
ガキッ!
金属音が響き、衝撃とともに振り下ろされるはずの剣が止められていた。
目を瞠るルカ・ブライトの視界に、強い瞳の少年の姿が映る。
ルカが求め続けていた彼と同じ年頃の外見をした、二人の見知らぬ少年だ。いや、どことなく見覚えはあるが、ルカの記憶に残ってはいない。
ただ認識できるのは、彼と同じ武器と彼と同じような背格好ということ。だが、強い光を宿しているように見えた瞳には抑えきれない恐怖があった。
彼ならば、ルカを恐れはしない。
「何だ貴様らは、このガキを助けたつもりか?」
瞬時に燃え上がった怒りのままに振り払うと、二人掛かりでありながら少年達は簡単に弾き飛ばされた。
彼ならば、そんな醜態を晒したりはしない。ルカが剣を振る前に距離を取り、すぐさま懐に入り込んで棍を喉元に突き付けるだろう。
しかし、少年達の表情に浮かぶのは冷たい怒りではなく、恐怖だ。
彼と同じような行動をしながらも、目の前に倒れる少年は取るに足らない虫けらだ。それが許せなかった。
「いいことを教えてやる。この世には強い者と弱い者がいる。強い者は全てを奪い、弱い者は死ぬ。それがこの世の仕組みだ。それをこれから見せてやろう。強者が弱者を奪う瞬間だ!」
「やめろ!」
再び剣を振り上げたルカに、少年の一人が叫んだ。
「やめてくれ!!」
恐怖と絶望に満ちた懇願の声に、ルカは怒りに満ちた視線を向けた。
紅い死神ではない虫けらが、身の程知らずにも奴と同じ行動を取ろうとは片腹痛い。
二人の少年の存在自体が、ルカにとって許せないものとなる。
この二人は簡単には死なせない。少しずつ恐怖と痛みを与え続け、殺してくれと懇願しても尚甚振り続けてやろう。
「黙って見ていろ虫けら!! そんなことより命乞いの台詞でも考えておけ。次はお前等だ。安心しろ、俺は何百何千と首を撥ねてきた。眼を瞑っていても仕損じることはない。ふははははは!!」
子供が恐怖に竦みあがり、少年達が何かを叫ぼうと大きく口を開けたその時、、凄まじい爆音が轟き渡った。
直後に激しい揺れが襲い、ルカは体勢を崩して思わず床に膝を着いた。
爆音は何度も繰り返され、砦は大きく揺らいだ。このままでは建物自体が崩れ落ちるだろう。
「こっちだ、早く来い!!」
爆発が一旦治まった頃を見計らったように傭兵らしき男達が現れ、少年達を室外へと促した。
剣を軸に何とか立ち上がりながら、ルカは新たに現れた男達を睨み付けた。
「貴様・・・小賢しい真似を・・・」
視線だけで射殺せればと言わんばかりの鋭い視線にも、男は小揺るぎもしない。
「この砦はてめえにはやらん。覚えときな、次は負けないぜ!」
強い口調で言い放ち、男は背を向けて駆け出した。
「待て!!」
すかさず後を追おうとしたが、激しい爆発と地鳴りによって思うように動けない。
「お、おのれ・・・」
抑えきれない怒りに叫びたくなった。
こんな屈辱は初めてだ。
何の力も持たないくせに、彼を思わせる行動を取った傭兵達。
子供を救おうと立ちはだかった少年も、ルカを恐れもせずに足元を掬った二人の男も、決して忘れはしない。
この戦で死んでいれば良かったものを。
今日生き延びたことを、ルカ・ブライトを虚仮にしたことを必ず後悔させてやる。
砦内では次々に火の手が上がり、ハイランド兵は炎の勢いに成す術も無く慌てて避難する他なかった。
炎の中からルカ・ブライトが現れると、キバやソロン・ジーが慌てて駆け寄ってくる。
「ご無事ですか、ルカ様!」
「傭兵共は逃げたか」
「は、散り散りになって森の中へと逃げ込みました。この暗闇では見つけるのは難しいかと」
燃え上がる炎が照らす砦周辺以外は、すでに夜闇の中にある。
馬で追いかけても、傭兵の生き残りがどこにいるかなど解らない。
「どうせ奴等が集まるのはミューズ市だ。傭兵の砦を潰すという目的は達せられた。傭兵の残党共々ミューズを潰せば良い」
そう言いながらも、怒りを隠せない様子のルカ・ブライトに、キバ将軍達は掛ける言葉を失った。
普段ならば愛しい闇が、今は憎らしい。
(紅き死神の鎌が、虫けら共を守るか・・・)
いつも思い通りにはならないのだな。
彼の姿を思い浮かべると、怒りも悔しさも超越してしまう。
ふと見上げれば、闇夜に赤き炎が燃え上がる。
だがそれは、ルカ・ブライトの求める紅ではない。
(あとどれだけ血が流れれば――)
求める紅に辿り着くのだろうか――。
暗闇に閉ざされた森を見つめながら、ルカは恋しい姿を追い求めた。
END
この話は『戦場を奔る炎』のルカサイドの話で、
『光の道標3.生きなければ!』ともリンクしています。
ルカ様、坊ちゃんが恋しくて仕方が無い模様です(汗)。
ユアンやジョウイが怯えている時、ルカ様の脳内は坊ちゃんでいっぱいだったという・・・。
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